女神様は微笑む
戻って来ることが出来ました…!本当に嬉しく思います!どうか続きをお楽しみ下さい。
────ガタゴトガタゴト…と走る馬車が、歪に突き出た石畳を乗り越えたらしい。ゴットン!と馬車が跳ねて、中に座っていたユーストスとケイトは一緒に跳び上がっていた。
向かっている先は、郊外にある古いお屋敷だ。
ユーストスは馬車酔いしないよう気を付けながら、手元の『招待状』に目を遣った。
───「新月の宵、特別なお客様に特別な夜会を催します。ご参加の方は、必ず特別な『コレクション』をご同伴の上、館までお越しください」───。
そんな内容の招待状を持ち込んできたのは、目の前の席に座る少女、ケイト・ロヴン・アイロワ侯爵令嬢だった。
彼女は密かに人間コレクターとしての顔もある父宛ての郵便物を、黙ってくすねていたのである。送り主は、表向き古美術品を扱っている小さな団体だった。
「絶対何かあるわよ」───そう言ったケイトの瞳は爛々と輝いていた。
「…まさか、潜入する気ですか?」
「ええ。父は宝石や絵なんかの美術品もよく買い付けるの。こういうパーティーに夜な夜な出掛けて行っては、ね」
「……確かに、コレクターが集まる夜会には『黒い宝石』について知る人がいるかもしれませんが……」
「それどころか、本人が参加しに来る可能性だってあるわ!」
「でも…危険すぎますよ」
「危険も承知の上──ていうか、黙ってても遅かれ早かれ宝石の持ち主にはことの顛末がバレてしまうはず。ここまで執念深く宝石を捜索するような奴よ……見つかったらどんな目にあわされるか、分からないわ!」
「……完全に自業自得ですが、姉上を思ってのことだったわけですから、一応続きを聞きましょう」
「ええ、そうして。───だったらまだ私のことがバレてない今のうちに、こっちから仕掛けて相手の素性を調べてみた方が得策だとは思わない??相手の弱みが掴めればなお良いわよね」
「………………でも、あなたはアイロワ侯爵ではないでしょう??」
「そこは安心して!ほら、ここ!」
嬉々としたケイトが指差した先には、ドレスコードの記載。
「………『仮面』………」
ポツリとユーストスが呟くと、ケイトが「そう!」と今度は自身の顔の横で指を立てた。
「つまりこの夜会は、仮面の夜会───『マスカレード』なのよ!」
「だから最初から身元確認なんてされないの。求められてるのは『金づるかどうか』と、この招待状だけ!楽勝で入れるはずよ!」と、ケイトが言う。
…………ユーストスはため息を吐いた。
「ますます賛成出来なくなりました」
「なぜ?」
「『なぜ』ってあなた…」
本当に不思議そうな顔で聞き返されて、ユーストスは心の底から呆れ果てた。
「…良いですか?!『マスカレード』と言うのは、身元が分からないのを良いことに『何しても良い』と勘違いした輩が酒を飲みまくって女性に無体を働く────っもうとにかく腐敗した集まりなんです!!」
「そんなところに貴族のお嬢様を放り込むなんてどうかしてる!」。
そう声を荒げたユーストスに、ケイトはつい…と顎を上げてみせた。
「…何よ、いい子ちゃん」
「────何ですって??」
珍しく眉をつり上げたユーストスが聞き返す。ケイトは怯まなかった。
「『いい子ちゃん』って言ったの!ユースは『世間知らずの坊っちゃんだ』、ってね!」
「…!…あなた……、」
「男の方が力が強いからって、女の強かさを舐めてんでしょッ?ふん、こんなの社交界とそう変わんないわよ。───『マスカレード』に来る女の子たちは、自分の意思でパイプを作るためにリスクを背負ってるの!起死回生のために、死にものぐるいで参加してるのよ」
「……それはっ!一部のケースであって全体の総意じゃない!論点をずらして自分を正当化するのはやめてもらおうかッ!」
「何よ!!」
「何だよ!!」
───気付いたら2人とも、立ち上がり肩で息をしていた。
ユーストスとケイトは睨み合う。
「「……………………」」
沈黙の後、2人はソファに腰を下ろした。
「「……ごめん」」
同時に謝る。
そして、ケイトがポツリと言葉を繋いだ。
「……私は、犯罪者よ」
「………」
「盗みもやったし、詐欺もやったし、人を殴って殴られて…………」
「………」
「………果てには母親に売られて奴隷堕ち。母親を憎んだわ。けど、ほんとはどこかで分かってたの、『私にはこれが妥当な結末だ』って」
「インガオーホーって言うの??」と、ケイトは少し苦笑いした。
「それがなぜかアル様に助けられて………ユースが言ってくれたみたいに、『貴族のお嬢様』としての皮を被って生きていくことだって出来たはず。………ほんとはアル様だってそれを………。……望んで、くれてるの、かも………、って」
ケイトが、目をギュッと痛くなるほど瞑ったのが見える。だがその一瞬あと、力なく弛んだ眼差しがこちらを捉えた。
「それでも私はまた盗みをして、人様の宝石を捨てた。………分かる??───私は根っこから、そういう人間なの」
「………」
「………分かったらこんな私のこと………、………特別扱い、しないでよ…………」
絞り出すような声を聞いて、心が張り裂けそうなほどに痛んだ。
「…………………………それは、俺を振ってるの??」
「。…えっ?」
ケイトがポカンと口をあける。
ユーストスは止まらなかった………否、止まれなかったのだ。
「……俺は君を、『特別だ』と思わずにはいられない。自分でもなぜかは分からないけれど、でも、そうなんだ」
「…………、……、…」
唖然としたケイトが口をはくはくさせる。そのあと、ようやく言葉を発した。
「こんなときに何言ってんの!?───そ…っ、そんなの困るわ!!」
「ええ」
「私のことが好きなの?!」
「分からない」
「……ほ、…………………ほんとに何を言ってんの?!?!」
「心底意味が分からない!!」と今にも叫びだしそうなケイトに、ユーストスは言った。
「それが知りたいんです」
「…はぁ?!」
「………俺は、あなたが『マスカレードに行かない』と言ってくれたなら、きっとすごく嬉しくなります」
「………」
「………。…ねえ。黙っていないで何とか言ったらどうなんです」
「」
ケイトが──────ほんの一瞬だけ躊躇ったのを、ユーストスは確かに見た。
「……行くわ。………最初から、そのつもりだったから」
「……」
「あなたにこの話をしたのは……、もし私が戻らなかった時に、騎士団に通報して事情を話してくれる人を作りたかったからなの」
「……」
「…………だから…………、ご免なさい」
そう言ったケイトに、ユーストスは小さく息を吐いた。
……それから立ち上がる。
「……何を申し訳無さそうな顔してるんです。ガラでもない」
「えっ...」
「もう終わったような顔をしないように。まだ、やるべきことがある。話はこれからだ」
「は、話って…!もう終わったでしょ!」
「いいえ、これからだ。──見て」
ふっと微笑んだユーストスは、招待状を手に取り翻す。
「『夜会にはお二人で』、ですよ」
そんなやり取りをしたのは、つい先日のことだ。ユーストスもケイトも目が痛くなるほど煌びやかな衣装に身を包み、このお尻が痛くなるような道程を進んで、館へと向かっている。
「────お客さん。つきましたぜ」
御者の声を聞き、ユーストスは馬車から降りた。
続いて、ケイトがそこから飛び降りようとするので、手を差し出す。
「……………、ちょっと。……良いわよエスコートなんて」
そう言ったケイトに、ユーストスが一歩踏み出し口を開いた。
「俺があなたを好きかもしれないから、怖じ気づいたんですか??───案外臆病者だな君は」
「なっ…、違うわ!私は断じて……」
と、言い訳しようとするケイトの手を、ユーストスは強引に掴んだ。
「あなたが勝手をするというなら、俺も勝手にします」
「…言ったわね??」
「言いましたよ??分かったら、この手を離さないように」
ユーストスはケイトの細くか弱い指先を、固く握り込んだ。
お代を払ったらさっさと駆けていってしまった馬車の音をBGMに、2人は『仮面』を被る。
────さあ、『黒い宝石』の探し主を、この夜会で炙り出してやろうではないか。
彼ら思春期の恋愛ってどこか勢い任せで、きっと端から見たら皆さんをすっごくハラハラさせてしまっていますよね…申し訳ありません。もう少々続きますので、恐縮ですが、彼らの成長も感じながら見守って頂けますと幸いです。よろしくお願いいたします。




