第14章「兄弟の約束」
まずはグリトスに庭の南天の木を抜いて脇芽を一本ずつバラバラにしてもらった。そして、シェミーの魔法であらゆる小学校、幼稚園へ運び、目立たないところに一本ずつ植えた。全部で32本もあり、作業を終えた頃には日が暮れていた。
「やっと終わったわね。さすがの私も疲れたわ。」
シェミーがぐったりして座り込んだ。
「シェミーお疲れ様、ありがとう。」
ゆうすけはシェミーを抱きかかえて撫でながら労いの言葉をかけた。
「これで明日からドワール王国と魔法の力が共有されて、みんなの強い生命力が送られるはずだよ。子どもがたくさんいるから、こっちの世界に影響も出ないはず。」
こうすけはジェムおじさんに伝えた。
「ふむ。こうすけくん、素晴らしい知恵をありがとう。」
そう言って、人間の姿のジェムおじさんは深く頭を下げた。
「僕たちこそ、あの木のおかげでゆうすけの命を救われたんだ。先代国王にはとても感謝しているよ。」
こうすけとジェムおじさんは目を合わせてニコッと笑った。
「ところでお兄ちゃん、ずっと気になってことがあるんだけど・・・。」
ゆうすけは何か迷っているようだった。
「どうしたの?」
「南天の木のそばにいて僕は助かったのに、どうしてお母さんは元気にならないんだろう。」
「確かにのぅ。体の不調や怪我ならかこの木から溢れる力で治癒するはずなのじゃが。まさか・・・?」
ジェムおじさんがはっと何かに気がついてこうすけを見た。
「治せないんでしょ。心は。」
そう言ったこうすけの声はとても小さかった。
「お兄ちゃん、どういうことだよ?」
こうすけはいゆうすけにこのことをいつか聞かれることを不安に思いながらも、覚悟をしていた。必ず伝えないといけない時が来るのはわかっていた。こうすけは瞼を閉じて深呼吸をした。
「心の病気なんだ。お母さん。」
こうすけは、小さい、落ち着いた声で言った。
「どういうこと?病気じゃないの?」
こうすけは悩んだ。
「お母さんの体は、どこも悪くないらしい。心の問題なんだって。うつ病って聞いたことあるだろ。お母さん、頑張りすぎてたんだって。」
よく考えながら、言葉を選びながら、伝えた。
「うつ病って、あれだろ?ストレスとかしんどいことがあってなっちゃうやつだろ。なんでお母さんがそんな病気になるんだよ?ずっと笑っていたし、元気だったじゃねえか!」
理解できずに食い下がってくるゆうすけに、どう答えたらいいのかわからなかった。こうすけだってわからない。なんでお母さんが心の病気になっちゃったのか。入院をして、良くなってるのか。いつ帰ってくるのか。僕だって知りたい。僕もどうしたらいいのかわからない。
困っているこうすけを見て、ゆうすけはますますどうしていいかわからなくなった。
「いつから気が付いてたの?魔法の力じゃお母さんは治せないって。」
ゆうすけは気持ちを抑えて小さく聞いた。
「確信があったわけじゃない。なんとなく、そうじゃないかって。」
こうすけも小さく答えた。ゆうすけは気持ちが抑えられなくなった。
「なんで教えてくれなかったんだよ!子ども扱いしてるのかよ!おれが子どもならお兄ちゃんだって子どもだろ!1人で抱え込んでんじゃねーよ!おれたち兄弟だろ!ずっと一緒にいたじゃないか!おれが今、どんな気持ちだと思うんだよ。」
ゆうすけは泣きながら叫んだ。決してお兄ちゃんを責めたいわけじゃない。こんなことを言いたかったわけでもない。こうすけが兄として抱え込んで1人で背負っていたことは知っていた。でも、ゆうすけだってずっと隣で戦ってきたじゃないか。治せないという事実をお兄ちゃんが1人で背負ってきたことを、1番近くにいたのに気が付かなかった自分に腹が立った。自分への怒りをこうすけにぶつけている自分に腹が立つ。こんなのお兄ちゃんを追い詰めているだけだ。悔しい。こんな自分が、ゆうすけは悔しくてしょうがなくて、涙が溢れた。どんなに強がったって、明るく振る舞っていたって、本当のゆうすけは小さい頃のまま、ずっと怖がりで臆病者のままだった。こうすけがそばにいてくれるからゆうすけは強くなれたんだ。こうすけがそばで支えてくれるから、ゆうすけらしくいられるし、明るくいられるんだ。全部、こうすけがいてくれたからなんだ。
「お兄ちゃん、ごめん・・・。」
この気持ちをどう伝えたらいいかわからなくて、ゆうすけは肩を震わせて、泣きながら声を絞り出して謝った。
「ごめんな、ゆうすけ。お前のことを傷付けたくなかったんだ。僕も一緒に元気なお母さんに会いたい。でも、どうすればいいかわからなかった。」
そう言いながら、こうすけは泣いているゆうすけの頭を掴んで自分の胸に押し当てた。そうやって、こうすけは自分の涙を隠した。ゆうすけが、こうすけの負担にならないようにわざと明るく無邪気に振る舞ってくれていたことは知っていた。本当は怖がりのくせに、一生懸命強がって、こうすけの前に立ってくれることが、嬉しかった。一歳しか違わない、けど、子どもにとっての一歳差はとてつもなく大きい。身長も力も計算の速さも、ゆうすけはこうすけにはかなわないのだ。自分がしっかりしなければ、と思いながら、いつもそばでこうすけを助けてくれたのは、他の誰でもない、ゆうすけであることをわかっている。ゆうすけがいるから、こうすけは強くなれるのだ。
2人を見守りながら、ジェムおじさんが話し始めた。
「お前さんたちは、伝え方こそ不器用じゃが、お互いを思い合う強い気持ちがある。お前さんたちなら大丈夫じゃ。母君はきっと良くなる。」
ジェムおじさんはこうすけとゆうすけを見てにっこり笑った。
「そうね。」
シェミーもいつものぶっきらぼうな態度とは反対に優しい目をして2人を見つめた。
「ど、どういうこと?」
ゆうすけは涙を腕でこすりながら聞いた。
「体を癒すのが生命力。なれば、心を癒すのは相手を思う心の力なのじゃ。お前さんたちの強い心を届け続ければ、きっと元の母君に戻るじゃろう。」
「そういうことか。」
こうすけは理解した。
「ただし、お前さんたちは互いに不器用であまのじゃくなところがある。自分の心に素直に、そして強くあるのじゃ。大切なことを見失うでないぞ。」
ジェムおじさんの言葉は力強かった。2人はお互いを見た。少し照れくさくなってくすくすと笑い合った。
「こうしちゃいられねーな!こうすけ、ゆうすけ!早くかーちゃんのところへ行け!!今のおめーらなら母ちゃんにすげぇパワーをあげれるぞ!シェミー、急いでこいつらを連れてってやれよ!!」
グリトスは2人の肩を叩いた。
「あんたに言われなくてもわかっているわよ。もう用意はできてるわ。さあ、この魔法陣の中央に立ちなさい。そして、強く願うのよ。」
いつのまにか地面には大きな魔法陣が描かれていた。グリトスに背中を押されてこうすけとゆうすけが真ん中に立つと、魔法陣の線に沿って風が渦のように吹いて上昇気流が生まれた。
「ちょっと待って!これでみんなとお別れなの?!」
「うそだろ?!また会えるよね?!」
こうすけとゆうすけは叫んだ。強い風に包まれていたので、みんながなんて言っているのかわからない。ジェムおじさんもグリトスもシェミーもこちらを見て微笑んでいる。みんなの笑顔が嬉しくて心強かった。2人は全力でありがとうと叫んだ。風はさらに強くなって2人は目をギュッと閉じて体に力を入れたそして、お母さんを強く思った。
ふっとからだが軽くなったのでゆっくり目を開けると、見慣れない場所にいた。白い壁と天井の長い廊下だ。扉がいくつかある。
「病院・・・?」
2人のすぐ横にも扉があった。扉の横にはお母さんの名前が書いてあるプレートが貼ってあった。
「お母さんの名前が書いてある。ここはお母さんの入院している病院なんだよ。シェミーがここに送ってくれたんだよ。」
こうすけはゆうすけに言った。
「そうか。ああ見えてシェミーは優しいから。お兄ちゃん、やっとお母さんに会えるね。おれ達、治してあげられるかな。」
ゆうすけは自信なさげに言った。
「やってみなくちゃわからないだろ。行こう!」
ここで簡単に〝できる〟言わないところが、現実主義の兄らしくて、ゆうすけは笑った。それを見て、こうすけも笑った。
2人は目を合わせ、大きく頷いてから、ドアを開けて病室に入った。




