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インカーネーション  作者: 時雨
プロローグ

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4/8

コレット・ギーズ③

 

 3

 

 ウビンインチ滞在四日目。


 道具の手入れ、消耗品や馬の補充を終えてピーター食堂にて皆で夕飯を囲んでいる時のこと。思いがけない出会いが待っていた。


「もしかして、コレット様?」


 最初はついに露見したのかと危惧したけれど、心地よい声の主を見てすぐに納得した。


「アテナか?」


 私が名前を呼ぶと、まだ幼さの残る少女はじわりと涙を滲ませた。懐かしさで思考を止められ、悔しさで心臓を掴まれる気がした。


 目を見開いてこちらへ近づいてくるアテナ。あの頃よりも背が伸びたのが、近づけば近づくほどはっきりとわかる。


「……お久しぶりです」


 涙声すらよく通る声だ、と場違いなことを思った。


 ふらつくようにさらに近づき、アテナに抱きつかれた瞬間、あの時の記憶が強烈に甦った。

 



 

 

 魔族との戦争で戦果を上げられている。そう実感できたのは、戦線に参加して一年に満たない頃だった。


 私が戦場を駆る度に戦線が後退していき、魔族の拠点をいくつか取り戻すことに成功した。誰も彼もが私の戦功を称え、国王陛下直々に勲章を下賜して頂いた。


 史上最強の女騎士だとか、神の子セルギウスが遣わした御子だとか、はたまたその生まれ変わりだとか。そう呼ばれても調子に乗ることはできなかった。


 私は運がよかっただけだ。たまたま戦で有効な魔法を授かり、それを押し出せる勇気を持っていただけ。


 いや、それも少し違う。


 最初は死ぬ気だった。どんな魔法かなんとなくわかっていたし、私の魔法が作戦に組み込まれていたことも知っていた。敵陣に単身を放り投げ、魔法と身体能力を頼りがむしゃらに突き進んだだけ。私のしたことは、それだけだ。自暴自棄の捨て身が、魔法の強力さを自覚させた。


 運がよかった。


 神の使いなどと驕ることすらせず、私は私の為すべきことのために功績を求め続けた。その姿勢が周りの者を惹きつけ、信頼を得られる実感もまたあった。


『ドブ臭いわね……野蛮で品のない野獣の臭いだわ』


 だから、母にそう吐き捨てられても、少しの失望をしただけで済んだ。


戦争など野蛮人のすることと決めつけ、泥に塗れて訓練する兵士を猿と笑う。剣の訓練をする幼少の私を口汚く罵る母に、慣れてしまっていたのだから。


『コレットよ、お前のおかげで我が家の名誉は飛ぶ鳥を落とす勢いだ……忌々しい兄たちの嫉妬する顔は見ものだったぞ! ああ、あれほどの愉悦はあの馬鹿なアーサーを追放したとき以来だ』


 だから、父が私の戦功を喜んでも歯ぎしりをするだけで済んだ。


 父はたびたびアーサー様の名前を使う。そのときは決まって恍惚とした表情で、思い出で体を震わせる。


 私は知っている。この男が名高きアーサー様の全てを奪ったことを。


 幼少の頃、私はアーサー様から剣を教わっていた。公爵の娘だからと邪険にせず、休憩中にはよく奥方との思い出を語っては幸せそうに笑うのを、私はよく覚えている。


 剣だけじゃない、戦における戦術やそれに伴う算術の重要性、人のあり方に至るまでを教えてくれた。貴族たれと言いながら、平民を養分としか扱わなかった両親とはまるで違う。その思想や思いやりは尊いもので、私の人格はアーサー様によって形成されたと言っても過言ではない。


 人と人との繋がりが重要だということも、アーサー様が背中で教えてくれた。彼の周りには常に人がいて、多くの人に信頼されていた。だから困ったことがあっても、人脈や人格で前向きなものにできた。


 私が神の子だというなら、神とはアーサー様に他ならない。何を勉強したとて、どれだけ鍛錬したとて、誰の信頼を得たとて、私がアーサー様に勝っているところなど一つもない。


 思えば初恋だったのかもしれない。未熟な私には、あまりに頼もしくどこまでも巨きな存在だ。甘く美しく、綺麗な思い出の全てが、アーサー様に繋がっていく。


 そんな御方を、私の父が汚した。


 アーサー様の奥方を汚し、殺し、踏みにじり、アーサー様を無実の罪でフィニスデュナリスから追放した。


 憎い。ずっとずっと、憎悪の対象には父がいる。


 父が、おかしな麻薬を売りさばいているのを知っている。民からの税で性奴隷を飼っているのを知っている。商人と結託して他家の不祥事を演出していることを知っている。


 父は悪だ。私にはそんな父の血が流れている。


 そういう経緯で、私は実家との折り合いが悪く、絶縁しないまでも衝突することが多かった。アーサー様の人徳に触れた私と、実家の人間。お互いにいい感情がないのだから当然だ。


 私が戦争に参加したのは、そういった実家の悪を白日の下に晒すための力を蓄える準備でもあり、アーサー様の意志を受け継ぐためでもある。力ある者は力なき者を守るために在り、悪を裁けるのは力ある者にしかできない。アーサー様の言葉でもあり、私の成すべきことでもある。


 私には権力が必要で、民を救う以外の些事もこなさなくてはいけない。権力に溺れた貴族たちとの関わりすらも、私には必要だ。そして関わるためには、実績を積まなくてはいけなかった。


 あるとき、隣国のスラム地域の紛争に関わることになった。デルビルス禁止区域と言えば一つの領地を盗賊団が奪ったとして、隣国センタフォルティスでは有名な地域だ。そこの盗賊団が隣接する我が国にも危害を加えてきたとのことで、騎士団にも出動要請がかかった。


 ちょうど実家へ顔を出していたときに、部下となった者たちが要請の知らせを持ってきてくれた。部下たちには申し訳なく思うけれど、両親といつもの言い争いをしているところだった。


 些細な諍いだ。今となっては思い出すことも馬鹿馬鹿しいほどの言い争い。公爵令嬢としての自覚を持てとか、戦争など蛮族のすることだとか。


 そんな言葉に反発した私が侵略に苦しむ人々の苦悩を主張して……それを、部下たちも援護してくれた。ありがたく、心強い援護もあり、その言い争いは夜遅くに収束した。


 しかし、出立は一日遅れた。


 遅れを取り戻すべく、馬を使い捨てにしての強行軍を敢行。可能な限りの迅速さで戦場へ駆けつけることができた。


 たった一日。


 それ以前に小さな村や集落で戦闘が起きていたようだし、私たち以外にも兵士団や隣国の兵も多く派遣されていた。そもそも私たちがいてもいなくても、物量で収束していた紛争だ。


 されど、一日。


 私たちが派遣されたドムレディレ村は、まだ比較的戦火の少ない地域だった。けれど逃げ延びた盗賊どもが付近の民家を襲った痕跡や、死に体で這いつくばっている盗賊もたまにいた。


 私たちはそんな盗賊どもを、一人ひとり駆逐していった。疲弊したごろつきに、厳しい訓練を耐え抜いた我ら騎士団が負ける道理がなく、一段落する頃にも私たちには怪我一つなかった。


 犠牲になってしまった村人が、あちらこちらで倒れている。傷だらけになりながらも泣きわめく者や、寝ているのか死んでいるのかわからない者もいた。


 その中に、離乳しているのかも怪しい幼児が、道端に横たわっているのを見つけた。どうやら乱暴に投げ捨てられたのか、近くに転がったような跡があり、すでに息のないその子は血まみれになっていた。


 私はその子のそばに跪き、擦り傷だらけのまぶたを閉じた。まだ温かく、生きているのかと錯覚するほどだった。


「カトリーヌ」


 泥やゴミで汚れた少女が、私の隣にやってきた。それがアテナだった。


 少女は崩れ落ちるように跪き、震える手で赤子を抱き上げる。


「……すまない。私が来たときには、すでに」


 私の謝罪に、少女は背中を見せて何も言わない。押し殺すような嗚咽で、肩が震えている。


 何と声をかければいいのか。私の半分の時間も過ごしていない少女が、さらに少ない時間しか生きていられなかった女の子を抱きしめる。


 誰もが死別を経験するとは言っても、その悲痛は私の想像を絶する。いくらでもある話とは言っても、まだ幼かったアテナの感情を、私は今でも計り知れない。


「……いえ、助けにきてくださって、ありがとうございます。カトリーヌも……この子は、妹です」


 私が言葉を迷っていると、アテナは震える声でそう言った。


「この子だけじゃないです……たまたま、運が悪かった……だけですよね」


 その通りだ、とは言えなかった。


 私たちがやっているのはつまるところ、こういうことなのだ。私ももう、数えきれないほどの魔族を殺し、どれだけの人間を殺したのか思い出せないほどだ。思い出さないようにしているだけかもしれないけれど、それでもそれは仕方のないことだ。多くを救えるけれど、どれだけの取りこぼしがあるのか。


「……運が悪かった……だけです。まだ……あったかいね、カトリーヌ。ゆっくりおやすみ」


 妹を掻き抱く少女の背中に、悲しみを背負わせてしまったのは私だ。あの言い争いがなければ、私は一日早くここへ来ることができた。あとほんの少しでも私の意地がなければ、眼の前で小さな命が失われることはなかった。


 私は、なぜ謝罪を口にしてしまったのだろうか。両親を汚しく罵った口で、自身の正当性を保持するのに意固地になったプライドで、この少女に謝る資格があったのだろうか。


 それでも、私は言わねばならなかった。


「私はコレット。いつか英雄になる人間だ。こんな悲劇をなくすために、私は戦う」

 言いよどむな。英雄たれ。胸を張れ。


「だから、少女よ。私を信じて欲しい。いつか、どんな悲しみも、私が打ち払ってみせるから」


 私の言葉に、少女は振り向く。汚れが涙に流されてぐちゃぐちゃになってしまった顔。光を失ってしまった瞳。


 私はその瞳を、真っ直ぐに見つめた。


「私はコレット。いつか英雄の名に相応しくなろう」


 もう一度、虚勢を張る。


 私の虚勢に、少女は目を伏せた。


「……わたしたちのために、泣いてくれる騎士さま。ありがとうございます。わたしも、騎士さまみたいにつよくなりたいなあ」


 そう言うと、少女は溢れるように嗚咽した。まるで堤防が決壊するように、次々と涙がこぼれた。


 その後の数週間、国境に落ち延びた者だけではなく、フィニスデュナリスから遠ざけるように盗賊を殲滅していった。ただ無心で人を殺していくことにも慣れてしまっているし、正義を謳うにも殺しすぎた。


 どんな悲しみも打ち払う。その言葉を真実にするために、自分の言葉を嘘にしないために。私は殺し続ける。


 王都へ帰還する前に、ドムレディレ村の復興を手伝いたい。部下たちにそう伝えると、快く了承してくれたので、戦後処理も兼ねながら復興に尽力した。


 アテナはそんな私の後をついて回り、時には私を手伝い、時には静かに泣いた。


 アテナは素直で実直で、それ故に大人たちからも可愛がられていた。まるでアーサー様を彷彿とさせるほどに、清楚で純粋だった。触れるのをためらってしまうほどに、きれいな少女だった。


 この子はどんな大人になるのだろうか。もしかすると、アテナのような心優しい存在が世界を変えてくれるのかもしれない。私のような人殺しなどではなく。


 私たちは、何度も約束を交わした。


 いつか英雄になる。いつか悲劇が起こらない世界にする。いつか。いつか。いつか。

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