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TS転生幼女のサバイバル配信生活  作者: 瀬戸こうへい
第一章 生まれ変わった俺の居場所

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第17話 (美結視点)私の大切な家族

 ズキリ。

 洗面所の鏡の前で、私は左の頬に触れた。


 まだ、少しだけ痛む。

 青あざは化粧で隠せたけれど、あの時の熱さはまだ肌に残っている気がした。


「……バカだなぁ、私」


 鏡の中の自分に、小さく呟く。

 本当に、バカだった。

 健二くんから連絡が来た時、舞い上がってしまったのだ。

 少し考えれば怪しいって分かるはずなのに。


「やり直そう」って言葉を信じたくて、耳を塞いでいた。


 だって、不憫だと思ってしまったから。

 アリサちゃんには、パパがいない。


 私がだらしないせいで、あの子に「普通の幸せ」をあげられていないんじゃないか。


 だから、パパとママがいて、休日は公園に行って、一緒にお家でご飯を食べる。

 そんな「絵に描いたような家庭」を作ってあげたかった。


 でも――


『俺にパパなんていらない』


 あの子は、そう言った。

 私の勝手な思い込みだったのだ。

 あの子は私が思っているよりずっと強くて、賢くて、そして優しかった。

 私が「パパ」という額縁にこだわっている間に、あの子はずっと、中身のない私を守ろうとしてくれていた。


 ――余計なお世話、だったみたい。


 リビングの方を見る。

 PCに向かって何やらブツブツ言っている、小さな背中。

 頼もしくて、生意気で、世界一可愛い私の宝物。


「……よし」


 私は両手でパンパン! と頬を叩いた。


 いつまでもメソメソしてちゃダメだ。

 パパを用意してあげることはできなかったけど、私にできることはまだあるはず。

 今の私にできる、精一杯の「ママらしいこと」を。


「アリサちゃーん!」


 私はリビングのドアを勢いよく開けた。

 アリサちゃんがビクッとして振り返る。


「なんだ、藪から棒に」


「今日のご飯は、私が作るよ! 手作りハンバーグ!」


「……は?」


 アリサちゃんが、信じられないものを見るような目をした。

 無理もない。この家のキッチンは、お湯を沸かすか、買ってきたお惣菜を皿に移すくらいにしか使われていない。私の料理スキルは、目玉焼きで限界を迎えている。


「大丈夫か? 消防署の番号、確認しとくか?」


「失礼ね! やればできるもん! ……たぶん」


「たぶんかよ」


 アリサちゃんは呆れたように溜息をついたけど、PCの電源を落として、椅子から降りてくれた。


「……仕方ない。手伝ってやる。お前に包丁を持たせるのは、三歳児に拳銃を持たせるより危険だからな」



 こうして、初めての「親子クッキング」が始まった。


「いいか美結、玉ねぎはもっと細かく刻むんだ。それじゃあ『みじん切り』じゃなくて『ザク切り』だ」


「えぇー? 目が痛いよぉ……」


「ゴーグルでもしてろ……ほら、貸してみろ」


 踏み台に乗ったアリサちゃんが、私の手から包丁を奪い取る(危ないから私が支えているけど)。

 トントントントン。

 リズミカルな音が響く。三歳の小さな手とは思えない、見事な包丁さばきだ。


「……前世では、自炊してたの?」


 私が尋ねると、アリサちゃんは手を止めずに答えた。


「んー、まあ。一人暮らしも長かったし、それなりにな」


「そっかぁ……アリサちゃん、すごいねぇ……」


 私は、頼もしい娘の横顔を見つめた。

 手際が良くて、決断力があって、私のフォローまでしてくれる。

 中身がおじさんだとしても、やっぱりすごい。


 ふと、口をついて出た。


「ねえ……私、アリサちゃんみたいな人を好きになってたら、幸せになってたのかなぁ」


「んー、どうだかなぁ?」


 アリサちゃんは刻んだ玉ねぎをボウルに移しながら、素っ気なく言った。


「俺の前世なんて冴えないおっさんだから、美結が好きになりそうにないけど」


「冴えないとかは、気にならないんだけど……」


 私はボウルの中のひき肉を見つめながら、指先をこね合わせた。


「私が居なくても大丈夫な人は……『相手は私じゃなくてもいいのかな』って、思っちゃうんだ」


 そう。これが私の悪い癖だ。

 しっかりした自立した人は、私がいなくても生きていける。

 だから、私がそばにいる理由がない気がしてしまう。

 逆に、夢ばかり語ってお金がなかったり、だらしなかったりする人ほど、「俺には美結しかいない」って、簡単にすがってくる。

 それを私は、「必要とされている」って、都合よく勘違いしてきた。


「……ふぅ」


 隣で、深い深いため息が聞こえた。

 呆れられたかな。そう思って顔を上げると、アリサちゃんは困ったような、でも優しい目で私を見ていた。


「まあ、いいじゃないか」


「え?」


「俺がいるんだから。この先何があっても、俺は美結の家族だ。なんてったって、血のつながった娘だからな」


 ――ズキン。

 その言葉が、胸の奥に温かく響いた。


 恋人やパートナーは、いつか別れるかもしれない。

 私が「必要ない」と思われたら終わりだ。


 でも、家族は違う。

 切っても切れない血の繋がり。


 あの子は「逃げない」と言ってくれた。


「……うん。そうだね」


 私が鼻をすすると、アリサちゃんは「ほら、挽き肉こねるぞ」と私の手を引っ張った。


 ボウルに手を入れる。

 ひんやりとしたお肉の感触。

 横から、アリサちゃんの小さな手も伸びてきて、一緒にお肉を捏ねてくれる。

 私の大きな手と、アリサちゃんの小さな手。


「……ごめんね。ママが、ダメダメで」


 あの子の温かさに触れて、ふと申し訳なさが込み上げてきた。


「私って、男を見る目ないし……学習しないし。もっとまともな人、ちゃんとした人を好きになってたら、アリサちゃんにこんな思いさせなかったのに……」


 健二くんのことだけじゃない。これからもきっと、私は間違える。

 また「私がいないとダメな人」にフラフラと近づいて、傷つくかもしれない。


「……まともな人、か」


 アリサちゃんの手が止まった。

 横を見ると、彼はボウルの中身を見つめたまま、呆れたように言った。


「あのな、美結。無理して『まとも』になろうとするな……どうせお前、そういうの向いてないだろ」


「うっ……ひどい」


「事実だろ。お前のその惚れっぽくて、情に流されやすくて、家事が壊滅的なところは、もう治らない病気みたいなものだしな」


 アリサちゃんが顔を上げ、私を見た。

 挽き肉の脂でテカテカになった小さな手。エプロン姿の幼女。

 なのに、その瞳はすべてを受け止めてくれる「大人の男の人」の目だった。


「美結。お前は、お前のために生きたらいいんだ」


「……え?」


「母親だからって、自分の『好き』を押し殺して、無理に良いママぶる必要なんてない……お前の人生だ。お前の好きなようにすればいいさ」


 真っ直ぐな言葉が、胸に刺さる。


「お前ももう大人なんだ。誰と付き合うか、誰を好きになるかくらい、自分で決められるだろ?」


「でも……また失敗したら……」


「その時は、また俺が尻拭いをしてやる」


 アリサちゃんは、ニッと不敵に笑った。


「悩みがあれば聞く。愚痴くらいなら、いくらでも付き合う……まあ、心配はするけどな。変な男に捕まったら、また、全力で潰してやる」


「…………っ」


 鼻の奥がツンとした。

 「失敗するな」とは言わない。「変われ」とも言わない。

 ただ、「失敗しても受け止めてやる」と言ってくれた。

 それがどれほど、心強いことか。


「……ありがと、アリサちゃん」


 涙がこぼれて、ボウルの中に入りそうになる。

 慌てて腕で拭った。


「泣くな、しょっぱいハンバーグになるだろ。……ほら、成形するぞ。空気抜けよ」


「うん……!」


 私たちは二人で、ペチペチとタネの空気を抜いて、小判型に整えた。

 私の大きなハンバーグと、アリサちゃんの小さなハンバーグ。

 並ぶと親子の亀みたいだ。


「よし。真ん中を指で少し窪ませるんだ」


「え? どうして?」


「こうすると火が通りやすくなるし、焼いたときに割れにくくなる……ほら、フライパン温まったぞ。油引いて」


「は、はい!」


 私はおっかなびっくりサラダ油を引く。

 フライパンから立ち上る熱気に、思わず腰が引けてしまう。


「ビビるな……そっと置くんだぞ。高いところから落とすと油が跳ねるからな」


「う、うん……そーっと、そーっと……」


 ジュワァァァ……!


 お肉が鉄板に触れた瞬間、激しい音が響いた。


「ひゃっ!?」


「逃げるな! まだ一個残ってるだろ!」


「だってぇ、油がぁ……!」


 盾のようにフライパンの蓋を構えながら、なんとか二つ目のタネを投入する。

 キッチンには、お肉の焼けるいい匂いが充満し始めていた。でも、まだ油断はできない。


「美結、そろそろだ。ひっくり返すぞ」


「えっ、もう!? 崩れないかな……!?」


「思い切りが大事だ。フライ返しを底まで差し込んで……一気に!」


「ええいっ!」


 ガチン! とフライ返しがフライパンに当たる音。

 クルリと回ったハンバーグは――少し端っこが欠けてしまったけれど、なんとか無事に着地した。焦げ茶色の焼き目がついている。


「お、おおぉ……!」


「悪くない……よし、少し水を差して、蓋をして蒸し焼きだ。弱火にしろよ」


 ジュワーッという蒸気の音と共に、私たちは蓋をした。


「……美味しくなーれ」


 ガラス蓋の向こうで、ハンバーグがふっくらと膨らんでいくのを、二人並んでじっと見守る。


「よし、もういいだろう」


 火を止めて、蓋を開ける。

 もわっとした湯気と共に、食欲をそそる肉の香りが爆発した。


「できたぁ……!」


 お皿に盛り付けたハンバーグは、少し焦げてしまったし、形も不格好だった。

 でも、一口食べると、今まで食べたどんな料理よりも美味しかった。


「……うん、悪くないな」


 アリサちゃんも、白米を頬張りながら満足そうに頷いている。


「でしょ? 私だってやればできるんだから!」


「半分以上、俺が手伝ったけどな」


 憎まれ口を叩きながらも、アリサちゃんはおかわりをしてくれた。


 私はこの先もきっと、ダメな恋をするだろう。

 また間違えて、泣くかもしれない。

 でも、大丈夫。

 私には、世界一頼りになる「小さな家族」がいてくれるのだから。


 普通の家庭じゃなくても。

 パパがいなくても。

 焦げたハンバーグを二人で囲むこの食卓が、

 今の私とあの子にとっての、ちゃんとした「幸せの形」なんだ。


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ここまで読んでくださってありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
野生の勘、恐るべし。 面白いトリオになりましたね。(浮きすぎてイジメに発展しないか心配ですが)  本年も楽しく読ませて頂きます。 
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