12話
* マリークレスト *
オリー(ビアンコ)の補足も挟みながら一通りの報告を済ませました。お父様は両手の平を合わせ、人差し指・中指をおでこに、親指を顎に当てて考え込んでいるようです。
その様子をみて叔父が口を開きます。
「今の話、順を追って整理してみましょうか。魔獣討伐の初日、昼過ぎにそこの男と猫を街道で拾い、そのまま野営地まで向かった。野営地では夜までは何もなかった。ここまではよろしいですね?」
私も、ビアンコから話を聞いたオリーも、頷いて返しました。
「夜半に突然悲鳴が聞こえて目を覚まし、天幕を出ると衛兵が殺されていた。一人は胸を刺され、もう一人は眼の前で炎をあげ燃やされていた。彼の証言では燃やされた方が片方を殺し、それを見られてこちらに襲いかかってきたので撃退したということですが、お嬢様はその場面を見ましたかな?」
「いいえ、私が天幕から出た時はにもう二人共死んでいました」
「では、何故衛兵が裏切って片方を殺したという、その男の言葉をそのまま信じたのです?」
そこは不思議に思うのも仕方ないと思います。ただ、【違う】感じがしたのです。多分この猫たちならこんな人間くさい殺し方をしないかと。
「全部片付いたあとに刺殺された衛兵の亡骸を確認しました。背後から首筋に刃物を突き立てたような傷があり、それが致命傷だったのだと思います。その傷あとと、猫たちの他の行為が違いすぎたのです」
叔父は今ひとつ納得してないようでしたが、あの惨状を実際目の当たりにしないと理解できないでしょうね。
「とりあえず続けましょう。その後、助けに来たふりをした騎士に剣を向けられ、そこのキジトラの猫に助けられた。声を聞いてオータル卿が駆けつけたが、そのときには囲まれていて、襲撃者のリーダーは騎士ガンドゥだった。味方はたった一人で、しかもオータル卿とガンドゥが戦い始めてしまったので、お嬢様を守るものがいなくなり、背後から来ていたものたちに捕まってしまったと。で、また猫に助けられ、今度はその場に居る襲撃者たち全員を二匹の猫が始末してしまった。そういう話でしたな?」
叔父は納得していないようでした。そう見えるように振る舞っているのでしょう。恐らくここからオリーたちに襲撃と関わりがあるようにこじつけてくるでしょう。私はそんな叔父の一挙手一投足を見守っていました。私の中で、黒幕の最有力候補は叔父でした。私個人を狙うのならまだ理解できるのですが、そこに騎士や皆を巻き込んだのは到底許せるものではありません。
「うーん、なんと言いますか、客観的に見てあまりにも都合が良すぎる気がしませんか」
やはりきましたね。
「えっ、都合が良すぎるというのは一体どういう意味でしょう?」
自分の言葉を信じないなんて信じられない! というフリをします。勿論叔父の意図になどまるで気がついてないように。
「奇妙な点がいくつかありますが……一番はそうですね。一人も捕虜を取らなかったことですね」
「叔父様もあの現場に居たらわかったと思いますが、とてもそんな余裕はありませんでした。あと、法に照らしても盗賊は縛り首だったと思いますが?」
これは私と叔父の単なる言い争いではありません。この場で一番権力を持っている父に対してどうアピールするかの勝負が始まったのです。
「それは正しい裁判の結果として課せられる罰です。如何に権門の家柄とて、裁判権を持たない貴女が法を恣に捻じ曲げてはいけません」
「こちらの方が圧倒的な数的不利であり、一人一人逮捕していくような余裕は全くありませんでした。やむを得ずの結果です。殺人暴行の現行犯が抵抗したときに平和的解決など望めようはずもありません。それに実際行ったのは外国から来た猫です。彼らも巻き込まれて命の危険がありましたから正当防衛と言えなくもありません」
お父様は私と叔父の討論を黙って見つめていました。
「確かにその通りかもしれませんね。でも皆殺しにする必要はなかったのではないかと私は言いたいのです。特に貴女が裏切ったとおっしゃる騎士については生かしておかないから事件の裏側がわからなくなった訳ですし」
それは本当に悔やまれることです。逆に叔父こそ心の中で笑っているのでしょう。失敗した場合に口封じをする必要なくこちらが処分してくれたのだから。
「その点に関しては同意します。猫たちがもう少し加減というものを知っていれば……」
叔父は猫を見ながら言いました。
「そこがね、とても真実とは思えないのですよ。先程長々と言いましたが、結果だけまとめるとこうです。ニールの騎士及び従士が10名以上殺害され、残ったのはわずか数名。そして下手人たちも10名以上いたのに全員細かく刻んで処分済みと。しかもそれをやったのはたった二匹の猫!」
今度はお父様の方を向いて続ける。
「良識をもった大人がそんな与太話を信じられると思いますか?」
言いたいことはわかりますし、信じられないのもわかります。これに関してはすべて真実ですから他に言いようがないんですよね。
『私共が居ないように話を続けるのは止めていただけますか?』
突然白猫ちゃんが口を挟みました。申し訳ないのだけど、私も叔父も完全に意識から外していたので戸惑いが隠せませんでした。実際、叔父はまだ猫が喋るという事態を受け入れきれていないようだったし。
『私達兄弟の至上の命題はこの食事係の安全でしたから。正直なところ、お嬢様たちの手助けをしたのは単なる成り行き以上のものではありません。最初に接触したのがお嬢様と騎士の方々であり、食事と水、あとは道を教えて頂いた借りを返した程度のものなのです』
それだけの恩返しであの殺戮は、助けてもらった当人の私ですらどうかと思いますが、それは口にしないでおきましょうか。
『先程お嬢様がおっしゃったように、実際あれは正当防衛という側面がありました。我々はあくまで巻き込まれただけに過ぎません。命を奪われそうになったからその前に相手の生命を奪った。あの場にあったのはそれだけです』
昔、魔法を覚えればうちの犬と話すことも出来ないかと夢想したことがあります。でもそのときは、まさか自分が正当防衛という単語を猫の口から聞くような事態になろうとは想像すらしませんでした。
『まぁ正直なところを申せば、私と弟は自分たちの得た力をきちんと把握していなかったので練習台に丁度良い機会だった、ということも否定はできませんが』
あ、この子達はやはり危険過ぎます。世間の猫がどうかはしりませんが、感性が違いすぎる。正当防衛云々は口で言っているだけで、人間の法律などこの子達にはなんてことはない些末事なのでしょう。ではオリーの方を見てみますと、白猫ちゃんがそもそも何を言ってるのか伝えてないようでのほほんとしてます。ちょっと吸ってる空気が違いますね。キジトラちゃんの方は寝てますし。やはりこの方たちで一番注意しないといけないのは白猫ちゃんなのでしょう。
叔父も言外の意味に気づいているのでしょう、驚きのあまり口が開いたままです。
父も今の言葉に興味を持ったのか、背もたれから身を乗り出して白猫ちゃんの口上に耳を傾けていました。
「ビアンコくん、だったかな?」
黙っていた父がようやく口を開きました。
『覚えていただけたようで光栄です』
表情がわからないのでなんとも言えませんが、光栄だなんて欠片も思ってなさそう。
「聞いていいかな、その場にオリーだったか、彼が居なくて君たち兄弟だけだったならどうしたと思う?」
『離れますね。立ち向かう意味もありませんし。彼ら鈍重な猿たちでは私達を捕まえられるはずも無いでしょう。まぁその場に残ったところで彼ら程度では私達を害することなぞできなかったでしょうが』
猿という言葉で、お父様も叔父も眉毛を動かした。流石に反応しちゃいますよね。
この子達はオリーを守ることだけを考えているのだ。だからこの場で叔父が例えばオリーに罪を着せ害しようとすればその恐ろしい力を発揮して血の雨を降らせることになる。間違いないでしょう。
「ノスル、ペットが他人を害した場合はどうなっていたかな?」
「ペットを処分して飼い主には罰金のはずです。金額は被害に応じて」
いけません、世俗の法律でこの猫たちを縛ろうなどとは。
「正当防衛の場合は? あるいは家屋に侵入した盗人に番犬が噛み付いたときも処罰するのかね?」
口をはさむ前に父の次の質問がとびました。結果が出るまでは黙っておいてもよさそうですね。
「いえ、そのような事情がある場合は罰せられることは無いでしょう。勿論取り調べの上その行為が正当であると証明された上でのことですが」
「では彼らに関してはオータル卿が戻ってきて現場の状況を聞いたあとだな。まぁ話を聞く限りでは処罰どころか娘を助けてくれただけでなく、派遣部隊の全滅も防いでくれたのだ。褒美を与えねばならないくらいだろう」
ため息をついて胸をなでおろしました。叔父は不服そうですが、その判断で間違いないと思います。
「ですが当主様、本当にこの猫たちがそれほどのことをしでかしたのか真偽がつきません」
「それも含めてオータル卿たちを待たねばな。現場に送った彼以外の人間からも状況を話させる必要はあるだろうがね」
このまま私の責任も有耶無耶にしてくれるとありがたいのですが……。
「まぁ、話を聞くまでもなく私は娘の言うことを信じるよ。お礼が遅れて申し訳ない。娘を助けてくれてありがとう、君たちは恩人だ。家をあげて歓迎しよう。ここからは家のものだけで話をするのでね。客人が宿泊するための施設もあるからゆっくりしていってくれたまえ」
これには私も叔父も驚きました。あそこは我が家でも特にお金を掛けた建物らしく、王族や高位貴族をお泊めする際の館です。戦を前提とした砦を無理に改築した、築後何百年も経ち、底冷えして風通しも良くない母屋よりも遥かに住みよく。新しく作られたこともあって、家具も頻繁に新しいものに交換されている豪奢な佇まい。自分が連れてきておいてなんですが正直なところこの異邦人を泊めるのなら主家に空いてる部屋はいくらでもありますし、猫も居ますから離れはあまりよろしくないのでは……。
「お言葉ですが当主様このような得体の知れない者共には相応しい場所があると存じます。この者の臭いが高価な家具にうつりでもしたら」
「これこれ、お客様たちに失礼なことを言うものじゃない。彼らはね、娘の命の恩人なのだ。さらには騎士たちを全滅という不名誉から救ってくれた恩人でもある。私はそんな彼らに最高のもてなしをしようと思うのだが良くないことかね?」
お父様がそこまでお考えくださっていたとは……。彼に井戸で体を洗わせるようなことをしなければよかったですね。そう、食事前にもう一度お湯を使ってもらってせめて臭いだけでも落としてもらいましょう。その臭いではとても晩餐に招待できませんし。
「差し出がましいことを申しましてお許しください。ご当主の深慮に思い至りませんでした」
「よろしければ家のものの無礼を許してもらえるかな」
オリーは返事代わりにペコリと礼をした。
立つのもしんどいので座ったままで失礼するがね、と猫たちに微笑んでみせた。やはり体調はかなり良くないようですね。
『お気になさらず、私達はやるべきことをやったまでです。とは言え、こちらには伝手もないのでお言葉には甘えさせていただきましょう』
叔父が召使いを呼び、来客用の離れに案内するよう命じた。猫をみて思ったのだろう、暖炉の火を点けるように言ったのは流石細かい気遣いのできる男といった感じでした。とはいえ、「話しかけるときは白猫に話しかけなさい」と言われた召使いは怪訝な顔をしていましたが。
「彼が案内するよ。また食事のときに会おう」お父様は軽くて手を振った。
それに対して白猫ちゃんは比較的礼儀正しく一礼したように見えたキジトラちゃんは部屋に入ってからずっと寝てるだけだったのが起き出して何も言わずに白猫ちゃんについて行った。オリーは本当にオマケでしかないですね。
彼らが出ていったあと、急に室内の雰囲気が変わる。
「最終的な被害はどれくらいなのだ?」
「報告にあった死者は騎士が三名、従士が六名、人足三名、加えて運搬中に亡くなっていた騎士が二名います。現在治療中のものもおりますので、さらに増える可能性もあります。生き残ったものにも傷病手当は必要でしょう」
「先程の話だと、死者の内、裏切り者だとはっきりしているのは騎士が二名、従士が一名、不明な人足が二名か。戦力低下も酷い話だが補償も頭の痛い話だな」
「裏切りがあったという話を信じるので?」
「他に良い説明があるか?」
問いに問いで返されて叔父は言葉につまりました。
そう、無いでしょう。
突然交易路に昨日まで聞いたこともないような10人規模の盗賊たちが湧いて出て、しかもそれが大してお金にならなそうな倍以上の数の武装集団を襲撃するでしょうか?
私を人質にすれば身代金が期待できるかもしれませんが、そこまでの危険を犯すほどの利益が見込めるのでしょうか。
今回の件は、何日も前からきちんと準備した上で、しかも領主として早めに民衆の生活を脅かす魔物に対処するということを見せる必要があったので、隠すどころか逆におおっぴらに行われていたことです。いくらでも介入の余地がありました。
20人の戦力は軍隊でも用意しない限り、普通よほどの罠を仕掛けなければ相手にできるものではありません。そう、内通者がいれば別ですが。
「裏切り者は処罰せねばならん。当然墓地への埋葬も拒否するし、補填も無しだ」
「それで遺族が納得するでしょうか?」
「そやつらのせいで九名犠牲になっている。人足を抜いても六名だ。その責任を誰が取るのだ」
この辺りの話はお任せするしかありません。私が口を挟めばまた叱られることになるでしょうし、とりあえず私に責任が押し付けられることはなくなったようです。
叔父様はお悔しいでしょうねぇ。自分の計画が台無しになり、私も無事な上に責任も取る必要が無いのですから。
実際、考えうる最悪な結果は私が捕虜になり、他の者は全員皆殺しになることでした。
確かに魔獣討伐に無理を言ってついて行った責任は私にあります。ですが、元々私に騎士をどうこうするという裁量は与えられておりません。
そう、ここで私の責任にするにはそもそもあの襲撃が私を狙ったものだということを認めなければならないのです。私の存在が裏切りと襲撃を誘引しました。ですがそれが騎士たちが不甲斐なくも不意打ちを許した理由になるでしょうか。そもそも私が狙われたというのも結果論であって……まぁこの言い方はあまりにも卑怯で無責任ですよね。死んだ人たちを侮辱することにもなりますからやめておきましょう。
偶発的とはとても言えない襲撃が何故起こったのでしょう? そもそも、魔獣は何故現れたのですか? 前線はまだ遠いはず。その討伐部隊が狙われるのはまだわかります。ニールの戦力低下、ひいては古王国の国力低下に繋がるから。そこで何故私が狙われたのか。いや、私にももちろん政治的な意義は存在します。けれど、外部から見れば今の伯爵領内での後継者争いは続いたほうが良いのです。
ニールは大領で、その利権を掠め取ろうとするもの、勢力を弱めようとするもの、取って代わろうとするものが国内外に山程います。今回の件で一番ありそうなのは、叔父と外部勢力の一つが結びつき、叔父にしてみれば私だけを排除するつもりが、外部勢力はついでに戦力も削ろうとした結果ああなった、というところでしょう。勿論、猫たちの登場でそれが全ておじゃんになっちゃいました。準備をするのも大変でしょうしおかわいそうに。勿論これらは全部推測に過ぎませんが案外良いところを突いているのでは無いかと思いますよ。
「魔獣討伐の件はいかが致します? こちらももう先延ばしはできません。騎士の代わりに傭兵を雇い入れて対処するのが一番だとは思いますが、ついでにあの猫たちに依頼してみては如何でしょう。それほどの力があるのであればいっそ傭兵も必要ないかもしれません」
などと考え事に耽っていたら、話し合いが進んでいました。
「いやいやノスル、彼らは賓客として当家に迎え入れたのだ。危険な目に合わせるわけにはいかん。これはニール領の問題だよ。我らでかたをつけなければならん。緊急で傭兵募集の告知を頼む」
「心得ました。そちらは手を回しておきます」
お父様の言葉にさもありなんと頷いておきます。まぁ叔父様も本気で言ったわけではなく、私に対する当てこすりでしょうね。全くめんどくさい。こんな不毛なやり取りがいつまで続くのでしょうか。こんなことになったのは全て私の婚約者が戦死したことが原因なのですが。
今日のところはこれくらいでしょうか。と思っていたら召使いが月光司祭様の来訪を告げました。葬儀の打ち合わせですね。あれだけの死者が出てはそれなりのものを行わなければいけませんけど、急ぐ必要もあります。まぁそちらはお父様にお任せするしかありません。挨拶だけして部屋を出ていましょう。




