20話
* オリー *
胸が重たいので目が覚めたらカルネが上に乗ってた。昨日の夜は特別何もなく過ごせたらしい。周りも血の海じゃなかった。この子達は下手すると僕が気付かずに寝たまま周囲を掃討しかねない。
もう周囲は動き出していた。後でビアンコ経由で聞いたら夜明けには起き出すんだそうな。しんどい世界だな。
あくびをこらえながら昨日に引き続きロバ上の人になる。ロバを引く人も交代してる。結構楽そうだしちょっと練習すれば普通に乗れるんじゃないかなこれ? 言葉が通じれば練習させてくれって言うのにね。
今は午前中の早い時間だと思う。前方に、空にも地面にも鳥がたくさん集まってた。前回の野営地か……。何日か経ったけどまだ雨も降ってないし肉片とか残ってるんだろうね。鳥やら野獣やらがパーティー開いてるのか。近くを通ると臭いもなかなか酷くてみんな顔をしかめてる。興味を持った傭兵たちが、オータル卿がやめとけって押し留めたのにも関わらず無視して見に行って戻ってきて後悔してた。
あれは本当にどうするのが正解だったんだろうね。今更悩んでも仕方ないんだけどさ。自分の罪なのかもわからない。ただこの場を逃げるように顔をそむけた。
いつの間にか傍に着てたヒゲモジャ傭兵が腕を組んで思案げに話しかけてきた。
「ありゃ一体何事だい? ここいらのカラスやら死肉を漁る野犬やらが列をなして群がってるって感じじゃねえか。なんつうか、合戦やったあとすぐの光景に似てるんだよなぁ」
「ニャニャー、ニャー(い、いや、僕は何も関係ないよ)」
口を開いた瞬間は、彼が現場の方を見てたので気付かれなかったけど、つい反応して喋ってしまった。僕が口を開いてた瞬間は多分気づかれてはいないと思う。傭兵は首を捻って人足に絡んでたが、何も話が出てこないとわかると離れていった。もっと注意深くしないとなぁ。
お昼を過ぎた頃だと思う。でも止まらないようで不思議に思ってたところ、傭兵たちが同じことに文句を言ってる。騎士さんたちの回答がもう少ししたら街に着くから我慢しろってことだった。じゃあ宿場町まではあと少しなんだろう。昨日よりは美味しいものが食べられると良いな。
そんなことを考えてたら、いつの間にか道の両側が荒れ地から畑に変わっていた。季節がまだ初春なので辛うじて人の手が入った領域だというのが分かる程度で何を植えてるかとかはわからない。そんで前方に街の影らしきものが。
木の柵が見える。流石に城壁とかないようだった。石造りの町並み、街の中は一応石で舗装されてた。ニールほど建物はないし人も多くないけど、行商人がそれなりに多い。街の中心の広場まで行くとそこで道が二つに分かれてた。西にそのまま真っ直ぐの道と北へ続いている道。ここで貿易路も二つに分かれているらしい。ここがそのフォド・ニールだっけ、まぁそんな感じの名前の街なわけだ。ニールは一応大都市なんだなぁというのを感じさせる鄙び具合だった。
お尻が痛かったんで街に入ってからはロバから降りて僕も歩いてた。オータル卿は町長のところへ行ってくると言い残して一行から離れ、カムナンさんはこの街に常駐している衛兵のところへ。従士の一人が宿の手配に向かったので僕らと人足、傭兵たちは広場の噴水横でお留守番。とはいえ、傭兵が大人しくするわけもなく、すぐ近くで場所がわかってりゃ大丈夫だろ、あそこの店に居るからよー、とか適当なことを言って広場に面した酒場に入っていった。
僕は噴水に腰掛けて猫を撫でてた。いつの間にか子供が二人近くに来て珍しそうに見ている。多分兄妹かな。言葉が通じないから正直しんどいのよね。こんなところで突然猫が喋ったら何が起きるかわからない。同じ理由で僕も喋れない。口を開くと猫の鳴き声しか出てこない人間とかやばいよ。
西方人扱いの僕が珍しいわけではなく、猫が珍しいようだ。ビアンコを膝に乗せて二人においでおいでをする。まぁ来なかったらそれはそれでね。
お兄ちゃんの方から恐る恐る近づいてきた。優しく撫でてくれって伝えられたらいいんだけどねぇ。まぁ頭から首筋、背中辺りを撫でてその手をどけてみせる。突っつくんじゃなくて撫でるんだよ。そうそう、そんな感じ。喉も撫でてあげるといいよ。妹そっちのけで猫に触って喜んでるお兄ちゃん。しゃーないので妹ちゃんの方を手招きする。今度は素直に近寄ってきた。大丈夫、乱暴にしなきゃ噛まないから。あ、そっちのキジトラのはあかん。乱暴にしなくても噛むかもしれない。と思ったらカルネが寄ってきて僕の膝に登った。既に乗ってたビアンコの上に重なるように体を被せる。強烈な撫でろアピール。かまってちゃんめ!そこからは兄妹と一緒に猫を撫でていた。
しばらくしたら宿から従士の人が戻ってきて、手配が終わったとのこと。人足と傭兵たちは安宿の大部屋で、残りの騎士二人と従士、それに僕は普通の宿の大部屋らしい。まぁ金銭的に苦しいらしいからあまり贅沢はさせてもらえんのだろうねぇ。従士の人が荷馬車とロバを宿に連れて行く。そうこうしてるうちに騎士二人も戻ってきた。従士に話を聞いて酒場の方に傭兵を呼びに行ってしまった。僕はそのまま荷馬車について宿へ向かう。
宿の食事も正直微妙だった。昼と夜兼用でなるべく多めに食べておけ、と言われた。ちなみに献立はソーセージに肉の切れ端、粥にパン。なんか味付けはしてあるものの粥が不味い! なんの粥なんだコレ? 我慢して食べた。めっちゃしんどかった。パンがマシだったのが救いかなぁ。あと飲み物はなんか大量の麦酒。安いらしい? でもこれも美味しくない。アルコール度数は高くないみたいだけどこんなの飲んでたら酔ってまうで。
猫は宿の女将が嫌がってたのを、オータル卿が追加料金を払ったら大人しくなったらしい。とはいえ宿の中をあちこち歩き回らせないようにとは言われた。でもこいつら出ていくときは勝手に出歩くからなぁ。僕の言うこと全く聞かないし。先に食事だけ与えて大部屋に閉じ込めておいた。まぁこんな鍵もついてないような扉、あの子らにとったらひとたまりも無いとは思うんだけどね。
移動の疲れとお酒の影響もあって、トイレに行ったらすぐ眠くなった。トイレはめちゃくちゃ汚かった。日本に帰りたい……。大部屋で風呂もない状態でそれぞれのベッドで寝る。ベッドつってもこれ単に台に布がしいてあるだけじゃん。めっちゃ硬い。あー南京虫とか探したほうがいいの? 噛まれたらどうしたら良いんだ? 昔の寝床って南京虫にノミが凄いんだっけ。やっぱりこんなところ長くは居られないって。
またまた猫を抱いて眠る。酒臭いって文句言われる。まぁ気にせず眠る。眠らないとやってられない。さっさと片付けてまたあのお屋敷に泊めてもらおう。あそこは料理とトイレ以外、特に文句はないから。文明人には文化レベル中世の世界ってしんどいよ絶対。
夜明けには叩き起こされて広場の噴水前に集まる。んで最初にお話があるらしい。
「さて、出発前に今日の獲物について説明をしてもらおうか。ヒュー、頼むぞ」
「任せてくんな、旦那ぁ」
ヒューと呼ばれたヒゲモジャ傭兵が前に進み出る。
「これから狩るやつは大陸中央部だとよく見られる通称トカゲ犬って魔獣だ。現地だとヌスブとかそんな名前で呼ばれてた気がする。まぁ魔獣つってもそこらの獣と大して変わらねえ。実際こいつは犬みてえなもんだしな」
大きさはこんくらい、と言って腰より少し下を手のひらで示した。中型犬でも大きい方ってくらいかな。ただし、敵に襲いかかるときは後ろ足で立って飛びついてきたりするから、驚かないようにとのこと。
「一匹二匹なら大したもんじゃない。十匹もいたらやべーが、今回は三匹ってことなんで一人で相手にしなければ大丈夫だろう。魔軍が引き連れてるやつは100匹以上いて、軍隊でも無い限り相手にするのは無理だがな」
そういうのは方陣組んで槍衾を仕立てて近づけないようにしてから弓矢で狙うそうな。
「実際野犬狩りをしたことあるやつならすぐに対応できるようになるとは思うんだが、トカゲ犬は犬と違うところがあってさ、表面がちょっと硬くて滑らかなんだ。中途半端な力で切りつけても角度が悪いとずれちまう」
「ま、あいつら集団戦が得意だからそうさせないように切り離して戦うだけだ。こっちのほうが数は多いし問題無いだろう」
そこまで言ってから騎士の方に向き直る。
「とまぁそんな感じかなぁ。これで上手く狩れたらきちんと報酬増やしてくれよ?」
ヒューだけは他の傭兵よりも一段上というか、一味ちがう感じがする。知識も多そうだし、装備はしょぼいけど強そうだった。




