2話 怪しい放浪者
本作品の語り手は基本的に主人公ではなく、異世界の住人達です。
その為、彼らにとっては当たり前過ぎて、彼らは世界観の説明をしません。
読者の皆様には、よくある中世ファンタジーの剣と魔法の世界として各々で補完していただけると幸いです。
俺の名前はタータス。
行商人だ。
港湾都市メイルシュッツを中心にその南西の5つ程の村や町を周りながら商売をしている。
メイルシュッツで仕入れた塩や調味料、海産物、生活用品なんかを他の街で売って、逆に農産品や、地域の特産物に馬車の中身を入れ替えつつ、約1ヶ月掛けてまたメイルシュッツに戻る。
道中は魔物や野盗なんかも出るから、当然護衛に傭兵や冒険者を雇わなくちゃならない。
その他にも馬車の修繕費や、領主に納める税、商業ギルドの上前も掛かってくる。
仕入れて運んで売る。
それだけでも売値は仕入値の2倍や3倍じゃ効かないものの方が多い。
ボッタクリだと非難されることもあるし、命掛けの危険な仕事だ。
割に合わないと、自分でもよく思う。
それでも村や町の連中にとっちゃ俺の運ぶ商品が生命線でそう簡単に辞める訳にはいかない。
俺はこの仕事に誇りを持っている。
次の村での商売を終えたら、やっとメイルシュッツに帰れる。
最後の村はマレド村。
大した特産品も無い田舎の農村だ。
2日前に出立した隣町のユイメルの町がダンジョンに近く、冒険者でそこそこ賑わっており、メイルシュッツまでの通り道になっている為、休憩の為に立ち寄るだけの村という印象だ。
あとはあえていうなら、甘酸っぱい果物トポポが名産品というところか。
本当にあえていうならって程度の取引量ではあるが。
そのマレド村まであと半日ってところで街道の先に変なのを見つけた。
一人でフラフラと歩いている少年だ。
護衛どころか武器も持たず、覚束ない足取りで村に向かっているようだ。
「タータスさん、どうしましょうかぃ」
御者席で手綱を握る俺に護衛として雇っている冒険者達のリーダー、ダンが歩きながら声を掛けてきた。
「グールやゾンビが出る場所じゃないし、野盗にも見えないな。ダンさんはどう思います?」
「フラフラしてやがるし、よく見たらありゃあ裸足じゃねぇか。逃亡奴隷ってとこじゃねぇですかね」
「なるほど。そんな感じですかね。ユイメルもマレドも奴隷を買うほどの金持ちはいないから、メイルシュッツから迷ってきたんですかね」
「野盗の囮って事もありえる。視界は開けちゃいるが、無視しちまう方がいいとは思いますぜ?」
「そうだったら全力で逃げようか。なに、かなり遠いが村はもう見えてる。どうにでもなるさ。」
「了解でさ。おい、バート、ちょっとアイツに声掛けてこい。怪しい動きをしやがったら遠慮はいらねぇ。」
「あいよ」
そう言って護衛の冒険者達の中で寡黙だが腕が立つバートが前方に走っていった。
バートが声を掛け、ニ、三、話をするとその少年がこちらを向いた。
まだそれなりに距離はあるが、どうにも逃亡奴隷にも野盗にも見えない不思議な雰囲気の少年だった。
しばらくすると俺たちもバートに追いつき、ダンが声を掛ける。
「バート、どうだったぃ?」
「よく分からん。」
「おめぇに行かせたのが失敗だったな。ヘへヘッ」
と言ってダンはバートが会話が苦手な事を揶揄うが、バートは気を悪くした風もなく
「いや、本当によく分からんのだ。」
と言ってこっちを見た。
そこで改めて件の少年を見ると、表情は疲れ果て、青白い顔をしている。
歳の頃は14、5歳だろうか。黒髪黒眼で、見た事も無い不思議な素材と柄の服を着ていた。
外観こそ不思議だが、どうみても外出に着るような生地ではなく、手ぶらに裸足なことからも寝ていたところを着の身着のままでなんとかここまで来たといった感じがした。
奴隷や、野盗というには小綺麗な見た目をしており、確かによく分からないので、直接聞いてみることにする。
「やぁ、俺はタータス。ここらで行商をしている者だ。君はどこかから追われてきたのか?」
「こんにちは、どうも。スオウといいます。あーえっと、追われてはいないんですが……何と言ったものか、どっちかというと放り出された。ですかね。ははは」
とスオーは乾いた声で笑った。
「こんなところで1人で放り出されたと? 朝には骨になっていてもおかしくない。よっぽどの事でもしでかしたのか?」
なるほど奴隷ではなく、何かしらの旅の集団の使用人あたりが余程の失敗をして放り出されたのかと考え、ある程度の納得がいった。
「んー? うーん。何もしてないとは思うんですが、ちょっと記憶が曖昧な所がありまして。ここってそんなに危ないところだったんですか。いやいやちょっと」
と口籠る。
やらかした事についてはごまかしたいのだろうとは思ったが、村まであと半日程とはいえ、平原のど真ん中で危険も何もあったものじゃないだろうと思いながら言葉を返す。
「この先あと半日ほど行けば、マレド村に着けるが、大丈夫か?
ずいぶんフラフラでもう限界にも見えるが。俺達も今朝から何度か魔物とやり合うハメになってな。ずいぶん遅くなってしまっているんだ」
「まっ、魔物ですか。なんとか歩いては行けそうですが、できれば同行させていただいても良いでしょうか」
「ふむ……まぁ構わないが、さすがに裸足じゃ着く頃には日が暮れてしまうな。こっちに乗りな」
そう言って御者席から降りて顎で席を示す。
「そこまでしてもらうわけには」
と言って胸の前でスオーが手を振るが
「本当に時間がギリギリなんだ。いいから乗りな。乗らないなら置いて行くしか無くなるが」
と、手綱を持って馬をひいた。
すると慌てて
「すいません。本当にありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」
早口でそう言って御者席に乗り込んだ。
多少軽いが、態度からも、口調からもやはり不埒者の印象は受けない。
このまま村に向かっても問題無いだろう。
そう思って、ダンに再出発を促した。
村までの道中、スオーと話をしてみたところ、どうにも記憶が曖昧というのは誤魔化しでは無く、本当のように感じられた。
前の職場や住処については誤魔化されても仕方がないかとは思えたが、それ以外についてもこの少年はあまりに色々な事を知らなさ過ぎた。
頭は悪いわけでは無さそうなのに、ポツリポツリ、あるいはゴッソリと常識や一般知識が抜け落ちている。
たとえば、行商の流れについて話をすれば、商売の仕組みははーへーなるほどーと聞いているのに、地名や値段の話になると全くわからないようで一から説明してやらないといけないといった具合だ。
仕方が無いので、おおざっぱなこの辺の地理や、貨幣価値を教えてやった。
「でだ、ここまでをまとめると、鉄貨、銅貨、銀貨、大銀貨、金貨、大金貨、白金貨の順で価値が上がって、銀貨までは1つ下の貨幣100枚、銀貨から上は10枚で1つ上の貨幣と同価値ってわけだ」
「なるほど。白金貨1枚は鉄貨1億枚ということですね」
「ん? あぁ? あぁ、そうだな。そういうことだ。大体銅貨10枚あれば、大人1日の飯代くらいだな。ご貴族様連中なら白金貨より上のを使うこともあるそうだが、商人の俺でも大金貨を一生のうちに一度拝めるかどうかってところだ。
しかし、随分と計算が早いんだな。その、さっきの放り出されたってのは行商だったのかい? ここらを回ってるのは俺だけのはずだが……」
「あー、うーん、そういうのじゃないんですが、どう説明したものか、ちょっと難しくてですね。」
またしても口籠る。
やはりこの話題は話したく無いのだろう。
「まぁ、話しにくいなら、別に良いさ。それより、君はこれからどうするつもりだ? 村までは送ってやるが、身元不詳の無一文じゃどうにもならんだろう?」
「そうですよね。どうしましょうか。ははは」
「はははじゃないだろうにまったく。はぁ……。
まぁこれも何かの縁だ。明日の商売を手伝うなら飯と寝床くらいは世話してやるよ。いつもなら昼には到着して一日半かけてやるところを明日一日で済まさなきゃいけないんだ。」
「猫の手でも借りたいってヤツですね。ぜひお願いします。本当に助かります」
「よく分からない言い回しだが、まぁそういうことだ。今から売り物の値段を叩きこんでやるから、しっかり覚えてくれよ?」
「よろしくお願いしますっ! 店長!」
そういってスオーは人好きのする笑顔で笑った。
どうやら体調もずいぶん良くなったようだ。
それからしばらく進み、村に到着する頃には辺りはもう薄暗くなっていた。
スオーは驚くほどに物覚えが良く、商品の値段と特徴をすぐに覚えてしまった。
前の職場での仕込みが良かったのだろうか。
ついでに手伝わせるつもりの無かった仕入れの方の説明にまで話が進んだところでマレド村に到着した。
マレド村は腰高の石垣の上に木の柵を立てた防壁が村をぐるっと囲い、街道に繋がる一箇所に木製の門が取り付けられている。
「タータスさん、こんばんは。そろそろ時期だとは思ってましたが、まさかこんな時間にとは。何かあったんですか?」
門番をしているこの村の青年、ヤックが話しかけてくる。
「最近は魔物の数が多くてね。もしかしたら、これからは移動日数と護衛の数も考え直さなきゃいけないかもしれない」
「それは大変ですね。タータスさんに何かあったら困ります。気をつけて下さい」
「ああ。ありがとう」
礼を言って開けられた門を抜ける。
心配をしてくれるのはありがたいが、それはこの村での取引の値段にも降り掛かることだと分かっていないのだろう。
良くも悪くもこの村は田舎だ。
広場に馬車を停め、護衛の冒険者達に明後日の朝までの休息を伝える。
俺も村長に一言挨拶をしたら、宿にはこんな時間からでは入れないだろうから、携帯食で夕飯を済ませて馬車で休むつもりだ。
「さすがに使用人を裸足で歩かせていると思われては俺も外聞が良くないからな。本来は売り物なんだが、明日はしっかり働いてくれよ」
馬車の中から革製の靴を出してスオーに渡してやる。
「本当に何から何まですみません。最初に出会ったのがタータスさんで本当に良かったです」
スオーが余りにも素直な笑顔を向けてくる。
なんだかむず痒くなってきたので
「まぁ、明日の働き次第で靴は返してもらうがな」
と皮肉顔で笑って返してやった。
村長に挨拶が終わって馬車に戻ると、馬車の外に出しておいても問題の無い商品達が木箱で積まれ、馬車の中にはしっかりと休めるスペースが作られていた。
この少年は予想以上によく仕込まれているらしい。
感心しながらも干し肉とパンと水をスオーに分けてやり、もそもそと齧りながら明日の流れを説明し、食べ終わる頃には2人とも瞼が上がらなくなっていた。
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