第36話 家族コラボ配信
冬の足音が聞こえ始めた、ある日の深夜。
俺の部屋は、異様な熱気に包まれていた。
「……うーっす。準備オッケー?」
月見里あかり――いや、今は『星空ルナ』のガワを被った彼女が、プシュッと小気味よい音を立ててストロング缶を開ける。
その横で、ヘッドセットをつけた咲夜が、緊張して硬くなっていた。
「だ、大丈夫かな……私、変なこと言わないかな……」
「大丈夫ですよ、先生。Zepの舞台と比べたら雲泥の差ですから。こんなのどーってことないですって」
「そ、そうかな……」
「先生はそこにいて、私が振った話題にクリエイター目線で答えてくれれば答えてくれればいいですから」
「そ、それなら……が、頑張ります!」
「……じゃ、いくぞ。マイクチェック、OK」
俺――『AL1-SA』は、冷静にPCの画面を確認した。
今夜は『星空ルナ×SA9-YA×AL1-SA』の3人コラボ配信だ。
名目は『Bar星空出張版:ママ姉妹配信』。
「いくぞ。3、2、1……配信開始」
俺がボタンを押すと同時に、モニターには『待機中』からカオスな3ショットへと画面が切り替わった。
左に、露出度の高いサキュバスの咲夜(巨乳)。
中央に、気怠げにストゼロを傾けるルナ(歌姫)。
右に、銀髪ゴスロリの俺(幼女)。
『きちゃああああ!』
『なんだこの異色メンツwww』
『ママと娘と……親戚のこども?』
『このサキュバスって絵師さん? でけえええ!』
コメント欄が爆速で流れる。同接は開始時点で三万人を超えている。
「ごきげんよう、地球のみんな。今日の月も輝いてるね。星空ルナです!」
ルナが気怠げに挨拶し、ストロング缶を掲げた。
「今夜は『Bar星空』の出張版。ゲストに、私の産みの親であるSA9-YAママと、私の姐さん、AL1-SAちゃんをお呼びしましたー。かんぱーい」
「か、乾杯……です!」
「乾杯だ……俺はノンアルだけどな」
カチン、とアルミ缶が触れ合う音がマイクに乗る。
ルナは一口飲むと、早速とばかりに身を乗り出した。
「いやー、ついに実現したね! 私さ、ずっとこの機会を狙ってたのよ。だって、SA9-YAママといえばアレでしょ?」
「ア、アレ……?」
「私、先生の大ファンなんですよ! 特に『放課後レッスン』シリーズ! あれの第三巻、マジで神懸かってません!?」
ルナが急にオタク特有の早口になる。
咲夜が「ひえっ」と身を縮こまらせたが、悪い気はしていないようだ。
「あのヒロインの表情! 嫌がってるフリして、実は満更でもないあの目線! 特にあの、体育倉庫で汗ばんだ体育着にこう、指が食い込んで……!」
「あ、ありがとうございます……! あそこは私もこだわったポイントで……」
「そう! それ! 極めつけはラストのページっすよ! 『ダメ』って言いながら、足の指がピンッてなってる描写! あれだけでごはん三杯はいけるっていうか、あそこのヒロインの感じ方がマジでエロく――」
「ストーーーーップ!!」
俺は大声で遮り、手元のSEポン出しボタンを連打した。
パフッ! パフッ! と間抜けなラッパ音が鳴り響く。
「お前、言葉を選べ! BANされる気か!」
「えぇー? だってぇ……語りたいんだもん!」
ルナが不満げに頬を膨らませる。
咲夜も「あはは……」と照れくさそうに笑っている。意外と満更でもないらしい。
『ルナちゃんガチ勢すぎて草』
『ママもノリノリやんけ』
『アリサちゃんの介護スキル高すぎ』
コメント欄は大盛り上がりだ。
「……コホン。気を取り直して。今日のテーマは『大人の恋愛相談』だ。マシュマロに届いたドロドロした悩みを、バッサリ切っていくぞ」
俺が無理やり進行を戻すと、ルナはニヤリと笑った。
「おっ、いいねぇ。そういうドロドロしたの、大好物。先生もいけます?」
「ええ、もちろんです! 創作のネタになりますから、バッチ来いです!」
咲夜が意気込む。彼女は普段から配信もしているし、他人の不幸……もとい、恋愛沙汰にはクリエイターとしての興味津々なのだ。
「じゃあ、最初のお悩み。『彼氏の携帯を見たら、浮気してました。どうすればいいでしょうか?』……だそうです」
「彼氏が浮気かぁ……」
咲夜がアバターの手を顎に当て、うんうんと唸る。
「問い詰めて修羅場もいいですけど……もっとこう、ドラマチックな展開がほしいですよね」
「おっ、先生ならどうします?」
「そうですねぇ……傷ついた彼女が、幼馴染の男の子に泣きながら愚痴るんです。『あいつなんか最低だ』って。そしたら幼馴染が、急に真剣な顔になって……」
咲夜の声色が、急に芝居がかったイケメンボイス(脳内再生)になる。
「『お前を大切にしない奴となんか、別れちまえよ』って……!」
「おおー!」
「で、彼女が『えっ?』ってなった隙に、ドンッて壁ドンして! 『俺なら、絶対泣かせたりしないのに』って、強引に抱きすくめちゃうとか! これ定番ですよね!?」
咲夜が鼻息荒く力説する。
アバターからもキラキラエフェクトが出ている。
「いいですねー、執着系幼馴染! 浮気がきっかけで長年の愛が暴走するやつ!」
ルナも手を叩いて喜ぶ。
「ですよねー! 次の漫画、このネタでいこうかしら?」
「うわ、楽しみですー! 絶対買います!」
「……お前ら、これ相談だからな? ネタ出し会議じゃないぞ?」
俺が呆れて突っ込むと、リスナーからは『ママの妄想力が高い』『楽しそうで何より』と草が生えまくっていた。
「ま、現実はそんな甘くないけどね」
ルナがストロング缶をあおりながら、話を戻す。
「浮気男なんてのは、泳がせて証拠掴んで慰謝料請求。これ鉄則。で、その金でエステ行ってイイ女になって、次の男捕まえるのが一番の復讐っしょ」
「うーん、ドライ! でもリアル!」
咲夜が感心してメモを取っている。
「で、アリサちゃんはどう思う?」
ルナがニヤニヤしながら俺にパスを投げた。
「姐さんの『ありがたいお言葉』、聞かせてよ」
「……そうだな」
俺はノンアルコールビールを一口すすると、マイクに向かって淡々と告げた。
「相談者がどうしたいかが一番じゃないか? 浮気した相手と関係を続けたいのか、そうでないのか」
「なるほど」
「でもまぁ、そういうやつは変わらないと思う。だから、また浮気する可能性はあると思った方がいい。それが耐えられないのなら、素直に損切りしたんでいいんじゃないか? サンクコストを惜しんでだらだら続けるのが一番よくないと思う」
『!?』
『サンクコストwww』
『恋愛相談で聞く単語じゃない』
コメント欄がざわつく中、俺は容赦なく畳みかける。
「腐ったミカンを箱に残しておくと、周りまで腐るんだよ。さっさと捨てて、箱を綺麗にする。それが最善のリスク管理だ」
咲夜がアバターの手を動かし、猛烈な勢いでメモを取り始めた。
「さすが師匠……! 勉強になります! 次の漫画のヒロインの台詞に使わせてもらいます!」
「いや、サンクコストは使えなくないか?」
「あはは! いやー、いいわーそのドライさ」
ルナは手を叩いて爆笑している。
「幼女が語る『リスク管理』、最高にロックだねぇ。リスナーも『師匠一生ついていきます』ってなってるし」
この温度差も、この配信の味になってきているようだ。
「じゃあ、サクサク次いこっか。次はこれ。『彼氏が性癖を押し付けてきて困ってます』……あー、あるよねー、こういうの」
ルナがニヤニヤしながら次のメールを読み上げた。
「でも、そういうのってかわいくない? 要求を満たすためにあれこれ頑張るのっていじらしくて。いいんじゃない? かなえてあげたら……ねえ、サクヤ先生はどう思います? その道のプロとして」
「ええ、漫画的表現としては王道ですね! ヒロインが嫌がりつつも受け入れるとめちゃくちゃ興奮するし、最高だと思います!」
咲夜は流暢に答える。あくまで「創作論」として。
そこで、ルナが意地悪な笑みを浮かべた。
「でもぉ、先生自身はどうなんですか?」
「え?」
「先生なら、彼氏に『こういうことしたい』って変なプレイ要求されたら、どうします? やっぱノリノリで応えちゃう感じ?」
その瞬間。
咲夜の動きがピタリと止まった。
「……え、あ、わ、私……ですか?」
「そうそう。リアルな話」
「え、えっと……その……」
咲夜のアバターが、カクカクと不自然に震え始めた。
さっきまでの流暢な語り口は消え失せ、声が上擦る。
「わ、わわ、私はその……け、経験が……つつつ、付き合ったことも、ない、ので……」
「えー? またまたぁ。サキュバスでしょ? エロ漫画家でしょ? 本当はすごいんじゃないんですぅ?」
「ち、違いますぅ! そ、そんなこと、現実に言われたら……わ、私は……ダメッ! えっちなのはNGです!」
「でもでも、好きだったら繋がりたいって思うの普通ですよねぇ? 先生の漫画のシチュ全部やってみたいって言われたらどうします?」
「そ、そんなこと言われたら……私、気絶しちゃうかも……ひゃぅ!?」
顔を真っ赤にして(アバターにも赤面エフェクトが連発している)、両手でバッテンを作る咲夜。
露出度の高いサキュバスの格好をして、他人の色恋沙汰にはノリノリだったくせに、自分のこととなると途端にポンコツ化した。
『ママかわいいwww』
『急にガチ照れして草』
『これ絶対処女だろ』
『妄想番長だったか……』
リスナーが大盛り上がりする中、俺はやれやれと肩をすくめた。
「おいルナ、いじめるな。このサキュバスは設定上の生き物で、中身はただの箱入り娘だからな」
「あはは! ごめんごめん、可愛くてつい」
「あぅ……ルナちゃんひどい……」
咲夜が涙目でテーブルに突っ伏す。
その姿に、俺は少しだけ笑みをこぼした。
「男女間の当たり前なんて、カップルそれぞれなんだから。話し合ってみて、応えられることなら応えるし、応えられないなら無理と伝える。それで離れていくならそれまでだと思うぞ」
「姐さんはパートナーがネトラレ性癖ならどうする?」
「うーん……わからん。俺は好きな相手以外を抱くのも、相手が俺以外に抱かれるのも嫌だしなぁ……とりあえず話し合ってみて、かな?」
「姐さん、めっちゃ男らしいっすね……」
まあ、今でもどちらかというと男だし?
「そういや、姐さんは好きな人とかいる?」
「いねえよ。俺は忙しいんだ。大体俺は学生だぞ? 好きとか嫌いとかまだ早い」
俺はノンアルの缶を煽り、ふっと遠い目をした。
「それに……なんていうか、恋愛はもう『今生ではいいかな』って感じだしな」
前世で華という最高のパートナーがいたし、その記憶だけで十分だ。もう一度誰かと一から関係を築く気力は、正直なところ湧いてこない。
「ええっ!? 枯れてる!? まだ若いのに!?」
ルナがのけ反った。
「うーん、でも分かります……。師匠って、同年代の男子とか眼中になさそうですもんね」
『うほっ』
『師匠ってバ美肉なのでは?』
『人生2周目幼女だぞ』
『こんな幼女がいるか』
コメント欄で、リスナーが混乱している。今日は咲夜のチャンネルでの配信だから、俺のことを知らないリスナーも多いようだ。
「はいはい、外野は静かに……時間あるし、もう一通くらいいっとくか?」
俺が話題を戻すと、ルナがタブレットをスクロールさせた。
「んー、じゃあこれ! 『気になっている女性をご飯に誘いたいのですが、断られるのが怖くて誘えません。背中を押してください』……だそうです!」
「うわ、ピュアっすねぇ」
ルナがニヤニヤする。
「先生ならどう思います? こういう奥手な男子」
「えっ!? あ、えっと……じ、じれったくて可愛いと思います! でも、漫画なら強引な展開もいいですけど、現実は……その、誠実なのが一番ですよね」
咲夜が無難な回答をする。自分のことじゃないと分かると、急に饒舌になるなこいつ。
「私はさぁ、そういう不器用な男の子、嫌いじゃないよ」
ルナが頬杖をつきながら、優しく言葉を継いだ。
「断られるのが怖い? それってさ、相手のこと本気で想ってる証拠じゃん。いいじゃん、青春じゃん」
「おおっ、ルナちゃん優しい!」
咲夜が合いの手を入れる。
「でもね、少年。女ってのは意外と待ってるもんなのよ。スマートじゃなくてもいい、噛んでもいいから、真っ直ぐ目を見て誘ってみ? その『必死さ』にキュンとくる女子、結構いるから」
「なるほど……!」
「だから、勇気出しな! もしダメだったら、ここに戻っておいで。私たちが『よく頑張った!』って慰めてあげるからさ!」
多くの男を見てきたルナだからこその、包容力ある激励。
コメント欄も『姉御おおお!』『俺も誘ってくる!』と色めき立つ。
そして、二人の視線が俺に向く。
「で、師匠からのアドバイスは?」
「……そうだな」
俺は少し考えてから、マイクに向かって言った。
「精神論は二人が言った通りだ。だから俺からは技術的な話をしよう。『ご飯行きませんか』が重いなら、『美味い店見つけたんで行きませんか』にすればいい。目的を『デート』じゃなくて『食事』にすり替えろ」
『!?』
『おお……!』
「断られたら『じゃあまた今度』で引く。深追いはするな。引き際が綺麗な男は、次につながるぞ……健闘を祈る」
『ガチのアドバイスきた』
『師匠、中の人ホストか何か?』
『勉強になります!!』
「……あはは。やっぱ姐さんには敵わないや」
ルナが楽しそうに笑い、ストロング缶を振って水音を鳴らした。
「いやー、面白かったぁ!」
ルナが総括すると、コメント欄には『神回確定』の文字が溢れた。
『楽しかった』
『いいバランスよね』
『ずっと見てられるわこの3人』
『家族みたい』
――手応えは、十分だった。
俺たちが懸念していた「世界観の不一致」は、むしろ「ギャップ」として好意的に受け入れられている。
これなら、ライブ本番で三人が並んでも、ファンは許容してくれるだろう。
「……ふぅ。そろそろお時間ですね」
一時間の配信があっという間に過ぎた。
ルナが締めの挨拶に入る。
「今日はありがとね! これからも、ときどき配信すると思うから! よろしく!」
続いて、咲夜が少し身を乗り出して手を振る。
「あ、あのっ、最後まで見てくださってありがとうございました! ルナちゃんと、師匠と……これからの私たちを、どうぞ見守ってあげてくださいね!」
最後に、俺が短く告げる。
「……まあ、たまにはこういうのも悪くないな。また会おう」
「それじゃあ、最後はいつもの合言葉で!」
ルナの掛け声に合わせて、俺たちは声を揃えた。
「「「今宵もいい月夜でした。ばいばーい!」」」
◇
配信終了ボタンを押した瞬間、咲夜が再びテーブルに突っ伏した。
「……し、心臓が止まるかと思いました……」
「お疲れ様です、先生! 最高でしたよ、あの『ひゃぅ!?』って反応!」
あかりが上機嫌で咲夜の背中を叩く。
「もう……ルナちゃん、わざとやったでしょ?」
「バレました? でも、リスナー大喜びだったし、結果オーライです!」
咲夜は涙目だが、満更でもなさそうだ。
俺は空になった麦茶のコップを置き、やれやれと肩をすくめた。
「まあ、観測気球としては大成功だな。これで本番もやりやすくなる」
「でしょ? あー、楽しみ! 早くあのステージに立ちたいなぁ!」
あかりは両手を広げて天井を仰ぐ。
その顔には、一点の曇りもない。
俺はそんなあかりと、突っ伏しながらも笑っている咲夜を見て、ふっと口元を緩めた。
「……ああ。そうだな」
ディスプレイの向こうには、まだ興奮冷めやらぬコメントが流れ続けている。
この三人なら、きっといい景色が見られるはずだ。
確かな予感と共に、俺は静かに配信のウィンドウを閉じた。




