下
「最近結界の調子がおかしい、だと?」
王子は上げられた報告に眉根を上げた。
「はい。強度が落ちており、以前にもまして魔物が侵入しております。それに作物の生産率も」
「わかった。すぐに聖女の元に行く」
王子はどういうことだと思いつつ重い腰を上げた。そして聖女の元に行かなくてはならなくなったと愛する側妃にそれを伝えに行く。
「まぁ…貴方の正妃という立場をわたくしから奪っておきながらまともな仕事すらできませんの?」
「そう言うな。神殿からは何の報告ももらっていないから大したことはないと思うがな」
「わかりましたわ。お早いお帰りをお待ちしておりますね」
「あぁ」
結婚するまでは週四日ほど通った神殿。今は次期王としての仕事や側妃との時間をとるためもあって週一日もいかなくなっていた。それが良くなかったのだろうか。それにしてもただ自分のことを信じて大人しく祈っていればいいものを、と王子は自分勝手なことを思いながら馬車に揺られた。
「―――何? 会えないだと?」
そうしてやってきて案内されたのは神殿長のいる部屋だった。いつもであればすぐに聖女の部屋に通されるはずなのにどういうことだろうと思いつつ部屋に行けば、神殿長から聖女様とはお会いできません、とだけ言われたのだ。
「私の正妃だぞ? 何故会えないのだ」
「……殿下、聖女は貴方と会わせられません」
「それはお前が決めることではないだろう。結界の強度が落ちているのだ。それを聞きたくてわざわざここに来た私に対する態度がそれか?」
「―――では言わせていただきましょう。結界は近いうちに解かれる可能性があります」
「!? どういうことだ? 聖女は何をしている!?」
神殿長は王子の厳しい言葉に怯むことなく、逆に睨みつけた。
「…殿下、殿下と聖女はご結婚されたのち、魂結びの儀式をされたと記憶しているのですが」
「たま…? あぁ、あの神殿特有のもののことか? したが?」
「私は、行われる前にお伝えしたと思います。儀式の最中、聖女だけを一番に想ってください、と」
「だからどうしたというのだ? 言われた通りにしたぞ?」
「いいえ」
神殿長は王子の言葉を否定した。
「私の言葉を否定するのか!?」
「否定ではございません。事実なのです」
「何が言いたい!?」
「……これは、ちゃんと魂結びの儀式が成功していれば、知らされるはずのない真実です」
「早く話せ!」
王子が苛立ちからそう叫んだ瞬間、城から早馬がやってきたらしく汗だくの兵士が神殿長室に転がり込んできた。
「しっ、失礼いたします!」
「騒々しいぞ! ここをどこだと思っている!」
「も、申し訳ございません…! ですが、陛下が…!」
「父上が?」
兵士は陛下が王子と神殿長を今すぐ城に来るようにと命令を下した、と荒い息をつきながら言った。その様子からして、ただ事ではなさそうだと判断した王子は、神殿長をちらりと見て、舌打ちしそうになりながらもわかったと短く告げた。王にいきなり呼び出されたという割には、神殿長の落ち着き具合も気に食わない。
そうして王子と神殿長は急いで馬車に乗せられ慌ただしく城へと向かった。
「お呼びと聞き、参りました。どうかされたのですか、父上」
「……」
着替えることもせずにそのまま王の私室へと連れられた王子は、目の前で難しい表情をした父に話しかけた。しかしそれに王が答えることはなく、神殿長へと声をかける。
「して、どうなのだ」
「はい。やはり、されておりませんでした」
「なんたることだ…!」
「? 一体何のお話をされているのですか?」
「この、戯けがああああ!!」
「!?」
初めての王からの怒号に、王子はびしりと固まった。
「其方…! 聖女がどれだけ我が国に貢献してくれているのか知らんのか!?」
「な…結界のことですよね!? 理解しています!」
「ならばなぜ…!」
怒りのあまり言葉を詰まらせる王に、王子は何故なのか分からず混乱していると何故か厳しい表情の神殿長が口を挟んできた。
「陛下、お一つよろしいでしょうか」
「……ふーーっ、なんだ、まだあるのか」
「聖女様が神殿に初めて来られた際、聖女様はご家族が亡くなったばかりの孤児と伺いました。孤児院にいた聖女様を見つけ、お連れしたと。家族が亡くなって間もないので、その話題は避けるようにとも」
「あぁ、そのように私も報告を受けている」
「っ…」
まずい、と王子は思った。どうしてその話が今更出てくるのだ。そんな王子の心情を読み取ったかの如く、神殿長は王子をじろりと睨む。
「おかしいですね。聖女様の話では、ご家族は存命のはずだと。下位ではありますが、貴族の御生まれだと仰るのです」
「―――なんだと?」
「生家のお名前をお伺いしたとき、私も記憶しておりました。あれは、何年前でしょうか…。そうそう、聖女様が神殿にやってきてまだ三年も経たないうちでしたね。とある貴族が横領をした疑いで一家が処刑されたのは」
「まさか」
「当時少しおかしいとは思ったのです。横領したと言っても大した金額ではありませんでしたし、その一家にはそのような評判が一度もたったことがなかったものですから。ですが、誰かが勝手に判断して一家全員処刑してしまったのでしたね」
「もし、言っていることが本当だとすれば、何故、あの者たちは何も言わなかったのだ…! 冤罪だと声を上げれば…!」
「憶測でしかありませんが、金銭が絡んでいる所為かと」
「金だと?」
神殿長は少し悲し気に続けた。
「聖女様の生家は名ばかりの貴族で酷く貧しかったそうです。幼かった聖女様は、迎えに来た者が実家に支援してくれると言ったので神殿に来たと仰られました。きっと、ご家族もそれを理解していたのでしょう。支援を得られるからと言って、娘を売るような真似をしたのです。良心の呵責ゆえか、言えなかったのでしょう…」
「―――あ奴を呼べ。虚偽を申した罪状だ」
王はまるで地の底を這うような低い声で騎士に命令を下した。空気のように気配を殺しながら待機していた騎士が音もなくその場を去る。王子は焦った。呼ばれる貴族と王子は懇意にしていたのだ。自分にまで火の粉が降りかかる恐怖を抱いた王子は、保身に走った。
「ま、待ってください! それに私は関係ありません! 確かに、聖女に縋る家族がいなければ私だけに縋るようになると言われたことがありますが…!」
「―――あああ!!」
「!?」
王は堪えきれないと咆哮した。
「いいか、其方に教えてやる! そもそも聖女は短命なのだ! その有り余る力と身体の能力が見合わん! その為力を使えば使うほど短命になる! それを防ぐために編み出されたのが魂結びだ!!」
「は、え…!?」
「聖女と愛し合う人間の魂と結ぶことで、聖女の失われてゆく命をもう一人が補うのだ!」
「そ、それでは私が早くに死ぬということでは…?!」
「馬鹿か! そうしなければ聖女はもっと短命なのだぞ!? 国を命を懸けて守ってくれる存在に、何だその言いざまは!」
「っ…」
王子は王の言っていることの正しさにぐっと唇を噛み締めるしかなかった。そして神殿長が補足をしてくる。
「魂結びというのは非常に難しく繊細なものです。互いがお互いだけを想い合っている状態で初めて成功します」
「―――ま、さか」
ようやく、どうして神殿長があのように言ってきたのかを、王子は理解してしまった。せざるを得なかった。
「言いましたよね? 必ず聖女のことだけを想ってください、と。結果、貴方はそうなさらなかった。そして魂結びは失敗し、聖女はその命を削りながら国を守っていた」
「だ、だが、まだ何とかなるのだろう!? 次こそは大丈夫だ!」
「痴れ者が…。まぁ、其方が国内バランスを考えてあの令嬢を側妃にしたいと言った時点でしっかりと調べなかった私にも非はある…。だがな、其方が国の為に奉仕し続けてくれた聖女に対して不義理を働いたことには変わらん」
王は酷く疲れ切った老人のように椅子に深く腰掛けた。
「ち、父上…?」
「…王子、聖女に代わりはいない」
王はぽつりと呟いた。
「だが、其方の代わりならばいる」
「!? 父上!?」
王子は王の言っている言葉が理解できず凝視した。いつもならば余裕を滲ませた笑みを浮かべている口元は、固く結ばれている。
「其方は、聖女という唯一無二の存在を軽視した。それすなわち、国に仇成す行為ともとれる。国民を一番に守護する聖女に対する愚行、到底許されるものではない」
「待ってください! も、もう一度!! もう一度魂結びの儀式を行えば…! そ、それか新たな聖女を探して見せます!!」
「せめてもの情けだ。あの令嬢と共に逝け」
「父上!」
王子は王の淡々とした言葉と共に兵士に拘束されていく。振り解こうと藻掻くが、常に鍛えている彼らに敵うはずもなく。
「其方が死なねば、聖女の魂結びは解かれぬ。解かれねば、聖女の命が失われるのだ。それとな、其方が如何に王としての能力が足りんのか今よく理解した。聖女はその世代に一人しか生まれぬ。今代の聖女が存命のうちに新たな聖女が生まれることなどないし、見つかるにしてもどれほど時間を要するのか…。そうだな、神殿長」
「はい、陛下。それに王子は簡単にもう一度結びなおせばと仰いますが、魂と魂を結ぶから魂結びなのです。同じ相手と言えど、聖女様は既に王子に心を寄せてはおられませんでしょう。万が一寄せたとしても、同じことになる可能性が高いうえに万が一にでも聖女様の魂に傷がつけばどうなるのかわかりません」
「……次期王としてそれ相応の教育をさせたつもりだが…、其方は一体何を学んできたのだ」
王は酷く失望したように拘束された王子を見下した。
「ま、待ってください!! 私がいなくなれば、この国はどうなるのですか!? 私以上に王に相応しい者なんて…」
「それこそ、どうとでもなるわ。私の弟もいる。最悪王妃にもう一度孕んでもらうか、側妃を入れるかだな」
「なっ……!」
王は酷く冷めた目で王子を―――息子を見下ろした。
「連れていけ」
「っ!! は、放せ!! 私は王子だぞ!? 父上、父上―――!!」
王子は兵士に無慈悲に連れ出される。ばたん、と扉が閉まった瞬間、王は深い深いため息をついた。それを見た神殿長は、気遣わし気に見るも自身もそっと息を吐く。
「私の代でこんな問題が起こるとはな…」
「ご英断かと」
「よせ。我が子を処刑するのだぞ」
「それでも、陛下は民をとられるのでしょう?」
「当たり前だ。私はこの国の王だぞ」
王は神殿長の問いに即答した。自分が王である限り、民を守るのは義務であり絶対なのだ。それを妨げようとする者を排除するのは当然のことですらある。それが我が子であっても。
「兎にも角にも…あ奴を呼び出さねばならんな…」
「王弟殿下ですか?」
「あぁ。正妃が運よく孕んだとしても子が成人するまでには時間がかかる。それに今回の一件で私が王位にいることを反対するものも出てくるだろう…」
「それは…ですが陛下は最良のご決断をされました」
「それとあの馬鹿息子のやらかしでとんとんだろう。私が退位することは構わん。だが、聖女の命だけは何が何でも守らねば国が亡びる。そうしないために我々王族がいるのだ」
「陛下…」
そうして、数日後、その国の王子と側妃が国家反逆罪として処刑された。
******
「―――じょ、――――せ―女、聖女!」
「!」
聖女は、大きな声で呼ばれてはっとした。気づかぬうちに眠っていたのだろうか。ぼんやりとする視界を、何度か瞬きをしてクリアにする。
「…神殿長?」
「あぁ、よかった、起きたんだね。体調はどうだい?」
「え…? なんのこと…けほっ」
「あぁ、今白湯を持ってこさせよう」
「こほっ、けほっ」
神殿長がゆっくりと身体を起こしてくれて、侍女が持ってきた白湯を口にした。とても甘く感じた。そして自分の手首を見て、そのあまりの細さにぎょっとした。
「え、なに、これ…?」
「君は風邪を拗らせてね…ずっと昏睡状態だったんだ」
「か、ぜ…?」
思い出そうとすれば、ずきりと頭が痛んだ。
「あぁ、無理は良くない。何か思い出せることはあるかい?」
「思い、出せること…? えっと…」
そう言われて、自分が聖女であり、ずっと神殿にいたことは思い出せたが、どうやって暮らしていたのか思い出せなかった。
そんな私を見て、神殿長がいくつか質問をしてくる。いくつでここに来たとか、家族のこととか。それらには答えられるのに、神殿に来てからの記憶が曖昧だった。
「ふむ…、高熱だったからかもしれないが、その所為で記憶が混濁している可能性があるね。とりあえず今はゆっくりしなさい」
「はい…」
そう言われ、寝台に横たわる。侍女を見れば、今にも泣きそうなほどに顔が歪んでいた。
「どうしたの…? 何か、悲しいことでもあったの…?」
「っ…いいえ、いいえ! 聖女様がご回復されて、とても嬉しいのです…!」
その言葉に、私は少しだけ嬉しくなって笑みを浮かべた。
「君の回復を知れば、王家から見舞いに誰か来るだろう」
「そうなんですか?」
「あぁ。だが無理そうなら断るから言ってくれ」
「わかりました」
私はそれだけ言うと、すぅと眠りについた。
「―――酷いことを、しているな」
神殿長は自室でぼんやりと呟いた。
「そうだな…たった一人に、国を背負わせてばかりで…さらにたくさんのものを奪った」
それに返したのは、王弟だった。聖女の様子を聞きに来たのだ。
「家族を、命を、愛を、記憶をも奪ったことを知れば、きっと彼女は一生私たちを許さないだろう…いや、その前に聖職者として最低すぎるな」
「それを言えば、末端まで管理できていない王室にも問題がある。全てがお前の所為ではない」
あの日、家族全てを失ったと知り意識を失った聖女は昏々と眠りについた。その為、結界が安定しなくなっていたのだ。そして王と神殿長は、禁忌を犯すことを決めた。
それは聖女の記憶を消すこと。
人の記憶を消すということは、神の御業であり人が触れてはいけない領域とされている。そのため、王と神殿長しか知らないし、それが実行されることは国の長い歴史を解いてもたったの二度しかなかった。だが、そうもいっていられないほど実情はひっ迫していた。そうしなければ、結界は消え国が混乱に陥る。
「しかし思ったよりも衰弱している…早く魂結びをしなければ」
「候補は既に選出している」
「一体誰が?」
「私だ」
「貴方が?」
王弟は現王の年の離れた弟で、今現在も結婚していない。早々に臣下に下ったが、今回の件で王になることがほぼほぼ決まっている。
「全てを知っている私であれば、何かあったとしても対処がしやすい。それに私には想いを寄せる女性もいないからな」
「確かに貴方であれば安心だが、いいのか?」
「逆に私以外に誰が適任だ?」
「……」
誰も思い浮かばなかったのか、神殿長は沈黙した。
「それに、個人的に彼女のことは昔から好ましいとは思っていたんだ」
「……幼児趣味とは笑えない」
「そう言ってくれるな。女性としてではなく、人として好ましく思っていただけだ。人を悪者のように言わないでくれ。だが、彼女ほどこの国に貢献し、言葉通りに守護してくれた女性を他に知らない。そんな子を大切にしたいと思うのは普通だろう?」
「…貴方は、国を一番に愛しているからな」
国を一番に、ではない。国しか、彼は愛せない。神殿長は、王弟を異常者だと思っている。いや、実際に異常なのだ。彼以上に、この国を愛している人を他に知らない。国の為ならば、自身の手を汚すことを是とする彼を。だからこそ、彼は誰とも結婚しなかったのだ。何よりも国を一番に優先してしまうから。
「この国を守ってくれる彼女であれば、私も愛せるだろう」
「……可能ならば、聖女の為人もちゃんと見てやって欲しい。とてもいい子なんだ」
「知っている」
王弟は微笑みを浮かべながらそう言った。
その後、聖女と王弟は時間を共に過ごした。聖女は優しくて包容力のある王弟に次第に心惹かれ、王弟は聖女として国に貢献しながらも謙虚に生きる聖女に少しずつ心を渡すようになった。
そうして神殿長の元行われた二度目の魂結びは成功し、聖女は崩していた体調を徐々に戻し始める。
その半年後、王は退位し王弟が新たな王としてその国に君臨した。聖女を正妃とし、共に国を支え合う二人は誰から見ても鴛鴦夫婦として呼び名が高かった。そして不思議と、聖女がかつての王の第一王子の正妃であったという事実は庶民の間では消え去っていた。
王弟が即位して二年後、二人には男児が生まれその二年後に女児が生まれた。王家の描かれた幸せそうな絵画は、家族円満を呼ぶとされ、飛ぶように売れた。
男児が少年となり、そして成人したその二年後、聖女と王は揃ってこの世を去る。眠る二人を見送ったのは、聖女が神殿にいた時から長だった神殿長だった。
幸せそうに笑みを浮かべ眠る二人を見た神殿長は、一人涙を流しただ一言、良かったとだけ呟いた。その後神殿長は一気に体調を崩し、医者が手を尽くすもその三か月後に儚くなる。
父母の愛を受けた王子は父王が亡くなった後に即位し、妹は隣国の王家へと嫁いだ。妹が隣国に行く際に新たな聖女が見つかり、国は沸く。聖女はまだ十三の少女であったが、若き王は一人神殿に預けられる彼女に親身になり、そして情を交わす。それはきっと、母が一人で神殿に預けられて寂しい思いをしたことを聞いていたからだろうと誰もが口にした。
そして若き王が聖女に求婚を決意した夜、王の私室を新たな神殿長が訪れた。
翌日現れた若き王の様子に、宰相は驚いて何があったのかと問う。すると若き王は今にも泣きそうな笑みを浮かべ、言った。
「愛について知っただけだ」と。
その後、若き王と聖女は夫婦となる。その姿はまるで先代の王たちのようで、民たちはなんて素晴らしい王家なのだ、きっと情が深く、ただ一人を愛するのが王家の特徴なのだ、と歓声に沸いた。
その国は、その後も穏やかに在り続ける。短命な聖女と、その聖女と魂結びをした王の献身によって。その事実を知るのは、今なお国王と神殿長のみである。
「父上は、恐ろしい人だったんだな」
「陛下がそう見えるのであれば、そうなのでしょう」
「あそこまで徹底した情報規制をしてまで、母上を守るなんて、凄いと思うが怖いとも思うぞ」
「先代陛下は先代王妃様で在らせられる聖女様を大切にしておいででしたから。ですが前神殿長曰く先代陛下は国しか愛せない異常者とも聞いておりますよ」
若き王は、新たに就任した神殿長の言葉に苦笑いを零した。
「それもある意味間違っていないな。父上は、誰よりも国を愛していた。だから民たちが揺れないように徹底した情報管理をしていたな」
若き王は、父が崩御するその少し前に自分の叔父のことや従兄の処刑の全貌を聞いていた。そして裏で動いていたのは父だということも。
「従兄殿が結婚してすぐに側妃を入れられたのも、父上がそうなるように操作していたとはな。だが、確かにそうしなければ従兄殿が側妃を娶ることなどできなかったのだろうが…それにしても頭が悪かったんだな」
「前神殿長も似たようなことを仰っておりましたね」
従兄が王になると思われていたあの時、従兄の評判が下がるのは良くないと思った父は、人を大量に使って民たちから好意的に見られるように操作した。そうまでして、民からの信頼を得続けようとした父の考えにはある種の異常さすらうかがえる。
「まぁ、母上が幸せそうだったからよかったがな」
「そうですね」
結果、聖女から正妃となった母は最期まで父である先王を愛して、幸せそうに眠りについた。唯一、それだけは良かったと思う。母はきっと、父の異常さを知らぬままに眠りにつけたのだろうから。
「私も、父のようにとはいかないが頑張らなければな」
「容易なことではありませぬが、陛下ならば慢心しなければ叶いましょう」
「そうか? っと、そろそろ私の聖女に会いに行く時間だ」
「あぁ、もう時間ですか。私も仕事をしなければ」
「また来る」
「はい、いつでもお待ちしております」