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猫二匹と始める異世界下水生活  作者: 友若宇兵
第三章
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25話

* マール *



 ちょうどその時でした。まるで図ったかのように、街のあちこちの排水溝から水の柱が上がりました。何本も何本も街を水浸しにしかねない勢いで。


「ナント! 罠デアッタカ!」


「おお、凄いな。いや、罠って言うか、そんなつもりは無かったんだがな。ちょっと足止めしといてくれって頼まれただけだし、何をするかは聞いてなかったからな」


「凄い魔力じゃあないかい。あの白猫ちゃんは魔力量だけは恐ろしいね。もうちょっと使い方を覚えれば我ら相手でもまともに戦えるかもしれないよ」


 あの女と白猫ちゃんの呼び方が一緒なのが気に食わないですね。とはいえ言っている内容については同意します。


 そう言っている間に水の柱は寄り集まり、巨大な塊を形成していきます。恐らくあの精霊石の力を全て解き放ったのでしょう。それを白猫ちゃんの魔力で制御しているのかと。


 見る間に炎の巨人ですら小さく見えるほどの小山のような水塊、いえこれは猫でしょうか? 手足がついてますし、常に形状を変化させているのでわかりづらいですが頭もあるように見えます。


「ははは、これだけの水に飲まれたら流石に神話の巨人でも一発だろ!」


「ヌカセェ! 湖モ平ラゲタコトノアル我ヲ甘ク見ルナァ!」


「いやでもこれは不味いんじゃないかい? 私らも近すぎだろうよ。ジャイオ、逃げな!」


「あっ、俺の足じゃあ逃げ切れねえわ」


 水の猫は体を持ち上げると、そのまま全身を巨人たちへと叩きつけました。




 物凄い量の水が大通りの全てを押し流していきます。建物が砕け散る音が響きました。これほどの破壊がニールで行われたのは有史以来初めてではないでしょうか。


 私もとっさに城壁に隠れなければどうなっていたかわかりません。胸まである水が横を流れすぎて行きました。周辺への被害も恐ろしいことになるでしょう。胸の中の猫二匹を、逆に私がすがりつくように抱きしめて震えながら嵐が過ぎ去るのを待ちました。


 ようやく水の流れが緩やかに、足首が浸かる程度になりました。こわごわと通りに乗り出してみます。あぁ、美しかった街並みが見る影もありません。巨人たちが立っていた辺りは周囲の建物が何軒もなぎ倒されています。


 せめて幸運だったのは、暴徒たちの付けて回った火がほとんど消えていることと、巨人に恐れをなして人々が先に逃げていたため、見た感じでは人的被害はかなり少なそうといったことでしょうか。


 勿論それも結果論にしか過ぎません。この状態からニールがまた元の美しい姿を取り戻すまでどれだけの資金と時間を費やさねばならないのか……。


 いえ、肝心の巨人はどうなったのかを確かめなければ。足元に転がった瓦礫を乗り越え、深くなっているところに踏み込まないよう注意しながら捜索を続け……、すぐに巨人を見つけました。流石にあの巨体を見逃すほうが難しいでしょう。


 全身の炎は消え失せ、焼けて燻った黒い皮膚が露わになっています。うめき声をあげているので死んではいないのでしょう。今のうちに止めを刺さなければ。よく見ると裸ですわね。何を着ても燃えてしまうのだろうし、仕方ないことなのかもしれません。おっと今はそんなことを気にしているような場合では無い。


 周囲には誰もいません。私がこの手で行うべきでしょう。この巨体でも、目か口の中に私に可能な最大の術式を直接叩き込めば!


 転がっていた瓦礫の上に猫たちを置いて近寄ります。近くによるとその大きさがわかります。頭だけで人と同じくらいの高さがある。横倒しになった巨人の胸によじ登って、顎に足をかけます。ここから魔力を収束させ、口内から脊髄を狙えば……!


「大いなる光よ、雷の精霊よ、我に巨人を撃つ力を与えたまえ、その鉄槌を」


「そこまでだ」


 魔力が収束していた右手を掴まれました。反射的に言葉が口をついて出ます。


「裏切り者が!」


「お嬢様、俺は別に裏切っちゃあいない。最初からそのつもりで忍び込んでいたんだから。間者としてな」


 必死に腕を振り払おうとしますが、ビクリとも動きません。


「そんなことはどうでもいい! 離せ! 今千載一遇の好機を逃せばこの巨人を討ち果たすことは出来なくなってしまう!」


 こいつが死のうが生きようが俺にはあまり関係ないが、と前おいて。


「我らが王に曰く、神の駒を討ち取るのは、神同士が選んだ互いの駒でなければならないのだと。だから猫使いかその猫でなければ我らは滅ぼせない」


「お前は何を言って」


「まぁそんな怖い顔をしなさんな。美人が台無しですよ、お嬢様。こいつの面倒見てやってください。多分一番重傷だ」


 そう言って、反対側の手に抱いた白猫ちゃんを渡されました。あの水塊の中にいたのだと思うのだけど、全身びしょぬれの割に火傷が酷くてあちこちが水ぶくれになっています。すぐに処置が必要でしょう。


「お、お前は一体何者なの?」


「はいはい、こいつらも忘れないでね。しかしこれほんとに戻せるのかね」


 先程置いてきたオリーとキジトラちゃんも渡されました。


「んじゃ、俺はデカブツを連れて帰るから。もうしばらくはこの街に来ないと思うけど、あんたも頑張んなさいよ。おーい、第四の、帰るぞー」


 そう言った彼の周囲に闇が凝縮していくのがわかりました。夕暮れの中、形をなすそれは確かな実体を持って大きな腕となり巨人を持ち上げます。彼の肩から二本の真っ黒い腕が生えたように見えました。彼の力であの巨体を運べるはずもないのに、全く重さを感じさせない動きです。


「質問に答えなさい!」


「<北方領域における多種族からなる連合王国>国王に仕える筆頭将軍グライ。それが俺だ。まぁ偽名なんだがね」


 巨人を完全に抱え上げ、こちらに背を向けたまま答えた。予想通りといえば予想通りの答えでした。


「魔軍の筆頭将軍? そんな立場の人間が元傭兵に身をやつして田舎町の衛士をしてたんですって? 一体何のつもりなの?」


 質問が多いなぁ、と頭を掻いてこちらを向いた男は、左手で長い髪をかき分けて耳の先端を見せました。


「色々あるが、後方撹乱ついでに、大陸南部に行くって言ったら、あんたの様子を見といてくれって妹から頼まれただけでね。猫使いと会ったのは偶然。そのあとは適当に流れってやつ」


 半分尖った耳、妹、やはりそういうことだったのですか。


 そう言い残して巨人を連れた男は、誰も咎めるものもなく、夕日の中に消えていきました。


「私もこれで失礼するね。あまり深く考えすぎない方が良いよ。猫使いと猫ちゃん達によろしくね」


 声が上から聞こえてきました。まだ居たのか。律儀に挨拶していくなんて。この女には最後まで苛立たせられます。返事をすることもなく、空に消え行くのを見送りました。


 私の友人が無事だと判明したことは良かったのですが、これからどうしたらものか。猫を三匹抱えたまま途方にくれました。お父様にどう報告しましょう……。




 とりあえず、これが春先から続いたニール騒動の顛末でした。




  -完-

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