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物に宿る精霊が見えるのでアンティークショップで働きます  作者: 氷純
第一章 帝政期編

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第二話  初仕事

 店の奥の扉から入れる居住スペースはチトセの予想よりもかなり広かった。

 店舗兼住居とはいえ、アシエラが一人で住んでいたとは思えない敷地面積だ。もっとも、宿り精霊や孵化精霊があちこちに飛んでいるので一人暮らしというには語弊があるかもしれない。


 好き勝手に飛んでいるように見える精霊たちにも一応のルールがあるらしく、寝室やお風呂には近寄らない。アシエラが案内してくれたのはそんな精霊が近寄らない部屋の一つだった。


「ここを自由に使って。足りないものがあれば言ってくれれば揃えるからね」

「広すぎて落ち着かない」

「折角雇った店員を物置に住まわせるわけにはいかないでしょ」


 精霊たちには改めて、この部屋には近寄らないよう言い含めておくと言って、アシエラは夕食の準備をするため部屋を出ていった。


 チトセは部屋を見回す。

 少し上等な木のベッドや机と椅子。衣装箪笥もある。客間だけあっていつでも使えるように最低限の家具が置かれているが、家具に宿り精霊がついている様子はない。

 念のため、チトセは机の引き出しや箪笥を開けて中に精霊が隠れていないか確かめる。


「エティも最初の頃はこういう場所に隠れて遊んでたよね」

「シラナーイ」


 忘れた振りをして顔を逸らすエティにチトセは小さく笑い、小さな窓に歩み寄る。チトセの手のひらサイズの木枠が九つ、その中にガラス板がはめ込まれた少しオシャレな窓だった。

 窓の外は店の裏手の通りを見下ろせるようになっている。路地の陰などに目を配り、マフィアの若手が張り込んでいないのを無意識に確かめた。


「チトセ、フク」

「服? あぁ、汚れてるもんね」


 チトセは自分を見下ろして顔をしかめた。裏町を走り回ったせいで泥跳ねや土埃がついている。このままベッドに寝転がる気にはなれなかった。

 寝る時は下着姿になるしかないのかとうんざりするも、今から自宅に服を取りに帰るわけにはいかない。十中八九、バジガンファミリーが張り込んでいる。

 夜のうちにこの服を洗って、多少乾かなくても明日はこの服を着るしかないだろう。


「エティ、いつでもすぐに戻れるようにしてね」


 そう言って、チトセは懐から短剣を取り出した。

 革が巻かれた鞘に収まるその短剣はエティが宿る、いわば本体だ。宿り精霊は孵化精霊とは違い、ついた物品から遠くに離れることはできない。

 裏を返せば、宿り精霊のエティがチトセの傍にいる時点で本体を持ち歩いていることを宣伝しているのと変わらない。宿り精霊が付くほど大事に扱うからには相応の理由がある。多くは金目のものだ。

 だから隠すのならエティ自身も隠れないとならない。


「こんな家に住むくらいだからアシエラさんがお金に困っているとは思えないけど、一応ね」

「ワカッタ」



 一夜明けて、チトセは運よく乾いた服の袖を通してリビングに出た。

 朝食を作っていたアシエラが肩越しに振り返る。


「おはよう。よく眠れた?」

「ベッドが柔らかすぎて落ち着かなかったけど、眠れた」

「そのうち慣れるよ」


 トマトとハムのサラダと黒パン、オニオンスープがテーブルに並べられる。裏町育ちのチトセからするとかなり豪華だが、表町はもちろん下町でも見られる普通の朝食だ。

 なんとなく生活の格差を感じていると、アシエラが向かいの席に座る。


「食前の祈りとかしたいなら好きにして。わたしは食べるけど」

「私も神は信じてないよ」


 黒パンをちぎって食べていると、アシエラがチトセを見つめていた。


「なに?」

「裏町の生活は詳しくないけど、テーブルマナーなんて身に付く環境なの?」

「言うほどマナーはしっかりしてないでしょう。自覚があるから変なところがあったら指摘して」

「そういう質問じゃないんだけど……。まぁいいかな」


 あっさりと疑問を投げ捨てて、アシエラが話を続ける。


「店にその格好だと流石に出られないから、エプロンドレスを用意しておいた。多分ぶかぶかだと思うけど我慢して」

「文句をつけられる立場じゃないもん」


 チトセの言葉にアシエラがくすくす笑う。

 生意気な子供を見る目にむっとしつつも、チトセはふと思い出してフォークを置いた。


「仕事は何をすればいいの?」

「食べ終わったら軒先の掃き掃除をお願い」

「分かった」


 他の仕事内容は掃き掃除が終わってから聞けるらしい。

 パクパクと素早く食べ終えて、チトセは席を立ち、食器をキッチンへ持っていく。流れるようなその動きを見て、アシエラが目を細めた。


「育ての親の名前を聞いてもいい?」

「……デポッサ。本名かは分からないけど」


 食器を洗い、チトセはアシエラを見る。


「箒はどこ?」

「店のカウンター裏にあるから使って」

「行ってきます」


 チトセは部屋に戻って扉の前に用意されていたエプロンドレスを手に取った。

 少し色褪せたワインレッドのエプロンドレスだ。フリルなどもなく実用的なデザインに見える。前掛けに大きなポケットがついていた。

 部屋で着替えてみたものの、丈が長すぎる。ドレスの裾が床についていた。

 十歳という年齢は店や屋敷で見習いとして働くにも少々幼すぎる。当然、仕事着として作られているこのエプロンドレスがチトセの背丈に合うわけがなかった。


 しばし考えて、裾を持ち上げて折り畳み腰の帯の裏に隠す。多少はましになったが不格好なのは変わらない。


「チトセ、ヘン!」

「言われなくても分かってる。後で丈を詰めよう。裁縫道具は借りないといけないけど」


 エティに笑われながらもチトセは割り切って部屋を出た。

 洗い物をしていたアシエラがチトセを見て申し訳なさそうな顔をする。


「新しいのを仕立ててもらわないといけないね」

「これを縫っていいなら私が丈を詰めるよ」


 店舗スペースに出ると早起きの宿り精霊たちが出迎えた。


「オハヨウ!」

「……おはよう」


 精霊たちから一斉に挨拶されて少し気圧されながら、チトセはカウンター裏を覗き込む。好奇心旺盛な精霊が何体か、チトセの周りに飛んできた。

 エティがチトセの肩から飛び立ち、迫ってくる精霊の前に立ちふさがる。


「アッチイケ!」

「ナンデ!」

「ミタイ!」

「ハナシタイノ!」

「ウルサイ!」


 わーわーと口喧嘩する精霊たちを見て、チトセはため息をつく。


「やっていけるかな……」


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