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TS転生幼女のサバイバル配信生活  作者: 瀬戸こうへい
第二章 成長した俺の居場所

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第33.5話 クリエイターの礼儀と、土下座の作法

 昼休み、ポケットの中のスマホが短く震えた。

 画面を覗くと、月見里あかりからのメッセージが表示されていた。


『姐さん。お願い、ウタと直接話がしたい』


 俺はしばらく画面を見つめ、迷った。

 今のウタにとって、あかりは最も顔を合わせたくない相手だろう。だが、このまま平行線のままでは、ウタの曲は恥部として闇に葬られ、あかりもまた再起の道を絶たれる。


 俺は溜息をつき、指を動かした。


『……わかった。放課後、旧校舎の第二理科準備室に来てくれ。行き方は後で送る』



 放課後。俺とウタとヒナの三人は、いつものように旧校舎の階段を上っていた。

 俺の足取りは、鉛でも詰まっているかのように重い。


「……ねえ、アリサ。今日、なんか変よ?」


 階段の踊り場で、前を歩いていたウタが不意に振り返った。

 その鋭い視線に、俺の心臓が嫌な音を立てる。


「ウタに謝らないといけないことがあるんだ」


「……なによ」


 俺は返事をせずにドアを開ける。


「……誰かいる?」


 後ろから付いてきたヒナが、素っ頓狂な声を上げた。

 窓際の椅子に、一人の女が座っていた。


 緩く巻いた茶髪は少し乱れ、その表情には隠しきれない疲労の色が滲んでいる。いつもの派手な気怠さは消え、ただ一人の、追い詰められた表現者がそこにいた。


「……お邪魔してるよ。姐さん、ウタ」


「――っ!?」


 ウタの顔が一瞬で怒りに染まった。彼女は弾かれたように俺の腕を掴み、廊下へ引っ張ろうとする。


「アリサ! 職員室! この女、不法侵入よ! 先生を呼んで――」


「待て、落ち着けウタ!」


 俺は必死にウタの肩を抱きかかえ、その場に留まらせた。


「俺が場所を教えたんだ」


「…………は?」


 ウタの動きが、ぴたりと止まる。

 その瞳が、絶望に近い色に染まって俺を見た。


「あんた……なんで……」


「……あかりが、どうしてもお前と直接話したいって言ってきたんだ」


「…………裏切り者」


 低い声で吐き捨てられた言葉が、ナイフのように俺の胸に突き刺さる。予想はしていたが、やはりキツい。

 ウタは唇をわなわなと震わせ、それから椅子から立ち上がったあかりを、殺さんばかりの勢いで睨みつけた。


「用件だけ言って。三秒。それで出ていって」


 ウタの声は、氷よりも冷たかった。

 あかりは一つ息を吸い、テーブルの上に透明なクリアファイルを置いた。


「Screamingについて、きちんとしたライセンス契約を結んでほしい。これが、その書類」


「嫌よ」


 即答だった。


「理由は前に言ったはず。あれは私のゴミよ、他人に売る価値なんてない」


「価値があるかどうかを決めるのは、作者だけじゃないんだ」


 あかりの声には、絞り出すような執念があった。


「……何よ、それ」


「あの曲を聴いた百万人以上の人たちが、あんたの言葉に心を揺らされてる。それをゴミだなんて言わせない……あんたの曲は素晴らしい」


「知らないわよ、そんなの。消して。私の前から、世界から、全部消してよ!」


「……消せない。あんたがこの世に生み出してしまったんだから」


 ウタの眉間に、深い皺が刻まれる。


「……しつこい女ね。だから嫌いなのよ、あんたみたいな無神経な大人」


「わかってる。嫌われて当然だと思う」


 あかりは目を伏せた。


「今まで迷惑をかけてきたこと、あんたの曲を勝手に使ったこと、解釈を押しつけたこと。全部、私が悪かった。それは本当にごめんなさい」


 頭を下げる。


 そして、顔を上げたあかりの目は、謝罪とは裏腹に真っ直ぐだった。

 濡れた瞳の奥に、折れる気のない意志が座っている。


「……その上で、もう一つ謝らなきゃいけないことがある」


「……何よ」


 ウタの眉が、ぴくりと動いた。


「……昨日、あんたの父さん――一ノ瀬響さんに会って、話してきた」


 空気が凍った。


「あんたが作曲していたこと。ネットに曲を上げていたこと。それが大きな反響を呼んでいること。全部、伝えた」


 ウタの顔から、一気に血の気が引いた。


「――なんで」


 声が震えている。


「なんでそんなことしたの……! 私がどれだけ嫌がってたか、知ってるくせに……!」


「…………」


「ふざけないでよ……! 私の人生を、あんたの都合で無茶苦茶にして!」


 ウタの叫びが、準備室に反響した。

 ヒナがびくりと肩を震わせ、俺の袖を掴んでくる。


「……必要だったんだ」


 あかりの声は、静かだった。


「あんたは未成年だ。ライセンス契約を結ぶには、保護者の同意がいる。あんたが嫌がっても、この問題を正しく解決するには、親に話を通すしかなかった」


「自分勝手すぎるでしょ!?」


「わかってる。PVを出す前にライセンスをきっちり詰めておかなかったのは、私のミスだ。あんたの許可も取らずに曲を使って、バズってから慌てて契約を迫って……順番が間違ってた。それは認める」


「認めたって遅いのよ! もう取り返しがつかないじゃない!」


「ああ。取り返しはつかない……けど、こうなった以上、保護者である響さんに打ち明けるしかなかった。子供との口約束で収めるには、話が大きくなりすぎたんだ」


「私は誰にも知られたくなかったのに!」


「だったら、なんでアップロードしたの」


 ウタの呼吸が、止まった。


「……何、言って……」


「あんたは父さんに知られたくないと言った。世界から消してほしいと言った。でも、あの曲を最初にネットに上げたのは、あんた自身だ」


「…………」


「誰にも聴かれたくないなら、最初から上げなければよかった。ローカルに保存して、パスワードをかけて、墓場まで持っていけばよかった」


「……それは……」


「でも、あんたはアップした。あんたは届けたかったんだ、誰かに」


 ウタが言葉を失った。

 怒りで感情が剥き出しになっているからこそ、あかりの指摘が、鎧の隙間を真っ直ぐに貫いた。


「それを、私が拾った。それを受け取って心が動かされてしまったんだ」


「…………」


「あんたの曲は、あんたが思ってるよりずっと遠くまで届いてしまった。もう元には戻せない。だったら……正しい形で残すしかないだろ?」


 ウタは何も答えなかった。

 否定する言葉が出てこない。

 握りしめた拳が、小さく震えている。


 あかりは、そのまま床に膝をついた。

 埃っぽい準備室の床に、躊躇なく。

 両手を前につき、額を擦りつけた。


「……何してるのよ」


「謝ってるんだ。あんたの信頼を裏切ったことを。あんたの秘密を、勝手に親に伝えたことを……全部、私のせいだ」


 床についた額のまま、あかりは続けた。


「私はあんたの曲に惚れた。それを世に出したかった。その気持ちは、本当だ。でもやり方が間違ってた……だから、お願いだ。もう一度だけ、チャンスをくれないか」


 長い沈黙。

 ウタは何も言わなかった。


 あかりはゆっくりと上体を起こした。土下座の姿勢のまま、涙で化粧が崩れた顔でウタを見上げる。


「あんたの父さんは――驚いていた。けど、嫌そうではなかった」


 ウタの肩が、びくりと跳ねた。


「あんたが、自分の言葉で曲を作っていたこと。それが多くの人の心を動かしたこと……響さんは、それを聞いて、しばらく黙ってた」


「…………」


「そして……曲をどうしたいかは、ウタに任せると言った」


 ウタの目が、大きく見開かれた。


「……父さん、が?」


「ああ。消すも残すも、あんたが決めろって……あの人は、あんたの意志を尊重するつもりだよ」


 長い、長い沈黙が落ちた。


 ウタは何も言わなかった。

 だが、その横顔には、怒りとは別の、複雑な感情が渦巻いていた。

 恐れ。戸惑い。そして――ほんの少しだけ、安堵のようなもの。


 あかりはゆっくりと立ち上がった。

 膝についた埃を払い、深く頭を下げる。


「あんたの曲は、素晴らしいよ。嘘ばかりの私だけど、それだけは嘘じゃない」


 ウタはしばらく黙っていた。

 やがて、窓の外に視線を逸らし、小さく呟いた。


「……答えは、すぐには出せない」


 その声は、さっきまでの氷のような拒絶ではなかった。


「父さんと……ちゃんと話してから」


 テーブルの上の契約書には、手を伸ばさない代わりに、払い除けもしなかった。


 あかりは深く頭を下げた。


「……ありがとう。待ってる」


 あかりが踵を返し、ドアに向かう。

 その背中に、ウタがぶっきらぼうに呟いた。


「……あのね」


 あかりが足を止める。


「次から、ちゃんとアポ取りなさい。それと……大人が子供にそんな簡単に頭を下げるもんじゃないわよ。見せられる方の身にもなりなさい、馬鹿」


「……うん。ごめん」


 あかりが少しだけ、本当に少しだけ、自嘲気味に笑った。


 ガラリ、とドアが閉まる。

 ヒールの足音が遠ざかり、準備室に三人だけの静寂が戻った。


「……うーちゃん、大丈夫?」


 ヒナが、おそるおそるウタの顔を覗き込む。

 ウタは何も答えず、窓枠に頬杖をつき、夕焼けに染まる校庭をじっと見つめていた。


 テーブルの上には、夕日に照らされた契約書が静かに残されていた。

 これから先、ウタがどう答えるかは、彼女と彼女の父親の問題だ。


 俺はそっと、ウタの隣に立った。

 今はただ、沈む夕日を一緒に眺めていればいい。


「……帰るか」


 俺が短く声をかけると、ウタはしばらく黙っていたが、やがて重い腰を上げた。

 そして、俺の顔をジト目でじーっと見つめてくる。


「……アリサ。あんた、私のこと裏切ったわよね」


「……うっ。それは、その……悪かったと思ってる」


「反省してる?」


「……してる」


 俺が素直に首を縦に振ると、ウタはふんと鼻を鳴らし、人差し指を突きつけてきた。


「じゃあ、明日からの給食。デザートは全部私のものよ……今週いっぱいくらいは、その権利があると思うけど?」


「……え? 明日はプリンだぞ」


「知るもんですか……裏切り者のアリサは、パンでもかじってなさい」


 ウタはぷいっと横を向いた。

 その口調はいつもの調子に戻っていたが、窓の外を見つめる耳の付け根が、少しだけ赤くなっている。彼女なりの照れ隠しであり、許しのサインなのだ。


「……わかったよ。明日のプリンも明後日のゼリーも、全部献上させていただきますよ」


「よろしい……ヒナ、帰るわよ」


「わーい! あ、うーちゃん! 私のプリンも半分あげるね!」


「あんたは食べなさいよ……そもそも、そんなに食べれないから」


 俺たちは鞄を手に取り、いつものように秘密基地を出た。

 夕闇が迫る街は、昨日よりも少しだけ、違って見えた。


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