鹿騎士と鷲騎士の対抗
「───始めっ!!!」
審判が叫ぶのと同時。ほぼ口の動きを読んでいたのではないかと思われる俊敏さで、アリアナが地を蹴る。
下から凪ぎ払うように向かったその剣先は、ベルガレットの押手を捉えた。
籠手を相当な強打が襲ったはずだ。が、ベルガレットは鉄弓を取り落とすことはなく、その勢いのまま回転して、手薄になっているこちらの脇腹へ、一撃を叩き込もうとしてくる。
アリアナもそれを回転してかわし、今度はベルガレットの下段に剣を振るった。
くるくると、独楽のぶつかり合いの如く目まぐるしい攻防は、目に楽しい。
観客たちには、まるで2人が舞の如く剣を交わしているように見えただろう。
しかし、お互いの戦闘スタイルを見るに、このような開始を迎えるのは必然であった。
攻撃を正面から受けきるだけの力が無いアリアナと、同じく近接戦闘に向かない弓を操るベルガレット。
持つ武器は違えど、2人の敵への向き合い方はよく似ていたのである。
距離を取ろうとするベルガレットとそれを逃がしはしないアリアナの、文字通り身を削るようなギリギリの打ち合い。
これが独楽遊びなら、分はアリアナにある。
女性の身軽な身体と長さのある剣は、速い回転によって恐るべき遠心力を生み出し、相手の急所に確実な打撃を与えられるはずだからだ。
そして20分という短い時間の中で、ヴォルフに勝ちを約束したアリアナの攻撃が、止まってしまうことなどあり得なかった。
(弓矢は使わせない)
アリアナは更に回転の速さを上げた。
(勝てる)
そう───これが本当に、独楽であったならば。
「…ぐぁッ!!」
左肩近くに直撃したのは、鉄の矢。アリアナは思わず悲鳴を上げた。防具の継ぎ目───肩と首を繋ぐ筋が、突然の損傷にカッと熱くなる。
ベルガレットが背中の矢筒から鉄矢を抜き取り、そのまま鎖帷子ごしに急所を突いてきたのだ。
「ッ、」
「………」
ベルガレットはその一瞬の隙をつき、アリアナの攻撃範囲外へと抜け出た。
(くそっ)
アリアナは内心で舌打ちする。
「矢が刺さった!!」と認識したその一瞬、死の想像が頭を過り、攻撃の手を弛めてしまった。
ベルガレットが使う矢は、刺さった後に抜けにくいよう矢じりが鳥の嘴のように曲がっている。そのため、実際には手を使って打たれた程度なら、貫通力はほぼ無いというのに。
────「強者と闘っている」という意識が、アリアナに最悪の結末を予感させ、本能的に命を守らせようとしたのだ。
鎖帷子のおかげで血は流れなかったが、今の一撃で筋繊維は大きなダメージを受けただろう。それが骨にまでは響かなかったのだから、まだマシであるが。
…ふう、とアリアナは息を吐いた。
(こちらの土俵で決着をつけられれば、一番楽だったが……そうも行かないか)
ベルガレットの方も馬鹿ではない───弓の特性を無効果された時のことを、想定した闘い方を身に付けているのだ。
(うん……。ここまでは、祖父上の言うとおりだ)
アリアナは攻勢から一転、距離を離されたことで今度は自分がベルガレットの舞台に立たされたことを悟った。が、慌てふためいたりはしない。
アリアナは冷静に、相手が所持している矢の本数を数えた。
剣術大会では「銃と毒以外の武器」ならば、各人身に付けて保持できる分を自由に好きなだけ持ち込み可能となっている。
しかしいくつ武器を揃えていても、身を離れた時点で、その武器を再度持ち直すことは規則により禁止されていた。
つまり、弓矢の場合───矢がどれ程使える状態で残ろうとも、射った瞬間から再使用は不可能となるのだ。
だから普通、こんなに狭い試合場で、それも射ちっぱなしの弓を武器として選ぶ酔狂はいない。
────このベルガレット・ティアチ・フェルビークという男以外は。
(…矢の数は、目算で15本程度か。多目に20と仮定しよう…)
ベルガレットからの遠距離攻撃は、多くとも20回分だけだ。
「…………、」
「………ほう」
ベルガレットは口許をひしゃげさせる。
「突っ込んで来ない……、か。
───どういうつもりかな?さっきまでは、距離を詰めようと必死になっていたじゃないか。喰われかけの草食動物が、死に際にする反撃みたいに、な」
「………」
「迫真だったぞ。『距離さえ取れればこちらのものだ』と俺に勘違いさせるほどにな。
だが、どうやらそうじゃないらしい……」
「…………」
(さすがに無駄うちは誘えなかった、か……)
と思いつつ、アリアナは無言のまま、ベルガレットを睨み付けた。じり…、と慎重に間合いを計っていると、彼がくい、と顎先を上げる。
「…、やはりおかしいな…」
───そう呟いて、ベルガレットは首を傾げた。
「マクホーン。君は、もっとお利口な人間だっただろう?誰から見ても、『礼節を弁えた素晴らしい優等生』。
ただそれだけの騎士だったはずなのに」
「───……」
(………そのとおりだ)
と、アリアナは思った。
(……私はずっとずっと、『私』自身に誇れる人間でいたかった──)
逆に言うと、「ただそうした生き方をしているだけで良い」、と。…多分、そう思っていたのである。
…だが、実際には違った。
───勝手でいて、なのにどこか憎めない……そんな男のことが、脳裏に過る───。
「……ふ、」
アリアナは思わず笑った。そして、言葉を紡ぐ。
「私はただ───『己のやるべきことをやる』ように、努めているだけですよ」
「………『やるべきこと』?」
「ええ。それが結果的に、『上官を焚き付けた上、力でねじ伏せる』……だなんて不遜極まりないことであったとしても、今の私にはやる価値がある。
───私を支えてくれようとする、誰かのためにも」
…そう。この試合ばかりは、「ドレス作り」のように、甘えてはいられないのだ。
「…………。……ここ数ヵ月で、君に一体何があった?」
(…………??…『何が』───??)
そう問われて思う………「本当に、色んなことがあった気がする」、と。ここ1、2ヶ月、濃い時間を過ごしたアリアナにとっては、挙げるべきことが多すぎたのだ。
…………だが、勝手に───ふと思いついた言葉が、口からでた。
「婚約者ができました」
「………。それは、さぞ“悪い”男に引っ掛かったんだろうな」
「いえ。彼は“とびきり良い”男ですよ」
「心外だ」という気持ちを込めて、アリアナは肩をすくめる。
(ヴォルフのやり口がどうであれ、善良には違いない。…はずだ)
「………、まあいい……。…では、マクホーン。今のうち誤解が無いように言っておくが……君の第2小隊入りを認めないのには、正当な理由がある」
「聞きましょう 」
「すでにロープを引き抜いたからだ。彼と俺の能力は、相性が良い。それに『聞き耳』自体が、君の能力の上位互換と言ってもいいだろう。違うか?」
ベルガレットの長くて黒い前髪。それが、後ろへと撫で付けた髪の束から、ほつれ垂れる。
「…そんな説明で、私が納得するとお思いですか?」
先程交わした剣戟で当然わからせたつもりであるが、戦闘面では自分の方がジャックより優れている。総合的に見て、実力はこちらが上だ。近接ならば、ベルガレットにさえ肉薄する。
事実、ベルガレットの矢─本来は矢じりに毒が塗られており、当たれば一撃必死─に射抜かれてしまう想像が脳裏を過らなければ、あのままアリアナが押し勝っていた。
「それに、ジャックの能力は乱戦時だと役に立ちません」
敵地に潜入後、戦闘することも考慮にいれた部隊において、それは致命的とも言えた。
なんならジャックは、銃撃戦になってしまうと耳当てを着用せねばならないから、聴力に頼っていた分の情報量が無くなり、動きに迷いが出てしまうのだ。
これは親友を貶している訳ではない…。シンプルな分析上の結果だ。
───アリアナの『気配感知』は、5歳の時に開花した。
もともと、生き物の気配や感情を受け取りやすい子供ではあったが、祖父との決死のかくれんぼで、その才能は研ぎ澄まされたのだ。
限界まで開かれた感覚は、自分の半径20メートル程の範囲に近づく者の位置を、ほぼ正確に割り出すことが出来たのである。
ジャックが集音器であれば、アリアナはレーダーだ。そのエリアを突破したものを、絶対に見逃さない。
あのかくれんぼ中、初めてこのことを自覚した時───驚きはしたが、「これを利用しない手は無い」と思った。
不審に領域の出たり入ったりを繰り返す生き物の気配を感じ取ったので、「もしや祖父か」と思い身を隠しながら近づいたところ……そこでは、鹿が角を落としていたのである。
大きな角を片方だけ落としてしまった鹿は、平衡感覚が狂うことを嫌ったのかもしれない。少々覚束ない足取りで、木にもう一方の角を擦り付ける。
すると、軽い衝撃で呆気なく角は抜け落ち、鹿は頭から血を流しながらも何事も無かったように闊歩して、アリアナの領域から抜け出ていった。
「その点は、修練でなんとでも補える……君だって、自らカバーしてくれただろう?
ロープは君との手合わせで、もう『角』を獲得しつつある」
「……ずいぶんと、私の格闘術を安く見積もっていらっしゃるようですね」
週末だけの手合わせで、ジャックがアリアナを越えると想定しているならば、相当なめられている。
何故なら、ジャックと同じくアリアナの研鑽も、止まることがないからだ。常に成長をし続ける自信が、自分にはある。
「ふー……」
アリアナは息をついた。
(そうだ……私には、長々と小隊長のお喋りに付き合っている暇などない…)
時間切れを知らせる笛の音なんて、待つつもりはなかった。
……欲しいのは、揺らぐことのない完全な勝利のみ。
「それ以上仰りたいことがなければ、続けても?
祖父直伝の技を、是非披露させてください」
「、」
…能力が発現してから、早16年…。今やアリアナの領域は、半径100mに届くまでになっている。
ジャックとベルガレットが組めば、確かに最強だろうが………そこに自分が加われば『万全』になるはずなのだ。
(私を入れない意味が分からない。理由があるとすれば、それはきっと─────…)
先程から、ほとんど表情の変化が読み取れなかったベルガレット。…しかし、アリアナが放った言葉を聞いた瞬間。
彼の眉がピクリと動き、黄色がかった瞳に苛烈な炎が宿ったのを見た。
「───…目障りだな。」
アリアナは思わず吹き出していた。
「やっと、本音が聞けましたね」




