第4章 CH管理局
龍人と安吾の一瞬の目配せの後、次の瞬間には、後ろから来てニヤついていた男二人は倒れ、前方を歩いていた五人のうち一番背が高くガタイが良い男の足下には、安吾の放った矢が刺さり、苔が絡みつき身動きを止めていた。
「七人? もう動けるのは四人しかいない様だが? 俺の見間違いか?」
龍人の手に握られたインドラの雷の剣と暴風の剣は、すでに鳴りを潜めている。
安吾の道草も、既に別の獲物に照準を合わせ発射を待っている。
「ウォァーーーー!!」
大声でなにか叫びながら、一人の男が飛びかかってきた。一瞬遅れてもう一人も走り出す。その後ろでは、長い髪の女が腕を前に伸ばし呪文でも掛ける様に動かしている。
見つけた。
この女がCHだ。龍人は冷静に二人の男を交わし女の前に立つと、手刀で意識を奪った。
奇声を上げて、飛びかかってきたはずの男たちの体にも苔やカビが絡みつき、地面に転がっている。
「さぁ、もう君一人だよ。おとなしくしててね」
龍人が残りの女に声をかけた。
パンッ!ーー
その瞬間、乾いた銃声が響いた。
バサリッと女が倒れ、その向こうから剣持崇智と道司 樹が近づいて来た。
倒れた女の手からナイフを取り上げると崇智は肩を竦めて見せる。
「龍人さん、女性に優しいのは良いけど、俺が撃たなかったら刺されてましたよ。樹が撃てって」
「三日月で見えました」
と樹は眼鏡をクイッと押し上げた。
「マジか?! 危ねぇ」
と、龍人は倒れた女を見つめ、こめかみを掻く。
その後ろでは、安吾が既に局に連絡を入れ、賊の回収と場の沈静化の指示をしていた。
「こいつらは最初の事件に関わった奴じゃないな」
龍人は倒れた賊を見回しながら言った。
「えぇ、恐らく最初の奴はもっと質の悪いはずです。こいつらはきっと使い捨てにでもするつもりだったんでしょう」
崇智が同意する。
「こいつらでは何も聞かされてないでしょうが、局で尋問したら手がかりくらいは掴めるかも知れません」
樹が冷えた目で女を見下ろしている。
「そうだな……。それでも仇をとってやらないとな。今は少しでも手がかりを見つけないとな」
龍人の言葉に三人は頷いた。
同じ頃、城南エリア担当の堂外秋親と辰藤 紅の方でも、妙な男がいるとの情報から、中目黒で調査を行っていた。
目黒川を遡りながら、秋親は今が桜のシーズンでなくて良かったと、心から思っていた。あのごった返した状態になるこの道は、普通に歩くことも困難なので苦手だった。
今日は、ランニングや犬の散歩をしている人が、ところどころにいるだけの長閑な川沿いの道だ。しばらく川沿いに歩いいくと、代官山方面の大きな公園へ向かう道がある。
その近くになるマンションに見慣れない、首の後ろにタトゥーを入れた男が出入りするようになったと言うことだった。
近所のカフェでもここ最近、そのタトゥー男が頻繁に出入りしているとのことだった。
そのカフェの一角でデートを装い、男を待つことにした。
この辺りは正にデートスポットとしても人気のエリアで、駅近くのパンケーキ店やカフェにも、それらしい人たちが大勢並んでいる。
坂を登ることになるが、代官山や恵比寿などの人気スポットにも歩いて行ける距離だし、反対方向に足を向ければ電車で5分ほどで自由が丘、もう少し先の横浜方面も30分ほどだ。渋谷、新宿、池袋の主要な駅にも出やすい。
まぁ、ようするに移動にもちょうど良い場所ということだ。おまけに人種や年齢層も偏りが少ないので、人ごみにも紛れやすい。
拠点にするにも都合が良いと言うことに他ならない訳だ。
厄介だ。
秋親は目の前で、仕事中だというのに、満足げにパンケーキを頬張る紅を見ながら、考えていた。
「お前さ……今仕事中なんだけど……」
「いいじゃない? この方がデートに見えるでしょ? すっごく美味しいわよ?」
と紅はあっけらかんと笑った。
「せっかくだし、楽しんどか無いと! そんな眉間にシワ寄せてたらデートに見えないじゃ無い! ほら、あーん!」
一口大にしたパンケーキを差し出す。
「いや、甘いものは……」
「なーにー? 照れてるの? ……あ、そう言えば秋さん潔癖だったわね」
紅は差し出していたパンケーキを、パクリと口に入れると、また残りに取り掛かった。
生クリームと一緒にたっぷりと乗せられたフルーツは、どれも瑞々しい。
秋親はその様子を見ながら、ブラックのコーヒーを口に含み、確かに一理あるかと、表情を少し緩めた。周りから浮いてしまっては、今の状況では不都合だ。
小一時間、こんなやり取りをして過ごしていると、件の男が店に入ってきた。
一緒に、男には不釣り合いな小学校高学年くらいの女の子を連れている。
席に着くと少女は、紅が食べていたのと同じフルーツがたっぷりのパンケーキを、男はジンジャーエールを注文した。
この二人の異質な組み合わせに、他の客までチラチラと視線を向けている。
「あの子ってもしかして、未確認のCHなのかしら?」
紅が声をひそめて言う。
担当エリアに登録されているCHのリストは、一通り目を通している、その中には居ない顔だった。
「どうだろ? ちょっと人が多いが検索してみるか」
「そうね。未確認の子が採集者の手に落ちてましたでは、シャレにならないものね」
秋親はバッグの中から、丁度スマートフォンくらいの大きさのセンサーを取り出すと、何食わぬ顔で検索を開始した。
ピピッ
小さ終了音を確認すると、そのままデータを局に送信する。
程なくして解析係から着信があった。
「職場からだ…ちょとごめんね」
と、言い残し秋親はスマホを持って席を立つ。
紅は秋親の演技に吹き出すのをこらえながらコクリと頷き見送った。
「まだ結晶化し始めたばかりの子供みたいな反応なんだけど、この対象って……まさか本当に子供なの?」
「あぁ。小学生の高学年くらいの子だ。今、顔写真も送るから調査してくれ」
「何で今まで、局で気付かなかったのかしら?」
解析係の恭子は戸惑った声を上げた。
「それは俺にも分からんが、家庭環境の問題とかか?」
ネグレストなどで、国が行っている健康診断や、病院の受診歴がほとんど無いような子の場合、発見が遅れる可能性がある。普通であれば幼少期は病院にかかる機会が多い、そう言ったところから情報が上がってくるはずなのだが……
「まだ、自分で能力をちゃんとコントロールできてるとは思えないレベルだけど、トルマリンのCHね」
「分かった。ありがとう」
「怖い思い、させないであげてね」
恭子はそう言って電話を切った。
本当だよ。
家庭環境に問題があった子ならば、なおさらそんな怖い目にあわせる訳にはいかない。秋親は気を引き締めて店内に戻っていった。
「トルマリンだとよ」
顔を近づけて紅にも伝えると、紅は眉根を寄せ
「なんで今まで確認できなかったの……」
と、口元を押さえる。
「なんとか引き離さないと」
紅の目に炎がともり、秋親も同意した。
トルマリン。
和名では電気石という。
その名の通り圧力や過熱など外部からの刺激で電気を発生する性質を持っている。
自然界で産出される鉱物では、微弱な電気しか発生しませんが、CHが宿した鉱物の場合は話が別である。
その鉱物の持つ特性を最大限に発揮させることができる。もちろん本人の資質や訓練などによっても能力差は出るが。
この電気を発生させるトルマリンは攻撃力も高い鉱物の一つだ。
見す見す敵の手に渡すわけにはいかない。
ましてや、まだ子供だ。
危険な環境になど……
数分後、男と少女が席を立った。
会計をすませ、連れ立って店のドアをくぐっていく。
すぐに秋親と紅も席を立った。
会計を秋親に任せ、紅が先に店のドアを出て、外の様子を伺うと、男と少女は店から十数メートルのところを歩いていく。
すぐに出てきた秋親とともに後を追うと、ちょうどその時、男たちは目黒川に背を向け公園方向に向かって進み始めた。
少し遅れて、秋親と紅も公園方向に向かうと、先を歩く男と少女を迎える様に見覚えのある女が公園入り口に立っている。
黒髪に赤い房が入った独特な髪色、中世風に歯車と羽根が特徴的な装飾の衣服姿。以前、蒼太を連れ去ろうとしていた女だ。
「あの女……、スチームパンク? 前に蒼太連れ去ろうとした女よね」
「あぁ、あの女……確かにあの時のだな」
確か、磁鉄鉱だったはず。
また厄介な奴が出てきたと秋親は考えていた。
「待ちなさい! その子をどうするつもりなの?」
紅が叫んだ。
「ああ! なんなんだテメーらは!」
男が少女の腕を乱暴に掴み引き寄せる。
「あなたも、自分がこれからどうなるか分かってるの? その人たちはあたなを利用しようとしてるのよ?」
少女は唇を噛んで俯いた。
「この子は了承してるんだよ。親も金たんまり貰って、喜んで手放したよ」
ニタニタと笑う男の横で、少女は強く拳を握りしめ肩を震わせている。
「あなた本当にそれでいいの?」
紅の問いかけに少女は小さくうなづいた。
「あたしのこと必要だって言ってくれたから……」
「そう言う訳だから〜邪魔しないでくれる〜」
スチームパンクが鼻にかかった声で言うと、少女の腰に手を回すと軽く膝を曲げる。
「待ちなさい!」
紅が咄嗟にバジリスクに手をかけるのと同時に、スチームパンクは近くの屋根の上へジャンプしていく。
少女を巻き込む可能性が紅の判断を迷わせた。
秋親も同時に宇迦之御魂を構えたが、同じ理由で動作が遅れる。
「必ず助けに行くから!」
紅は叫んで追いかけようとするが、少女を連れてきたタトゥー男や、いつの間にか現れた奴らの仲間に囲まれてしまった。
ブチンッ!
紅と秋親の堪忍袋の緒が切れる音が聞こえるかのような刹那、人数差に勝利を確信して厭らしく顔を歪めていた男たちは、自分たちに何が起こったのかも分からないまま意識を刈り取られた。
ほんの一瞬の遅れだったが、重力を無視した跳躍には到底追いつけない距離を付けられてしまった。
秋親は局に、状況を報告し倒れた男たちの回収を依頼すると、紅に向き合う。
「念のため、さっきのカフェで女の子が着てた服のフードに、発信機入れといたけど、途中で落ちなきゃいいが……」
「秋さん! 流石! いつの間に入れたの?」
紅はパッと顔を輝かせ、秋親に抱きついた。
新宿で確保してきた七人に、中目黒での四人を管理局で取り調べているが、案の定あまり有益な情報は得られそうにもなかった。ただ一人、あの少女を連れてきたタトゥー男だけが、スチームパンクとの接触があったことが分かっているが、なかなか口を割ろうとしない。
高円寺で外国人たちが拠点にしていた部屋では、立ち入り調査にて、複数の密輸武器が押収された。
スチームパンクに連れ去られた少女の名は稲田 春花ちゃん十一歳。
やはり家庭環境に問題があり、学校も休みがちで国の健康診断や予防接種の履歴も殆ど残っていなかった。何度も児童相談所の職員が訪ねてはいたが、本人に会うこともできず、親とも殆ど面談ができていなかったようだ。
秋親が春花ちゃんに仕掛けていた発信器は豊島区内で途切れた。
現在は城北エリア担当の境 剣太郎と安藤茉由利が、春花ちゃんの行方とスチームパンクの潜伏場所を調査中だ。
最初の惨殺事件があった江戸川の河川敷を中心に、城東エリア担当の福丸太一と明月 響一が調査をしていた。
事件があった日にスチームパンクと思しき女と、もう一人、男の目撃情報が上がっている。この女の能力を考えると、刃物を使った犯行と言うのは考えにくい。実際の犯行は一緒にいた男の可能性が非常に高いと言える。そのため、この男の行方と詳細な情報を収集している。




