21話
また投降セット忘れてました。申し訳ない
* オリー *
「救いを求めるものの心を暴走させる、我が王の恩賜【狂信】。信仰心を持たないものには効かないのが難点だねえ」
ま、そんなものはあんたたち以外、普通は居ないんだよ、とのこと。
マールは魔導師だから、僕は異世界人で存在する神に対する信仰なんて持ち合わせて居なかったから、ジャイオさんは家の都合で信じる神を変更する程度の信心しか持っていなかったから。あのうずくまっていた人はわからないが、僕からしてみれば逆にその人しか居ないということが驚きなくらいだ。
「汝の求めるところをなせ! 主もそれを望まれる」
「「汝のもとめるところをなせ!!」」
人々がまた争いを始めた。難民が市民に襲いかかっている。市民がそれに対抗する。衛士はもう普通に武器を奮って人を殺している。人々の間で淀んでいた感情が形を伴って溢れ出したようだ。
「先生、貴女が裏切っていただなんて! この力のせいでトラーダ会戦は敗北したのか!」
ジャイオさんが頭を抱え、惨状に釘付けになっている。
「マール、ジャイオさん、一旦離れるニャ!!」
「いえ、あの女をなんとかしなければ! ニールをこんな目に合わされて逃げるわけにはいきません!」
マールはやる気だ。猫たちにあの人をなんとか出来るのか? あれだけ懐いてたのに?
「こちらも逃がす気は無いよ。邪神の使徒よ」
その時初めてマウアが僕を見た気がする。
「ニャ?」
「我が王はしばらく様子を見るだけで良い、と仰っられていたのだけど。こんなに面白いもの、見てるだけじゃつまらないからね」
「ビアンコ、カルネ、彼女を攻撃するニャ!」
「し、しかしオリー」
「おやおや怖い怖い。普通の人間たちじゃどれだけ数を集めてもあんたらの相手にならないってのは知ってるからね。用意していたものを出させてもらうよ」
なにかやるつもりなのか? でも猫たちはまだ踏ん切りがつかないでいる。こいつら何気に情に厚いからな……。
「ビアンコ! カルネ! マール、時間稼ぎをお願いニャ!」
「わかったわ! 炎をここへ、集いて我が敵を……」
彼女が詠唱を始めると、マウアが右手をさっと振った。暴徒の一部がマールとマウアの間に割り込む。これでは巻き込んでしまうだろう。
「卑怯な手を!」
マウアはその言葉に美しい顔を歪めて笑みを浮かべた。元が美しいだけあって、邪悪さを際立たせた笑顔だった。
「偉大なる真龍に願い奉る。我ら誇り高き龍の裔、今は弱き枷に閉じ込められし哀れなる魂」
あれは多分ヤバイやつだ。体の一部が猫になっているからかわからないが、前より勘が当たるようになってる気がする。あの呪文は完成させちゃいけない。
「ビアンコ、カルネ、邪魔するニャ! ちょっとくらいニャら怪我させても仕方ニャいニャ!」
右手を伸ばして猫たちに指示を出す。この期に及んでは市民の犠牲も止むなしではないだろうか。いや、殺していいとはまでは流石に言わないが。
「力よ力よ、万象打ち砕く大いなる力よ。肉よ肉よ、無限の生命を秘めし多いなる肉よ。血よ血よ、世界の理を顕にする大いなる血よ」
その間も詠唱は続く。早く止めないと!
「市民を傷つけないで!」
でもマールに止められた。彼女が僕の体を横から引っ張る。いや、止めるなら猫を止めないとダメだと思うよ。
「気持ちはわかりますが、それは無理な相談です!」
ビアンコの触手も、カルネの突進も肉の壁に遮られている。百人にも及ぼうという市民がスクラムを組んで立ちふさがっているのだ。カルネは完全に質量不足で飲み込まれてる。市民をミンチ化しないと脱出も出来なそうだ。触手の方は時間があればなんとかなりそうだが、その時間が今は無い。
「全てを喰い破る牙を、全てを貫き通す爪を、大空を抱きとめる翼を、かの者、我が弟子ジャイオにその威を宿せ、顕現せよ」
耳を疑った。最後誰だって言った? ジャイオさん?
「先生、何を……あっ、ぐっ」
僕のすぐ横でジャイオさんが蹲る。両手を地面についてうめき声をあげ始めた。
「健康な肉体、選ばれた血統、誰にでも可能なものじゃないのが難点だけれど」
ジャイオさんの体が膨張し、内側から服が破れた。皮膚は暗灰色の鱗で覆われていく。細かった体が馬の胴ほどにもなる。両手足も丸太のように太い。
「これが我が長年の研究成果、【龍転身】の秘奥。ジャイオとその兄で試したものさ。兄では失敗したが、ジャイオでようやく成功したのさ」
人であったときの面影はもうどこにもない。そこに居たのは、翼を持った龍だった。
「そんな、人間を龍にするなんて……」
僕にはよくわからなかったが、この世界でも人間がなにかに変身するのは珍しいことなのだろう。マールは物凄い狼狽している。
「おいで、可愛い子」
ジャイオさんは纏わりつく破れた衣服を振り払うように体を揺さぶると、飛びつくようにマウアの方へと向かった。頭をこすりつけて喜んでいるのがわかる。
「ははは、鱗が痛いよ。さて、どうする?」
龍になったジャイオさんを撫でながらマウアがこちらを見た。
「くっ、ここまで好き放題されて、見逃す訳には行きませんが……」
「みのがすぅ? それはこちらの台詞だよ。お前たちに何が出来ると言うんだい? この状況でよくそんな言葉が出てくるもんだ。まぁ適当に遊んでくれたら逃してあげてもいいけどねぇ」
囲みなさい。とマウアがいうと、群衆が僕たちの周囲を囲んだ。
「単純な命令しか言うことは聴かせられないのが難点だねえ」
味方は僕とマール、ビアンコにカルネの二人と二匹だけだ。ジャイオさんは龍になってしまったし、ナガリさんは気絶したままだ。
「なんとか囲みを破って逃げましょう」
「どこへ逃げるニャ? あの女の能力は神様を信じてる人間にはどうしようもニャいニャ」
ビアンコに暴徒を抑えてもらって、カルネにマウアとジャイオさんをなんとかしてもらうしかないか……。
「やるしか無いのね」
「あの女さえ抑えれば多分ニャ」
「覚悟は決まったかい?」
マウアの前にジャイオさんがずいっと出る。
「ちょっと待ったー!」
市の中心部の方から、人が駆けてくる。人影が一つ、周囲の囲みを飛び越え、押しのけ、物ともせずに僕たちのところまでたどり着いた。
「応援に来たぜ!」
ここぞというときは頼りになる僕らのヒゲモジャだ!
「ヒュー!」
「よく来てくれました! 他の応援は?」
そう言えば何故一人なんだ? いや、この場合下手に信心深い人が来ても困るんで難しいところか。
「俺だけだ」
「団長がそう判断したのですか?」
「いや、応援要請に来たやつを気絶させたんで俺しか聞いてない」
「ニャっ」
なんだって? 開いた口が塞がらなかった。
「何を言ってるのですか貴方は!」
「こいつ相手に数で押すのは下策だろ?」
「ニャにか知ってるのかニャ? 戦場で見たとかかニャ?」
「そんなところさ。うし、防衛は俺と白猫に任せてお嬢様とキジトラでやつらを狙いな!」
「ふん、新手かい? 誰が来ても一緒だと思うよ。まぁ一応やっておこうかね。『主の声に耳を傾けよ』」
最後の言葉に合わせて群衆が動き始めた。ヒューはどこ吹く風だ。
「この不信心者どもが! 皆、神を信じぬ者たちに罰を与えよ!!」
「ビアンコ、壁だニャ! グルッと全部高めの壁で囲っちゃっていいニャ」
「わかりました!」
街路を崩して、地面から土の壁が持ち上がる。周囲全部囲んでしまえば入ってこれない。高さも十分でこれならすぐには登れないだろう。
「随分上手く使うじゃねえか。これなら俺は要らなかったか? 弓でも持ってくればよかったぜ」
ヒューがおどけるように笑顔をみせた。




