↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
27/27

エピローグ

エピローグ


 一連の騒動を知るものは、誰もいない。

 カスミという生徒も、かえでという少女も。武田という先生も。誰もがなにも、覚えていない。

 あるのはこの街に残された、新しい伝説だけだった。


 この街には、人魚の伝説がある。その人魚たちは、最初は仲違いしていたのに、いつからか心通わせて、人間につかまった片方の人魚を救うために、もう一方の人魚も人里へと降りてきたのだ。

 人間たちは、その人魚の友情になにも感じることはなく、二体ともを殺してしまった。

 その時から、この街に不吉なことが起きるようになって、寺の住職が、一対の人魚をともにまつったところ、そのたたりは収まったのだという。

 しかしこの人魚、夜な夜な人間に化けては街をさまよい、遊び回っているのだという。


「カスミ、カスミ。聞こえる?」

「かえで。聞こえるよ」

「よかった。私たち、こんなことになったけれど。ずっと一緒だよ」

「わかってる。かえでが私を選んでくれたこと、今も感謝しているんだから」


 仲睦まじく、むつまじく。

 喧嘩ばかりだった人魚は、今や手を固く握りあって、海の見える街の立派なお寺に安置されている。

 時々、お互いがお互いを呼ぶ声が聞こえてくる。

 住職は、この一対の人魚を大事に、大事におまつりして、決して誰にも見せなかった。

 それが人魚の願いだった。

 呪いは自分たちの代で終わりに。

 人魚は暗いご本尊で、二人きり、そう、二人きり。

 いつしか人魚は神になり、この街を見守る存在となった。

 人魚は決して、触ってはいけない。人魚を決して、見せてはならない。



 とある街で、人魚が捕れた、とニュースになったのは、記憶に新しい。

 呪いから解放された人魚は、人間を惑わすことを生きがいとしていた。

 夜になっては岩場で歌い、漁船を見つけては人間に歌を歌った。

 惑わすのは、男ばかりだ。

 男たちを海に引きずり込んで、交わって生気を奪っては捨てていく。

 人魚とはいえ、不老不死ではない。人魚は、死ぬことを恐れた。

 人魚は一度、人間につかまってミイラにされた。その時はひどい扱いだった。

 死んでなお、海に帰れないのは屈辱だった。それもあって、人魚は人間をあまた食らっては、海に捨てた。

 人魚はたいそう美しかった。

 けれど、それだけだ。

 あの二人は今頃なにをしているだろうか。

 せっかく助かったはずのあの子供は、二人で人魚になり果てて、今も人間の見世物になって。

 かわいそうに。でも、代わってはやらない。

 人魚は広い海を堪能した。もう、この世界に人魚は自分しか残っていないことも知っている。

 だから、子をなすこともできない。

 人魚は歌い続けた。何年も、何百年も。

 だけど、あの二人は今も、海に来ない。

 あの二人だって、ほかのだれかを『呪え』ば、その生気を吸い取って、人魚としてなら生き返ることができるというのに。

 人魚は、自分が正しいのだと思っている。誰しも、死ぬのは惜しい。

 それ以上に、人間のもとで死んでもなお、見世物にされるなんて御免だった。

 なのに、何年待っても、人魚は一人のままだった。


「つまらない」


 だから、油断していたのかもしれない。

 人魚はその日、懐かしい海岸に立ち寄った。

 浅瀬から、松林の向こうの寺を見ていたのだ。


「アナタたち、いつまでそこにいるつもり?」


 人魚が呪っておきながら、人魚はそろそろ、あの少女たちに『こちら』に来てほしかった。身勝手な願望だ。

 結局、人魚だって最初から自分が人魚だったのかは、定かではない。もしかしたら、人魚もまた、別の人魚に呪われて人魚になったのかも知れない。

 神が怒ったのか、偶然だったのかはわからない。

 浅瀬にいた人魚を、人間がとらえた。


「離して!」

「おい、人魚だ! 本当にこの街には人魚がいたぞ!」


 人間は何人もいたらしく、人魚は鉄の網にとらわれた。

 そのあとは、もうひどかった。

 世界各地から訪れる人間の見世物にされ、エサで調教されて芸をやらされ、しまいには、富豪の男に買われて、ひどくおかされた。


「殺して」

「人魚の肉を食ったら、俺は不老不死になるのか?」

「なりませんよ。ただ、アナタが――」


 しかし、富豪の男は、人魚の手を焼き、食べたのだった。別に、食べたところで不老不死にはならない。

 ただ、その人間が『呪われる』だけで。

 人魚はそのまま、死んだ。死んでなお、ミイラとして博物館に寄贈された。

 今度は絶対に誰も触れられぬよう、逃げ出せぬよう、強化ガラスに入れられて。

 そして富豪の男は、呪いにむしばまれて尾と鰭ができ、この世界のものではなくなった。

 やがて男は人間に捕まり、人魚にしたことと同じことをされた。



 呪われた人魚が博物館に寄贈されたころ、寺の住職は、代々街を守護する一対の人魚のミイラを、人知れず海に返した。


「今までありがとう。どうかお元気で」


 この街にはもう、人魚のミイラは必要ない。博物館に行けば、そんなものはいくらでも見られる。

 一対のミイラは、海に沈む。

 いつしか街の人魚は、街の守護神となった。街の人々は、人魚が海に帰ったことを知っていた。だから、人間は海に祈りを捧げた。人魚への感謝を、延々、延々。

 海底に沈んだ一対の人魚たちに、あたたかな祈りが差し込んだ。

 海水を吸って、干からびたからだが膨らんでいく。

 もう、二本の足を持つこともかなわない。

 一緒に謎解きをした仲間との再会もかなわない。

 けれど、ふたりはもう、自由だった。


「かえで、かえで」

「カスミ。なに?」

「私、かえでのこと友達って思ってて、かえでは?」

「もちろん!」


 カスミはもう、友達のなんたるかを知っている。人間ではなくなってしまったけれど。



 この街には、一対の人魚がいた。しかしいつからかその人魚は海に帰り、一対で仲睦まじく、暮らしている。

 けれどその姿を見たものは、誰もいない。

 人魚は人間を惑わし、時に呪う。

 その理由を、私たちは知らない。知らぬままに、生きていく。呪いなど存在しない、この世界を。

了


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。