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鹿騎士は誓う

 ───「ヴォルフの様子がおかしい」。


 アリアナがそう感じ始めたのは、ごく最近だ。


 剣術大会にて結果を出すため、連休後も修行に励んでいたアリアナ。

 ヴォルフはヴォルフで、剣術大会後に迫る舞踏会を見据えて、色々と忙しくしていたようだった。


 たまにマクホーン邸にやって来ては、ユーストスと勉強会を開いている。

 ヴォルフ曰く、ミズガルダでも貴族達への流通を模索していた時期があり、その際に一通りのマナーを習得済みらしいのだが、やはり国が違えば作法にも違いがでてくるとのこと。

 スクールを飛び級し卒業間近である、優秀すぎる義弟にずいぶんとしごかれているようだった。




 そして、ある休日。

 アリアナは、ヴォルフをマクホーン邸の自室に案内していた。ヴォルフがユーストスとの勉強会ついでに「舞踏会用のドレスを作るため採寸をしておきたい」と言ってきたからである。………あわせて、「イメージを固めるために、手持ちのドレスを拝見させてほしい」、とも。


 そんなこんなで、アリアナとヴォルフの2人は一緒に扉を開いたのだ………そう、もう騎士団の寮に入るずっと前から、ほぼほぼ開いていなかったクローゼットの扉を、である。


「……これは…駄目だな。こっちも…。…ていうか…、なんだか全部、色が暗すぎないか?」

「うぅん……。でも、明るくて少女らしい色合いは、更に壊滅的に似合わないんだ」


 2人はクローゼットの前に腕を組んで並び、首を傾げながらそこに掛けられているドレス達を眺めた。

 いずれも、騎士となる前実際に着用していたものだ。赤やピンク、黄色などをくすませたような色合いのものばかりが並んでいる。これがパステルカラーとかになってくると、着たときにもっとへんてこな具合になるのだ……それがなぜなのかは、よく分からないが。


「───はいはいっ、洋服に無頓着な二人がにらめっこしててもしょうがないでしょ!私に任せなさい!」


 背後から声を掛けてきたのはアハルティカだ。彼女はいつ見ても変わらず麗しい………特に今は、腰に手を当て、目をキラキラと輝かせている。なるほど、この分野はアハルティカの独壇場というわけらしい。


「「………」」


 自覚のある「服に無頓着」な2人は、黙って素直にクローゼットの前から身を退いた。そして今度は、生き生きとドレスを眺めるアハルティカの方を眺める。


「古き良き貴族のドレスね…。どれも悪くないわ。

ただ、アリーの体型が新しすぎるのね……」


 一通り検分して満足したようだ。そのように講評し、アハルティカはくるりとこちらを振り返った。


「アリーには、このクローゼットに入ってる服と、私たちが持ってきた吊しのドレスをいくつか着て見せてもらうわよ!あと採寸も」


 「これと…、これとこれと~」と、アハルティカはさっさとクローゼットから古いドレスを抜き取る。そして、さらにそのドレスとは全く型の異なる既製品のドレス─多分、巷で流行っているのだろう─を、デザイナーの少女と共に、持ってきた荷物から次々選び取って、こちらに手渡してきた。


(そうか…。…色だけでなく、流行をどのように取り入れるかも、考えなければならないんだよな)


 普段、与えられた騎士服ばかり着ていると、そのあたりが疎くなっていけない。


 自分では絶対に出来ないことを、大変楽しげにやってのけるアハルティカに対し、アリアナは改めて尊敬の念を抱いた。


「さっ、着てきてちょうだい!」

「ああ。休日にありがとう、ハル」

「ふふっ、良いのよ~♪アリーに似合う、とびっきりのドレスを作るからね!」


 そう言って、美女が「むんっ」と細腕で力こぶをつくって見せる。その様があまりにも愛らしいので、アリアナは思わず笑顔になった。


「じゃあ、外で待ってるから!着替え終わったら声を掛けてね??」


 るんるん、と鼻歌まで聞こえて来そうなほどご機嫌なアハルティカに、「分かった」と返事をする。彼女はそのまま隣の部屋へと続く扉に向かい、退室していった。


「───ヴォルフも。ありがとう」

「気にしなくていい。

……というか、こちらこそ悪かったな、鍛練の合間に。…ありゃ確実にお前を着せ替え人形にする気だぞ。長くなるかもしれない」


 「アハルティカの奴は、好きなものをさらに綺麗に飾り立てるのが、大好きなんだ」と肩をすくめて言うヴォルフに、アリアナは笑ってしまう。


(…ハルのご期待に、そえると良いんだが)


「…………」


 アリアナは、手にあるドレス達を見た。


「……すまない」


 口からこぼれた言葉。…アリアナはきゅう、とドレスを握った。


「何がだ?」

「……、」

「リア」


 腕を組んで、こちらを覗きこんでくるヴォルフ。アリアナは少し迷ってから言った。


「…その、新しいドレスを仕立ててもらって。……それに、お代だって…」


 すると、ヴォルフが片眉をくい、と持ち上げ1つ息を吐く。「何だ、そんなことか」とでも言いたげだ。


 ヴォルフはちょっとだけ、口許を緩めて見せてくれた。彼の組んでいた腕がほどかれ、こちらに伸びてくる。それが背後を回り、こちらの肩を掴んだ。


 ───トン。と軽く引き寄せられ、横にいた彼の胸に、自分の肩が当たる。


 それはまさしく、しょげる相棒を励ます仕草だった。


「気にするなって。最初から言ってたことだし、こんなのは必要経費だ。だろ?」

「………」


 「なんの問題もない」と言ってくれるヴォルフ。

 しかしアリアナは、軽く頭を横に振った。


「うん?」


 ヴォルフが首を傾げる。その不思議そうな顔を見ながら……アリアナは、幼い日のことを思い出していた。あれはまだ、剣を握り初めて間もない頃のことだったと記憶している。



 当時は、まだまだ周りの令嬢たちに混じっていても違和感が無かったし、フリルのたくさんついた可愛い色のドレスも大好きだった。

 ところが………それから数ヵ月も経たない内、ぐんぐん伸びてきた身長と、比例するようについてきた筋肉とで、ドレスを着るとなんとも言えない風体になり始めたのだ。


 最初はそれがちょっぴり悲しかったし、「何とかならないか」と思ったりもしたのだけど………結果的に、アリアナは着飾ることを諦めてしまった。


 だって、身長も筋肉も、騎士になるためにはあって損のない要素であったし、剣を振るうのはとても楽しく、到底やめられそうになかったから。

 『女性らしい楽しみ』については、『卒業した』と言っても良いのかもしれない。



(あの頃置いてきた感覚を今、ヴォルフやハルが取り戻そうとしてくれている………)


「…………」


 「だが、本来ならそれは、自分自身の努力で補うべきことなんじゃないか」────と。アリアナは思う。


 自分が「騎士になる」と決めたことで、失くしたもの。そのしわ寄せをヴォルフに肩代わりさせるのは、違う気がするのだ。だって、自分達は『相棒』で対等なはずなのに。


(ヴォルフは、私が騎士として強くなるために、尽力してくれた───)


 それは確かに強引で、喧嘩になってしまうようなやり方ではあったのだけれど。

 しかもヴォルフは、祖父との稽古が出来るよう説得にまで来てくれた。……遠いマクホーン領の山奥まで、だ。


(……今度は私が、ヴォルフのために最善を尽くす番だ。それが筋のはず)


 …なのに、結局。今の自分は剣術大会の方に掛かりきりで、ヴォルフに全てを委ねている。……それはきっと、フェアじゃない。


(……そのことをきちんと、分かっているのに……)


 アリアナはもう一度、「すまない」と溢した。



「本音を言ってしまうと…、…私、嬉しいんだ。


今まで、家族以外にドレスを贈られたことなんてなかったから…。…それも『君から』となると、格別に」


「──……、ああ、」



 「なるほど、この状況に自ら甘んじていることへの謝罪か」───と。ヴォルフはそう察したはずだ。しかし、彼はそんな言葉を続けたりはしなかった。


「………、」


 ただ無言のまま───ヴォルフはぎゅう、と眉間に皺を寄せる。



(ああ──またこの顔だ)


 困ったような、むずかるような。

 そんななんとも言えない表情で、ヴォルフはこちらの頬に、ひたりと手を当ててくる。

 ───彼の親指が、するりと頬の輪郭をなぞった。


「………」

「………」


 いつ何どきも涼やかで、どちらかというと人を食ったような表情を浮かべているヴォルフ。それだけに、アリアナは時折訪れるようになったその違和感を、見逃しはしなかった。



(…どうして、そんな顔をするんだろう?)


 アリアナは考えた。

 グレイズの家の裏庭、勝手口を出てすぐのところ。……そこで、ヴォルフ自身が言っていたのだ。「甘えて、頼っても良い」と。


 ヴォルフが先の言葉を言ってくれたときから───自分はずっと、そのことを考えている。


 「君が泣いていたら、涙を拭ってやりたい」。

 「君が辛そうにしていたら、守ってやりたい」。

 「君をもっともっと、笑顔にしてみせたい」────。


 これらはアリアナが騎士となる上で───いや、それよりずっと前から、自分に関わるすべての人々に対し、抱いてきた感情だった。


 今まではなぜか、考えてみたこともなかったのだけど……「甘える」というのは要するに、この感情を周りからも受け取り、自分自身にも適用する、と言うことなのだろう。


(だからつまり、ヴォルフもそんな風に『私を思ってくれている内の1人』だと解釈したのだが……、違っただろうか)


 ヴォルフがそのことに気づかせてくれたとき、アリアナは心が芯から温まったような心地がした。


 だって、他でもない相棒のヴォルフが、そう思ってくれているのなら───それは物凄く嬉しいし、光栄なことだと思ったのだ。


 職業柄、頼られた時に得られる「その人のためになれた」という実感や、己を誇らしく思える現象については、アリアナにも覚えがあった。今思えば、自分は他人から頼られるのが好きなのだ。


 その感覚に気付いた時───ちょっぴりだけではあるが「人に甘える」ことへのハードルが、自分の中で下がったのである。


 だから、ヴォルフにも甘えたり頼ったりしてみようと努力中なのだが………この表情はどうしたことか。


(……やっぱり、言わない方がよかった……か?さすがの至らなさに、ヴォルフを引かせてしまったのかもしれない)


 途端に、間違えたことをしてしまった気になって、アリアナは「うーん……」と眉を寄せた。その頭を、ヴォルフがくしゃくしゃとかき混ぜてくる。



「───ちょっとヴォルフ!あんたがいると、アリーがいつまでたっても着替えられないでしょう!」


 ついに業を煮やしたのか、アハルティカが再度ドアから頭を出し、ヴォルフに退室を催促した。


「そいつは失礼。そろそろ退散しよう。


──じゃあな、リア。細かいことは気にせず、アハルティカ達に付き合ってやれ。俺はこのままユースのとこへ行ってくる」

「…あ、待ってくれヴォルフ!」

「ん?」

「その…、」


 言い掛けて、アリアナは押し黙る。


 お尻のポケットに入れっぱなしの薄い封筒。……その中身をヴォルフに渡そうと思って、昨日の晩からそわそわしていたのに。


(……どうしよう。さっきの反応を見るに、これは甘えすぎなのかもしれない)


 さっ、とそのような考えが過る。「でも言ってみるだけなら…」と、アリアナは思い直して、後ろ手に目当てのものを取り出した。

 『招待客用』───そう特別に印字された、剣術大会の入場券だ。


「騎士は、3人まで招待出来るんだ」


 「無理にとは言わないんだけど…」とかなんとか。結局怖じ気づいて、もごもごと言う自分に対し、ヴォルフはまたあの表情をした後───「勝つとこ見るの、楽しみにしてる」と言い残して、部屋を出ていった。




◇◇◇




「────対戦者!

偵察隊第2小隊、ベルガレット・ティアチ・フェルビーク!

偵察隊第1小隊、アリアナ・フロージ・マクホーン!


両者は前へ!」


 審判が高らかに呼ぶ声を聞き、アリアナは試合場に足をかける。

 剣術大会のために用意された試合場には、数年前から障害物が配置されるようになった。「単純な力押しでなく、遮蔽物を駆使した戦い方ができるように」という、女性騎士たちへの救済措置だ。これにより、女性騎士の勝率が格段に上がっている。

 だが、この第2小隊長──ベルガレット・ティアチ・フェルビークが相手では、何も意味を成さないだろう。

 アリアナも、端から当てにはしていない。


「今日はよろしくお願いします、小隊長。──お子様と奥様はお元気でしょうか?」

「こちらこそよろしく。──母子ともに健康だ、ありがとう」


 2週間前、ベルガレットのもとに待望の第一子が誕生したことは聞き及んでいた。アリアナはにこやかに、声をかける。


「『予定日が2週は早まるだろう』という産婆の見立てが当たってね。無事に産まれてホッとしたよ。今は2人とも、妻の実家でのんびりしているはずだ……。


お陰で君と、手合わせができる」


(……『手合わせができる』、ね)


 落ち着いたバリトンで告げられる言葉に、嘘は無いように思える……。


(…だが、それが癪だ)


 と、アリアナは思った。

 なぜならこの剣術大会は、階級が上であればあるほど、勝利へのプレッシャーが強いはずだから。

 この試合で例えると、階級が下であるアリアナの方は、最悪試合終了の20分まで逃げ回れば、大会規則に基づいて勝ち上がりが認められるのだ。

 しかし、対するベルガレットは20分以内にアリアナから武器を取り落とさせるか、「降参」の言葉を引き出さなければならない。

 「階級が高いものは()くあれ」という、上層部からの高い要求レベルを満たせなければ、そもそもその地位に就いている意味がない、ということなのだろう。


 それを胸に刻みつけられているため、若手だけでなく中堅以上の騎士たちも皆必死だ。


 ────その中においても、ベルガレットのこの余裕。


(『万が一にも負けるはずはない』と思っているのか………。さすが、王立騎士団きっての機動力を誇る偵察第2の小隊長だ)


 審判が声を張る。


「騎士の礼を!」


(───だがこちらも、今日だけは負けられない)


「………」


 ……先程から感じる視線。また、婚約者殿にあの顔をさせているのだろうか。

 アリアナは群衆の中に目的の人を見つけ、大きな声で「そんな顔をするな」と言ってやりたくなった。


(君が、何を思ってそうするのかは分からない…)


 だが、この時この試合。

 この瞬間に限っては、ヴォルフのために自分がどうすれば良いのかが分かっていた。


 アリアナが剣を抜く。

 ベルガレットは鉄弓を背から外した。


(こうして小隊長と対峙できて、本当に良かった───)


 アリアナは「す――――……」と細く長く、深呼吸をした。

 目線は逸らさない。思いが伝わるよう、アリアナは氷玉のように輝く彼の人の瞳を、真っ直ぐ見つめた。


(……君のおかげだ)


 あらぬ方を向いているアリアナの視線に、ベルガレットが気付く。


(やり方はどうあれ、君がこの舞台に立たせてくれた。君が用意してくれた晴れ舞台だ。)


 そう───覚悟は既に、決まっている。


(であれば、君のために私が出来ることなど、1つしかない)


 アリアナは、すうっ…と高く剣を振りかざした。


 本来であれば、自身の前に掲げて、正々堂々とした勝負を己と対戦相手に誓う行為だ。


 周囲はどよめき───その一瞬後、大歓声が響き渡った。アリアナは笑う。


(───捧げよう)


「!……」


(君に誓う。『勝利』を)


 ベルガレットが僅かに目を見開いた後、ふう、と息をついた。


「驚いたな…ずいぶんなパフォーマンスじゃないか」

「これは大変失礼いたしました…。では、フェルビーク小隊長もどうぞ。お子様に勝利を誓ってください」

「何故?」

「私が勝った暁には、私の第2小隊入りを認めて頂きたいからです。…生憎、私は今日の勝ち星を、今日だけの物にする気は無いんですよ。


今からするのは、ただの試合じゃありません───()()()()()には、相応の覚悟とその証明が必要だ。…そうだとは思いませんか??」


「…………」


 アリアナは、黙り込んだベルガレットの返答を待ったりはしなかった。


「何も、とんでもない無茶を申し上げているわけでは無いと思いますが……。

第2小隊への入隊は、かねてからの希望でもありますし、小隊をまとめる貴方に勝つので、その素質は十分かと。


───ああ、それとも『このような小娘に負ける父ではない』、とは誓えないのでしょうか?」


「……君、少し変わったな」


「褒め言葉と受け取りましょう」


 ふ、とベルガレットは口をへし曲げた。

 そして鉄弓を天へと高く掲げる。

 これまたどっ、と大きな歓声が沸き立った。


 会場中の観客が、誰かへの想いを背負ったこの試合に注目している。


 だが、恐れも緊張も、アリアナは感じていなかった。


 ヴォルフが笑顔になって、こちらに手を上げてくれたのが…………ただただ、ひたすらに「嬉しい」としか。




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