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その仇花で撃ちぬいて  作者: 橘こっとん
第2章―その抗いをつらぬいて
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2-20一等兵マルガの大立ち回り①

 短いホイッスルの音が三つ。グレーテルが鳴らしたものだ。意味は出動準備――要するに、どこかで待たせているベアテとタマラへの指示らしい。

 つまり作戦を実行に持っていくにはある程度のお膳立てが必要なのであり、マルガの役目はそれだった。


「なあなあなあなあ、こんなオイルまみれのイイ女前にしてテメーら一体なんだそりゃ。インポどもの集会か? それともイキすぎて萎えちまったか? 

 勝手に賢者モード入ってるんじゃねえよ早漏ども、とっととおッ勃てて男気見せろや!!」


 リーチに入った敵を片端から叩きのめしながら煽りたてる。この高揚感が好きなのだ。期待が胸のうちで膨らんで、目の前のことにだけ拳を向けられる。

 かといって好き勝手ばかりしていられないのが兵士であり軍人というもの。いくらかは考えて動かなければならない。


(とりあえず、コイツらもっと呼び集めるエサが欲しいわな)


 今も暴徒の過半数はマルガへの対処に当たっているが、門前のグレーテルたちへの攻撃は未だ続いているし、こちらに引き寄せた連中がいつ冷静になって門に向かうか分からない。「開門させること」よりも「マルガを倒すこと」の方が重要な状況に持っていく。

 作戦上、一瞬だが門前の警備に穴があくのだ。もっと場をかき乱し、連中を刺激しないと。


「つーかよ、そもそもステップがなってねえんだわ。女にリードさせて踊ってんじゃねえぞヘタクソが!」


 間近にいた男の脚を払って転ばせ、後続の連中にたたらを踏ませる。その間に背後から迫る腕を取り、腹に足を叩きこんで蹴り飛ばした。

 とはいえマルガとて、いま出せる手はすでに出し尽くしているのだ。あとは継続して努力しつつ状況の方が動いてくれるのを待つしかない。


 もっとなにか、奴らの度肝をぬくことができれば……そう考えながら走らせた視界に映ったのは、危うくこちらの度肝がぬかれかねない光景だった。


「っと、やっべべ!」


 遊んでいる場合ではない。取り囲む暴徒の壁のうち、もっとも手薄な足元をすりぬける。不意をつかれた暴徒たちはマルガの突然の戦線離脱に追いつくことができず、あっさりと突破を許す。

 そしてマルガは懐から抜き出した拳銃を、今にもマッチを擦ろうとしていた男の後頭部に突きつけた。


「ホールドアップだ、男前」


 ぎこちなく動きを止める男。ギリギリだったがまだ火はつけられていない。傍らに並べられた火炎瓶も沈黙したままだ。

 この量を見るに、彼が火炎瓶係といったところだろうか。ならば都合がいい。


「んな飛び道具に頼んなよ、寂しくなるだろ。おかげでこっちまでハジキ出さなきゃいけなくなる」


 こちらに駆けよろうとするお仲間たちには、肩に負っていた小銃をもう片手で向けて牽制する。ここは大人しく見物に徹してもらおう。

 頭の至近でわざとらしくカチャカチャ鳴らされた音に身を竦ませながらも、しかし男はマッチを手放さない。こわばった笑みで振り返ってマルガを鼻で笑う。この度胸は嫌いじゃなかった。


「ふ、ふん。撃てるもんなら撃ってみろ。そんな状態で撃ったらお前、下手すりゃ火ダルマだぞ」

「あっは、火ダルマか。悪くねえ」


 思わず満面の笑みがこぼれてしまう。受けて立とう。ここまで言ってのけられたのだ、引き下がるようでは女が廃る。

 銃を男の後頭部から外す。ほっと男が息をついた一拍に踏みこんだマルガの腕は、流れるように男の首へ絡みついていた。


「燃えて滾って焦がされてさあ。そうやって燃えカスになるまで踊りあかしたら、アイツも抱きしめてくれんのかなあ」


 こんな風にさ、と惜しげもなく身体を密着させる。状況を理解しきれず固まったままの体温を感じる。そこにマルガの温度が混ざっていくにつれ、ようやく意図を理解したのだろう、男からはみるみるうちに血の気が引いていった。

 マルガを濡らす燃料の冷たさが、じわじわとふたりの間で共有されてゆく。


「ま、や、やめ――」


 懇願に応じたのは安全装置の解除される音だけだ。男の身体を盾にして伸ばされた腕が、引き金にゆっくりと指をかける。


 見えないはずの男の眼が恐怖に見開かれていくのを感じる。撃つはずがないという理性の声と、撃たれればマズルフラッシュで自分もろとも炎上するかもしれないという本能の声。狭間で揺れる思考はもはや被捕食者のそれでしかない。

 この時点で、勝負は決まっていた。


「ンぐぶっ!?」


 マルガの一撃に男が痙攣のように跳ね上がり、次いでくの字に折れ曲がる。末期の息を吐きながらもマルガに首を押さえられて倒れることもできず、ぴくぴくと悶絶するだけの肉の塊となっていた。

 縮みあがった股間だろうが、思い切り膝を入れられれば地獄に行けるらしい。安全装置をかけ直して鼻で笑ってみせる。


「はん、フニャチンが。マジで撃つわけねえだろ。

 こんなんで弾なんか使うもんかよ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ちったあ女ゴコロってもんを考えろや」


 やはりこいつもこの程度――先までの高揚を失望と虚しさが塗りつぶしていく。

 足りない。もっとだ。もっともっと死にもの狂いになって、目の前のことだけでいっぱいになって、なにもかもを忘れたいのに。


(やっぱ、そんな気持ちにさせるのは一人だけ、か)


 それはさておき、この機を逃すわけにはいかなかった。仲間を押さえられた暴徒がなりふり構わずこちらへ殺到するより先に、男を引きずったまま門前に撤退する。


 そして一瞬グレーテルと肩を触れあわせ、互いに小さく囁いた。


「んじゃ副分隊長、あとは任せまーすよっと」

「……礼は言わないわよ、この無茶苦茶鉄砲玉女」


 ぶっきらぼうに言い捨て、イルムガルトを引き連れ門をこちらに譲るグレーテル。暴徒が二人に意識を向けるより先、すかさず入りこんだマルガは拳銃をナイフに取り替え、男の首筋に突きつけた。


「ハイハイお立ち会いお立ち会い。動かない方がいいぞ、お仲間の頸動脈が惜しけりゃだけどさ」


 群衆の視線が一点に集まる。敵意と畏怖と混乱、あらゆる負の激情がマルガを射抜く。


「お前ら……! フリッツを人質に取るだけじゃ足りねえってのか!?」

「んんー? あー、副分隊長がなんかふっかけたか。まあそういうことだよ。こんなか弱い乙女が狼の群れに立ち向かうんだ、肉壁くらいないとフェアじゃねえよな」


 言って、男の首を大きく反らせて刃をぴったり添える。後ろからでもしっかりと見えるように。

 高波のごとく押し寄せるざわめきはとどまるところを知らず、しかし誰も一歩でさえ踏み出せない。半ば裏返った声が自らを鼓舞するように呼びかける。


「ひ、人質なんだ、殺せるわけねえ。あんなとこ切っちまえば死んじまう、ただの脅しに決まってる!」

「あー、言われてみりゃ確かにな? んじゃこれでどーよ」


 ナイフを手の中で反転させ、逆手に持ち替える。切っ先はためらうことなく男の眉間へ。未だ悶えるその皮膚を軽く二、三つつくと、しんと静まり返った周囲に向け、にんまり歯を見せて笑ってみせた。


「頭蓋骨ってのは丈夫なんだろ? いや知らんけどさ。まあこっから下まで、ちょっとかっ捌いたくらいじゃ死なんわな」


 と、まあ軽く脅かしてはいるものの、これも本気ではない。もちろんいざとなったら実行に移すつもりだが、策の中心はもはやマルガの側にはなかった。

 これで自分の役目は終わりだ。あとは任せて待つだけだろう。


(副分隊長、しっかりやってくれっかなあ)


 暴徒の意識を一手に握りつつそんなことを思った矢先、かつん、と地面になにかの落ちる音がわずか耳に触れた。


 暴徒らの足元から噴き出しては広がっていく白煙。塞がっていく視界と、煙のうちにこだまする戸惑いの声。その中でただひとり微動だにせず立つマルガは、上出来じゃんと密かにほくそ笑んだ。

 屋外だ、煙幕もたいした時間は保たず、すぐに目の前の景色は晴れていく。しかし彼女らにとっては、これだけでも十分だった。


「――全員、動くな!」


 グレーテルの声がざわめきを突き破る。

 そして薄くなった煙の向こうからのぞいたのは、暴徒たちを取り囲む黒々とした銃口だった。

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