第三八話 Goddess saves the Queen
この期に及んで条件付きの宣戦布告とは、我ながら締まらないものだ。……だが、物事は常に流転する。最善策を長考することが正しい時もあれば、善後策を即座に採用することが正しい時もある。ハドソン川の奇跡のように。
「お二人共、ラスティネイルへの移乗を、お急ぎ下さい」
最悪の事態を想定し、守るべき二人は守る。あくまでも戦い続ける為に。そうした催促だったのだが……。
「その要はあらず、だのぅ」
「そうそう。一番おいしいトコだけおあずけだなんて、ヤだからねー?」
壁を突き穿った杖が、武具庫に仕舞われる。手ぶらのスカーが、悠然と立ち上がりながら宣った。応じるエシルも起き上がる。乱れた服装や髪型を直しつつ。……緊張感など全く感じさせない二人に、俺はしばし苦笑した。
「椅子は……要らぬな。我らは時間をかけて、交渉する為に来たわけではない」
「だねー。ちゃっちゃと済ませて、次いこー」
――次か。そうだな……。
スカーもディセアも、理不尽に見舞われた者どうしだ。その理不尽に抗う為、己が軍略を推し進めるべき立場にある。その両者がエシルを介し、相助け合うことでここまで来れた。
(盟友ディセアの御為に、あえて修羅の路を往くのも悪くない)
危険な軍事ロマンチシズムに浮かされる自分と、それを冷徹に見定める自分がいる。……そろそろ、過熱が苦しくなってきているのかもしれない。
「臣下に一番槍をくれてやるほど、私は優しくはないぞ?」
損壊を免れた譜面台型の情報端末へ、スカーが歩みを進めていた。エシルもそれに追従している。
「お主のことだ……。吶喊シークエンスは、既に構築済みであろう? それを寄越せ」
『管理者権限発動。プロセス最適化実行中』
メインAIからの干渉を受け、俺の作業机から仕事が減らされた気がした。余力が出来たガゼルがすかさず、自らの過熱を和らげる処理を走らせている。そんなタイミングだった。
『映像通信要求を受信。発信元照会中……』
――来たか。……まぁ、軍司令部か参謀部あたりだろうな。
今の俺はメインAIの干渉を受けている状態だ。この通信要求受信も、既にスカーの知るところだろう。黙殺される最悪の事態は回避できた。俺は少しだけ気を休めようとする。
『照会完了。アモル皇室御用回線と判明』
……どうやら、俺に気を休める暇は無いらしい。
仁王の如く並び立つ女性たちの影で、俺は全周警戒中だ。
(分かりやすく注意を惹きつけて、こっそりと実力行使に……)
そんな危惧をよそに、スカーが無造作に回線を開く。
『交信、感謝する。回答の前に三つ、確認を挟む非礼を赦し願いたい』
演劇や歌唱に近い発声に感じられた。一瞥する眼に、中性的で豪奢な風貌が映る。まるで舞台役者を観るような錯覚に囚われた。
「聞こう。予定は変えぬぞ」
時間稼ぎは断る。スカーはそう明言した。
『感謝する。一つ、我が第一四艦隊による包囲であるか?』
「然り」
『二つ、ただ今の戦場を映したものであるか?』
「然り」
『三つ、回答後に話がしたい。その意志はあるか?』
(どさくさに紛れ、言質を取りにきたか……)
武力をちらつかせながらも、平和的解決を促している身の上だ。話し合う姿勢は示す必要がある。さもなければ、平和的解決の意志自体が、嘘だと受け取られるだろう。そうなれば刺し違える覚悟で、討伐命令が下されても不思議ではない。
(……帝国全軍規模での、弔い合戦を誘う気か?)
そのような大戦を強いられれば、備蓄資源が底を突く。設えた場を逆手に取られた。
「先に話すべき賓客は、此処に御座す。私はその後だ」
エシルたちと、まず和解せよ。……スカーがそう言質を取り返したようだ。
『あいわかった!』
役者然とした男が即断する。
『余自ら、停戦を命じる。このまま戦場へ、回線を繋げられたし』
「……接続完了だ」
『痛み入る。発、アモル帝国皇宮! 宛、第一四艦隊! 直ちに攻撃を止めよ! これは勅命である!』
――勅命……だと?
『繰り返す! 直ちに攻撃を止めよ!』
――と、いうことは……この優男が……。
『アモル帝国第五代皇帝、ヴィルホルティス・ジェニス・クラウディアの名において、厳命する!』
……敵の首魁を戦わずして降してしまうとは、戦女神モリガンの霊験あらたかだ。……艦内神社を建立し、篤く御礼申し上げるとしようか。
(……ッ!)
そんな風に気を緩めかけた途端、閃くものがあった。俺は最後の力を振り絞る。やり残した仕事を完遂する為に。
ハドソン川の奇跡について
https://ja.wikipedia.org/wiki/US%E3%82%A8%E3%82%A2%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%82%A4%E3%82%BA1549%E4%BE%BF%E4%B8%8D%E6%99%82%E7%9D%80%E6%B0%B4%E4%BA%8B%E6%95%85
https://www.sankei.com/article/20161013-VOG6UU5O5ZJSTAFKDWWKRQVQ7A/




