教育係
「はっ! す、すみません。普通に本気で踊ってしまいました……!」
「ぷっ、はははっ!」
拍手が鳴り響くなか、すっと正気に戻り、失礼なことを考えていたことを恥じた。しかしウィリアム様はふぅっと息を吐くと、このように言った。
「いやいや、久しぶりに楽しかったよ。普通はみんな、僕と踊るときは遠慮してしまって、正直つまらなかったんだ」
ニコリと微笑んでウィリアム様は続ける。
「だけど君は、リージェは違った。本気が伝わってきて、僕もそれに合わせなくてはと思った。君も僕と同じで負けず嫌いなんじゃないかな?」
「そ、そうかもしれません」
「ふふふ」
楽しそうに笑っていた。ゾルデ様が挨拶をしていた時にウィリアム様は壇上にいた。その時は貼り付けたような笑みだったが、今は本当に心から笑っているのがわかる。
「いや、楽しかったよ。……リージェ・パトリオ、か。覚えておくよ。ありがとう」
「あ、は、はい!」
次の曲がかかり、ウィリアム様は次の相手のところへと行ってしまった。私は緊張が解け、はぁぁと大きなため息をつく。
一曲だけでいいとのことだったので、すぐに会場を出た。すると、中位メイドたちが駆け寄ってきた。
「凄いわね! あんなに上手な人がいたなんて!」
「しかも相手はウィリアム様よ! 羨ましいー!」
「どうだった? ウィリアム様カッコよかった?!」
「ウィリアム様の前であんないい踊りが出来る人がいるなんて!」
などと質問攻めにあった。廊下で話すのもなんだからといって会議室にいったん戻って話すことにした。いろいろなことを聞かれたが、内容はどれも私を褒めたたえるものばかりであった。
着替えを終え、舞踏会も無事に終了し、閉会となった。
「最初にウィリアム様と踊っていた謎の人物は誰だ」
「一曲目が終わったと思ったら雲隠れしてしまった」
などと声が聞こえ、探されもしたが、面倒なことになりかねないと中位メイド長に言われ、黙っておくことにした。
全員が王宮を出ると、すぐに掃除となった。私が掃除を始めようとすると、ゾルデ様の側近である方が私を呼びに来た。
「リージェ・パトリオ様。王がお呼びです。すぐに来てくださいませ」
王の間へと向かうと、ウィリアム様と陛下がいた。
「リージェ・パトリオ。参りました。して、ご用件はなんでしょうか」
正直国王を目の前にどのような口調で喋ればいいかなど分からないので、自分の知る限りでの所作と礼を尽くした。
「そんなかしこまらずとも良い。顔を上げよ」
「はい」
立ち上がり、陛下と目を合わせる。
「先ほど、お前にはいくらでも褒美を取らせると言ったが、あれは出来なくなってしまった」
「は、はい、そうですか」
何故そのようなことになったのかは分からないが、それでどういうことだと異議を唱える気はなかった。ウィリアム様と一緒にダンスが出来た、もうそれだけで十分であった。
「その代わりというわけではないのだが、ウィリアムの方から頼みがあるそうだ。ウィリアム」
「はい、父上」
ウィリアム様は立ち上がり、私の前に立つと。
「僕のダンスの教育係にならないか?」
「はぇ……?」
私が? 誰に? なんだって?
思ってもみなかった言葉に驚愕する。頭を整理しよう。私がダンスの教育係。ウィリアム様の。え? いいの?
「わ、私でよろしいのでしたら……?」
「なぜ疑問形なんだい」
ふふっとウィリアム様は笑うと、では、明日からお願いするよと言った。そして陛下も次のように続けた。
「そういうわけだ。明日からは下級メイドの地位ではなく、一教育係の者として扱うこととする。それにあたって暮らす部屋も変更となる。明日の昼までに準備しておくように」
「か、かしこまりました。失礼します」
ふわふわとした気持ちのまま、王の間を出る。自室に戻り、明日の準備を整えると、そのままベッドに倒れ、眠ってしまった。
次の日からの生活は全く別なものとなった。いろいろな説明を受けたが、まず待遇が違う。外出自由、食事も豪華になり、給料も上がった。部屋は今までの2倍ほどの大きさの部屋になり、非常に快適。そして、ウィリアム様のダンスの教育係ということで、アポを取らずにウィリアム様との会話が可能となった。
また、舞踏会での私の活躍が外部に出て、街の新聞の朝刊はその話題で持ちきりとなっていた。
「謎の王宮お抱えのダンサー。舞踏会を湧かせる。か、スワイト新聞の朝刊の一面になってるじゃないか、リージェ」
「全く、誰が外に漏らしたのでしょうか……」
まぁ、漏らしたのは私なんだけど。ここにはある目的がある。
ガチャンと会議室の扉の開く音がした。すると、使いの者が中に入ってきた。
「ウィリアム様。急な謁見の申し出がございました。確か10時までは時間がありましたよね。会っていただけませんでしょうか」
「なんという者だ」
「ワーズ・パトリオという中流貴族の者です」
「ふむ」
「……」
お父様か。やっぱり、そうか。そうなるに決まってる。謁見して話すであろう内容も大方把握できる。
「分かった。通して構わない」
「かしこまりました」
使いの者が下がり、2分くらい経つと、ワーズ・パトリオが姿を現した。ユーシアとルクシアも来ている。
「急な謁見のお許し、誠にありがとうございます。ウィリアム・リテレージュ様」
「いえ、構いませんよ。確か西方のパトリオ家の主でいらっしゃいましたよね。そのような方が、今日は何の御用でしょうか?」
ウィリアム様とワーズが握手を交わしていた。その後ろではユーシアとルクシアが「あれがウィリアム様よ……!」「まさかお近づきになることができるなんて……!」などと小声で話していた。
「はい。実はそこにいます、リージェ・パトリオは私の娘でして。朝刊はご覧になりましたかでしょうか。下位の身分である娘が調子に乗り、今回は何かご迷惑をおかけして本当に申し訳ございません」
「いえいえ、そんなことはございません。素晴らしい活躍でした。リージェ」
「……」
来た。そうだ。昨日の舞踏会のおかげで少し予定が早まった。元から準備を始めていたが、こんなにも早く実現するとは思わなかった。私は、はっきりと次のように言った。
「私はその方の娘ではありませんが」
「……は?」
二コリと微笑み、ワーズを見つめる。ワーズは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。
「そ、そんなはずはないだろう。なぜ嘘をつくんだいリージェ」
「嘘ではありません。いえ、正確に言うと確かに私はあなたの娘ではありますが、もう既に血縁関係は解消しております」
「な、なにを言って……」
「こちらをご覧ください」
しまっていた1枚の書類取り出す。そこには「血縁関係終了届」と書いてある。もちろん、城下町の行政部の印も押されている。
「な、それは……」
「知りませんでしたか? 王宮に直接仕える者は血縁関係の解消に親の同意を取らなくても良いこととなっているのですが」
「な、なぜ」
「なぜ? 何故じゃない!!」
声を張り上げる。ウィリアム様の御前? いや関係ない。これは私たちの問題だ。
「あなたはユーシアとルクシアから時々何か受け取っていましたよね。絵画、でしょうか」
「そ、そうだ。それが何か問題が」
「だからといって、私を粗末に扱うのはどうかと思うのですが」
「そ、粗末ってそんな。リージェにはダンスを頑張ってもらっていたし……」
「家のためでしょうがァ!」
ワーズはびくりと肩を震わせた。
「あなたはいつもいつも家のことばかり気にして……これは何でしょうか?」
もう一枚の紙を取り出す。
「おい、それはなんだリージェ」
「ウィリアム様こちらをご覧ください」
「やめろリージェ」
「……」
一瞬手を止め、ワーズの目を見つめる。彼は一瞬安堵の表情を浮かべた。
「なんとおっしゃいましたか?」
「……は?」
「すみません」
私は深々とお辞儀し、そして頭を上げてこう言った。
「聞 こ え ま せ ん で し た わ」
書類をウィリアム様に手渡す。
「やめてくれええぇぇぇえええ!!」
ワーズの叫びも虚しく。それはワーズの書いた偽造の書類であった。脱税を行っていたのだ。
「ウィリアム様、ご覧ください。この者は脱税を行っています」
「ちょ、ちょっと待ってくれ……。あ、あぁ……ぐ……」
ワーズはその場に跪き、喉から絞り出すようなうめき声をあげている。その後ろに立っていたユーシアとルクシアは唖然として立っているだけだった。
「……確かに、これはそこにいる者の名義で間違いないようだな。使いの者よ。こいつを連れていけ。この紙と共に司法部に」
「あ……あぁああああぁあ!!! リージェェェエエエエ!」
ワーズはうずくまり、叫び声をあげる。
「……牢獄でブランチをお楽しみください」
一瞥すると、使いの方がワーズを連れ出し、残った2人も逃げるようにして部屋を去っていった。
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それから一週間ほどが経った。ワーズは投獄され、今まで脱税していた分全ての押収と、多額の賠償金をかけられたと聞いた。
私は相変わらずいつも通りダンスの指導をしている。そして、私の頼みで希望するメイドにはウィリアム様と一緒にダンスのレッスンを受けられるようにしていただいた。
私のレッスンは非常に好評だった。もしかしたらダンスそのものよりも教える方が向いているかもしれない。
え? ユーシアとルクシアはどうなったかって……? それは……。
「ユーシア、ルクシア。トイレの掃除は終わったのですか??」
「あ、リージェ……じゃない。リージェ様……申し訳ありません。直ちに」
「また給料下がってしまいますよ?」
「は、はい……」
ダンスをメイドたちに指導しているお陰か、ダンス教育係とメイドたちの仕事に大きな隔たりはなく、こうしてたまに監督役として顔を出している。
家の借金によりここで働くことしか出来なくなった2人。今までユーシアとルクシアは私に家事を全て押し付けてきたのだからそうそうすぐにメイドの仕事に慣れることは出来ないだろう。メイドの中でも「あの二人は特に仕事が遅い」と言われているほどだった。
「あ、もうこんな時間」
さぁ。今日もウィリアム様と、メイドたちと、楽しいダンスのレッスンをしましょうか。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
この手の話を書くのは初めての試みでつたない部分もあり、書いてはいたものの投稿はしておりませんでした。しかし、PC内で腐らせておくのは勿体ないと思い投稿した次第でございます。
本当はこの話は4話構成の予定だったのですが、3話の後半までを書いたのが去年の9月くらいのことなので筆者が内容を殆ど忘れてしまいました。本当に「もったいないし投稿しておくか」くらいの気分で投稿したので細かい部分はあまり考えられておりません……(感想でもツッコミがあったりする)。
さて、もし、あなたがなろう小説をそれなりに読む方でしたら、よろしければ以下の基準で評価の方をお願いします。
初のジャンル故、どのような評価が下されるのか教えていただければと思います。
ストーリー、文章共に平均より良い→☆5
ストーリー、文章いずれかが平均より良い→☆4
ストーリー、文章いずれも平均的である→☆3
ストーリー、文章いずれかが平均より悪い→☆2
ストーリー、文章共に平均より悪い→☆1