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その仇花で撃ちぬいて  作者: 橘こっとん
第2章―その抗いをつらぬいて
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2-16伍長グレーテルの独壇場②

 グレーテルは銃を降ろして、しかしホルスターには収めない。一行は目算でざっと30人。下手に刺激するのも丸腰で調子に乗らせるのも避けたい。


 少なくとも応援の部下イルムガルトや衛兵隊が来るまでは、対話で場を保たせる。あわよくばそのまま尻尾を巻いてお帰りいただく。グレーテルの手にかかれば出来ないことではない。


「軍人……」

「軍人だ」

「俺たちを追い返すためにか?」

「やっぱりケストナーの野郎、自分だけ守られやがるつもりなんだ」

「邪魔だ軍人野郎、退け!」

「おあいにくさま、野郎じゃないの。退いてあげる謂れはないわ」


 次第に沸き返っていく怒号の中で、かろうじて聞き取れたものに返事をしてやる。アヒルの群れでもここまでガアガア言わないだろう。きついポモルスカ訛りもあって聞き取りづらい。


「それにケストナー大佐はお留守よ。私たちはただの留守番役。アポ取って出直してきなさい」

「それならそのご立派な家も何も叩き壊してやるだけだ!」

「そうだ、それにあの売女はいるんだろう! ケストナーがいないならそいつを出せ!」

「売女ってあんたら、それ夫人のこと?」


 随分な言われようだ。シャルロッテ自身はポモルスカ人へ特に何もしていないのに。


「それに先に手を出したのは手前らだ、昨日俺たちの仲間を捕まえただけじゃ足りないのかよ! フリッツを返せ!」

「はあ? 誰よそれ」

「しらばっくれるな! 聞いたんだぞ、フリッツがここに連れこまれたってな!」

「まだガキだぞ、お前らに良心ってもんはねえのか!」

「あー……ハイハイ、そういうこと」


 覚えのない名前だが、文脈的にあの生意気な少年のことだろう。予想はしていたが、この物騒な連中は彼やその父親の仲間ということらしい。

 そしてこの貧相な武装と、「近くにずっといた」というタマラの証言、なぜか少年の持っていた爆竹から考えると……


「……あんっっっのクソガキが」


 フリッツとかいうらしいあの少年がケストナー邸に放火して、爆竹で音の狼煙を上げる。

 それを合図にこの連中が隊列組んで殴りこんでくる。

 そういう計画性が浮かびあがってくるわけで、要するに、フリッツは偵察兼号砲役だったわけだ。


「じゃああのガキが目当てってわけ? 喜んで返品するわよあんなの。それでお帰りいただける?」

「ふざけるな!」

「そうだ! 親父たちに続けて子どももだなんて黙っていられるか!」

「その程度でなあなあにされてたまるかよ!」

「……まあ、そうなるわよね」


 やはりただの話し合いで収めるのは難しそうだ。最初からその気だったようだし、この敵愾心には相当のものがある。

 そして向こうがその気なら、こちらもいくらか卑劣ダーティーな手を使うしかない。


「確かにあんなガキ、私たちにとっちゃ邪魔なだけだし返せって言われれば返すけど。忘れないでね、あの子の身柄はこっちにあるの」


 声音をもう一段階冷たくする。ヴィルヘルミナなら子どもをこんな風に使うやり方を嫌うのだろうが、まだ彼女の命令が来ていない以上ここは自分の独壇場だ。グレーテルの考える最善をやらせてもらう。


「ケストナー夫人はあの子をお客様としてお迎えしたみたいだけど、あいにく私たちはそこまでお優しくないわ。はっきり言うわね。ここで引き返さない限り、あの子の安全は保証しない」

「てめえ、脅そうってのか」

「さあね」


 もちろん脅しを実行に移す気はない。使えるハッタリは徹底的に使うだけだ。


「逆に言えば、回れ右して帰るならあのガキ無事に帰してあげる。まあ、あの子がもうバカな真似しないって約束してからだけど。

 取引よ。復讐心か良心か、お好きな方を選びなさいな」


 そう選択肢を与えれば、与太者たちがにわかにざわつきはじめる。フリッツの安全を優先させるべきだ、でも約束を守る保証は、だけどここで下手に突っこんだら、そもそもここまでやっちまったらもう……


 意見は割れながら混じりあい、もはやひとつの群として機能していない。


(ま、私としてはどっちでもいいんだけどね)


 グレーテルにしてみれば目的は時間稼ぎなのだし、最悪交渉決裂をしても抑えこめればいい。素直に帰ってくれるならもっとだ。

 とにかく場の主導権を握る。そして士気と団結を切り崩す。戦術の第一要素である人数で負けているのだ、それくらいしないとハンデは埋められない。


 これが副分隊長グレーテルの戦い方。相手を見極め、思考を誘導し、こちらの望む状況へ持っていく。行き当たりばったりの部下とは違う。見たかバカどもこれが頭脳派というやつだ――


 などと若干悦に入っていると、計算の遥か外、鳴りわたる銃声が耳朶を打った。


「んなあっ……!?」


 反射的に身を伏せる。続く発砲音はない。

 誰の仕業なのか。門の衛兵隊も同じく伏せているから彼らではない。では襲撃者たちのなかに銃を持っている者がいたのかと一瞬ヒヤリとしたが、「銃声!?」「おい、みんな大丈夫か!?」と騒ぎだす様子を見るに違うらしい。


 だが、それはそれで大問題だった。


「おい、引き返せば不問って話じゃなかったのか!」

「まさか今までの全部罠か? ここで俺たちを一網打尽にしようってハラで……」

「やっぱり約束なんて嘘だ……フリッツも俺たちもみんな憲兵警察送りにするつもりなんだ、あいつら!」

「畜生、軍人なんてどいつもこいつもクソッタレだ!」

「ちょっ、バッ、待ちなさいよあんたら! 違う!!」


 起きあがって否定するも誰も耳を貸しやしない。ざわめきがあちこちで連鎖し、怒号がひとりでにボルテージを駆け上がる。もはや交渉で解決できる状況ではない。


 最悪のタイミングだ。たとえ銃声が鳴ったとしても、撤退に意見が傾いていたならそれを後押ししただろう。あるいは襲撃を強行しようとしたところなら、包囲の印象を与えて抑止力にできたかもしれない。

 だが、意見がバラバラに乱れて統制の取れないこの段階――過剰な刺激はパニックを生み、疑念は強迫観念に進化する。完全に制御不可能だ。


(いったい誰よ、こんな大バカやらかしたの……!)


 焦燥のなか唇を噛む。予想外の事態だ。もうグレーテルの策ではどうにもならない。

 どうすれば、どうしよう。暴徒と化した群勢の前でひたすら脳が空回る。次の策、この人数差と暴走気味の空気、引き止められないならやるしかない、でもグレーテルひとりでは。


 そんな停止寸前の思考にするりと入りこんできたのは、あまりに場違いすぎて苛立ちすら覚えるほど軽やかかつテンションの高い声だった。


「やっほ~グレーテル伍長~! 呼ばれて飛びでてみんなのイルちゃん登場です~! 平々凡々人畜無害なグレーテル伍長をお助けにあがりましたよ~!」


 路地の角からひょっこり姿を現し、空気も読まずぶんぶん手を振ってくるイルムガルト。ほぼ反射で怒鳴りつけようとした口は、その手に握られているものを見たとたん、何の言葉も発さない空洞になった。

 まるで応援旗のように無造作に振られているのは、黒々と陽を跳ね返す、一丁の拳銃。


「……まさか、あんた?」

「ん~? はい、あたしですよ?」


 こうまであっさり言われると叱る気力も湧かない。ロクでもない真似はすんなと伝令したばかりだというのに。やはりバカだ。救えない。

 だが暴発寸前の連中を前にした今、救えないバカだろうがなんだろうが全力で使うしかないのだ。


「っあ~~~もう、しょうがないわね! イルムガルト、迎撃準備! こいつらひとりも敷地に入れるな! 戦意のある奴らは死なない程度にボコりなさい、あと副分隊長って呼べ!」

「あいあいさ~! イルちゃんにお任せあれ~!」


 分かっているのか分かっていないのか、意気揚々と飛び跳ねてはへらへら笑っているイルムガルト。一瞥するだけで頭が痛い。

 これが片付いたら泣くまで説教してやるとだけ考えて、グレーテルは襲いくる人波と対峙した。

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