1話
* オリー *
この地下水道だか下水道だかに住むようになってからもう二日目だ。猫たちは昔から住んでいたかのように馴染みきっている。僕はまだ全然慣れない。ことあるごとに、前の住人だった盗賊たちは、よくこんなところに住めたなぁと感心してしまった。
てか、暗すぎるのよね。移動するとき常に光源を携帯しなきゃいけない。一応、そこかしこの壁に松明を掛けるところとか、篝火を焚くための場所とかはあったりするけど、そんなの一人暮らしで常時使うと思う? 猫たちはそりゃそんなものなくてもどうにでもなる。ビアンコによると、魔法でずっと明かりをつけることも出来ることはできるが、ずっと明るいところでなんか暮らしたくないと拒否された。電灯みたいにスイッチでオンオフ出来ないかと食い下がったものの、流石にそれは無理だと。仕方ないのでろうそくやらカンテラやらを用意して常に傍らに置いてる。火起こしも自分では出来ないから猫任せだ。朝起きた時に猫が近くに居ないとどうしようもないんで早めにどうにかしなきゃいけない。
そうそう、地下は時間もわからないんだ。これが結構大変。他に生活してる人も居ないから、食事時がわからない。お腹が空いたらご飯を食べに出かけるって感じになっちゃう。これもビアンコになんとかならないかお願いしてみた。
「地下では時間がわからニャいニャ。ビアンコなんとかニャらニャいかニャ?」
「時間などというものを考え出し、それに縛られている毛無猿のなんと滑稽なことでしょう。せっかく解き放たれ自由を得たというのに自ら首輪を求めるとは重ねて滑稽なことです。オリー、貴方ももう少し我々の生き方を見習うべきですよ」
しかもこちらを思いやるように言ってるのが伝わってくるんだ。猫と人とは文化が違うよ! 結局時間については、抜け道のある廃屋側で扉を開けっ放しにしておくとなんとか教会だか神殿だかの鐘の音が聞こえるので我慢することにした。その廃屋はお金を出してあちこち補修してるところ。まだ途中だけどヒューに住んでもらってる。誰かに勝手に住み着かれても困るから。そこの家の土地の権利書とかも探したらあったのよね。伯爵様にも一応話をしてから僕の所有物にした。僕宛になにか用事があるときはヒューが窓口になってくれることになった。勿論彼も仕事があるから居ないときも多いけどさ。とはいえ、地下よりもそっちの方が住みやすそうなんですが……。なんで僕はこんなところに住んでるんですかねぇ。
とりあえず買ってきた朝ごはんを食べる。裏口から出れば市場まではそう遠くないのだけはありがたい。コレを食べたら、午前中は昨日に引き続き騎士団と衛士による現場調査だ。伯爵様の力添えもあって、僕自身は騎士団からあまりうるさく言われなかった。やってることは悪党相手とは言え強盗殺人だったからねぇ。その分ヒューはこってり絞られたらしい。まぁいくら裏で有力者とつながってたとは言え、伯爵の暗殺に加担してた連中だったから僕もヒューもそれ以上は何もなかった。ただし、盗品やら何やらは全部一度騎士団の方で引き取って、盗難届けやらと突き合わせたり、貴族や商家に問い合わせる必要があるとのこと。それが終われば元の持ち主から謝礼金が一定額もらえるように取り図ってくれるそうな。持ち主が見つからなかったものについては、盗品と思われるものをそのまま入手出来るのはあまりよろしくないので、競りに掛けられて売上をもらえるらしい。RPGだったら倒したら財宝そのままゲットなのにめんどくさいよね。まぁ僕は何もしてないと言えば何もしてないか。勿論麻薬のたぐいは昨日のうちに全部運び出された。コレに関してはなんの手当も無しで没収されて処分されるだけ。当たり前ではある。
僕は騎士団の調査に立ち会って盗品などのリスト作成に協力した。荷物の運び出しは彼らがやってくれる。伯爵の許可もあって盗品以外のものと、直接的な金銭はそのままもらっても良いらしい。流石に貨幣までは誰の持ち物だったかわからないし。んで、あまり高価そうではない家具に衣服や日常品はそのままもらったけど、使えそうにない物も多いんで時間が出来たら整理して処分しようと思ってた。そう言ったらヒューにそんな勿体ないことしちゃいけねえって言われたのよね。
「服なんてものは人から人へと渡っていくもんで、ちょっと擦り切れたり破れたりしても繕っていつまでも使い続けるもんなんだ。古い、臭い、汚いってんで捨ててたら勿体なくてしょうがねえぜ。古着を引き取ってくれる店があるからそこへ持ち込みなよ。あんた、今は大金手にして心が大きくなってるかもしれないけど、そりゃ、あくまで一時的なもんだから、ずっと稼ぎが続くわけじゃあないだろ?」
なんて感じでね。まぁもっともだったので、それに従うことにしたよ。立ち会いが終わってから、不要な古着の、大きすぎるやつ、汚れてるの、女物、あとは下着も他人のは履く気にならないから全部売りに出した。実際大した金額にはならなかった。持ち込んだ量の割にはね。でもその店で売ってる古着を見た限りだとそんなものかなって。お店で聞くところによると、売り物は一度洗濯してるらしい。流石にそのまま売ったりはしないか。これもヒューからだけど、あまり高そうな服は着ないほうがいいって言われてたから、そのお店で何着か古着を買うことにした。地下は結構冷えるから、暖か目の服が何着か欲しかったんだわ。一応部屋着と外着も分けて。下着まで古着にするのは流石に嫌だったので、一度荷物を置いてから新品を買いに行った。
ちなみに騎士団は午後いっぱいまで居た。僕はなにかあるときだけ呼ばれて、あとは掃除をしたり外に出てたりした。今日一日で終わらなくて、明日は月光神殿の方たちと一緒に呪術師の住処を合同で検証する予定。地下の掃除やら片付けやらについて、本当は伯爵家から人を借りれたはずが、家宰が逮捕されたために、家宰に忠実だった召使いも何人かクビになっちゃって人手不足で家事が回らないのだと。大事なお客さんも来てるしね。掃除だけでも広いし道具もないからとても一日じゃ終わりそうにない。
外に出るときは猫たちの片方に着いてきてもらってる。元々二匹とも家飼だったので最初は物珍しそうにしてた。ただし、僕とカルネの鼻がまだ入れ替わったままなので、カルネは日中外に出たがらない。今の所僕に着いてくるのは大体ビアンコだ。本当は逆が良かったらしくてカルネはブツブツブツブツ言ってる。早く直そうとビアンコも頑張ってるみたいだけどなかなか上手くいかないようだ。まぁ僕も顔の鼻から下を隠してるからあまり外には出たくない。初めてみた人はほぼギョッとする。道を歩いてると振り返られたりする。通り過ぎたのにわざわざ戻ってきて確認する人もいるくらいだ。初見の店もまず警戒される。昨日は買い物にヒューが付き合ってくれたのでまだ良かった。とりあえず鼻が戻るまではあまり新しい店を開拓するつもりはない。それどころか出来れば地下から出たくはなかったくらいだ。オペラ座の怪人だっけ? 今自分がそんな感じになってる気がするんだよね。
買い揃えた下着を背負い袋に詰め込んで家路につく。他に必要なものを考えながら歩いてた。最初は住民にも随分と警戒された。顔半分隠してる余所者が歩いてれば当然だと思う。自分がされると嫌だったけどね。ただ、衛士やら騎士やらが通りかかっても、僕を逮捕するどころか、挨拶をして通り過ぎて行くのを見て、住民たちも不思議に思いながらも必要以上に警戒するのをやめたようだった。食事は外食で片付けて、衣服はそれなりに揃った。家具もちょっと買い替えたいなぁと思いつつ、新しい店を探すのが億劫なのて忙しさを理由に後回しにしてる。辛うじてお風呂は用意できた。水を貯められる場所ならどこにでもあるので、あまり綺麗とは言えない地下水をビアンコに頼んで浄化してもらった上に温めてもらったのだ。排水先もきちんと調べないといかん。どうなってるのかわからんで垂れ流しになってるのよね。とは言え石鹸もシャンプーも何もないから、元の流れてた水より綺麗になってるくらいなんで現状では問題ないと思う。あとは、匂いとか空調とかってどうしたらいいだろなぁ。現状だと料理するだけで煙が籠もりそうなのよね……。初めてここに入ってきたときも煙草やらよくわからん煙やらで空気が汚れてたし臭かったからなぁ。
そういえば伯爵様に相談しなきゃいけない件があった。あとで行くか。




