十四、風紋(其の二)
この頁に残酷描写があります。
苦手な方は読むのを控えていただくようお願い致します。
「のこのこ現れよったな。さぁ、皆の者。この驕り者を取っ捕まえよ」
ハッ、という声がして、軍隊の者が十数人現れる。
剣で突いてくるのを、風輝は紙一重で避ける。
軍隊の者は、天女の舞を見ているような錯覚に陥った。
「その程度で私を捕まえられるかな」
風帝は不敵に笑うと、剣先を最小限の動きで避け、姿勢を低くして敵の股下をくぐり抜ける。
敵の背中に回り込むと、急所に正拳を叩き込んだ。
敵は意識が飛んで床に倒れた。
「何をやっているんだ!」
思うように進まず、叔父は苛ついた声をあげる。
風輝は叔父の神経を逆撫でするように、さらに速く動く。
軍隊の手を目掛けて足で蹴り上げると弧を描いて剣が飛んだ。
軍隊が速い息をしているのに、風輝は涼しげな顔をしていた。
「そういえば、叔父さんは扇が欲しいのですよね。こんなもの……差し上げますよ」
風輝は袂にしまってあった扇を取り出し、叔父へ投げた。
叔父は思わぬ幸福がやってきたと言わんばかりに、口を歪ませながら受け取る。
「これで、私が皇位に……!」
「……誰が国を渡すと言いましたか?」
風輝は冷えたような声を出した。前髪がさらりと下に落ち、表情は伺えない。
「その扇に皇帝としての力が宿ると言われていますが、それは全くの嘘です」
「何だと!」
「扇が特殊な力の制御をしてくれていたから、代々の皇帝が持っていたのですよ。――扇がないせいで力の加減ができないことをお許しください」
風輝は鮮やかな笑みを口元に浮かべた。
手を天に向かって振り上げると、空気が蠢く。
「騙したな!」
叔父は震えを隠すように、自分の腕を握りしめた。
開け放たれた扉からは強い風が吹いてきて、砂、落ち葉、小枝、稲穂等がなだれ込んできた。
「か、神の怒りだ……!」
軍隊は恐れで手の力が抜けて剣を落とす。一人が部屋から抜け出すと、我先にと軍隊が外へと逃げていく。
「ち、父上の敵!」
「姉上!」
短剣を持つ手を震わせながら、二ノ姫が立っていた。
叔父に向かって突進するが、女の力では明らかに無理だった。
叔父は剣をかわして、二ノ姫の手首を強く握る。短剣が落ちた。
叔父は素早く短剣を拾うと、二ノ姫の首に剣先程を突きつけた。
「二ノ姫がどうなってもいいのかな?」
薄笑いを浮かべた声を聞いて、風輝の正気を保っていた糸がプツンと切れた。
「汚い手で……姉上に触る……な!」
どこからか吹き付けてきた布が、二ノ姫の目元を隠すのと、叔父の頭が切断されるのが同時に起こった。
風の刃の切れ味は鋭かった。
叔父は風が運んできた塵の中に倒れた。
風輝が手を下ろすと、風の唸り声が止む。
「力の加減ができない、と言ったでしょう」
風輝は指先を見つめて、自分を納得させるように言った。
風帝の力を使ったのは初めてだった。
追ってから逃げて、洞窟を歩いているときに、指先から風が生まれていることに気づいたのだ。
「風輝!」
二ノ姫は駆け出すと、目元を覆っていた布が落ちていった。
風輝は二ノ姫を受け止めると、力を込めて抱き締める。
「姉上の手を煩わせてしまってすまなかった。これで、全てが終わったから……」
いつも強気だった二ノ姫だったが、強く握りしめるばかりで堪えていた涙が頬を伝った。
✤✤✤✤
雷国の宮廷に二胡の音が響く。恋の歌のように儚くも激しい曲だった。
珠音は兄の姿を認めると、弓を置いて満面の笑みを浮かべた。
少女と呼ぶには可愛らしい面影だった。
「お兄様!」
「珠音、元気になったのだな」
珠音は兄の元へ軽やかに走っていった。
「聞いて、お兄様。私の二胡を誉められたの」
「そうか、そうか。珠音は名手だからな」
風輝は妹の頭を優しく撫でた。
「お主の妹君は可愛らしいな」
珠音の後ろから雷帝が現れる。
風帝は妹を預かってもらったことのお礼を述べようと口を開けるが、次の一言でへの字に変わった。
「そうだ、この前何でもすると言っておったな。……妹君を将来俺に嫁がせるというのはどうだろうか?」
風輝の目が鋭くなる。無意識に、袂の扇に手が伸びた。
「私にできることはなんでもすると言いました。どうか珠音以外にしてくれませんか?」
風輝は気持ちをなんとか沈めて、造り笑顔で言った。
「……冗談を真に受けられると逆に反応が困るな。今度会うときまでに考えておくよ」
風輝はどうやら妹のことになると我を忘れてしまうらしい。
一つ弱味を握ったことを確信する雷帝であった。
その後、ことあるごとに雷帝の呼び掛け――白い鳥が飛んでくると、風帝は雷国へ赴くようになったのである。




