14.脱出
雨上がりの紫陽花がとてもキレイだったので、小説で表現できないかなと思った次第です( ゜д゜)
小雨の降る森林の小道の中、アスクは息を息を切らしていた。背後にはホーンラビットの鬼気迫る視線が向けられており、焦りと不安が混じり合い、彼の心臓の鼓動は早くなり、まるで心臓がドキドキと激しく打つようであった。
登り坂に差し掛かった頃、彼は初級の水魔法を思い出し、心を落ち着ける。周囲の湿気を感じながら、彼は手に気を集中し、詠唱していく。
「水球!」
アスクの声が響くと、彼の手のひらから淡い青い光が現れ、次第に水の球体が形成されていく。ホーンラビットが近づくと、その球体をラビットの足元目掛けて飛ばした。ホーンラビットは驚き、足元を滑らせた。勾配のある坂道で、土をつけながら坂の下へと滑り落ちていく。
アスクはその隙に、急いで駆け出した。後ろからの怒号が彼の耳に響くが、もう振り返る余裕はなかった。ホーンラビットの脅威から脱したアスクは、眼前の泉まで辿り着いた。彼はほっと息を吐き、心の中で魔法の成功を喜んだ。
「これでしばらくは安心だ…」アスクは自分の勝利を噛みしめた。梅雨模様がようやく過ぎ去り、晴れ間を覗かせた。じめじめとした薄暗い雲はどこかへ消え去り、泉のほとりにはまばゆい日差しが降り注ぐ。その光を浴びて、ただひたすらに清らかに咲き誇り、色とりどりの紫陽花がキラキラと輝いていた。
大粒の雨露をその花びら一枚一枚に宿し、まるで無数の小さなダイヤモンドが散りばめられているかのようだ。薄い紫の花は、どこか色っぽくミステリアスな色合いを際立たせる。青い花びらは、青く発光するイルミネーションのような輝きを放っている。
自らのチカラを過信した失敗や、モンスターからの逃走も、遠い昔のように見えてくる。ただ、目の前の紫陽花の美しさだけが、彼の心を惹きつけていた。
「こんなステキなものが見れるなんて…」
彼は思わずつぶやいた。心が洗われるような、一瞬の安らぎが彼を包み込んだ。すると、セリスが優しく隣り現れる。
「アスク、無事だったのね。」
アスクの心の奥から響く、柔らかい声。それはセリスの声だった。彼女の存在は、彼にとって心強い味方であり、同時に深い絆を持つ存在でもあった。
「セリス、流出が起きている。モンスターが……あのホーンラビットの群れが、ダンジョンを抜け出しているんだ」
アスクの声は、自分でも驚くほど低く、震えていた。
セリスはその言葉を受け、険しい表情で眉をひそめた。「それは危ないわ。このまま放置すれば、モンスターが溢れ出て……私たちの森どころか、この大陸全体が脅かされることになるかもしれない。アスク、無事にあの地獄を切り抜けたことは本当に素晴らしいわ。でも、これからは一瞬の油断も許されない」
彼女はそっとアスクの手を握った。
(……ボクの、情けない震えが伝わってしまうだろうか)
一瞬、アスクは手を引こうか迷った。しかし、伝わってくる彼女の掌の温もりが、冷え切っていた彼の心を少しずつ解かしていく。
「ボクは……」
アスクは一度言葉を飲み込み、セリスを真っ直ぐに見つめた。
(自分一人の力なんて、過信に過ぎなかった。でも、彼女となら——)
「ボクは、君と一緒にこの問題を解決したい。何か良い方法はある?」
自身の未熟さを認め、それでも共に歩みたいという、震えを抑えた決意。
「そう言ってくれると嬉しいわ」
セリスの目が、信頼を込めて輝いた。その光は、アスクにとっては何よりも心強く、闇を照らす灯火のように感じられた。
「まずは近くの町にある冒険者ギルドに連絡して、手練れの冒険者たちのチカラを借りるのが最善よ。今の状況は、個人の手に負える範疇を超えているわ」
彼女の言葉に、アスクは深く安堵した。自分ひとりで背負わなくていいのだという解放感。二人の絆は、単なる師弟関係を超え、互いの弱さを補い合う深い信頼へと、その形を変え始めていた。
■■■ 孤独な疾走■■■
「急がなければ、森だけでなく、町も……あそこ(・・)に住む人々まで食い尽くされる」
アスクは自らを奮い立たせ、昏い森の中を走り出した。生い茂った草木がまるで彼の行く手を阻む意志を持っているかのように絡みつき、心は拭い去れない恐怖と不安に侵食されていく。セリスや町の人々を守る。その一念だけが、震える足を前へと進めていた。
だが、夜の静寂が深まるにつれ、忌まわしい既視感が彼を襲う。
(ああ、知っている。この感覚を、僕は知っている……)
脳裏に、フラッシュバックが弾けた。かつての同じような夜。幼い彼は、今と同じように独り、死に物狂いでこの道を走っていた。背後から迫る「何か」の気配。心臓の音だけが耳障りに響き、冷たい静寂が鋭い刃となって彼を追い詰めていた、あの夜。
「以前にも……この道を、こうして……」
呟いた瞬間、突如として激しい逆風が吹き付けた。頬を叩く冷気は、まるでお前の行動など無意味だと言わんばかりの拒絶。
あの時もそうだった。叫んでも、泣いても、誰も助けてはくれなかった。世界に自分独りだけが取り残されたような、逃げ場のない孤独感。絶望に膝をつき、全てを諦めようとしたその瞬間——。
不意に、記憶の底から**「優しい光」**が溢れ出した。
凍てつくような闇の中で、突如として彼を包み込んだ柔らかな輝き。それは、単なる光ではなかった。そこには、確かに誰かの温かい手が添えられていたのだ。絶望の淵で差し伸べられたその温もりが、少年の止まっていた時間を動かし、冷え切った魂を溶かしてくれた。
(そうだ……あの光があったから、僕は今、ここに立っているんだ)
アスクの目から、不安の影が消える。
かつての自分を救ってくれたあの光。そして今、自分の手を握り、信じると言ってくれたセリスの存在。それらが重なり合い、彼の心に消えない灯火を灯した。
「もう一度……あの光を探そう。そして今度は、僕が誰かの光になるんだ」
逆風を切り裂き、アスクは再び地を蹴った。もう、あの頃の孤独な少年ではない。守るべき誰かのために、彼は夜の闇を突き進む。
ようやく森を出られました。ターニングポイントが待っています。




