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風雷記  作者: 八木愛里
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十三、風紋(其の一)

次頁の風紋(其の二)で残酷描写が入ります。

苦手な方は読むのを控えていただくようお願い致します。

 雷帝が皇帝になったばかりの頃。


 裏庭を歩いていたときに、洞窟の入口で幻を見た。


 天女とまごう美女がいた。絹のような艶のある色素の薄い水色の髪、薄紅を引いた形のよい唇。


 一度見たら目が離せなくなった。


 もう一人、美女の腕の中にいた。彼女の妹だろうか。顔のよく似た女の子が抱えられていた。

 長い睫毛は苦しげに閉じられており、荒い呼吸を繰り返している。


「た、助けてもらえないだろうか……。妹が熱を出して……」


 美女が口を開くと、顔には似合わず低音だった。


 雷帝は目が覚めたように現実に戻った。


 よく見ると、美女の(くつ)はすり減り、衣類の布は優美なものだったが薄汚れていた。


「お主らは、風国の者か。なぜに雷国へ?」


「雷国? ここは雷国なのか!」


 絶望に満ちたような声を発した。


「知らずに来たのか……俺もこの洞窟が風国に通じているとは知らなかったがな」


 呟くように言って、美女をちらりと見る。


「噂では聞いていたが、美丈夫だな。風国の第一皇子の風輝(フウキ)か」


 正体を言い当てられたことに、悔しげに眉を寄せる。

 雷帝は軽く手を振った。


「敵国の皇子をどうこうするとか、そんな趣味はないから安心しろ。俺は雷帝だ」


「雷帝……。そうか世襲制ではないから……」


 皇帝が若いことに驚いていたようだったが、呟きながら納得した。


「一時、妹を預かっていただけないだろうか。私にできることなら何でもする。この通りだ」


 風輝は袂から扇を出して床に置いた。扇に付いている赤い房がはらりと散らばった。


 その扇の縁には、風国の皇帝の印である風紋が刻まれていた。


 雷帝は興味がないとでも言うかのように目を反らした。


「扇はしまってよい。こっちへ来い。(かくま)ってやろう」


 風輝は覚悟したように後をついていった。


 寝台に女の子を横たえると、幾分か表情は和らいだ。信頼のおける召使いに世話を任せると、別室に入った。


 助ける代わりに風国の状況を教えてほしいと言われ、風輝は事情を話し始める。


「私の父の風帝が急死して、叔父が国を乗っ取ろうと反乱を起こしたのです。母と三人の姉は捕らえられ、私と妹は追ってから逃れて、子どものときに見つけた洞窟を歩きました。今も叔父は血眼になって私――いえ、この扇を探しているでしょう」


「扇を?」


「扇に皇帝としての力が宿ると言われているからです。扇を民衆に見せて、皇帝になったと宣言するのでしょう」


 雷帝は布で隠された自分の左手を無意識に見つめた。


「私はもう行かなくては。姉上たちが待っている」


「一人で行くのか?」


 先を急ぐ風帝を、呼び止めた。

 風帝は振り返り、覚悟を決めたように唇を引き結んだ。


「助けは不要だ。自分の国の落とし前は自分でつける」


 そこまで言われたら、何も言えなくなる雷帝だった。



 ✤✤✤✤



「宮廷内は全て制圧した。あとは扇を手に入れるのみ……!」


 王座に足を組んで座る男は下卑た笑いを浮かべる。


 風輝の家族を捕らえた叔父だった。顔の造りは整っているのに、どこかずる賢いような顔立ちだった。


「あいつが扇を盗まなければこんなに手こずらなかったものを」


 扇が置かれている場所はすでに空になっていた。息子の風輝が持って行ったに違いない。


 直系のみが皇位を継ぐので、皇帝の弟では皇帝にはなれないはずだった。


 しかし、国を奪う機会はすぐにやってきた。

 元々病弱だった皇帝は少量の毒で直ぐに逝った。


 皇帝の弟の息のかかった者による暗殺だったが、足取りはつかぬようにしていたので、病弱だったという一言で片付いた。


「叔父上、国を返していただきたい」


 扉が開いて、風輝が一人立っていた。

 それを見て嘲笑うかのように、叔父は上唇を舐めた。

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