19話
すみません、更新時刻ミスってました
* オリー *
その後市庁舎で市長相手に押し問答をして(流石に市長さんは、現状何もかも不明な状態での戒厳令に反対した)、今市庁舎の鐘が鳴らされてるのを下で見てるところ。
騎士団長は鐘が鳴るのを確認するとマールに一礼して騎士団詰め所に戻っていった。彼女は屋敷に戻る前にちょっと街中を見回りたいそうだ。僕は事態が沈静化するまで離れに住むことになった。地下も大分住みやすくなってきたのにね。
人々もざわついてるし、市場では買いだめしようとちょっとした騒ぎが起きてるようだった。そりゃ冷蔵庫もない世界だから食料の蓄えなんて各家庭がどれだけやってるかって話だもんね。
「食料は足りるのかニャ?」
そんな光景を見ながら出てくる話題なんて限られてる。
「他所から多めに輸入しようと動き始めたばかりだったのよ。だから正直現状では心もとないの。可能なら他の都市に避難して欲しいくらいだわ」
最低限防衛に足りる戦力だけを残して市民には疎開して欲しいと。為政者側としては正直な意見だよね。
「実際、昔ここが純粋に砦としての扱いしかされてなかった頃は、純戦闘員がほとんどだったはず」
そういう時代もあったのか。てな感想を抱きながら東の市場通りの様子を見に行ってるときだった。
「お嬢様、オリー君!」
突然呼びかけられる。僕単独だったら結構誰からでも声をかけられるものの、マールが一緒だと流石に声をかけてくる人も少なかったんだ。だからちょっと驚いた。
「これはパッセ侍祭殿」
そういやそんな姓でしたね。僕は名前で呼んでるから、忘れてた。彼の後ろにナガリさんもいる。こちらを見て太陽神殿式の礼をしてくる。
「お嬢様、戒厳令の件本当なのですか? いえ、疑うつもりはないのですが」
ナガリさんはよほど急いでいるのか、挨拶を終えると手近の露天で店頭にある果物や乾物を適当に買いあさり始めた。
「残念ですが間違いないかと。こちらも覚悟していたことですが、これほど急だとは思っていませんでした」
「そうですか……わかりました。ナガリ君。我々も急ぎましょう」
そう言って立ち去ろうとする二人をついつい引き止めてしまった。
「ジャイオさんは何をしにこちらに来たのニャ?」
「食料の買い出しですよ。神殿では私は下っ端なのでね。出入りの商人のところに頭を下げにいくところです。ナガリ君には追加で何でも買えるものを買ってもらおうと」
「そういうことです。こんな格好で失礼します」
「ニャるほど、お互い大変ですニャ」
そう言って二人と分かれるはずだったのだが。
「おや、なんでしょう?」
ナガリさんの耳がピクリと動く。露天の果物から手を話すと背を伸ばして東側を見据えた。
向こうから衛士が駆けてくるのが目に入った。顔に見覚えはないけど、その特徴的なスカーフで一目瞭然だ。
「貴方、そんなに急いでどうしたの? 何かあったのかしら」
マールがわざわざ呼び止めた。非常事態で気になるのはわかるけど、どうなの?
「これは姫様っ、東大門で門を閉じようとした門番に対して難民たちが徒党をなして、歯向かっているのです!」
私は応援を呼びに詰め所ヘ参りますので! と言って彼はそのまま走り去っていった。
「現時点での配置では東側は西に比べて兵が多くありません。千人からの難民が相手ではとても対処できるものではないはず。私達も行きましょう!」
「マールは安全な場所に居たほうがいいんじゃニャいの?」
「今はお父様もおられませんし、騎士団も手が足りてない状態です。それに難民に顔が効くあなたと一緒なら大丈夫でしょう」
きちんと考えてるのならいいんだ。
「わかったニャ」
「この状況でそれは宜しくないですね。私も難民たちとはそれなりに接しているつもりです。お供致しましょう」
「ありがとうございます」
僕たち二人と猫二匹に、ジャイオさんとナガリさんも加えて東大門を目指した。
東市場から大門まで一直線、途中障害はない。走り出すとすぐに喧騒が耳に届く。遠目からでもわかった。これは最早暴動だ。ついこないだの騒ぎなんて大人しいものだったとは。
衛士たちは武器を抜いており、傷ついた人たちが何人も横たわっている。だが、その程度では数の不利は如何ともし難いらしく、孤立したものから多勢に無勢でなぶり殺されている。市街に火を放っている難民も見受けられる。いや、暴れているのは難民たちだけではなかった。ニールの市民たちすら暴動に参加していた。難民同士で争っているものもいれば、難民と市民と混ざって互いに危害を加えている。
よく見ると、衛士ですら暴動を制圧するつもりがあって権力を行使しているのか、感情のままに暴れているのか判別がつかないほどだった。確実に何人かは心の赴くままに暴力を奮っているのがわかった。
彼らは、叫び声を上げて、無軌道な暴力を振りまいている。それが感染するかのように、見ているものまで徐々に狂騒に取り込まれていった。
「ニャんだこりゃ……」
「何がどうなってこんなことに!」
ナガリさんが皆をかばうように先頭に立った。
「侍祭様、皆さん、私の後ろから離れないでください!」
こんなときでもまずは現状分析から入るジャイオさんもある意味頼もしかった。
「暴れている人間はみな様子がおかしいな。何を叫んでいるんだ? ……神の名か。何故?」
そう、僕にはよくわからないのだが、暴動に参加してる人たちの共通点は、皆一様にそれぞれの信じるところの神の名を叫んでいることだった。それぞれの信じる神の名を呼びながら、救いを求めながら、やっていることは暴動だ。本当にわけがわからない。
それらの方向性の無い力が、街や互いを傷つけているのだ。視界に入るだけで参加者は数百を越えるだろう。こんなの4,5人で止められるものじゃない。しかもみるみるうちに増加している。
こちらに襲いかかろうとするものもも出てきた。ビアンコとカルネが容赦なく薙ぎ払う。いや、容赦はしてくれよ。何か様子がおかしいんだから。
「怪我させすぎないようにしてくれニャ!」
「お猫様! 猫神さま!」
「何故我らを見捨てるのですか!」
「こんなにもお慕いしているのに!!」
猫たちの姿を見て、暴徒の一部が活発化してしまった。その中に見知った顔が結構いる。彼らのこんな姿は見たことが無かった。
「あんたたち、一体どうしたんだニャ! 目を覚ますんだニャ!」
流石に我慢できなくなって声をかけた。
「黙れッ! 猫神さまを独り占めしようとする悪人め!」
「神の御稜威を恣にする大罪人だ! やつに裁きを!!」
え、僕ってそんな扱いなの? そりゃ猫たちとは違うと思ってはいたけどさ、いや、普段からこう思ってたかどうかはわからないよね。今はどうみても異常だし。
「世話が焼けますね」
ビアンコが毎度おなじみ触手を出してくれて、僕らに近づいてこようとする暴徒をピンボールのように弾き飛ばした。触手に取り付いてなんとかしようと試みる暴徒を振り回しながら、なんとか彼らと距離を取ることが出来た。
「こっち猫たちに任せて欲しいニャ」
あまり大声を出して暴徒全体を引きつけるような真似はしたくないので、僕らの気づいて向かってくる人だけ相手するようにした。
「カルネ、ちょっと向こうの奥の方まで見て誰か扇動してたり怪しいやつがいニャいか見てきて欲しいニャ」
こういう時殺傷力の高すぎるカルネはあまり力を発揮できないので、斥候をお願いすることにした。
「わかったぜ。兄貴、ここは頼んだ」
相手が増えても2,30人までならビアンコで十分対処可能だろう。その間になんとか対策を立てないと。
そう言えば、市場の方にはまだ人がいたし、騒ぎを聞いて建物から出てくる人が居ないか気にはなったのだが、戒厳令の知らせが聞いてるのかさほど野次馬は増えなかった。いや、逆にあれか、魔軍が襲撃してくるからではなくて、暴動が起きてるから戒厳令を敷いたって受け取った人が多いのかな?
とはいえ、遠巻きにこちらを見ている野次馬が、徐々に増えてきた。なんとかしないと。
「あんたたち、ここは危険だニャ! 大人しく避難するニャ!! 戒厳令下でようもニャく出歩いてるものは逮捕されるニャ!」
本当かどうかは知らないけど脅しておく。これで少しは人が減ると良いんだけど。
「侍祭様、あそこに暴動に参加していないものがいます。話を聞いてみましょう」
ナガリさんが指差した先に街路の片隅で身を隠すようにうずくまった男が一人いた。身なりからすると難民かな? 暴れまわってる他の連中と離れて途方に暮れたように座り込んで頭を抱えている。
そちらに僕を除いた三人が向かう。僕は宣言した通り、猫たちと暴徒を押し止めるべく油断なく暴徒たちに目を向けていた。あんまり役に立ってないとは言わないで欲しいところ。
「おい、一体何があったのだ!」
「ヒィ、み、みんなおかしくなっちまった」
そのみすぼらしい身なりの男の顔はどこかで見たような気もするけど、すぐ出てこなかった。
「落ち着いて、ゆっくり話してください」
話の内容が気になるので暴徒はビアンコに任せてそちらに集中する。まぁ大丈夫でしょ。なんとか聞き取りだけなら出来そうかな?
「最初はみんな普通だったんだ、締め出されるってわかったからなんとか止めようとしようって。それで押し合いになって、門番どもは、街中にいるよりは他の街に逃げた方が安全かもしれないって言って、それに従うものも出てこようとしたときだった」
「続けてください」
ジャイオさんが促した。
「あの女が来たんだ。俺も見たのは初めてじゃない。でも陽の光の下であの金髪を見るのは初めてだったと思う」
「女?」
その単語に、男は何度も何度も頭を振った。




