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3 はじめてのおつかい

 ヴァシル様のお屋敷──アモラ侯爵家は石積みの壁に囲まれていて、所々に丸く開いた窓には装飾的な鉄の格子がはまっている。裏口も黒の鉄の門で、私はそこから外に出た。

「おおー……」

 ヴァシル様のお屋敷が高台にあることが、初めてわかった。石畳の道には腰の高さの壁があり、その向こうに広く町並みを見下ろせる。

 植物園のぐるりを高い木が取り巻いているので、今まではどんな立地なのか、よくわからなかったのだ。

 なんて緑豊かな町だろう、緑の木々に赤茶色の屋根の家々が埋まっているように見える。町の中央には、ドーム状の屋根を持つ神殿みたいな建物も見えた。


「綺麗な町だなぁ、アモラって」

 道の先は階段になっていて、降りていくと広い道に出た。そこも石畳で、街路樹が植わっている。

 教えられた通りに右に折れ、通り沿いに歩いていった。日陰を作るためか、家々は二階部分が道に張り出した作りになっていて、その下にプランターや干し果物など様々なものがぶら下げてあるのが可愛らしい。


 やがて、白い石積の壁が現れ、道に面して大きな門が開かれているのが見えた。門の上に、アーチになった鉄の看板。黒い看板に文字が抜いてあるんだけど、私には読めない。

「ポップは、文字は読めるの?」

『全然!』

 あ、そう……私から生まれたからかなぁ。

 でも、この場所については、ヴァシル様から聞いている。

 ここは、香精に関わる細工物を作る職人さんたちが集まった、『香芸師ギルド』なんだって。


 入ってすぐのところは丸い広場になっていて、広場に面していくつもの家が建っている。そのうちの一つ、香水瓶の形をした鉄の看板が軒先から下がっている家に、私は近づいた。

 大きい……学校の体育館、までは行かないけど、それより一回り小さいくらいだろうか。二階建て。

 正面の両開きの扉は大きく開かれている。私は扉の横からのぞき込むようにして、中におそるおそる声をかけた。

「ごめんくださーい……」


 ふわ、と、熱気の固まりが頬を撫でる。

 

 中には、初めて見る光景が広がっていた。

 真っ先に目に飛び込んできたのは、不思議な装置だ。透明な、ガラスの地球儀みたいに見える。バランスボールくらいの大きさで、北極と南極の位置をつなぐ半円形の金具でガラスのボールを支えているんだけど、地球儀みたいに斜めの軸ではなくてまっすぐ。北極の部分から鎖がのび、天井からぶら下がっているのだ。ボール自体は、私の身長より少し低いくらいの位置に浮いていた。

 そして、下には石積みの竈のようなものがあり、その上になんというか、船の舵輪そっくりの輪っかが水平に載せてある。

 窓から差し込む陽光と、虹色に光るガラス。壁や建物に、不思議な色が反射して映っていた。


「な、なに? これ」

『ルイ、誰か来るぜっ』

 ポップの指さす方を見ると、奥の方から二人、誰かがこちらに歩いてくるところだった。

 というか、よく見ると奥の方のいくつかの地球儀の前にはそれぞれ人がいて、こっちに来る二人は手前の誰もいない地球儀を目指しているみたい。

 二人とも頭に布を巻いて後ろで縛り、背中に垂らしている。片方は、白髪交じりのあごひげを生やした中年の男性で、堅太りの飄々とした雰囲気。もう一人は私より少し年上くらいか、背の高い細マッチョ。肌が浅黒くてエキゾチックな雰囲気だ。片方の手に、浅くて広い木箱を持っている。


 あごひげのおじさんと目が合って、「ん?」という顔をされたので、私はあわてて扉の陰から出た。

「こ、こんにちは。ヴァシル師のお使いで来ました」

「おう、入んな。……ん?」

 おじさんは私をまじまじと見て、足を止める。

「ヴァシル師の使いで……見習いのローブ? はは、まさかな」

「親方、あれ。あの胸の」

 細マッチョが目を見開いて、私を指さす。

 え、これ? このペンダント?

 すると、おじさんは目をすがめるようにしながらニヤリと笑った。

「へぇ、あんた、ヴァシル師の弟子なのか?」


「ええっ、侯爵様が弟子を取った!?」

「弟子!? 何で!?」

 奥の方にいた人たちが、ざわざわとこっちを見ている。 


 わわわ。ヴァシル様がペンダントを私に持たせたのは、私が誰の弟子か証明できるようにするためだったのか!


「そ、そうです。ヴァシル師の弟子で、ルイと言います」

 軽く頭を下げると、おじさんは片手を出した。

「ルイね。瓶の注文だろう、香精を寄越しな」

「あっ、はい」

 籠から仮の瓶二つを取り出して差し出すと、おじさんは眉根を寄せながら二つとも片手で受け取り、顔を近づけた。片方の香精はふんわりと、そしてもう片方の香精は元気いっぱい、瓶から飛び出す。

「……こっちのオレンジやらネロリやらの方はともかくとして、何だ、このレモンとわけのわからねぇ香りは」

 おお、さすがは香精に関わる職人さん。すぐになんの香りかわかるんだなぁ。

『わけのわからねぇとは、言ってくれるじゃねーか』

 私の肩口でブーブー言うポップを手でなだめながら、私は言った。

「そちらは、ブラックペッパーっていう新しい香りなんです」


「新しい? ……あんた絡みか?」

 私絡みというのがどんな絡みを想定しているのかわからないけど、まあ私が持ち込んだ香りではあるし、そこから私が生んだ大精霊もいるので、うなずく。

「そう、です。大精霊も一緒に来てます。この辺に」 

「へぇ」

 おじさんは、私が指さしたあたりをじろっと見た。ポップは『フン』と鼻を鳴らし、

『わけがわからねぇというなら、イメージで教えてやるよ。オレのかっこよさをな!』

 と言って、空中でブレイクダンスを始めた。

 微妙に恥ずかしいというか、うっとうしい。踊ってもここの人たちの大部分はよく見えないと思うので、結局のところ観客は私一人という、このいたたまれなさよ。


「やれやれ。奇をてらうのも、ほどほどにして欲しいけどな」

 おじさんは苦笑いして首を軽く振ると、二つの瓶のうちレモンペッパー香精の瓶を、隣にいた背の高い細マッチョの胸元に突きつけた。

「こっちはお前がやれ」


「は!?」

 反射的に受け取った細マッチョは、紫色の目を見張る。

「親方、俺がぁ!?」

「弟子同士、励まし合って頑張れや。ああ、こっちはやっとく。できあがったら師のところに届けさせる」

 親方さんは細マッチョが持っていた木箱をひょいっと奪うと、もう片方の手で瓶を軽く振りながら、ガラス地球儀の方へ行ってしまった。香精がその後をスイーッとついて行く。


「……ええと」

 親方の方と、細マッチョを見比べていると、細マッチョはため息をついてから私をじろりと見た。

「来い」

「あっ、はい」

 入り口のすぐ近く、ホールの内側の壁には階段が張りついていて、そこを上った。香精も楽しそうについてきて、仮の瓶を出たり入ったりしている。

 二階は、ホールを見下ろす回廊沿いに扉が並んでいた。

「くそー、今日の作業、見せてもらう約束だったのに」

 細マッチョはなにやらブツクサいいながら、扉の一つを開け、入った。私も後に続いた。

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