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物に宿る精霊が見えるのでアンティークショップで働きます  作者: 氷純
第一章 帝政期編

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第十三話 蚤の市

 蚤の市の午前の部は戦場もかくやの慌ただしさだった。

 会場中のあちこちで交渉の声が聞こえ、突発的な競りが始まっている店まである。

 アシエラの店はというと、客が来るには来る。

 しかし、エルフのアシエラに気付くと如実に客の腰が引けてしまい、いまいち売り上げに結びつかないでいた。


「別に高級店じゃないんだけどね」

「高貴さが隠れてないんだよ。煤にまみれてきたら?」

「あっはっは、その程度で隠れるわけないよ!」


 漫才染みたやり取りをすれば多少は客も踏み込んできてくれるのだが、


「あの、この商品ってなんですか?」


 客が質問するのは決まってチトセの方だった。やはり、エルフに声をかけるのは気後れするものらしい。

 事前に商品の説明は頭に入れてあるので、チトセはよどみなく商品の説明に移る。


「アンティークの香炉です。ミナッツォ王国で二百年近く前に作られた品で、石工の方々が手遊びに製作していたので当時から比較的安価に流通していました。希少価値はありませんが、香炉から出る煙の流れを含めて楽しめる品になっています」


 香炉から立ち昇る煙が打ち寄せる波のようになり、決められた位置に光源を置くと港町の影絵を描き出す。

 手入れの仕方も踏まえて説明すると、客も興味を引かれたらしくその場にしゃがんで香炉を見つめる。


「いくらでしょうか?」

「銀貨三枚です」

「ください」


 銀貨三枚を受け取って、アシエラに確認してもらい、香炉を客に売り渡す。

 香炉についている宿り精霊がチトセとアシエラに手を振っていた。


「バイバーイ」

「マタネ!」

「オゲンキデ!」


 店に残っている宿り精霊たちが明るく見送っている。

 チトセも手を振って客と宿り精霊を見送り、売れた香炉の代わりを在庫から出してくる。


「チトセちゃんのおかげでちゃんと売れるよ。名実ともに看板娘だね」

「私がいなくても参加してたんでしょ?」


 参加費の件といい、アシエラはこの蚤の市の手続きに慣れている様子だった。以前に開催した時にも参加していたのだろう。

 チトセがいない場合でも商売として成立するような策はあったはずだ。


 アシエラはニヤリと笑うと、通りがかりの客を眺め、目があった瞬間に手を振った。

 一瞬びくりとした客は自分に手が振られていると分かると、アシエラを無視することもできず恐る恐る近付いてくる。

 これじゃあ脅迫だ、と白い目を向けるチトセにアシエラは肩をすくめた。


「後は任せるね」

「まったく……」



 お昼が近くになり、客足も鈍ってきた。

 客の代わりに大広場に入ってくるのは近所に展開している屋台の香り。潮の香りなんて目じゃない強さの香りは腹をすかせた客たちを自然と呼び寄せているらしい。

 いま買いに行っても並ぶだけだろう。昼食はもうしばらくお預けだ。


 そう考えたのはチトセだけだった。


「チトセちゃん、お昼を食べておいで。午後からはかなり忙しくなるから」


 アシエラが売り上げから銀貨を一枚とって渡してくる。


「私の分もお願いね」

「いいけど、多分どこも混んでいるから遅くなるよ?」

「大丈夫。一時間や二時間くらいは余裕があるし」


 アシエラは軽い調子で言ってチトセに銀貨を握らせた。二人分であることを考えても多いが、お祭り価格で食品が値上がりしている可能性を考えての金額だろう。

 アシエラが隣の古書店主に声をかけた。


「フラーヤさん、オーミーちゃんに道案内を頼めませんか? 昼食を奢りますので」

「構わないよ。この業界で子供同士の繋がりなんて滅多にできるもんじゃないからね。大事な縁だ」


 多めにお金を持たせたのはそれが理由かと納得して、チトセはため息をつく。

 自分は宿り木の庭の居候だ。業界の繋がりを作っても意味がない。

 チトセは立ち上がり、オーミーを見る。すぐ隣で同じく立ち上がったオーミーが笑顔で会場の外を指さした。


「地元民しか知らない美味しい店を教えてあげる」


 それなら混まないかもしれない。

 チトセはオーミーに礼を言って店を出る。チトセたち以外にも、あちこちの店から手伝いや弟子らしい若手が昼食を買い出しに行く姿が見える。


「いってらっしゃい」


 アシエラがそう言うと宿り精霊たちも口々にチトセを見送った。

 人の流れに逆らわず会場となっている大広場を出ると、オーミーがしきりにチトセを振り返る。身長が十センチ近く違うのもあってチトセを見失わないか心配らしい。だが、チトセにはエティがついている。迷うことはまずない。


 手をつなぐ気はないので、チトセはポケットに手を突っ込んだ。スリ対策を考えても合理的だ。

 この町は比較的治安がいいのか、騒動は起きていないらしい。


「チトセちゃん、こっち、こっち」


 オーミーに手招かれて、横道にそれる。住宅街を通る細い道だ。迷い込んだのか、人込みを避けたのか、他所の人間らしい姿もちらほらと見受けられる。ほとんど一本道なので迷うこともないだろう。


「この奥に美味しいパイを出すお店があってね。でも、おすすめはイカ墨入りのピザだったりするんだけど――」


 楽しそうにお店の料理の話をするオーミーと歩いていたチトセは小道の奥にいる若い男の集団と目が合った。

 すぐにオーミーの手首を掴んで引き留める。

 若い男の目つきが明らかに帝都の裏町で見るようなガラの悪さだったからだ。


 普段であれば無視して横を通り抜けるところだったが、若い男の視線はチトセにしっかりと固定されている。目的があって待ち伏せていたように見えた。

 遅れて気付いたオーミーが震える手でチトセを庇おうとする。


 しかし、若い男の目的は明らかにチトセだ。巻き込まれただけのオーミーの手を押しのけて、チトセは一歩前に出た。

 チトセから目をそらさないまま、若い男はその場で足を止めて値踏みするようにチトセを眺め、口を開いた。


「エルフがやっている出店の売り子だな? 白光螺鈿の商品は扱ってないか?」


 名乗りもせずに本題に入る失礼な物言い。


「白光螺鈿?」


 チトセが聞きなれない単語に聞き返すと、オーミーが耳打ちした。


「サウベリア王家の秘伝技術だよ。螺鈿細工に魔法処理をして白く発光させるの」


 流石、古書店の売り子だけあって知識が豊富だ。それともサウベリア王国系の住人にとっては常識なのか。

 チトセは考える素振りを一瞬見せてから、首を横に振る。


「……そんな商品はないね」


 言いながら、チトセは胸元にいつも忍ばせている短剣に手を添える。短剣に宿っているエティがチトセの頭上で臨戦態勢をとった。

 チトセが何を言っても信じてもらえる保証はない。向こうが荒事に出るなら対応しないとならない。

 若い男がチトセを見て目を細める。


「妙に肝が据わったガキだな。エルフが連れてたってことは見た目通りの年齢じゃねぇのか?」

「女に歳を聞くのはマナー違反でしょ?」

「はっ、一丁前抜かしやがって」


 チトセの返しが気に入ったのか、若い男は初めて笑みを見せて踵を返す。


「お前ら、船に戻るぞ」


 それだけ言って若い男は遠くにいたガラの悪い仲間たちを引き連れて人込みへ消えた。


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