2 事件
「あれは数日前の話だよ」
遼希はポツポツと話し始めた。翔真はそれを一言一句聞き逃すまいと、全神経を耳に集中させた。
遼希はそれを見て、少し悲しそうに、苛立ったような、複雑な顔をした。
「野々田恵はDクラスの篠田美聡をグループでいじめていた。グループは五人だったっけ?大西珠那、酒井智子、八代櫻子、杉野佳奈、そして野々田恵。恵以外は今はB組だけどね」
「それで?」
「そんなに必死って……ほんっと笑える……」
遼希は呆れたように、ため息をついた。
外では桜が咲いている。もう四月の中旬なのに、少ししか散っていないので、満開に限りなく近い。
美鈴学院高等学校では、今日もいつものようにA組からE組まで楽しんで生活をしている。だが、それは表向きだけである。
E組はその学年の問題児が集められるクラスで、周りから馬鹿にされていて、本校舎から少し遠いところにある旧校舎で授業をしている。人によっては楽しむことができる者もいるだろうが、やはりいじめに耐えることは苦痛である。
A組からD組にも格付けはあるものの、E組ほどではないので、そこまで差別は生まれない。
生徒会メンバーは必ずA組の代わりに、一つでも問題を起こせば一瞬でE組と決まっている。責任が重大な役職ほど、ハイリスクハイリターンなのである。いいこともある面、それを破れば人生はお先真っ暗、そう言われている。
「野々田は以下四名との協力で篠田をいじめていた。篠田は野々田以外の四人は退学、野々田はE組と唱えている」
「なんで恵だけ……」
「篠田は野々田に暴力は振るわれていないらしい。それに成績優秀者だから退学ができないんだよ」
「……」
「もちろん、そんな悩んでいる会長に、ハッピーアンドサッドセット!」
「はぁ…?」
すると、急に遼希はニコニコになって理想を語るかのように、願うかのように、翔真を真っ直ぐ見て言った。
その目は、何かに縋っているような、願っているような、諦めているような、期待しているような、複雑な目だ。
翔真はそれを見てゾクゾクと寒気がした。遼希に手のひらで踊らされているような気分だった。
昼休み──午後一時十二分。二人だけど冷たくて厳しい戦いが行われているのを他の生徒は知らない。
「じっつは〜!生徒会長にはとある権限があるんですよね〜」
「……E組行きキャンセル権か?」
「違うね」
間髪入れずに答える遼希に、翔真は一体どんな権限があるのか、気になった。E組行きキャンセル権よりも上な権利とはなんだろうか。
遼希は言いたくないと思っているのか、顔を顰めて渋い顔をし、ギュッと手に力が入って何かを噛み締めるかのように言う。
「身代りの権利だよ、身代りの権利」
「身代りの権利……はっ?」
翔真は信じられない、とでも言うかのように遼希を見ると、遼希は少し、大分悩んでいるような、嬉しがっているような悲しがっているような、よくわからない顔をしていた。
翔真は遼希の言った言葉を上手に飲み込めず、無意識に手に力が入った。唇を強く噛んで、ただただ俯いて上手く言葉を飲み込もうとするが、できない。
どう言う反応をすればいいのか、何をすれば恵を助けれて──
翔真は時が止まったように感じた、なんだ簡単じゃないか。
「俺がそれを使えばいいんだな?」
「そーそ……って、はぁ!?」
つい先ほどまで、余裕そうにして足を組んでいた遼希は、思いっきり立ち上がり、サイドテーブルにドンを両手をついて、身を乗り出し、翔真に向かって叫んだ。
亜麻色の髪が少し乱れているような気がしたが、ここで言っては雰囲気が壊れると言うのと、話せなくなってしまう可能性もある。おお、と少し驚いて、オーバーリアクションしないようにした。
「な、お、お前は!生徒会長という立場だろ!?」
「そうだが?」
「身代りの権利はその名の通りに身代わりになる!お前がE組に行くんだぞ!?」
「だから?」
遼希は、唾でも飛ばすかのように言葉マシンガンをしてくる。本気で慌てているような瞳を見て、ますます遼希の感情がわからなくなってくる。
「はぁ!?ここまで言ってもわかんねぇの!?」
「うん」
「はあ!?」
遼希は怒ったように言う。
「お前!差別されてもいいのかっ!?!?」
「……」
唾が飛んだ。




