22話
* オリー *
「じゃあ行ってくる!」
カルネが壁を超えて飛び出した。一跨ぎで暴徒たちの頭を越える。
「白猫ちゃん私たちの足元をあげてもらえます?」
「そうですね。これでは相手を視認できません」
続けて僕らの立っているところだけを壁と同じくらいの高さまで上昇させる。結構高いな。3mくらい? はしごでもないと登って来れ無さそうだ。
カルネは既にジャイオさんに飛びかかっている。流石にその周囲には人は居ない。しかし、大きさが違いすぎるな、避ける分には大丈夫そうに見えるが……、いや、任せるしか無いか。
「龍はキジトラちゃんに任せて、あの女を狙いましょう! 炎の矢よ!」
マウアの周りに炎の矢が浮かび始める。
「おっと、か弱い女になんてことするんだよ。皆、私を守っておくれ!」
まただ。その言葉を聞いた群衆が、マウアの前に壁を作った。こちらに笑みを見せるとその影に隠れるマウア。
「くっ、私にあれは撃てません」
「攻撃にも人質にもなるってことか。汚え真似をしやがるなぁ」
感心したように呟くヒュー。
「お嬢さん、少々お待ちを」
今さっきやったことの応用か、マウアの足元の土を操作して地面より高く持ち上げてみせた。高さは同じくらいだが、とっさに飛び降りるのを躊躇われるほどには高い。
「はー、こりゃ凄いねえ、便利だねえ。猫ちゃんえらいえらい」
マウアは何故か喜んでビアンコを褒めている。随分と余裕だな。
「さっきこれをやっておけば良かったニャ」
「思いつかなかったのですよ。まぁ今から挽回しますから!」
やはり魔法の応用に欠けるのが難点だ。そのまま、毎度触手が空中から生える。今度は暴徒も届かない。あれよあれよと言うまにその手がマウアに伸ばされて、捕まえてしまった。そのまま空中に掲げてみせる。
「ざっとこんなものです。お嬢さん、今なら狙えますよ」
「わかったわ。さぁ、観念しなさい!」
マールが再度魔力を集中させて、炎の矢を何本も作り始める。
「いやあこの触手は実際気持ち悪いねぇ。ジャイオ、そっちで遊んでないで助けておくれ」
その言葉よりも早く、飛び上がった龍が触手に取り付いて噛みちぎった。
「先にあちらをなんとかする必要がありますね」
ジャイオさんに助けられたマウアは離れたところに着地すると、改めてジャイオさんの背中に跨った。
「ははは、案外馬鹿に出来ないようだし、ちょっと戦い方を変えさせてもらおうか」
マウアはジャイオさんの背にまたがると首筋を軽く叩く。するとジャイオさんは背中の羽根を羽ばたかせ、空へと舞い上がった。
「人に被害が出ないのなら!」
マールが実体化させた炎の矢を投射した。しかし、距離もあることからかなり余裕を持って躱すジャイオさん。
「くっ」
「矢の雨ならまだしも、数本ではねえ。当たらないよぉ」
マウアも慌てること無く語尾を間延びさせたように言う。嫌味にも聞こえるが単なる事実を指摘してるだけのつもりにみえる。実際、弓兵の部隊がいればなんとかなっただろうか。いや、その場合はまた地面に降りるたかもしれない。
「では私が行きます。雷よここに!」
「凄い、力が白猫ちゃんに集まってる!」
ビアンコのはじめてみる魔法だ。雷を呼ぶのか。
「おっと、これは油断できなさそうだね。ジャイオ、ちょっとだけ降りなさい」
俄に天のかき曇り、一瞬の稲光と間近で起こった物凄い音と衝撃と共に、近くの高い建物の上部が弾け飛んだ。
あー、そりゃそうだわな……。
「ビアンコ、雷は駄目だニャ!」
「雷すげえな。当てられれば」
「ちょ、ちょっと白猫ちゃん、それは止めて!」
「いやー、びっくりしたね。そうそう、雷は金属や高い建物に落ちるんだよ。一つ賢くなったねぇ」
マウアは上機嫌でレクチャーしてくれる。完全に嫌味だな。
「なんの、そこまで降りてきたなら!」
周囲の建物より低く飛んでるジャイオさんにカルネが飛びかかった。ビアンコが注目を集めてる間に忍び寄っていたらしい。
「おおっと、危ないね!」
流石に地上でいるよりは動きが制限されるらしい。ジャイオさんの体の表面をガリガリと掻きむしる。
「こないだの重鎧と一緒だ! ありゃそうとう硬いぞ。体格差もあって全然通じてねえ。乗ってるやつを狙え!」
ヒューはさっきからやることなくて説明+助言ポジをやってる。ほんと弓でもあればかなり事態が変わりそうなのに。
「そうだニャ、振り落とされニャいよう、逆さになったり激しい動きは出来ニャいはずだニャ!」
言ってる間にカルネの方が振り落とされた。かなりの高さから落下したが見事に着地。
「そうは言ってもこっちは飛べねえんだ、しんどいぜ!」
「白猫ちゃん、触手の使い方をこう……出来る?」
マールが身を屈めてビアンコに耳打ちした。
「恐らくなんとか可能かと。カルネ、時間稼ぎを」
マウアとジャイオさんが直接こちらに来ないからまだなんとかなってるが、状況はよろしくない。
「うーん、こちらも出来ることが限られてるねぇ。うちの兵隊が来てからはじめれば良かったか。みんなもっと頑張っておくれよ。はしごか足場でもあればそれくらいの高さなんとかなるだろ」
マウアの呼びかけで、一時期停滞していた暴徒の動きが活発化した。それでも届かないとは思うけどね。
「壁を登ろうとしてるやつがいるな。オリー、手分けして落としていくぞ」
ヒューから借りた剣の鞘を振り回して壁に取り付いた人たちをぶん殴っていく。酷いとは思うが手段を選んでいられない。
カルネは建物を足場にしてジャイオさんに襲いかかる。とはいえ、軌道が予測しやすいこともあって、容易に避けられてしまう。先程の雷の魔法を恐れてか、あまり高度を取らないことだけが救いだった。
「カルネ、門の方に追い込んでください」
今までむやみに飛びかかっていたカルネの動きが、方向性を持つものになった。
「うーん、なにか企んでそうだ。まぁのっかってみるのも一興かね。せっかくのおもてなしさ」
「余裕を見せてられるのも今のうちです」
ジャイオさんの龍体が大門の直近まで追い詰められた時だった。
「今です!」
ビアンコの掛け声で、門の枠組みから何本もの細くて長い触手が飛び出した。逃げるまもなく絡め取られるジャイオさん。マールに言われて触手を細くたくさんに分けた上で建物に仕込んでいたらしい。ほんと応用次第だな。
馬よりも大きな体が全く身動きできなくなっている。マウアも一緒に捕まえた。案外あっけなかった。
「おやおや困ったね」
「さぁ、ジャイオさんの術を解くニャ! この人達も解放するニャ」
「大人しく言うことを聞けば命までは取りません。貴女の存在は魔軍に対する上で有力な手札となるでしょうから」
僕らの言葉を聞いても、軽く微笑んでみせた。
「もう勝ったつもりかい?」
まだ随分と余裕があるな。いや、なにかあるのかもしれない。将軍っていうのがこの程度だとは思えない。
マールから目配せされる。頷いた。
「カルネ。ゆっくり近づくニャ」
「最悪貴女を処刑すれば群衆は止まるでしょう。我々がその気になる前に投降してください」
まぁ最悪はそうするしか無いか。
「油断するなよ、ありゃまだなにかあるぜ」
みんなそう思ってるから。流石にこの状況で油断なんてしないって。
「負けを認めてくれよ。出来ればあんたを傷つけたくはねぇ」
もうカルネの手の届く位置だ。絞め殺そうと思えば触手でもなんとかなる。でもこちらの方が自覚しやすいだろうってね。
「だからそれが油断なのよ!」
突如触手の一部が弾けて、カルネの小さな体が吹き飛ばされた。ボールのように長い放物線を描いたあとに、地面に打ち付けられて転がっていく。
「がふッ」
「カルネ! クソ、貴様何を!」
「カルネェ!」
口ではそう叫びながらも、マウアから目が離せなかった。彼女の背中から白い何かが生えていた。
直ぐ側にいるジャイオさんに似ている、光沢が有り、滑らかに動く、質感のある、鱗。
「なによ、それ……」
トカゲのような爬虫類の尻尾だ。大型の馬ほどもあるジャイオさん、そして今のジャイオさんの胴体ほどもある尻尾がマウアの背中から生えだしていた。あれが尻尾なら全体はどれほどの大きさになるだろうか。
カルネを叩き落とした尻尾でもって、戒めを破る。
「散々見てきただろう? それに最初に言ったじゃないか。ジャイオは実験台だって」
「さっきはあんなに長い呪文を詠唱してたのに!」
マールのその言葉を無視して、一跳び、二跳び、人間とは思えない跳躍力でこちらとの距離をつめてくる。長い尻尾をくゆらせ、右手を振り上げるのが見えた。
瞬間、空中で腕が白く、巨大に伸び上がり、鋭い爪が土の壁へと食い込む。そのまま僕らが乗っている土台ごと吹き飛ばした。その周りに群がっていた人間もまとめて。
「おい、目を覚ませ!」
一瞬意識を失っていたらしい。ヒューに揺さぶられて目が覚めた。
はっきりさせようと頭を左右に振っていたら上から声がおりてきた。
「ごめんねぇ、ここまでやるつもりはなかったんだよ。ただ、予想以上にあんたたちが頑張るからさぁ」
触手から解き放たれたジャイオさんの上に、巨大な手と尻尾を生やしたマウアが乗っていた。随分と均整をかいており、飛び辛そうだった。
「この力と【狂信】は同時に使えないのが難点だわ。うーん、手と尻尾だけだと体が上手く扱えないね。でも一度変えるとすぐには戻せないからねえ」
「いてえ、俺の足が!」
「なんだこれ、いつの間にどうしてこんなことに!」
「おい、なんだあれっ、なんの化け物だ!!」
街の人の様子がおかしい。正気を取り戻したのか?
「この声が届いているものはすぐにこの場を離れなさい! ニール辺境伯の娘マールです! 今この街は魔軍の襲撃を受けています!!」
マールは無事なようだ。人々が悲鳴を上げて逃げ始める。建物の火くらいは消し止めたいところだが、そんな余裕は誰にもないだろう。
「ウニャッ」
立ち上がろうとして足に痛みを感じた。吹き飛ばされたときに打ったか捻ったかしたらしい。それでも痛みをこらえて立ち上がる。
「さてどうしようかね。私としては十分遊べたからもう帰っても良いんだよ。」
「ここまでやっておいて何を!」
マールが怒りもあらわに食って掛かる。まぁ気持ちはわかるよ。でもちょっと勝てそうにないし……。
「本当に挨拶だけして帰るつもりだったし、暴れるつもりは無かったんだ。でも急な騒動が持ち上がったみたいでせっかくだから便乗しようかなって」
いけしゃあしゃあと物を言う。何度も言っているが、この人にとってはこの騒ぎも本当に遊びのつもりなのだろう。老婆の姿のときは常識人に見えたのに、今はそんな面影が欠片もなかった。
「とりあえず今回はこちらからお邪魔したからね、サイネデンで待ってるから是非来ておくれ。美味しいお茶を用意しておくよ。この国は文化が遅れてるからろくな食べ物がなかったからね」
その言葉がさらにマールの怒りに火を注いだ。恐らく、この嫌味な物言いが本来のものなんだろうと言う気がした。
「まぁ帰ってくれるっていうニャら止めはしニャいニャ。その手段もニャいし。ビアンコとカルネは大丈夫か」
その瞬間、背中に激痛が走った。
なにか硬い尖ったものがねじ込まれる。なんとか首を回して後ろを確認しようとしたものの、体が上手く動かなくてそのまま横倒しに地面に倒れた。倒れる途中、僕の目に映ったのは、不信心者と罵られ、暴徒から逃げていた男の顔だった。
「くそ、油断させておいて後ろからブスリたぁ、こすい手を使うじゃねえか!!」
ヒューが男に飛びかかる。
「うそ、オリー!」
「オリー! 我々がついていながら!!」
「あたしゃあ関係ないよ、なんでそんなまねしなきゃならないのさ。今だってこっちが優勢だろう? そもそも、背中から刺されるなんて日頃の行いが悪いんじゃないかい?」
みんながなにか言ってる。焼け付くような痛みを感じながら、意識が遠くなっていった。




