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猫二匹と始める異世界下水生活  作者: 友若宇兵
第三章
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23話

* マール *



 オリーが刺された瞬間は見ていませんでした。私はあの女を睨みつけていたので。


「ヒヒッ、親分の敵討ちだ!」


「てめぇ、【黒い剣】の残党か!」


 オリーを刺した男は、不信心者と呼ばれ暴徒から襲われていた男です。瞬く間にヒューに取り押さえられました。


 あの女は気になりますが、こちらから手を出さなければ、口にした通りこれ以上何もしてこないでしょう。急いでオリーに駆けつけます。


「いけねぇ、そのまま抜いたら血が止まらなくなる!」


 短剣を抜こうと手をかけたところで止められました。改めて、オリーの背中に刃の中ほどまで突き刺さった短剣を見てみましたが、刺さっていない部分にベッタリと何かが……。


「うそ、多分毒が塗ってあります」


 毒消しの術なんてものは、魔導にはありませんし、月光教団にでも駆け込むしか、しかしこの騒ぎでは……。


「くそ、なんてこった!」


「あらあら、危なそうね。私がどうにかしてあげようかい。こう見えて生命を操る術についちゃあ一家言あるつもりだよ? 毒物に関する知識もあるしね」


 いけしゃあしゃあとものを言う女ですね。本当に腹が立つ。


「誰が貴女なんかに!」


 とはいえ、私に何とかする知識も技術もありません。この中だったら恐らく、毒に関する知識を有しているのはジャイオさんくらいで、その彼は人ではなくなってますし。業腹ですが、このままオリーを死なせる訳にはいきません。


「私に任せてください」


 白猫ちゃんが足を引きずりながらなんとかやってきました。


「白猫ちゃん、大丈夫?」


「足を少し怪我しただけです。ちょっと飛ばされすぎましてね。向こうにカルネが転がっていますから、お願いします」


「おお、君の魔法には私も興味があるんだ。また凄いのを見せてくれるのかい?」


 あの女の言葉に苛立った白猫ちゃんが、珍しく怒りもあらわに彼女を威嚇しました。


「黙らっしゃい! オリーを治したら、オリーをこんな目に合わせたあの男も、勿論お前も許すつもりはありません!!」


 白猫ちゃんが牙を剥きますが、どこ吹く風です。


「ははっ、怖い怖い。わかったよ見てるだけにしておくよ。だから、何をやるにせよ急いだ方が良いんじゃないかい?」


 白猫ちゃんの治癒術は人に対して有効ではないと聞いていたので私も非常に気になります。こんなときですが。


 白猫ちゃんの言った方向を探すと、キジトラちゃんが路上に倒れていました。急いで駆け寄ってそっと抱き上げます。意識は無いけど、外傷も……なさそうです。この子達の体は物凄い強化をされているとも言っていたので、生命に別状は無いのでしょうか。まぁ一安心です。


「……血族の祖、大いなる生命の源、百万の死を乗り越えしものよ、その血に連なりし我が請願す」


 うつ伏せに倒れ伏したオリーの背中に白猫ちゃんが乗って呪文を詠唱していました。私も聞いたことのないものです。最初から聞けなかったのが残念でなりません。キジトラちゃんを抱いたまま、傍らに戻ります。


 周囲の喧騒も耳に入らないくらい集中している白猫ちゃん。興味津々のあの女も地上に降りてすぐ側でそれを眺めています。


「これなる血族にあらざりし化外のものを、高みへ登りて天を渡らせ、低みへ臨みて地を潜らせん」


 詠唱には普通、求める効果に応じた意味がついてまわるものですが、白猫ちゃんのものはさっぱり意味がわかりません。首を捻っていると、同じような顔をしたあの女と視線が合ってしまいました。こちらに気づくと音がしそうな、人の良さそうな笑みを浮かべて見せます。全くもって気に入りません。


「ここより先は至高の地、至福なる時、至源たる虚ろ。新たなる生が始まらん!」


 詠唱が終わり、オリーの体が白い光に包まれていきます。私もあの女も固唾を呑んで成り行きを見守りました。


 地上の太陽とも思える、見つめていられないほどの輝きが、徐々に薄れていき……。オリーの服だけを残してその姿が消えました。


「オリーは? オリーはどうしたの?」


「おい、大丈夫か? クソ、なにか縛るものねえのかよ。いっそぶん殴っちまうか」


 ヒューの方はまだ先程の男を取り押さえているようですが、今はそれどころじゃありません。


「大丈夫です。成功しましたよ」


「ほほう、一体どうなったんだね! よく見せておくれ!」


 あの女が、身を乗り出して服に手を突っ込もうとします。貴方は黙ってて! あっ、服が今動きました。中になにか居ますね。


「ねこぉ?!」


 今の素っ頓狂な声が自分の口から出たものとは信じられませんでした。でも、さっきまでオリーだったものが、そのままそこに横たわっています。何の変哲も無い三毛猫が。


 近くに彼の背中に刺さっていた、毒を塗られた短剣も転がっています。


 意識を失ったままの三毛猫を抱き上げました。どこからどう見ても普通の雄猫です。背中をじっと眺めてみても傷は消えています。


「おおおおお、凄い! なんて業だ!! 人を猫にするなんてッ!」


 あの女が横合いからオリーを奪うと、その龍に変化していない方の手で、高々と天へ差し上げました。


「どこから見ても完璧な猫じゃないか! 魂はどうなっているんだ? どこかに人の部分は残っていないのかい?! 術が解けたらどうなるんだ? いや、そもそも戻るのかい?」


 傍から見て引くほど興奮しているのがわかります。


「返してください! あなただって似たようなことをしてるじゃないですか!」


 背伸びして、女の手から三毛猫を奪い返します。


「いやいや、私のやったこととは多分全然違うんだ。私のこれは、あくまで変身であって、本体は人のままなんだよ」


 そう言って、私の手の中のオリーから視線を外すと白猫ちゃんの方を向きました。


「だがこれは、完全な変化だろう? 恐らく永続的な」


 白猫ちゃんは息も絶え絶え、という感じです。よほど魔力を消費したのでしょうか、地面に寝そべって恨めしそうに女を睨んでいました。


「ふぅ、よくわかりますね。最早オリーに人の部分はありません。完全な猫であり、術が切れて元の姿に戻るということも無いです」


 えっ、怪我が治ったら人に戻れるんじゃないの? 前々からオリーを猫にしてしまいたいって言ってたやつをやっちゃったわけ??


「白猫ちゃん、あなたなんてことを」


「私が求めているものはこれだ! 完全な龍になりたいのだ!」


 私の言葉にかぶせるようにまくし立てます。


「今の術式だって、古代の儀式を下敷きにして五十年かかったんだ。我が王に若さをもらうまで自分にかけることも出来なかった。そして完全な龍になれるまでこれから何年かかるか、本当に到達出来るのかすらわからない」


 魔導の探求者として言ってることは理解できなくもないのですが……。


「確かに魔導でも他の生物への完全な変態は聞いたことがありませんが……」


「そうだろう? でもこの猫はやり遂げたんだ! この高みに人が届くには一体どれだけのものを犠牲にする必要があるのか……」


 感極まったように胸を震わせている異形の美女。彼女の巨大な右腕と尻尾が美しい体から生えている不均整がおぞましくてならない。


「しかも三毛猫の雄? 私だってそんなの見たこと無いよ!」


 ジャイオさんが降りてきて、再度その背に彼女を乗せました。


「あぁ、今日は素晴らしいものを見せてもらったよ。満足だ。この街に来て本当に良かった。呼んでくれたジャイオには感謝しないとね」


「貴方を許した覚えはありませんよ。オリーと弟がどんな目に合わされたか」


 白猫ちゃんが倒れたまま、目に怒りを込めて睨みつけます。


「オリー君は私のせいじゃないよ。元から恨みをかってたんだから」


 確かにそうかもしれませんが、この騒ぎがなければこうはならなかったはず。


「じゃあね、今日のところはこれで失礼するよ。片付け大変だろうけど後はよろしく」


 黙って見送るしか無いのが悔しくてたまりません。街を、人をこんな目に合わされて何も出来ない自分が不甲斐ない。お父様に合わせる顔がありません。


「二度と来るな!」


 なんて腹の立つ女でしょう! 思わず普段はしないような下品な言葉が口をついてしまいました。


「うっ、すいません。侍祭様はどこでしょうか……」


 女が立ち去ろうとしたところで、ナガリさんが意識を取り戻したらしくこっちにやってきました。


「あれですよ」


「あれとは? ……なんですかあれは! なんたる異類異相、龍、なのか?」


「あれがジャイオさんですよ」


「そんな馬鹿なッ! じゃあ、あの異形の片腕と尻尾を生やした女性は……」


「マウアの婆さんだよ」


 ヒューもいつの間にか側に来てました。襲撃者は気絶させたのですかね。あちらに倒れてます。


「誰がそんな与太話を信じるんですかっ、いや、確かに侍祭様とマウア司教様の匂いだ! 嘘だ、信じられない、そんなことが……」


 頭を抱えてしゃがみこんでしまいました。目を覚ましたら信じていた世界がまるで違うものになってしまっていたのです。致し方ないのかもしれません。


「お待ちなさい。最後に一つ尋ねたいことがあります」


 私の言葉で龍に乗ったまま立ち去ろうとした女が足を止めました。


「なんだい? 今は機嫌が良いからなんでも答えてあげようじゃないか」


 その上から目線の物言い、頭に来ますね。まぁ表に出したりしませんが。


「フォド・ニールを襲ったのはあなたの手のものですか?」


「あぁ、襲われたらしいね。いいやぁ、私の部下のほとんどは大陸の真ん中あたりから西側の方にいるんだ。宿場町を襲った連中のことは知らないよ」


 じっとその目を睨みつけます。とぼけた顔をした女ですね。造形が整っているのは認めますが。


「……嘘はついていないようですね」


「嘘をつく必要が無いからねえ。さて、そろそろ御暇するよ。猫ちゃんたちによろしくねえ」


 そう言い残して龍の形をしたジャイオさんが羽ばたいて舞い上がろうとしています。私たちは歯噛みをしながら見送るしかありません。


 その時でした。


 空気を揺るがす巨大な音がしました。西の方から聞こえてきたのは確かだと思います。


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