3-16愛しき上官の救出劇
「エーリカ! シリウス号で増援を呼んでマルガの救護にあたれ!」
エーリカがその部屋に足を踏み入れたのは、ヴィルヘルミナの命令を受けてすぐのことだった。
少し煙たい。目頭が熱くなり、吸いこむと喉が痛くなる。マルガが扉のそばでうずくまって呻いており、ヴィルヘルミナは窓に乗りだして眼下へなにか呼びかけていた。
事態はよく分からない。だが前後の状況からすると、エーリカが助太刀に入ろうとしたことが裏目に出たらしいのは明らかだ。
(エーリカはまた、足手まといになってしまったのか)
そう泥のような思いに足を取られながらも、今やるべきことは理解していた。
マルガの容態を確認。押さえた両眼からは大量の涙が溢れており、絶えず苦しげに咳こんでいる。素人判断だが、薬剤かなにかで害されたようだ。
走り書きした紙をシリウス号の通信筒に入れ、グレーテルたちのもとまで向かうよう命じる。そのタイミングで銃声が聞こえ、ヴィルヘルミナが窓から上へとのぼっていった。
エーリカもじっとしてはいられない。催涙剤のせいならまず水が必要だ。どこかに水道があったはず、と駆け出そうとするエーリカの腕を、しかし引き止めたのはマルガだった。
「エーリカ、ごちょ……」
「マルガ大丈夫だ、エーリカが水を取ってくる。すぐに助けも来るはずだ。もう少し辛抱するのだぞ」
「……っらねえよ、んなもん! あんた、何のためにここにいんだよ!」
一気に言い切ると、反動のように大きく咳こむ。思わずその背をさすればすぐさま跳ね退けられた。
だからといって放ってなどおけない。この状況を招いたのは間違いなくエーリカなのだ。
「エーリカはおまえの救助をするよう仰せつかっている。マルガ、おまえの負傷はエーリカのせいだ。ならエーリカは助けがくるまでおまえに付いている責任が、」
「ん、っなもん、犬に食わせろや」
「無理に喋るでない。窓際に行くぞ、新鮮な空気を吸わないと」
水を取りに行けないならせめてこれだ。多少抵抗はされたが、ヴィルヘルミナの出ていった窓まで連れていけば、喘鳴が多少はマシになった。
忙しなく呼吸と咳を繰り返しながら壁にへたりこむマルガ。溢れる端から涙を拭って、途切れ途切れの声を紡ぐ。
「アレは、やべえ。ダメだ。ぶんたいちょ、行かせるべきじゃなかった」
「バカなことを言うでない。ねーさまだぞ。暴徒ごときにそんな……」
そう自らにも言い聞かせようとしたのに、頭上から聞こえた銃声が続きを断ち切った。
ヴィルヘルミナのものか、敵のものか。どちらにせよ状況が逼迫していることは明らかだった。呆然としているうちにもヴィルヘルミナの苦鳴らしき声が届き、背筋がぞっと震える。
ヴィルヘルミナが負ける。にわかに現実味を帯びた想像が頭を真っ白に埋めていく。
だが手探りで胸を叩いてきた拳を前に、もはや放心しているだけなど許されなかった。拳はそのまま胸倉を掴みとる。ぐいとエーリカを引き寄せる。
涙を流すだけの閉じた両目。けれどその奥にある瞳が、確実にエーリカの覚悟を問うていた。
「行け。あんたがだよ伍長。愛しのねーさま、死なせたかねえだろ」




