22話
* オリー *
帰り道は気楽だった。もうみんな全部終わったつもりで、報酬で何するかーって話をしてるのを横で聞いてた。何人かこちらにちょっかい出してきた人もいた。ビアンコが塩対応してたし、カルネが軽く引っ掻いたりもした。僕も鳴き声でからかわれたりしたんだけど、ほんとに鳴き声しか出なかったので徐々にみんな離れていった。ずっと色々聞いてきたのはヒゲモジャのヒューくらいだった。
みんなもう弛緩仕切ってて酒が飲みてー、誰か持ってねえかーとか言ってる人いたくらいで、騎士の二人も任務を果たせて安堵してるのかそんな傭兵たちを注意することもなくダラダラと歩いていた。猫たちは時々草むらに飛び込んで行ったりするくらいだし。どこかに逃げたりはせず、いつの間にか僕のところに戻ってくるので気にせず自由にさせてた。
街までもう少しというところで傭兵たちがざわつき始める。騎士も馬を止めて前方を注視しているようだった。猫たちまでもが鼻をひくつかせて何かを感じ取ろうとしてる。僕はと言うと目は悪くはないはずなのに、彼らと見えてるものが違う様子。どうやらこの世界の人達と比較するとあまり視力は良い方では無いらしい。
「おい、なんか煙があがってねえ?」
「ありゃフォド・ニールだよなぁ……」
まずくねえか? 急いだほうがいいんじゃねえか、とか口々に言い合ってる。近づくにつれて僕にも見えてきた。確かに単なる火事の割には煙が多い。
「急ぐぞ。ついてこい!」
と言って騎士二人が馬を急がせる。僕らはその後からおっとり刀で駆け出した。
途中で街の方から走ってくる人たちとすれ違う。ヒューが捕まえて、何があったのか問いただすと突然街が襲撃を受けたと。
「魔王軍だ!」
「恐ろしい化物が!」
みんな混乱してるのか要領を得ない。
とまれ、街が襲われているのは確からしい。大怪我をしている人もいた。
それを聞いて、傭兵たちが動揺し始める。いや、傭兵だけじゃなくて従士の二人も震えてた。そりゃそうだ、ここには僕も含めて合計十三人いる。逆をいうとそれしかいない。練度も装備もバラバラだし統制は取れてないし指揮系統だってはっきりしてない。
僕は急いで猫を探す。良かった。直ぐ側に二匹とも居た。
「嫌な臭いがします。嗅いだことのないけだものの臭いですね。肉が焼ける臭いはいい匂いなんですが……」
僕を含めて傭兵たちが嫌な顔をする。この状況で肉が焼ける臭いって人間が燃えてるってことだよね。種族間の断裂を感じるよ。
カルネは伸びをして体を動かす準備をしながら、爪を出し入れして僕を見上げてきた。何時でも行けるぞってことなのかな? やっぱり行かなきゃダメかな? いや、眼の前で人が襲われてるんだからさっさと行かなきゃいけない。それはわかってるよ。でも足が動かないんだよね。
「お前たち、止まるな! 街を救うぞ!」
騎士二人はやる気みたいだ。それに比べて傭兵たちは明らかにそうじゃない。口々に、そんなの俺たちの仕事じゃねえ、契約に入ってないぞ! と文句を言っている。
カムナンさんが激昂しかけたところで、ヒューが間に入った。
「騎士さんがた、待ってくんなせえ。実際俺たちは魔獣を討伐するって仕事は受けたよ。そこに異存はねえし、その仕事はやりきったよな。だからってわけじゃねえが、魔軍なんてものを相手にする話は聞いちゃいねえんだ」
なぁ? と他の傭兵を振り返って同意を求める。そうだそうだ、と賛同する傭兵たち。
「装備だって、ろくなもんじゃないし出来ることなんて限られてる。相手の戦力だってわからねえんだ。そもそも騎士さんたちだって魔軍なんて相手にしたことあるのか? 街にいる奴らを追い払ったらそこで戦闘は終わるのか? 他に戦力が居るかもわからんのだぜ?」
「そんなことを言い出しては戦いなんぞ出来るもんじゃない、フォド・ニールを見殺しにはできんのだ!」
まだ若いカムナンさんが食って掛かる。
「そりゃあそうだけどよ、そこで俺たちが命を掛けなきゃいけない義理は無いんだよ。せめて報酬だけは保証してもらわねえと俺たちは戦わねえ。勿論報酬が出るとしても戦いたくないやつも居るかも知れん。怪我人もいるんだしな」
また後ろの傭兵たちがその通りだぜ、全くだ、と手を振り回しながらヒューの言葉に同意した。
みんな上手いこと、このヒゲモジャの傭兵にのせられてる感じがする。とはいえ誰かが全体を見通して行動しないと、たったこれだけの人数じゃ何も出来ずにすり潰されて終わりだろう。
さて、傭兵でもこの世界の住民でも無い僕はどうするべきだろうか。
「俺はきちんと金さえもらえるのなら戦ってもいいと思ってる。俺の故郷も魔軍に滅ぼされて、それ以来魔軍相手の傭兵暮らしだ。まぁ命までかけろってのはしんどいがよ」
ヒューはそう言って他の傭兵を見回した。今度は全員が賛成するわけではなく、やっぱり傭兵はバラバラみたいだ。それを聞いて騎士二人が何やら話し合いを始めた。小声で話してるのでよく聞こえない。
ぼーっと眺めていたらヒューと目があった。そのまま近寄ってくる。
「あんたはどうするんだい? 西方人のあんたにはそれこそなんの義理も無いよな」
同盟にもカンは参加してなかったからこないだの敗北の被害も受けてないだろうし、ということらしい。
悩んでいたらオータル卿が話しだした。結論が出たらしい。
「戦闘に参加したものには報奨を出してもらえるように、辺境伯に掛け合うことを約束する。勿論参加しないものに魔獣討伐分の報酬を支払わないなどということもしない。だからどうか力を貸してくれ。全滅するような命令は出さないし、敵の殲滅よりも町民の保護を優先させるように行動することを誓おう」
そんなところだろうな、とヒューは独り言を言った。僕が聞いてるのを見たらこちらを向いて僕に聞かせるように言う。
「実際俺らに出来ることなんざぁ大したことはない。火事場泥棒を増やさないようにしただけマシってなもんだぜ」
ここで騎士と傭兵の交渉が決裂したら、傭兵たちはもらえるはずの報酬を街を襲って補填しかねないということらしい。
結果、傭兵八名中六名が参加することになり、怪我人も含めた残りの二名はトカゲ犬の頭を持って先にニールに戻っているよう命令された。道中避難民をなるべく助けてやってくれとも言われて。
オータル卿が僕のところに来て頭を下げる。
「伯爵家の客人である貴方に私から言えることではありませんが、どうかお力をお貸しください。我々だけでは戦力があまりにも足りない。出来る範囲だけでも結構ですので、何卒お願い致します」
そうは言われても、僕自身は何もせずに見ているだけで猫たちを戦わせなければいけないのだ。自分だけ安全な場所にいて飼い猫を危険に晒す飼い主ってのはあまりにも無責任過ぎやしないか。勿論、困ってる人たちを助けたいって気持ちはある。戦争なんて怖いし、目の前で人が死ぬのはもう見たくない。ただ、僕はまだこの世界のことをよく知らないのでどちらが悪いのかわからないのだ。それなのに片方に肩入れして力を貸すってのは間違ってやしないだろうか。
悩んでる時間なんてほんとは無いことはわかってる。カムナンや傭兵たちは僕のことは置いていくつもりみたいだった。でも結論が出せなくて、迷っていたら視界に見たことのある男の子が飛び込んできた。昨日妹と一緒に猫を撫でてた子だ。どこか怪我でもしてるのか、足取りもおぼつかず今にも倒れそうだった。向こうも僕の顔を見て気づいたらしく、近寄ってきてバランスを崩す。とっさに駆け寄って体を支えた。
「妹がまだ逃げ遅れて……」
そのまま意識を失った。
「ニャーニャー(このガキは乱暴だったが、妹の方はまだマシだったぜ)」
「ニャー(ごめん、ビアンコ、カルネ。力を貸してくれるかい)」
「構いませんよ」
「ニャー(まぁ任せときな)」
戦闘に参加しないことにした傭兵二人に子供を任せて、先に出発したみんなのあとを追った。
オータル卿は大喜びだったし、傭兵たちも諸手を挙げて歓迎してくれた。なんか楽勝ムードが漂い始めたのはちょっとアレだなぁ。みんなお気楽過ぎだろ。




