第8章 バンパイア
「大地!? 春花ちゃんと綾那も……え? 外、避難できなかったの?」
司令室に飛び込んできた三人の姿に、僕は驚きを隠せなかった。
「直ぐそこまでイーゴリも来ているらしい。班長たちが交戦中らしい」
剣持さんが答えた。
「え?! 最上階じゃなかったんですか?」
「どうも、誘い出されたみたいだな。その対応で向かった班は分断されたか」
剣持さんは眉間にしわを寄せた。
「ここも安全とは言い切れないな……」
ツカツカと司令室の奥に歩いていくと、大きくて重そうな扉を開けた。
「君たちにも扱えそうな武器を渡しておこう」
「武器……」
春花ちゃんが、綾那の手をギュッと掴んだ。綾那は、それに応じるように振り返った。膝を折り、春花ちゃんの目を真っ直ぐに見つめた。
「春花ちゃん。大丈夫だよ。あたしが絶対に春花ちゃんに武器なんか使わせないから。ね!」
言い終わると綾那は春花ちゃんをギュッと抱きしめた。
「まぁ、騎士用の武器を渡すわけにもいかないので、君たちにはコレを渡しておくよ」
差し出されたのは、警棒と大量の催涙スプレーだ。
「なんだ警棒かよ」
大地は少々不満そうだ。
「コラ! いくら非常事態とは言え、拳銃みたいなのや殺傷力が高い武器を、未成年には持たせる訳にはいかないよ」
ハハハと笑うと、剣持さんはそれぞれの使い方をレクチャーしてくれた。
「ヨシ! 使い方は分かったかな? 質問は?」
「ウッス! 大丈夫っす!」
「大丈夫です」
「はい」
「……うん」
それぞれに頷き、渡されたものを握る。
「とは言え、なるべく使わないで済むことを願いたいが」
「大丈夫っすよ! 班長たちが相手してるんっすもん」
大地が拳を握る。
「あぁ、そうだな」
「そうだ、春花ちゃん。ノワをお願いしても良いかな?
もしもの時は、私が春花ちゃんとノワを守るから
春花ちゃんはノワを守って。ね!」
綾那は春花ちゃんの目を見てにっこりと笑った。
「うん。お姉ちゃんありがと!」
春花ちゃんはノワの入ったリュックを受け取ると「もうちょっと我慢ね、ノワ」と穏やかな声で言う。
「ナー!」とまるで全て分かっているかのように、力強くノワは答えた。
*
イーゴリをさらに締め上げようと、茉由利は枝と根を伸ばす。
だが、イーゴリは腰のあたりから、拳銃を取り出し、足に絡みつく枝や根を吹き飛ばした。
「こんなもの」
「あぁ、だが少しの時間稼ぎにはなったさ」
剣太郎が答える。
「フン、すぐ捕まえる」
イーゴリはもう一丁拳銃を取り出すと、両腕を突き出すように構えた。
「そうはさせない」
大燈班長も玄武を構えるとイーゴリの前に立ちはだかった。
「しゃがめ!」
樹が警告した直後に、背後からのブンッと風切り音がして、頭上を何かがかすめた。
茉由利が作ったバリケードを突破した幾人かが、背後から襲ってきたのだ。
「もう、突破してきたのかよ」
剣太郎がうんざりした声を上げた。
「あー! 私がせっかく作ったのにーっ!」
「残念だったな。ヤッてしまえ!」
イーゴリが口角を上げて嘲るように笑い、命令した。
樹が三日月を振るい、突破してきた雑魚どもを捌いていく。
「無駄口を叩いていないで、修復するぞ」
「はーい!」
樹は徐々に、外に向かい進み、茉由利はその後に続いた。
街路樹が見える位置までくると茉由利は、バリケードを修復を始めた。
「終わったよー! 樹さんありがとー」
「ヨシ、戻るぞ」
バリケードは塞いだが、かなりの人数の雑魚どもが入り込んでいる。
面倒だと樹は思った。
「うぐっ……」
剣太郎が呻いた。
「しっかりしろ!」
大燈班長が声を上げる。
「大丈夫です……それよりそいつを……」
「あぁ、イーゴリは任せろ! 茉由利! 剣太郎を頼む!」
「はーい! 剣太郎さん撃たれちゃったの? 大丈夫ぅ?」
茉由利は、するすると敵をかいくぐり剣太郎に駆け寄った。
「お前の大丈夫は何だか軽いな」と剣太郎が口角を上げる。
「ひっどーい!」
「ハハハ、冗談だ」
「そんな笑ってられるなら大丈夫そうね」
剣太郎の打たれた太ももを、ハンカチでギュッと縛り止血をしながら茉由利が言う。
「はい、出来た!」
「すまない。助かった」
そんな中、イーゴリはジリジリと歩を進め司令室のある階まで、あと少しのところに迫っていた。
*
「剣持さん……、外、騒がしくないですか?」
綾那が言う。春花ちゃんはその綾那の手を強く握っていた。
「どうも、すぐ近くまで敵が来ているみたいだな……」
剣持さんは眉間に深い皺を寄せる。
「お姉ちゃん……」
「大丈夫だよ」
春花ちゃんは、ギュッと綾那の手にしがみつき、足の震えにも必死で耐えていた。綾那はそんな春花ちゃんを少しでも安心させようと、頭を撫で抱き寄せた。
剣持さんは僕と大地のところに来ると、肩を寄せた。
「大地くん、蒼太くん、敵がさらに近づくようなら、俺も外に出る。そうしたら君たちココを頼む。いいね」
グッと肩を掴んでいた手に力を込め、真正面から目を覗き込まれた。
僕と大地は視線を合わせ一つ頷くと、任せてくださいと力を込め、返事をした。
「それじゃ、君たち頼んだよ!」
そう言い残して、剣持さんは司令室を出た。
「ヨシ! 春花ちゃんと綾那は後ろに下がってて、なるべく奥の方にいろ! 何かあれば俺と蒼太がいる」
「うん。二人は下がってて。綾那、春花ちゃんをお願い」
「うん」
「あら〜っ? あ〜んた達、やっぱりみんなここに居たのねぇ〜」
鼻にかかったこの声……
「リー、どうしてお前が……」
大地が呻いた。
リー・シャオイェン、通称スチームパンクが、赤い房が所々に入った黒髪を揺らし、司令室にツカツカと入ってきた。
「どうしてって……、仲間が出してくれたからに、決まってるじゃな〜い」
リーは顎を上げ、いかにも当然というように笑みを浮かべた。
カシャンと大地が右手に持っていた警棒を伸ばして身構える。僕も慌てて真似をして、警棒を伸ばした。
「そんなもので、あたしに勝てると思ってるの〜?」
高飛車な笑い声をあげ、こちらに近づいてくる。
「ねぇあんた、少しは能力使いこなせるようになったのかしら?」
リーが僕に向かって問いかけてきた。
「お、お前には関係ないだろ」
「ふ〜ん。でも、甘ちゃんなのは相変わらず見たいねぇ〜」
「……っ」
「蒼太、こんな奴の話は聞くな」
「どーして〜? だって、こんなことやってる間に能力使っちゃえば、お終いじゃな〜い」
両手を広げ、大げさな身振りで続ける。
「そぅ、あの子の方がよっぽど、賢いわね〜」
そう言うと、リーは大きく跳躍して僕たちを飛び越え、直前までリーがいた場所では、バチバチと電撃が爆ぜる音とともに机や椅子が弾かれた。
慌てて振り向くと、春花ちゃんが両腕を前に突き出して、リーを睨みつけている。
「もう、あたしの大事なもの壊さないで!」
大きな目に涙を浮かべ、小さなか肩を揺らして叫ぶ。
「だまして壊して……、
お父さんとお母さんは、良い人じゃなかったけど……、
あたしのお父さんとお母さんは、あの人たちしかいないんだから!
あんたなんかに壊されたくなかった!
お姉ちゃんも、蒼太も大地くんも!
あたしの大事なもの壊さないで!」
初めて見る春花ちゃんの激しい感情に驚きつつも、僕は胸が押しつぶされそうになった。
「な〜んだ、あんたの親、あたしたちが騙したって知ってたんだ〜」
「ここに来てから聞いた……」
「お前……」
隣では大地がギリギリと歯噛みして、警棒を握る手は怒りに震えている。
「騙したって……騙して親子を引き裂いたのか?」
「だったら、どーだっていうのぉ? んふっ、そんなの騙される方が悪いんじゃな〜い」
いかにも楽しそうに口角を上げるリーに、大地の額には血管がむくむくと浮き出てきた。
「ふっざけんなぁっ!」
「大地っ!」
怒りに任せても勝てる相手じゃない……。
「大地、落ち着くんだ! 挑発に乗るな!」
「大丈夫だ。俺は冷静だ」
綾那はゆっくりと、春花ちゃんを引き寄せ、そっと背中を撫でる。
「大丈夫よ。落ち着いて、ね、春花ちゃん」
グイッと目元を拭い、大きく息を付いた春花ちゃんは「お姉ちゃん、ありがとう」と小さく目を細めた。
あんなに小さく弱々しく思った春花ちゃんも、こんなに力を使えるようになっていることや、小さな胸にこんなにも大きな憤りを抱えていたなんて……。
「蒼太、大丈夫だ。あいつは……リーは今、大して力が使えないんだ」
「えぇ? どういうこと?」
「仲間に牢からは出してもらったんだろうが、能力を抑える手錠は外せなかったんだろう。
だから、ここに来れば鍵が見つかるとでも思ったんだろうよ。
その証拠に、春花ちゃんの攻撃は辛うじて避けたが、攻撃は仕掛けてこないじゃないか」
そう言われて僕はリーの手元に視線を走らせた。確かに白いシャツの袖口からチラッと銀色に光る腕輪のようなものが見える。
「そんな手錠があったんだ……」
「あぁ、リーみたいに力が強いやつだと、完璧に使えなくするのは難しいみたいだけど、大分制限されてるはずだ。捕まえても力使って逃げられたら困るからな」
そう言って、大地はニッと口角を上げた。
「ただ蒼太、お前のチート級の力も多分、あの手錠に弾かれる。お前の能力は相手の脳内に、直接働きかける。だが、その前にあの手錠が邪魔するって訳だ。春花ちゃんみたいにバチンと、直接攻撃できる能力ならいけんだろうけど」
「なら……どうしたら?」
「そんなの当然っ、直接攻撃だよ!」
言うなり、大地はリーに攻撃を仕掛けた。
「あぁ、もう!」
格闘術は、まだまだ大地には全然敵わないけど、大地と二人でなら、少しはリーの隙くらい作る役に立てるかも……。
「エイッ!」
大地の攻撃を避け、跳躍したリーの着地の瞬間を狙って警棒を振り下ろす。
「いいぞ、蒼太! そういうタイミングを狙ってくれ!」
「分かった!」
「あははっ! や〜っぱり、まだまだ甘ちゃんのお子ちゃまみたいね〜」
「クッ……」
「蒼太、挑発にのるな!」
「大丈夫。本当のことだから。僕は甘ちゃんだ。良く分かってる」
あぁ、良く分かってるよ。
もしかしたら、春花ちゃんの方が僕なんかより、よほど強いかも知れない。
それでも、後ろを向く訳にはいかないんだ!
「だか……ら! 大地! 倒してーーっ!」
渾身の力を込めて、リーに飛びかかった!
「任せろっ!」
僕が飛びかかり、リーが跳躍した脚をなんとか捕まえた。その脇腹に大地が一撃を入れた!
「うぐっ……」
リーが呻いて、床に倒れこんだ。
「やった!」
「クソ……まだ、喜ぶのは早いみたいだぞ、蒼太」
リーは、大地が掴む一歩手前で、すり抜けられた。
「でも、今なら僕らだけでも!」
「な〜にが”僕らだけでも!” よ〜」
「蒼太、気をぬくなよ!」
「うん。ごめん」
何やってんだ……僕は……
「もう一回行くぞ! 蒼太」
「うん」
何とか、リーの隙を……
隙……そうだ! あれがあった!
「大地! アレだ!」
僕はそう言うと綾那と春花ちゃんの元へ走った。
「行け! 大地!」
「おぅよ!」
僕は急いで、綾那と春花ちゃんをデスクの下に押し込んだ。ノワに覆いかぶさるようして二人に言った。
「目を瞑って、息止めて!」
大地はポケットから剣持さんに貰った催涙ガスを取り出すと、リーの顔面に向けて噴射した。
「ギャァァァァッ! クソガキがぁ! ゲホッゲホ……」
リーは盛大な悲鳴をあげ、床を転げ回っている。悪態も付いているようだが咳き込んでいて、何を言っているのか分からない。
「擦るな。余計に酷いことになるぞ」
大地は近くにあったノートパソコンの電源コードでリーを拘束した。
「蒼太! そこのゴミ箱でいい持ってきてくれ!」
「うん」
僕は近くにあったゴミ箱を取り上げると、大地の元へ持って行った。
「これでいい?」
「あぁ、ありがとう。
リー、唾液は飲み込むな。余計喉がやられる。ここに吐き出せ」
そう言うと大地はゴミ箱をリーの前にさしだした。
「あと、タオルとペットボトルでいいから水もないか?」
「分かった、探してくる!」
僕は給湯スペースにあった、ペットボトルのお水二本を持ってきた。
大地に手渡すと、リーの顔、特に目元を中心に水をかけた。
もう一本でうがいをさせると、タオルを押し当てるようにして、顔をぬぐってやった。
「何で……、何でこんなことするのよ?」
「何でって、催涙スプレーで死にやしないけど、これ結構痛いしキツイだろ? 下手にこすったら顔傷ついちまうし」
「本当、甘ちゃんね……あんたたち……」
リーは、そう言うと顔を背けた。もうその声に敵意は感じられなかった。
「もう大丈夫だよ」
僕が声をかけると、綾那と春花ちゃんがデスクの下らか顔を出した。
二人とも大丈夫そうだ。




