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和而賽遊記  作者: 蛇ィ
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第一章10話『思曰く付き』

【登場人物】

1.弓波露零(ゆみなみろあ)(主人公)

2.生明伽耶(あざみかや)(藍爛然(あいらんぜん))

3.神結心紬(かみゆいみつ)(藍爛然(あいらんぜん)の従者)

4.シエナ(藍爛然(あいらんぜん)の従者)

 精神年齢的には幼子、故に感情抑制ができないのか、あるいは歯止めが利かないレベルでツボに入ったのか抱腹絶倒する露零ろあ

 そんな少女の反応から話題に上がったであろう内容を推察し、伽耶かやがジト目でスライドさせるように心紬みつに視線を向けると彼女は反発する磁石のように、無言のまま逆方向に目をそらす。

 そしてその様子を見てまた少女はさっきよりも声高らかに笑い出す。

 その一連に無限ループに入ったことを直感し、このままでは話が一向に進まないと判断した主君は従者に無言の圧をかけるのをやめると今度は簡潔に用件だけを二人に伝えていく。


「早速で悪いんやけどちょっと事情が変わってん。明日水鏡(くに)を出ることになりそうなんや」


「それって私も?」


「察しがようて助かるわ。けどあんたにはウチが付いてるから安心しい」


「それなら私は明日までに露零ろあの軽装を新調しておきますね」


 時折凛とした、張り付いた空気感に包まれることはあるがあくまでそれは戯れの範疇。

 伽耶かやの独特な口調からもわかるように、例え主君と従者の関係性であろうと軽口を叩くくらいが丁度いいという持論を持つ、大雑把な性格の主君の元で育てられた心紬みつはその思想を色濃く受け継ぎ、さっきまでのやり取りがまるで嘘のようにそう言うとスッと立ち上がり応接室を後にする。

 その彼女と入れ違いで応接室に入ってきたシエナもお茶菓子の後片付けをするとすぐに部屋を出て行ってしまい、二人っきりになるように図ったのかは定かではないが、入れ替わりで入ってきた二人が退出したのを確認した姉は指を弾き『パチン』と音を鳴らす。

 すると突如、露零ろあの身体に変化が現れ、全身から湯気のようなものが立ちのぼる。


「わわっ、なにこれ??!」


「それは湯浴(ゆあ)(ミラ)言うてな。ウチが汚れを肩代わりしたんや」


 突如自身を襲った理解し難い不可解な現象に、露零ろあは何が起こっているのかわからないと驚きの表情を浮かべるも好奇心から自身の素肌にゆっくりと触れ、少女は身体の状態を確かめる。

 触れ合う皮膚のどちらもが自身そのものだが、一方からはほのかに熱が伝わってくるのが少女にはわかった。

 その部位は少女が今、指で触れている部位()で、温度は湯舟に張ったお湯と同程度、数字で表すと四十度前後といったところだろうか。

 不本意にも生茹でのような状態となってしまった少女はまるで自身が火にかけられていると錯覚し、薪として暖炉にでも放り込まれ、最後には取って喰われてしまうのではないかと内心、恐怖に震えていた。

 抱いた恐怖心はやがて幻覚へと変貌し、まるで火の粉を払うかのようにして着用している衣服をはたく少女だが第三者にはその行動がまるで理解できず、幼子特有の奇怪な行動としてその目に映る。


「今、あんたから湯気(ゆげ)立ってるやろ? 湯浴(ゆあ)(ミラ)言うてな。肩代わりしたからあとは部屋でよう休み。一つ上の階に寝室用意させたから今日はそこ使ってええよ」


「熱っ!! ――くない? 私、ここにいてもいいの?」


「もちろんや、階段やったら玄関のすぐ真横にあるからそれ使って上がり。部屋ん中に寝間着用意してるから早めに着替るんやで」


「うんっ!」


 さっきまでの怯えた様子とは一変し、嬉しそうに言葉を返す露零ろあ

 湯気と共に不安が身体中の毛穴から立ち上り排出されると、少女は誰が見ても百点満点な満面の笑みで姉の言葉に従い応接室を後にする。

 そして説明の通り、玄関の近くまで戻ってくるとそこから木造の階段を使って二階へ上がる。

 すると階段を上り切った先で待っていたかのようなタイミングでシエナが前方から現れ、まるで高級旅館のような待遇で城内の構造や勝手のわからないであろう後輩従者をある一室へと案内する。


「事前に準備はしておいたので今日はこちらでお休みください。あ、今日はと言いましたが伽耶かや様が伝えていないだけで近々、あなた専用の自室を用意するつもりなので期待していてください」


「ほんとっ?!! ありがとうシエナさん!!」


 シエナは応接室でのやりとりを経て苦手意識が薄れ、露零ろあも彼女の容姿に免疫がついたようで今ではお互い普通に会話ができるようになっていた。

 知り合ってからさほど時間が経過したというわけではなく、それほど話し込んだわけでもない。

 しかし比較的長時間同じ空間にいたこと。

 そして他二人が満遍なく話を振ってくれたことも相まって、時間以上に濃密なひとときを同じ空間で過ごした二人が距離を一歩、二歩と縮めるには十分すぎる内容だった。

 いや、なぜか初対面の時からすでに亀裂が生じていた二人が互いの距離を縮めるため、奥手な二人の背中を話を振ることで後押しする粋な計らいだったのかもしれない。


「着きました。それでは私はこれにて失礼しますので後はどうぞごゆっくり」


 今はまだ客人扱いの露零ろあを空き部屋へと案内し、入室するまでを見届けたシエナはそのまま同一階の最奥に移動し、秘密の隠し階段から三階へ上がると先に待っていた()()()()に言葉を掛ける。


「――――待たせてしまいましたね。露零ろあについて、私経由で皆に共有したいことがあるとか?」


「ええ、ですが内容が内容なだけにどうかご内密にお願いします」


 会話の相手は軽装を新調しに一足早く応接室を後にしたはずの心紬みつだった。

 彼女は手に持っていた、予め自身が刺繍を施した白いスカーフを一枚シエナに手渡すと多くは語らず静かに階下へ降りていく。

 言葉にすることさえ憚られるような重苦しい内容なのだろうか。

 付き合いの長さと行動から同僚の意図、そして事の深刻さを汲み取った彼女は手渡されたスカーフを広げると、まずは全体像を視界に収める。

 それから徐々に視界を狭め、読む前提で焦点を合わせて刺繍を確認した彼女は表情を変えず、しかし動揺した口調で「まさか…破滅の一途を辿るにしても想定より遥かに早い……」と小さく呟く。

 しかし次の瞬間には平常心を取り戻し、情報を整理しながら優先順位を明確にしていく。


「――いえ、それよりも今危惧すべきなのは彼女が身の内に抱える不確定要素ですね。状況が好転すればそれに越したことはないですがあなたが危惧するのも最もですし、微力な猫の手ですがお貸します」


 一方その頃、従者の密談など知る由もない伽耶かやは地下の大浴場にて湯浴ゆあみ中だった。

 湯舟に浸かっている彼女は神妙な面持ちではあったものの、その胸中を知るすべはない。

 手ですくったお湯を顔にかけ、浴槽から上がるとそのまま浴室を後にし、彼女は自身に巻いているものとは別に準備しておいた白いタオルを一枚手に取ると片手で髪を拭きながら不満げに呟く。


信頼関係言しんらいかんけいいうてもなぁ、一方の信用だけで成り立つもんちゃうやろ実際……」


 近しい間柄の人間ほど接する距離感は難しいとはまさにこのことだろう。

 第三者が相手ならばこんなに思い悩むこともなく、即座に真偽を確かめていたであろう彼女だが身内となれば状況は一転し、自身の行動一つがこの水鏡(くに)を内部崩壊させる可能性を孕んでいると彼女はよく理解していた。

 そのため深く追求することができず、従者に感じた違和感を拭えなければ言及すらできないもどかしさに今も頭を悩ませていた。


「ほんま自由をうとうてるウチが縛られてんの、ええ笑いもんやわ」

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