↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
その仇花で撃ちぬいて  作者: 橘こっとん
第3章―そのまなざしに名をつけて
PR
67/84

3-12交わす銃口の仮面舞踏①

「改めまして、第四分隊副分隊長グレーテル・アードラー以下4名、一時的に第三分隊の指揮下に入ります。よろしくお願いいたします!」

「はあい、よろしくね〜グレーテルちゃん」


 踵を鳴らして敬礼したグレーテルに対し、第三分隊長――ユリアの返事はおっとりとしたものだ。せいぜいが親戚の子供が遊びにきた風でしかない。相変わらず何を考えているのか分からない上官だった。


 第四分隊にもロクな部下がいないとはいえ、上官(ヴィルヘルミナ)がまともなだけ救いかもしれない……などと失礼なことを考えつつも姿勢は乱さない。上官は上官だ、媚は売っておくべきだろう。

 そんなグレーテルの思惑に気づいた様子もなく、ユリアはのほほんとした笑みを浮かべて指示を出す。


「それじゃあグレーテルちゃんたちは、第三《う》分隊《ち》の子といっしょにあの人たちの拘束にあたってくれるかしら? 危ないから二人一組《ツーマンセル》でね。罠に引っかかったりしないよう、ワタシがちゃんとここで見てるから、そこは安心してね〜」

「はっ!」

「ごめんね〜。本当ならワタシがみんなを率いてやるべきなんでしょうけど……」

「いえ、決してそんなことは、」


 ありません、と続けるべきだった。そして彼女の判断を褒めそやすべきだった。せっかく好感度を上げるチャンスなのだ、逃す手はない。

 だからそうできなかったのは、単純にユリアが言葉を継いだからだ。温和に、ゆるやかに、しかし抗いようがないほどはっきりと。


「ワタシ、今ちょっと怒ってるから。あんまり優しくできそうにないの」


 そう告げる口元はやはり夢みるみたいに微笑んでいる。先ほど聞いたことなどちょっとした冗談ではないかと思うくらいに。


 しかし第三分隊の副分隊長がグレーテルの肩を軽く叩くのだ。眼鏡をかけた生真面目な顔は牽制するようで、口を出すなと告げている。

 その視線がふいと逸れたと同時、ユリアが手を叩いた。


「それじゃあ、ケストナー夫妻やお客さんをお守りして、ヴィルヘルミナちゃんの帰りを待って、そのついでにお片づけしちゃいましょ〜。

 栄光は闘争にあり《エーレ・ミット・カンプフ》。頑張りましょ、みんな」


***


 記念館に足を踏み入れ、順路を歩いてしばらくした頃。割れた窓と昏倒させられた警備員たちに遭遇し、マルガは「ははっ」と乾いた笑みを漏らした。


「まあ正直、あたしも適当言ったつもりだったんすけど。まさかのドンピシャでわりかしビビってます」

「おまえマルガ、今さらそれを言うか……」


 エーリカが呆れたように嘆息する。だがマルガの気持ちも分からなくはない。ヴィルヘルミナ自身半ば空振りに終わると思っていたのだ。そうでなくとも、ここまで明確な害意が潜んでいる可能性は低いと踏んでいた。

 だが現状から目を逸らすことはできないだろう。ここから先は偵察ではなく、不届き者の拘束のため動く。


「どういたしますか、分隊長。敵がいることが確実なら、エーリカたちも相応の対応をしなくては……」

「……そうだな」


 沈思は一瞬だった。選択肢はいくつかあるが、もっとも合理的な道筋はこれだろう。


「このまま行こう。増援を呼ぶ時間もないし、向こうの戦力をこれ以上減らすわけにはいかない。なにより」

「あちらさんの戦力ですか? これ、せいぜい数人単位でしょ」


 ポニーテールを揺らしてマルガが周囲を見回す。彼女の言う通りで、これは大人数の襲撃といった風ではなかった。


 割られた窓はひとつだけだし、それ以外の痕跡もさほど残っていないようだ。展示物への被害も今のところ見当たらない。よほど統制されていない限り、何人も集まってこの状態は不自然だった。

 おそらく敵は5人もいない。ヴィルヘルミナとマルガがいれば対処可能だ。


「ああ。慎重を期すよりも、出来るだけ迅速に対応したい。彼らから軽く話だけ聞いて進む」

「りょーかいす」


 にっと歯を見せて笑うと、マルガは警備員のひとりにシリウス号をじゃれつかせて強引に起こす。

 いかにも寝覚めの悪そうな彼から状況を聞けば、巡回中にガスマスク姿の人間に絞め落とされたという。人数や目的は分からないとも。


 要はろくな情報は得られなかったわけだが、逆にいえば情報を与えないほど迅速に行動できる相手ということだろう。ひとつ気になる点もある。窓に仕掛けられていたユリアの罠が作動していない。

 故障したか、無力化されたか。そしてユリアの実力を知る人間としては、前者の可能性は極めて薄かった。


(相手は相当手慣れている、ということか……?)


 警戒レベルを一段階引き上げる。腰のホルスターから拳銃を取り出しておき、マルガとエーリカにも同様の装備を命じる。


 ほど近くには二階展示室へ続く階段があった。わざわざこの窓から侵入したこと、そしてこの先の順路の警備員は被害に遭っていないことから、階段を使って上に向かったものと推測。二階に足を進める。

 二階の警備員に被害者はいない。三階は資料保管室や事務室になっているため階段にロープが掛けられていたが、それもわざわざ切り落とされていた。

 三階に上がり、より用心深く進む。廊下に立ち並ぶ扉をひとつひとつ検分していくと、ある一室が目に留まった。


「ここか」


 囁いて立ち止まる。扉の鍵は銃弾か何かで破壊されており、完全には閉まりきっていなかった。室内に人の気配があるのも分かる。

 階段のことといい、進入時の手際を思えば不自然なほどの手荒さだ。しかし中に誰かがいるなら調べない手はない。小声で背後の二人へ語りかける。


「私とマルガで踏みこむ。エーリカはシリウス号と外で控えていろ」

「で、でもねーさま、エーリカもきっとお役に……」

「そういう意味じゃないさ、万一のためだ。増援が必要な状況になった場合はお前がシリウス号に命じてほしい」


 苦笑する。エーリカの向上心は嬉しいが、彼女には彼女の範囲でできることがある。

 それにヴィルヘルミナとて部下を遊ばせておく余裕はない。戦闘はできずとも、エーリカは貴重な戦力だ。


「罠の可能性もあるからな。私たちが戻るまで、お前はここで背後を見張っていてくれ。それがお前の任務だ、いいな?」


 そう問えば、エーリカはほんの少し唇を噛んでうつむく。しかし素直なのが彼女の長所だ。シリウスのリードを握って頷くまでに、さほど時間はかからなかった。


「了解、であります。分隊長」

「よし。では行くぞ」

「らじゃー。速攻でキメる、ですよね?」


 マルガが銃を一回転させながら悪戯っぽく笑う。この状況が罠だった場合、外のエーリカに危害が及ぶ前に終わらせる。そんな方針は見抜かれていたらしい。


「ああ。なるべく早く片をつけるぞ」


 言ってドアノブを握る。エーリカ、マルガと目を合わせて頷く。そして一気に扉を押し開け、部屋の中へと踏み入った。


 誰かの執務室なのだろうか。そこそこ広い空間で、壁際には本棚が立ちならんでいた。やや西に傾いた陽射しが強く射しこんでおり、最奥で立派な机が鎮座している。

 特筆すべきことはない。ただひとつ、執務机のそばに人影があること以外には。


「動くな」


 言葉と銃口を向ければ「それ」はゆっくりと振り返った。

 やはりガスマスクをつけており、面立ちは窺い知れない。外の連中と違って黒く、比較的新しい型式のものだという程度だ。


 だからヴィルヘルミナが警戒を強めた理由は、また別のところにある。


(一人だけ……? しかも、女か)


 背丈はそう高くない。体格そのものも華奢にさえ思えた。腰布のついた詰襟の衣服には、華々しさと機能性が共存している。まるで前世紀の軍服のようだ。胸元が膨らんでいるところから見ても性別は明らかだろう。

 だがこの状況で女性が一人というのは――そう自らを棚に上げながら、彼女よりも背後に注意を払う。いつ伏兵が出てくるか分からない。


 だが彼女自身も見逃せなかった。肩にはライフルが吊り下げられている。

 そのうえブリーフケースを抱えており、背後では破られたらしき金庫が沈黙していた。彼女らの目的はそれなのだろう。


「ここは国の管理下にある施設だ。無断での立ち入り、ならびに保管資料への手出しは認められない。話を聞かせてもらおうか」


 反応はない。沈黙に背を押されるように一歩踏み出しても同じだ。マルガもそれに付き従う。

 じりじりと二歩目、三歩目。やはり石像の無反応。凪のような静けさは嵐の前触れに思えてならない。大股にした四歩目でも同様に。


 だが五歩目に踵を鳴らし、対象との距離が五メートルほどとなったところで、彼女の手が閃いた。


「っ!」


 執務机越しに筒状の何かが落とされる。思わず一歩下がって身を庇うが、たちまち噴き出したのは白い煙だ。

 窓は閉じられていた。すぐに部屋中に充満しヴィルヘルミナたちの視界を奪うだろう。ならば続く事態も読めてくる。


(やはり、彼女は……)


 囮。外の暴徒と同じだ。


 だとするとこの機に乗じて奇襲があるはず。右か左か背後からか。気配がない、分からない。

 銃口をどこに向けるべきか迷ううち、目隠しの煙がほど近くまで届いてくる。それ自体はどうでもいいし構わない。備えるべきはそこに紛れてくるはずの襲撃なのだから――


 しかし舞いこんだ異臭がツンと鼻先を刺激したのと同時、傍らの呼吸が跳ね上がった。


「っ! ぶんたいちょ違う! 吸うな目ぇ閉じろ、こ(・)っ(・)ち(・)が(・)本(・)命(・)だ(・)!」


 マルガが叫ぶ。咄嗟に視界を閉じ口元を手で覆った直後、煙が優しく頬を撫でた。


 目頭が熱い。じわりと涙が浮かんでくる。息を止めていても鼻腔がつつかれているのが分かった。だが一度くしゃみをしたが最後だと、それは本能的に理解できる。

 訓練でも何度か体験したはずだ。白い煙が充満する空間。そこでガスマスクを着用するまでのごく短い感覚と、まったく同じ。


(催涙ガス――!?)


 油断した。外の暴徒と同じような、顔を隠すためのガスマスクではない。ごくごく単純にこの煙を無効化するための手段だったのだ。


 催涙手榴弾の持続時間は通常1分前後。それ自体は耐えられないほどではないだろう。だがここは密室で、しかも目の前には敵がいる。

 まずい。その状況理解に追い打ちをかけるように、背後から聞き慣れた声が響いてきた。


「ねーさま!? ねーさま、マルガ、どうしたのですか!!」

「バッ――開っけんじゃねえ来んな!!」


 扉を開きかける音と、数歩を超えてそれを勢いよく閉じる音と。そんな応酬の直後、マルガが激しく咳こみはじめた。合間には苦悶の声が漏れている。

 扉まで走るのに目を開き、怒鳴った拍子にガスを吸ってしまったのだろう。状況はまたひとつ悪くなったらしい。


(このままでは……)


 よくて撤退、悪ければ戦闘。最悪の場合は死傷者が出る。

 ヴィルヘルミナ自身にも戦うすべがないのだ。今は逃げるしかない。ひとまず目へのダメージは度外視して、マルガを回収して一瞬で廊下まで退がる――そう決めて目を開きかけた途端、ガチャリと何かが開く音がした。


 外に何かが落ちたのが聞こえる。清浄な風が吹きこんでくるのを感じる。

 鼻をさいなむ疼痛が薄くなっていって、いくらか待ってからおそるおそるまぶたを上げると、煙はほとんど散っていた。


 涙のにじむ視界では窓のひとつが開いている。女の姿はない。背後を確認すれば、マルガが扉を押さえこんだ状態でうずくまっている。苦しげに嘔吐《えず》いており、しばらく動けそうにない。

 いつも陽気な彼女の痛々しい姿に、脳髄が灼熱するのを自覚した。


「……逃がすものか」


 大事な部下を傷つけられた。その事実ひとつで、方針はすぐさま決まった。窓へと駆け寄りながら命じる。


「エーリカ! シリウス号で増援を呼んでマルガの救護にあたれ! 私は敵を追う!」


 返事も聞かぬまま窓から身を乗り出し、階下を見やる。石畳の遊歩道では50代ほどの女性が腰をぬかしていた。呆気にとられた顔でこちらを見上げている。

 「彼女」に遭遇したのだろうか。ここは3階建ての最上階だ。十メートルほどあるが、窓の装飾を伝えば飛び降りられない高さではない。


「ご婦人、無事か!? ガスマスクの女はどこに!?」


 そう呼びかけると、女は怯えた顔で首を振る。よく見ればその傍らには何かが散らばっていた。いくつかのファイル――この部屋に並んでいたのと同じものだ。

 そう理解した直後、女性がこちらを指差す。いや、ヴィルヘルミナではない。その先の、もっと上の、この建物のもっとも高いところ。


「っ、屋根か――!?」


 頭上を振り返る。見えるのはほど近くにある灰色の屋根瓦(スレート)だけ。

 だがい(・)る(・)。何かがこの上に息づいている。窓枠を足がかりに手を伸ばし、屋根に指をかける。どうにか身体を持ち上げようとして、しかしそれも叶わないうちに。


 銃声が、脳裏を貫いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。