コレット・ギーズ②
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「それは……大変でしたね、コレット副団長」
そうやって同情的な目を向けてくるのは、アリウム直属の部下のサブルだった。兵団から登用された騎士の中でも優秀な部下として紹介されていたけれど、かい摘んで話した内容を即座に噛み砕いているあたり頭が回るようだ。
宿へ向かわせたその後の話を、念のために部下たちと共有していた。この街――ウビンインチというらしい――に滞在する間、幾度かピーター食堂を利用すること、黒髪の青年とマリア様の動向に気を配ること。
一見些細なことに思えるかもしれないけれど、こうした小さな情報の共有が自分の助けになるだろうというのは、皮肉にも幼少期の経験から来ている。
いつかのアリウム曰く、
『そうして気安く接してくれているからこそ、我らもコレット様を頼りやすいのですよ。特に兵団上がりの連中は、王宮の作法にも疎いですから。コレット様の人徳は底が知れません』
らしい。重要機密などは共有できないし、重圧を背負う部下の背中を少しでも軽くできればいいという楽観的行動によるものでもある。実際に部下たちが私を慕ってくれるのは嬉しい限りではあるけれど。
とにかく、朝一番に騎士たちを集めたのは、今後の方針を伝えるためだ。
「マリア様は街中を散策したいと仰るだろう。それを諫めることのできない我が身を恥じることもできる。けれど、それよりも尊きお方の御身を守ることこそ最重要。その際は最低でも私を含めた二人、できれば三人以上の護衛をお側に置いていただく。他の者は旅の消耗品を補充してくれ。体を休めてくれと言えないのは心苦しいが、我らが騎士団にこれくらいでへばる者もいなかろうな」
そう言ってやると、騎士たちは力強く敬礼した。私もそれに頷く。
その日の護衛は私とアリウム、サブルの三人で務めることにした。そこにマリア様と侍従のアリス殿が加わり、計五人の散策になる。
今日の街も元気だ。
夏の残り香が汗を滲ませ、冬季を囁く風がそれをさらっていく。染み付いた教育が詩的なことを思わせるけれど、今の立場を振り返ると苦笑が出る。
風呂敷を広げただけの出店や生活の仕込み、仕事の準備をしている人とちらほら通り過ぎる。その中の一人に、件の青年がいた。いてしまった。
どうやら食材の買い出しに出ていたらしく、ウルターと二人で大きな籠を背負っている。ウルターは相変わらず忙しなく口を動かし、黒髪の青年は時々相槌を打っているようだ。
それに目をつけたマリア様は立ち止まってまで笑い声を上げた。想定していたことなのでさほどの動揺はないけれど、胃は正直に喉を叩いた。
「そこの黒雑巾、奇遇だな」
マリア様の声に、黒髪の青年は思い切り顔をしかめた。対して、ウルターはぱっと花咲くように笑った。無視して通り過ぎようとする黒髪の青年の腕をつかみ、人懐っこい仕草でこちらへ近づいてきた。
「昨日のみなさんですね、おはようございます! ちょうどお姉さんたちのことを話していたんですよ」
ウルターの挨拶に混ざり、あからさまな舌打ちをする青年。その様子を見て、アリウムがずいと前へ出た。
「おはようウルターくん。君は見どころがあるね。明るく元気で礼儀正しい。君の将来は明るそうだ。しかし」
アリウムはウルターへの社交辞令もそこそこに、黒髪の青年をじろりと睨みつけた。
「貴様は礼儀というのがまるでなっていないな。どこぞの野獣にでも育てられたのか?」
「……あーそうだな。父親が悪魔で獣人と育った」
汚らわしい混ざりもの。アリウムはそう吐き捨てると、青年の肩を強く突いた。重たい荷物を背負っているからか、転ぶまではいかずとも数歩後ろによろける青年。
「アリウム……やめろ」
私が低い声で言うと、アリウムはハッとした顔ですぐに頭を下げた。
「申し訳ありません」
「私に謝ってもどうにもならない。今朝の会議の意味をわかっていないようだな……今すぐ宿へ戻れ」
「いや……しかしサラ様」
「命令だ」
アリウムは目を閉じると、もう一度頭を下げて宿の方へと歩き出した。それを見届け、私は黒髪の青年へ向き直った。
「私の部下が申し訳ないことをした。私が未熟なばかりに、教育が行き届いていなかったようだ。許してほしい」
黒髪の青年はため息一つ。
「いいよ別に。騒ぎにしたくない」
言葉少なな青年に、私はもう一度頭を下げた。
「私の名前は……サラ。君の名前はなんだろうか」
危うく本名を言うところだった。危ない。
「ケイ」
「そうか。ではケイ、彼には私が責任を持って再教育しておく。少しの間ピーター食堂に足を運ぼうかと思っているから、どうか気にせず私たちと接してほしい」
それに返事したのはケイではなく、喜色明るいウルターだった。
「もちろん! お客さんになってくれるっていうなら、むしろこっちがサービスしますよ! ケイの態度が悪いのがいけなかったし、こっちとしては大歓迎ですよ。なあケイ」
ケイは相槌とも唸り声ともつかない音を出して頷いた。
ではこれで失礼する……となればどれだけよかったか。そもそもケイに関心を持ったのはアリウムではない。
「黒雑巾、今はちょうど余暇がある。オレの時間を埋めてみろ」
マリア様はアリウムとの小競り合いがなかったかのように、ケイの前に立った。
ケイはうんざりとした様子で、マリア様へ上から下まで視線をやった。美しい黒髪は旅人に扮した服装でも艶めかしく、仕草の一つひとつは気品と魅力がある。見る者が見ればやんごとなきお方だというのはわかるけれど、まさか露見などしないだろう……とわかっていても胃の鼓動が早くなった。
「俺よりも適任がいる」
そう言って強引にウルターを前に出させるケイ。ウルターは嫌な顔一つせず、爽やかな笑顔を浮かべた。
しかしマリア様はウルターに視線すら流さず、ケイだけを見つめ続けている。
「オレは黒雑巾、お前に言っているんだ」
マリア様は視線を外さない。
どのタイミングでケイへの助け舟を出せばいいのか、私は二人の様子を注意深く見守るしかできない。
「……ていうか黒雑巾ってもしかして俺の癖っ毛か?」
「おお、それは毛だったのか。不潔すぎて便所の手ぬぐいを乗せているのかと思った」
頭を抱えたくなるけれど、そんな心境を表に出さないようにすることに苦心する。
「だとよ、ウルター」
「俺かよ! いやでも確かに服とか用意したのは俺だしなあ。でもさ、服の問題じゃないだろ。ケイはさ、もっとこうさ、明るくならないとだめだぜ? どんより暗くて刺々しい雰囲気してるから、さっきの人にも誤解されちゃうんだよ。サラさんを見ろよ、見るからに優しいだろ」
「余計なお世話だ」
「オレが見回り兵なら、黒雑巾を見つけた瞬間に詰め所へ連れて行く決断をするだろうな」
億劫そうな様子のケイが、そこで私に目を向けた。
「あー、サラ……さん。これでも一応仕事中なんだが」
突然向けられた水に、つい声が強張った。
「あ、ああ……すまない。気が利かなかった」
私の言葉を聞き終える前に、ケイは歩きだしていた。それを追いながら、ウルターは呆れながら笑った。
「すみません、たぶん荷物が重かったんですよ。あいつ俺の三倍くらい持ってるから、いやホント悪いやつじゃないんです。今夜も是非ともピーター食堂をご贔屓に!」
「そこの小僧」
二人はそのまま街中へ消えていく……はずだった。マリア様のきまぐれは止まらない。
「え、俺ですか? どうしましたお姉さん!」
さきほど無視されたとは思えないほど、笑顔満面でウルターが立ち止まる。
「あの黒雑巾のどこが好きなんだ?」
心なしか微笑んでいるマリア様。どうしてだろう、その表情は美しく触れがたいものに見えるのに、その目から底冷えするほどの寒気を感じる。
「え? どこって、考えたことなかったなあ。んー……なんていうか、面倒見がよくて優しいっていうか。付き合いはまだ短いけど、長い付き合いになっても嫌じゃないだろうなって感じるところ……ですかね」
ウルターの答えに、マリア様は目を細めて笑った。
「長い付き合いか。もう行っていいぞ、また邪魔する」
二人と別れてから少しして、私はマリア様に忠言した。どうしても言わずにはいられなかった。
「ミレイ様、必要以上にお言葉を下賜するのは危険です。これ以上の接触をするというのなら、この街では宿で休んでいただくことになります」
「おや……一介の騎士がこのオレに文句とはな。アリスよ、これは立場あるものとして相応の罰を与えるべきか?」
マリア様の側仕えは柔らかく微笑んだ。
「ミレイ様、立場あるのはサラ殿も同じです。そうですねえ……私ももうちょっと大人しくしていただけると嬉しいですよ」
「ふむ……ならばよい。ひとまずは宿に戻ってやるとするか」
神に造られたがごときマリア様に対し、側仕え殿は自然な女性らしさ。王女と下女の会話とは思えないほどのちぐはぐさは、いっそ喜劇にすら見えてしまう。
私が同じように接すれば首を飛ばされても文句が言えない。それほど身分の格差がある。
「聞いているこちらの肝が冷えてしまいます。では、先導いたします」
歩き出しながら、迫り上がるため息を圧殺するのに苦労した。
道すがら、一度情報を整理してみる。利用すべきものと、触れるべきではないものを明確にするためだ。
まずアリウムは、少なくともこの街にいる間極力護衛に置くべきではないだろう。アリウムは貴族社会に生まれ、貴族社会で生きてきた男だ。故に身の程を弁えてはいるけれど、身分の低い者を軽視する者を下に見る傾向がある。だからみすぼらしい容姿のケイを見下し、言動に腹をたてた。何度か注意してはいるけれど、染み付いた習慣というのはそう抜けるものでもない。
マリア様の行動は予測がつかない。私から見ても教養があるとは思えないケイに興味を持っているようだけれど、人好きしそうなウルターにはほとんど興味を持ってなさそうだ。ウルターとの接触であれば、彼の人柄故に注目されることはあっても私たちの正体が露見する可能性も低いだろう。
そしてケイと接触すれば、変な注目のされ方をしそうなのが問題だ。暗く刺々しい雰囲気を持った彼と口論になれば、彼が何かしたのではないかと必要以上に関心を集めるだろう。アリウムはそうではなかったけれど、雑な対応をされても私自身不快感を抱かなかったのも問題だ。きっとマリア様もその特異性に興味をお持ちなのだろう。
マリア様がケイに興味を持っているというのなら、ウルターから彼の人となりを聞き出そう。ウルターならばおかしな目立ち方をすることもなく、客を楽しませている”いつもの様子“を演出できる。
宿へ戻ってから、私はアリス殿を呼び出してその方針についての相談を持ちかけた。アリス殿は快く了承してくれた。
これからは接触を控えるのではなく、むしろウルターを通して積極的な交流を図る。
もちろん部下たちに共有するのも忘れない。ついでにアリウムにケイと関わらないようにと命令しておいた。
私たちの目的は、我らが王都へマリア様を護送することだ。歴史的な会合の成功は大陸中の希望になり、魔族への抑止力にもなる。
そのための不安要素は、遠ざけておくに限る。避けられないことも、事前に察知して完璧に対処しなくてはならない。
今回のように緩い対応をしているのは、一度マリア様に苦言を呈されてしまったからだ。
『つまらんやつだ。オレにお前の基準を当てはめるな。気持ちが悪い』
つまらなくていい。気持ち悪くていい。
本当なら、鳥かごに鍵をつけて閉じ込めておきたいところだ。それをやらないのは、マリア様の意向であり、何よりお世辞にも正しいとは言えないからだ。
私は英雄にならなくてはならない。綻びのない完璧な英雄に。誰もが正道と認める英雄に。




