第13話 神絵師ママ(おかあさん)といっしょ
配信活動にもだいぶ慣れてきたある日。
今日は新しい企画を試すことにした。
「咲夜、マイクのテストは済んだか? そっちの音声も乗せるぞ」
「うぅ……やっぱり、私も喋らなきゃダメ……?」
俺の部屋(兼スタジオ)。
いつもの定位置に座る俺の横で、咲夜がヘッドセットを握りしめ、この世の終わりのような顔をしている。
今日の企画は『ママ(絵師)を呼んでライブペインティング&雑談』だ。
「当たり前だ。絵を描いてる間、無言だと間が持たないだろ?」
「だってぇ……。私の本業、知ってるでしょ? ゴリゴリの男性向け成人漫画家だよ? 女がこんなの描いてるって思われたら……」
咲夜がジト目で訴える。
彼女の懸念はもっともだ。普段、彼女は性癖全開のエロ漫画を描いて生計を立てている。読者の多くは、作者を「同志の男」だと思っているだろう。
「コミケでは咲夜本人が売り子やってるだろ? 知ってる人は知ってるだろうに」
「でもでも、私なんかが喋っても誰も喜ばないと思うんだ。師匠と違って面白いことなんて何も喋れないし……」
「そんなことないと思うぞ? それに、咲夜は俺の自慢のママだ。堂々としてたらいいさ」
俺は有無を言わさず、配信開始ボタンをクリックした。
「こんアリー。VTuberのAL1-SAだ」
画面上の銀髪ゴスロリ美少女が、気怠げに手を振る。
コメント欄が『待機』『…ゲスト?』『お絵描き配信?』の文字で埋め尽くされる。
「今日は記念枠ということで、スペシャルゲストを呼んでいる……俺の肉体の創造主、咲夜ママだ」
「あ、あー……ど、どうも……。AL1-SAの……絵とか、描いてる……咲夜、です……」
咲夜が蚊の鳴くような声で挨拶をする。
マイクが拾えているか心配になるレベルの小声だ。ガチガチに緊張している。
しかし、コメント欄の反応は爆発的だった。
『ママきたああああ!』
『えっ、女の人!?』
『咲夜先生ってあの!? 男だと思ってた!』
『いつも息子がお世話になってます』
『↑お世話になってるのはお前だろ?』
「ひぃ……」
咲夜が身を縮こまらせる。
だが、否定的な意見は少ない。
「今日は咲夜ママに、その場でリクエストに応えて絵を描いてもらおうと思ってるんだけど……大丈夫か?」
「は、はい……が、頑張ります……」
咲夜が震える手でペンを握る。
大丈夫かこれ、と俺が不安になったのも束の間。
ペン先がタブレットに触れた瞬間、咲夜の表情から緊張が消えた。
サッサッサッ……。
迷いのない、高速の筆致。
まずはキャンバスに、ざっくりとした「アタリ」をとっていく。
作業に没頭し始めると、咲夜の緊張が嘘のように解けていった。
「あ、このポーズのアタリなんだけどね。棒立ちじゃなくて、こう……重心を片足に乗せて『S字』を意識すると、女の子らしい柔らかさが出るんですよ」
「ほう」
「で、ここに骨盤があって、大転子(太ももの付け根の骨)がここ。……よし、ボディラインはこんな感じかな」
画面には、AL1-SAの素体(裸に近い状態)のラフが描かれる。
ここまでは、絵を描く上で必要な工程だ。俺も黙って見守っていた。
しかし。
「で、大事なのがここ。太ももの肉感と、お尻の丸みね……ここをこう、くいっと」
咲夜は迷いのない手つきで、股間のラインに逆三角形の布――つまりパンツのアタリを描き込んだ。
さらに、その上にスカートのアタリを描くのだが……。
「おい」
俺は即座にツッコミを入れた。
「なんで、パンツ丸見えの構図になってるんだ」
「え?」
咲夜がキョトンとしてこちらを見る。
「いや、スカートがめくれたら見えるでしょ。物理法則だよ?」
『物理法則以前の問題だ。スカート下ろせ』
「えぇー? なんで?」
咲夜は心底不思議そうに、そして少し不満げに反論した。
「見えた方がお得でしょ?」
一瞬、俺は言葉を失った。
『…………は?』
お得。
俺は耳を疑った。
「だってさ、絶対領域のさらに奥にある聖域だよ? チラッと見えるだけで、ありがてぇってなるじゃん。リスナーさんも喜んで、私も嬉しい。最高じゃん?」
咲夜が真顔で力説する。
完全に「エロ漫画家」としての脳みそだ。
プラットフォームの規約という概念が、完全に抜け落ちている。
「お得とかそういう問題じゃない!」
俺は叫んだ。
「ここをどこだと思ってる! 健全な動画サイトだぞ! 未成年のパンチラなんて映したら即アウトだ! 一発でBANされて、全部終わるぞ!」
冗談じゃない。
ここで垢BANされたら、今まで積み上げた全部が消える。
「むぅ……確かに、未成年のエロ判定は厳しいかぁ……世知辛い世の中だねぇ」
咲夜が不満げに唇を尖らせる。
反省の色はないが、BANのリスクだけは理解したようだ。
「でもなぁ……この『めくれ』の美学だけは譲れないんだよなぁ……」
まだブツブツ言っているクリエイターに、俺は助け舟――というより、妥協案を出した。
「どうしても描きたかったら、自分のファンボに投稿しろ! ここでするな!」
「え?」
「俺に見えないところでやる分には勝手にしていい! 有料会員向けの差分として、好きなだけパンツでも何でも描けばいいだろ! とにかくこのチャンネル(表)では健全を保て!」
「なるほど! その手があったか!」
咲夜がポンと手を打った。
「そうだね、エッチな差分は支援者限定コンテンツにすればいいんだ! さすが師匠、商売上手!」
「褒めてねえよ! ほら、さっさと修正!」
「はーい。じゃあ、こっち(配信)では見えないように線画で隠しまーす……でも、ファンボでは盛るからね?」
咲夜はニヤニヤしながら、ラフの透明度を下げ、線画の作業に移った。
完全に隠すのではなく、スカートの隙間から太ももの肉感を強調したり、ガーターベルトの金具だけチラ見せしたりと、無駄な抵抗を見せる。
『ママの性癖が濃すぎるw』
『「見えた方がお得」は名言』
『FANBOX誘導助かる』
『加入してきます』
結局、一時間の配信中、俺が咲夜の「サービス精神(という名の性癖)」を必死に防衛するという攻防戦が繰り広げられた。
同接数は過去最高を記録した。
◇
「……ふぅ。終わったー」
配信終了ボタンを押した瞬間、咲夜がヘッドセットを外して、机に突っ伏した。
「お疲れ、咲夜……お前、最後の方ノリノリだったな」
「うぅ……思い返すと恥ずかしい……私、あんなこと言っちゃって……」
賢者タイムに入ったのか、咲夜が顔を覆って悶絶している。
だが、その指の隙間から見える表情は、決して暗いものではなかった。
「でも……楽しかった、かも」
「ん?」
「最初は怖かったけど、コメントで反応が返ってくるの、すごく新鮮で……。私の絵を見て『すごい』とか『面白い』って言ってもらえると、なんか……嬉しい」
彼女は頬を上気させ、モニターを見つめている。
孤独な作業机では得られない熱狂。
それを肌で感じた彼女の目は、新しいおもちゃを見つけた子供のように輝いていた。
「そりゃよかった。また気が向いたらゲストに来てくれ……パンツを描かないなら歓迎する」
「もう! パンツは忘れてよ!」
咲夜は笑いながら抗議した。
こうして、初の親子(?)コラボ配信は大成功に終わった。
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