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TS転生幼女のサバイバル配信生活  作者: 瀬戸こうへい
第二章 成長した俺の居場所

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第19話 凸凹トリオと秘密基地

 入学してから、数日が経過した。

 俺こと南雲アリサの学校生活は、予想していた通り、「精神修行ガマン」の連続である。

 六歳の身体に四十年分の忍耐力を詰め込む日々、と言ってもいい。


 授業中は、とにかく時間を持て余す。

 なにせ、やっていることといえば「1+1」や「あいうえお」だ。

 四十年近く生きてきた俺にとっては、退屈を通り越して虚無だった。


 時間が惜しくなり、俺は担任の佐藤先生に直談判して、授業中に別の勉強をする許可を取り付けた。

 教科書の代わりに机の上へと広げているのは――簿記の参考書だ。


 資格を取ろうと思っている。

 VTuberとしての収益がある以上、確定申告は避けて通れない。

 今は税理士に丸投げしているが、自分で帳簿を理解しておいた方が、節税対策や資産運用の面で有利だろう。

 調べたところ、簿記の検定を受験するのに年齢制限はないらしい。

 ならば、この無駄な六年間の懲役は、資格取得のための勉強期間として有効活用するのが、大人としての賢い生き方というものだろう。

 最初のうちは、「ずるい」「なんでアリサちゃんだけ」と、不満の声も上がった。

 だが、実際に机の上の参考書を見せると、その反応は一変した。


 ページいっぱいに並ぶ数字や表を前に、クラスメイトたちは一様に首を傾げ、なんとも言えない顔をする。

 羨ましさはすぐに消え、「よく分からないものを見る目」へと変わっていった。

 その視線は、理解しようとするものではなく、触れてはいけない物を見るそれだった。


 やがて俺は、「そういうもの」として認識されるようになった。


 小学一年生の教室で、電卓を片手に帳簿の貸方と借方の帳尻を合わせている女子児童。

 客観的に見れば、俺も相当な問題児である。


 ――だが、このクラスの問題児は、俺だけではなかった。


 俺の右隣に座る、一ノ瀬詩いちのせ・うた

 常に不機嫌なオーラを纏っており、彼女もまた授業など聞いていない。

 黒板に視線を向けることはなく、鉛筆だけが静かに動いている。


 どうやら一年生の学習範囲など、とっくに修了しているらしい。

 俺が堂々と内職しているのを見て、「……なら、私も」と先生に交渉し、国語のノートの代わりに五線譜を広げている。


 親が有名な音楽家のようで、彼女自身も音楽コンクール等でいくつも賞を取っているそうだ。

 周囲の騒音を遮断するかのように、黙々と音符を書き連ねていく。

 その集中力は凄まじいが、時折、鉛筆の先が折れそうなほど紙に強く書き殴っているあたり、相当なストレスを溜め込んでいるのが見て取れた。


 そして、最大の問題児がもう一人。

 俺の左隣に座る、日向陽菜ひなた・ひな


 こっちは逆に、知能指数の問題ではない。

 有り余るエネルギーが身体という器に収まりきらず、常に暴発寸前なのだ。


 授業中、彼女は一秒たりともじっとしていない。

 ガタガタガタ……。

 貧乏揺すりで机が小刻みに振動し、その揺れが俺の席にまで伝わってくる。


 視線は常に窓の外だ。

 飛んでいる鳥や、窓枠を歩く虫を目で追い、獲物を狙う猫のように瞳孔が開いたり閉じたりしている。


 消しゴムをいじり、足をぶらつかせ、椅子をギシギシと鳴らす。

 まるで、狭い檻に閉じ込められた野生動物だ。

 座っているという行為そのものが、彼女にとっては拷問に近いらしい。

 檻に慣れていない生き物を、無理やり椅子に縛りつけたようなものだ。


 キーンコーンカーンコーン……。


 そして、休み時間を告げるチャイムが鳴った瞬間。


「やぁぁぁぁ!! 出撃いぃぃぃぃぃ!!」


 陽菜は叫び声と同時に椅子を蹴倒し、弾丸のように教室から飛び出していく。

 その速さたるや、もはや残像が見えるレベルだった。


 右に、人嫌いの天才。

 左に、制御不能の野生児。

 真ん中に、確定申告を憂う中身おっさん。


 これが、このクラスの異端児トリオである。


(……お互い、関わらないのが一番だな)


 給食が終わり、昼休みに入ると教室の喧噪が一気に増す。

 その中で、俺は手にした経済小説の文庫本に視線を落とした。


 隣では詩が、机に突っ伏して耳を塞いでいる。

 周囲の騒音は、彼女にとって耐え難いノイズなのだろう。

 誰とも口をきかず、完全に世界を拒絶していた。


「ねえねえ! そこの二人!」


 ドカッ、という音と共に、陽菜が俺と詩の机の間に割り込んでくる。


「……なによ」


 詩が不機嫌そうに顔を上げる。

 俺は一拍置いてから、にこやかに顔を上げた。


「日向さん、なにか用?」


「探検に行こうよ! すごい場所見つけたの!」


 陽菜は目を輝かせ、俺たちの腕をガシッと掴んだ。

 ……すごい握力だ。

 本当に小学一年生の力なのだろうか。


「ごめんね。私は読書で忙しくて」


「私もパス。めんどくさいのは嫌」


 俺と詩は、ほぼ同時に拒否する。

 だが、この野生児に言葉は通じなかった。


「いいから行くよー! しゅっぱーーつ!」


「ちょ、待っ!? えええっ!?」


「やめっ! 離しなさいってば!」


 陽菜は問答無用で俺たちを引きずり、廊下へ連行した。

 細い腕のどこにそんな力があるのか、抵抗する暇もない。



 連れてこられたのは、校舎裏の茂みだった。

 陽菜が指差した先には、渡り廊下で繋がった旧校舎がある。

 立ち入り禁止のロープが張られ、長らく使われていない建物だ。


「あそこの二階に、鍵が壊れてて入れる部屋があるんだよ!」


「……それって、不法侵入じゃないの?」


 俺は冷静にツッコミを入れたが、内心では、少し興味が湧いていた。


 今の教室は、正直うるさすぎる。

 誰も来ない静かな場所があるなら、正直悪くない。


「……そこって、静かなの?」


 詩も同じことを考えたらしい。ボソリと聞いた。


「静かだよ! 誰も来ない!」


「……行くわ」


 即決だった。

 仕方ない。俺も付き合うしかないか。


「わかったよ。でも、見つかったら先生に怒られるよ?」


「大丈夫! こっちから行こっ!」


 陽菜が指差したのは、校庭を突っ切り、飼育小屋の裏を回るルートだった。


「待って」


 俺は足を止める。

 前世で培ったリスク管理能力が、静かに警鐘を鳴らした。


「そっちはグラウンドから丸見えだ。先生に見つかる確率が高い」


 俺は校舎の配置を思い出しながら、頭の中で経路を組み立てる。


「体育館の裏を通ろう。死角になっているから、誰にも見つからずに行けるはず」


「……賛成。理にかなっているわ」


 詩も小さく頷いた。

 俺たちは体育館の裏へ向かおうとするが――


「そっちはダメッ!」


 陽菜が叫んだ。


「なんか、イヤな感じがする!」


 陽菜は鼻をひくつかせ、獣のように身を屈める。


「イヤな感じって……お化けか何かか?」


 俺は呆れながら言う。


「そんなの論理的じゃない」


 俺は構わず進もうとした。詩も俺に続く。

 次の瞬間――


「ダメって言ったらダメーーーッ!!」


 陽菜が俺と詩の首根っこを、ものすごい力で掴み上げた。


「ぐええっ!?」


「く、苦しい……!」


「こっち! こっちがいいの!」


 そのまま引きずられ、校庭の真ん中を走らされる。

 当然、目立つ。だが陽菜は絶妙なタイミングで植え込みの陰に入り、ジグザグに進む。

 その動きは、完全に野生動物だった。


 そして、飼育小屋の裏にある、大きな木の下に滑り込んだ瞬間――


 ガシャアァァァァン!!


 体育館の裏手から、凄まじい金属音が響いた。


「「「!?」」」


 振り返ると、体育館の壁に立てかけられていた古びた雪囲い用の板と鉄パイプが、強風に煽られて崩れ落ちている。


 ……背筋が冷えた。

 もし、あそこを通っていたら――


「誰だァ! そこでいたずらしている奴はァ!!」


 音を聞きつけ、体育教師が飛び出してくる。

 もしあちらに進んでいたら、怪我しなかったとしても、大目玉だっただろう。


「……危なかった」


 冷や汗を拭い、陽菜を見る。

 彼女は「ふふん」と鼻を鳴らし、何食わぬ顔をしていた。


「なんでわかった?」


 俺が聞くと、陽菜はニシシと笑い、自分の鼻を指差した。


「んー? なんかね、あっちは『チクチク』してた。こっちは『フワフワ』!」


 言語化不可能。完全な直感。


 ――だが今になって、微かに風に乗って漂ってくる、鼻を突く鉄の臭い。

 陽菜は無意識に、錆びた金具の気配を嗅ぎ取っていたのかもしれない。


 俺は戦慄した。

 俺は経験と理屈で「最適解」を選んだつもりだった。

 だがこの野生児は、理屈を超えた生物的スペックで「正解」を一瞬で嗅ぎ分けたのだ。


(……勝てないな)


 頭脳でも知識でも負けるつもりはなかった。

 だが「生存本能」において、この日向陽菜という少女は、俺を遥かに凌駕している。


「……私の負け。陽菜、君を隊長に任命するよ」


 俺は降参して、両手を挙げた。

 ここで意地を張るのは、大人のやることじゃない。

 優れたリーダーに従うのも、立派な処世術だ。


「えっ、ほんと!? やったー! 私がたいちょー!」


 陽菜は再び俺たちの手を引き、元気よく走り出した。



 無事に旧校舎の二階、『第二理科準備室』へ辿り着いた。

 ギイイ……と錆びついたドアを開けると、埃とカビの臭いが鼻を突く。

 そこは、まさに廃墟だった。


「……汚い」


 詩がハンカチで口元を覆い、露骨に顔をしかめる。

 壊れた人体模型に、変色したビーカー。お世辞にも居心地がいいとは言えない。


「うわぁ~! 秘密基地だ~!」


 一方、陽菜は大喜びで埃の中を転げ回っている。

 ……あーあ、服が汚れてしまっている。


「さて」


 俺は巾着袋を机の上に置いた。

 ここを拠点にするなら、まずは環境整備が必要だろう。


「まずは、掃除しようか」


「……なんで私がそんなこと」


 詩が即座に拒否する。

 だが、俺には勝算があった。


「少し掃除したら、ティータイムにしない?」


 巾着袋から、クッキーと水筒を取り出す。


「家から持ってきたんだけど、一緒に食べる?」


「……ッ」


 詩の眉が、わずかに動いた。

 どうやら甘い菓子は、彼女にとっても有効な交渉材料らしい。



「……仕方ないわね」


「わーい! クッキーだー!」


 交渉成立。


 と言っても、昼休みは短い。

 見える範囲だけを手早く片づけることにした。


 三人で手分けして動くことにした。

 俺は机の上の危なそうな器具を端に寄せ、作業場所を確保する。まずは導線。次に作業。社会人の段取り力を舐めるな。


「ヒナ隊長、軽いものは触らないで。割れる。重いのだけお願い」


「りょーかい! えいっ!」


 陽菜は人体模型の胴体を、ぬいぐるみでも抱えるみたいにひょいと持ち上げ、棚の奥へ押し込んだ。こいつ、筋肉でできてるのか。

 続けて、ガタガタの椅子や崩れかけた段ボールも、まとめて端へ寄せていく。力技が潔い。


 詩はというと、無言で黙々と手を動かしていた。

 ハンカチで棚の埃を拭き、床に散らばっていた紙切れや破れたラベルを拾って、迷いなく一箇所に集める。ゴミと必要物の仕分けが早い。さすが、音符にしか興味がない女――いや、手際が良すぎる。


 俺は二人の動きを見ながら、机を拭く順番と置き場を指示していく。

 「ここは座る場所」「ここは物置」「窓側は換気」。たったそれだけで、空間の顔つきが変わる。


 数分後。

 埃とカビの臭いはまだ残っているが、見える範囲は片づいた。

 少なくとも「座ってクッキーを食べても罪悪感がない」程度には、清潔さを確保できた。


「いただきまーす!」


 即席のティータイム。

 詩はクッキーを一口齧った瞬間、目を見開いた。


「……美味しい。これ、本物のバターの味がする……」


「でしょう? 結構いいやつなんだよ。入学祝いにもらったやつなんだ」


 本当はふるさと納税の返礼品だが。


 俺は優雅に、シリコンコップに入れた紅茶を啜る。


 ――と、その時。


 詩がクッキーを持つ手を止め、じっと俺を見つめてきた。

 その視線は、さっきまでの無関心なものとは違う。


「ねぇ。あんた、何者?」


 一瞬、第二理科準備室に音がなくなった。


「ずっとおかしいと思ってたけど、やっぱりあなた普通じゃないわ。それに、一年生がこんなお菓子を隠し持ってるなんて」


 鋭い。

 俺は心臓がわずかに跳ねるのを抑え、いつもの笑みを貼り付ける。


「私は……ただの、少しおませな女の子よ?」


 小首を傾げて、可愛らしく答える。

 だが、詩は眉をひそめて言う。


「その猫被りやめて。鼻につく」


 ……あ、ダメだこれ。

 この子は俺と同類だ。子供騙しが通用しない。


 俺は諦めて息を吐き、肩の力を抜いた。

 貼り付けた笑顔を消す。


「……わかったよ」


 足を組み直し、コップの中身を一気に煽る。


「俺は南雲アリサ。こんな性格なのは、ちょっと事情があってな……まあ、ただのひねくれ者さ」


 一人称「俺」。

 そして、年不相応のだらけた口調。


「えっ? オレ?」


 陽菜が目を丸くする。

 だが、詩は、驚くどころか小さく笑った。


「……やっぱり、本性隠してたんだ。あんた、いつも明後日の方向を見てたものね」


「お互い様だ」


 そう返すと、詩はクッキーをもう一枚手に取り、少しだけ楽しそうに口元を緩めた。


「ま、いいわ。その方がマシ……よろしく、アリサ」


「おう。よろしくな、ウタ……あと、ヒナ隊長」


「ヒナは隊長だぞー! わーい! アリサがおもしろい喋り方になったー!」


 陽菜は何も考えていないらしく、ただ楽しそうに笑っている。


 おっさんと、天才と、野生児。

 クラスで浮きまくっている三人の、奇妙な共犯関係がここから始まった。


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