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その仇花で撃ちぬいて  作者: 橘こっとん
第2章―その抗いをつらぬいて
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2-18伍長グレーテルの奮闘①

 本当にマジもう無理ふざけないでよさっさと引き下がって諦めて帰れ。


 害虫のごとく諦めの悪い暴徒に対処しつづけるグレーテルの、それが掛け値なしの本音だった。


「っだーもう!!! いい加減にしろってば! 終いにゃ撃つわよ!」

「うるせえカス軍人! 女は黙ってろ!」

「やれるもんならやってみろよ、さっきみたいによ!」

「フリッツを返せー!」

「ケストナーの売女、出てこい!」


 どれだけ警棒の威嚇で突き放しても門へ距離を詰める様子は、引いては寄せる波の流れに似ている。

 実際、もう「流れ」はできてしまっているのだ。今はグレーテルたちが門前に陣取り、衛兵隊の門番ふたりも内側から必死に閉じているが、このままでは突破も時間の問題だろう。


「やた~! 撃っていいんですか、あたしじゃんじゃん当てますよ~!」

「やめろバカ!! これ以上事態ややこしくすんな!!」


 イルムガルトが銃をコッキングしかけたのを間一髪で止める。対人発砲許可は今日のシフトに入る時点ですでに降りていたが、今撃ったところで暴動という名のパニックに拍車がかかるだけだろう。

 この人数差もよろしくない。士気も団結力も削ぐことができないまま開かれた戦端だ、分裂させて各個撃破も難しい。実質的には防衛戦であることを考えれば圧倒的な不利だった。


 加えて、一向に来る気配のない増援――


「ちょっと、衛兵隊は一体何してんのよ! 屋敷にもっといるんでしょ、早く援護に来させなさいよ!」

「あっちはあっちで忙しいんだ、こんな急な暴動にすぐ出てこれるかよ。

 安心しろ、ここは俺たちが死守する、お前らもせいぜい頑張るんだな、女ども」

「こんっの、役立たずが!」


 背後に向けて毒づきながらも、その真意はグレーテルも半ば理解できていた。


 ――衛兵隊は加勢に来ない。

 さすがにこの数の難民たちを意図的に見逃したとまでは思わないが、わざわざグレーテルたちだけに応戦させていることは明らかだ。その証拠に、屋敷からはこちらを伺う気配こそあれ、応援をよこす様子はまるでなかった。


 これでどうやって暴徒を止めろというのか、と一瞬眉をしかめたが答えは簡単だ。止めさせるつもりなどない。

 より正確に言えば、グレーテルたちが抑えきれなくなるまで介入する気がないのだろう。特別措置小隊が惨めに敗北し、その後で躍り出た衛兵隊が華々しく勝利を飾る――そんなシナリオになっているはずだ。


(「いざという時は衛兵隊そっちのけでやれ」って、そういうこと……!)


 交代前にヴィルヘルミナから伝えられた言葉が頭をよぎる。おそらく小隊長ツェツィーリアもこの展開を読んでいた。明言しなかったのは確証がないからか、あるいは余計な疑念を抱かせないためか。グレーテルの頭が追いつかなかっただけというのは、あまり考えたくない。


「ほんっと、最っっっ低!」


 誰にともなくぶちまけて、振り下ろされたスパナを避ける。回避の隙を作ってやるために一拍おいてから、警棒を横薙ぎに一閃。人波がまた一歩後ろに退がった。


 隣のイルムガルトも殺さない程度に敵を蹴散らしている。今のところ、こちらにもあちらにも被害を出していないあたり善戦と言えよう。

 とはいえ状況は一切好転していない。このままでは人数差で押し負ける。


(こうなったら、あいつら呼ぶしかないわね……)


 路地に置いてきたふたり、タマラとベアテ。伏兵がいた場合の備えと衛兵隊の援護を当てにしていたこともあって予備にしていたのだが、こうなれば参戦させるしかない。ふたり増えたところでどうにかなるか怪しいのはさておき。


 チッと舌を打つ。お手本のような戦力の逐次投入、下の下の愚策。まさか自分がそんな轍を踏んでしまうなんて。

 最悪だ――そう物思いに耽っていたからだろうか、いや言い訳などできない。一瞬の影が視界をかすめ、見上げた時には遅かった。


「あ……っ!」


 人波の向こう、柵をすりぬけていく酒瓶の細いシルエット。手を伸ばしても届かずに、あっさりと敷地のうちへと放物線を描いていく。

 少年が持っていたのと同じだ。火炎瓶。暴徒の壁のどこか、下手人が声高に叫ぶ。


「これは警告だ! さっさとケストナーか女を出せ、次は火を点けるぞ!!」


 ということは先の火炎瓶は点火されていない、などと安堵する間もなかった。次やられれば今の分も含めて延焼するだけだし、そもそもこの火炎瓶投擲で「特別措置正体に暴動鎮圧能力なし」とされ、衛兵隊が乗り出してきてもおかしくない。


 まずい、と警鐘がひときわ強く鳴りはじめる。衛兵隊が出てくれば暴動は収められるかもしれない。しかしここで衛兵隊に助けられてしまえば、ただでさえ低い小隊の地位はなお貶められることになる。

 下手をすれば警備の任を解かれ、将来的には規模縮小か解散……部隊のためにもグレーテル自身のためにも、それだけは絶対に受け入れられなかった。


(私はもっと、軍人として上にいかなきゃならないんだから――!)


 かといって、起死回生の策が急に閃くわけもない。こうなれば発砲してでも火炎瓶の投擲だけは止める、だが仲間をやられれば暴徒は本当に手がつけられなくなる。ならば煙幕で一時的にでも視界をふさいで行動不能に、だが煙が晴れれば結局は――


 思考の堂々巡り、その間にも決断の刻限は迫る。とりあえずは煙幕で時間を稼ぎ、ベアテとタマラの介入する隙を作り出す……そう発煙手榴弾に手を伸ばした途端、背後からひときわ大きな足音が届いた。

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