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鹿騎士は申請する

 リンゴーン……。


 と、マーナガラム本邸の呼び鈴が鳴らされたのは、夜の8時を回ったころだったろうか。

 アリアナは「いよいよヴォルフが帰ってきた!」と思い、リビングのソファからシュッと立ち上がった。

 久しぶりの再会が嬉しくて、軽くなる足取り。トントン、と軽快に近付きドアの10メートル程手前に達した時。


(─────違う)


 アリアナはピタリ、と足を止めた。


 今、玄関ドアの外に立っているのは、恋人ではない。


 それが、アリアナには分かった。


 気配の形は、大体その対象よりもひとまわり小さいくらいのもやみたいに感じられるのだ。

 しかし、それが当てはまらない人もいる。


 何を隠そう、ヴォルフがそうだった。

 彼の気配は、それが実体とほぼ変わらないくらいぴっちりと密度がある感じで、彼の象をくっきりと判別することが出来たのだ。まるで影のような印象である。遠くにいても、彼のシルエットのままなので、すぐヴォルフのものだと分かる。


 …でも、今読み取った気配はそれではない。


 くっきり感じるのは同じなのだけど、身体の割にぎちぎちと小さく圧縮されて、子供のような象を成しているのだ。


 その特徴には、覚えがあった。



「────レイ?」


「…アリー」


 呼び掛けて返ってきた声は、とても暗く、重苦しかった。



 「ただ事ではない何かが起こった」。



 そう察するのに十分な位の。



「……………………………」


 アリアナはドアの先をじっと見つめるようにしながら、ジャバジャバと不自然に波打った心をスッと鎮める。

 それが十分に凪いだ、と感じるまで呼吸を静かに繰り返し、身体の強ばりを解いてから、扉を開けた。


 ザー………。


 外は雨が降っていた。月の明かりも見えない夜だ。

 扉の四角で切り取ったみたいに、その向こうは真っ黒で。

 その真ん中、大分上の方に、鈍く光る2つの球体を見る。

 鳥は皆寝静まった頃かと思ったのに、遠くの方でカア、と鳴き声が聞こえた。


「───やぁ、レイ。こんばんは」


 そう声を掛けると、球体の光が一度消えてまた光った。

 ヌッ…と闇から踏み出された足を見て、相手が長く黒い雨具を着ていたのだなと分かる。


「アリー。……こんばんは」


 そう言いながら頭の覆いを外したレイバンの顔が、やっと窺えた。


「大事な話があるんだろう?」

「はい。…落ち着いて聞いて下さい───という必要は、無さそうですね」

「ああ、何でも聞こう。…君が落ち着いたらね?」

「……ぁ──、」


 レイバンは、冷たい片手を取られてようやく、自分が細かく震えていたことに気付いたらしい。アリアナはふ…と小さく微笑を浮かべる。


「………………………アリー」

「なあに?」

「ごめんなさい、俺…」

「いいよ」

「……!」

「さあ。……聞かせてくれ」


 ……レイバンは目を伏せてから、一、二度深呼吸をした。


「ヴォルフが誘拐されました」




◇◇◇




 ───次の日。

 外は昨日の雨が嘘のように晴れ渡っていた。


 時刻は朝の5時。


 国立騎士団、王都支部の偵察隊第2小隊長室には、4人の人間が集まっていた。

 アリアナとレイバン、そして部屋の主である第2小隊長のベルガレット。最後に第1小隊長の、ルーカス・マクローリンである。


「……なるほどな。それで『休暇を下さい』、か」


 と、ベルガレットがため息をつく。アリアナは昨日の内に、彼へざっくりとした概要の電話を入れていたのだが……「勝手な口約束では困る」、「上司として詳細な説明を直接受ける権利がある」と言われてしまい、仕方なく一晩待ったのである。

 執務机の椅子に座する彼は、アリアナの提出した『休暇申請書』を、目を細めて眺めた。


「昨日急に電話が入った時は驚いたが……本気で探しに行く気なのか?ヴォルフ君を??自分達で??」

「ええ。業務に支障をきたして申し訳ないのですが、なかなか人には任せておけない状況でして……」

「と言うと?」

「………これです」


 アリアナの隣に立つレイバンが差し出したのは、1枚のメモ用紙だった。



 ──「もう仕事に疲れた。家には帰らない、探さないでくれ。──ヴォルフ」──。



 そんな文字列が記されている。


「この文章は、ヴォルフの愛用していたペンで書かれています。アリーから婚約記念に贈られた物です。取り扱っていた店は『一点物』の品であることを売りにしていたので、インクも特殊なものを使っていました」

「これがその顔料と一致していると?」

「はい。もちろん、筆跡も」

「ふむ………」


 となると、この文章はほぼ確実に『ヴォルフ自身が書いた』と見て良い。


「ヴォルフはヴァナン王国の工場が改修工事を終えたので、その視察へ行っていたんです。このメモはその帰りの客船で、ヴォルフの部屋から見つかりました」

「なるほどな。これじゃ現地の騎士団は動きづらいか…」


 そう。一応通報はしたが、これは傍目に見ると「若社長が仕事に追われる日々に嫌気が差して、自発的に家出をした」という状況でしかないのだ。


「………でも、こんなのは絶対にあり得ない………」


 と、アリアナは呟く。

 ヴォルフが商会内のいざこざに頭を悩ませていた時ならいざ知らず、それが解消されたはずの今、彼が仕事を放り出すのは不自然だ───そう思う程、ヴォルフは仕事に対して情熱を燃やしていた。かつてないくらいに。


「ヴァナン王国で、ヴォルフが乗船したのは確認されています。

客船は、物資の補給をするためにヴァナンの隣──アールブ公国の港を経由していました。おそらく、そこで人知れず下船させられたのかと…」


 レイバンの固い声を聞きながら、アリアナは黙って目を閉じる。


(見ず知らずの土地で、急に襲われ連れ去られるなんて───)


 ………どんなに怖い思いをしているか。


 アリアナは目を開き、緑の瞳を一層強く光らせながら、ベルガレットを見た。


「───迷子は迎えに行ってあげなくちゃ。そう約束したんです」


「………」


「今は、こうしている時間が惜しい。小隊長、お願いです!早く探しに行かないと……ヴォルフが……ッ、」


 そう言葉を詰まらせた時、ベルガレットが「ハァ…」とため息を吐いた。


「…アリアナ。まさか君は本気で、俺がこの紙ッペラを提出させるためだけに、君を一晩引き止めたと思ってるのか??」

「…え?」


 声を上げると、ベルガレットが笑う。


「時間を置けば、冷静になれると思ったんだがな」

「…どういうことですか??」


 問うと、答えたのはルーカスだった。


「台風や。アル」


「『台風』?」


 聞き返すと、「んははぁ」と特有の笑い声を上げながら、ルーカスが髭を擦った。


「お前の旦那を拐った(やっこ)さんら、『雨の方が証拠が残りにくい』と思ったんやろが、そーれが裏目に出たな」

「ああ。連日の雨は、昨日の夜から超低速の大型台風に変化したんだ」

「ヴァナンの付近は今、大荒れや。その辺は昨日から波も高かったやろし、海路でも陸路でも、そう遠くへは行けへん」

「レイバン君、国境警備からの連絡は?」

「!事態に気付いてからすぐ対応を依頼しましたが、特に怪しげな情報は……」

「なら、犯人たちはまだアールブ公国内だ」


 ベルガレットがそう言い切る。


「アリアナ。昨日の君は、電話口での口調こそ冷静だったが、明らかに取り乱していた」

「…………、」

「『焦らず準備をして、出発は明日にしろ』とこちらが説得しても、台風の中出発しそうなぐらいには、な。だからあえて言わなかったんだ」

「………」

「なのに『こうしてる時間が惜しい』、とはな。随分ご挨拶じゃないか」

「……申し訳ありません……」


 返す言葉もなく、恐縮し切ってアリアナが謝ると、「目が醒めたなら良いさ」とベルガレットが肩を竦ませた。


「ヴァナンとアールブの国境は、足場が悪い。台風の中、陸路ではまぁ~越えれん。しばらくは奴さんも足止めやろなぁ」

「第1小隊長、随分お詳しいんですね…?」

「ウゥん。むかーし、ヴァナンを拠点にしとるギルドで働いとったことあってなぁ。アールブとか近場の国にもご贔屓さんがめっちゃおったから、あの辺りは詳しいんよ」


 そう言って、「ほほーん」と間延びした不思議な笑い声を響かせるルーカス。彼は、両眼をキラキラと光らせた。


「ギルドには情報もめっちゃ入ってくる。

アル。追っかけるばっかであてもないんやったら、そのギルドに顔出しぃ。口利きしといたるから」

「ほ、本当ですか!!」

「おォん、もっちろん!」


 「ありがとうございます…!」と言ったアリアナに、ルーカスは人好きのする柔らかな笑顔を向ける。そうしてから、ベルガレットの肩を掴みゆさゆさと揺らした。


「ベルにいきなし『手ぇ貸せー』言われた時は驚いたけど!昔のやんちゃが若い子ぉらのためになるならまあ、こんな嬉しいこともないわ」


 「やんちゃ……?」と首を傾げたアリアナに反して、「お前は今もやんちゃ坊主だろ」とベルガレットが吐き捨てる。

 揺さぶられたせいで乱れた前髪を、彼はスッと撫で付け直した。


「…今、アールブ貴族に交友のある貴族にも、協力を打診しているところだ。おそらく、何かしらの情報は得られるだろう」


 その言葉に、アリアナは驚いて目を見開く。───あの貴族嫌いな小隊長が、自ら交流を??


 すると、ベルガレットは口元をへの字にし、「心外だ」と言わんばかりに首を傾げた。


「君の夫は、俺の友人でもある。このくらいはするさ、当たり前にな」


「あ───、ありがとうございます……!!!」


 アリアナは大きな声で、感謝を述べる。


「あと、ジャックも稼働させよう。アールブには出せないが、アスガルズ国内でも何か動きがあるかもしれないし……。近頃は、上流階級にも顔が利きそうだからな」

「でも…確かジャックには、別件があるのでは……」


 アリアナが遠慮がちにそう言うと、「『別件』だと?」とベルガレットが眉を吊り上げた。


「ふん、あいつは政治の駒じゃない。俺の部下だ」


 「いざとなったらどうとでもなるさ」。

 そう言い放ったベルガレットがぽん、と『休暇申請書』に判を押した。



「────さぁ。では、これより君たち2人は、台風の後ろを追い掛ける形で、まずヴァナン王国に出発する。

そこでギルドの協力を仰げ。現地で得た情報は、必ず俺に共有するように。こちらでも、やれるだけのことはやろう」



 ベルガレットは、ニヤリと口端を歪ませる。


「俺たち全員の力で、ヴォルフ君を見つけ出すんだ」


「「はい!!」」





お読み下さりありがとうございます!

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