表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
  作者: 矢久 勝基
第一章 魔女狩り
16/22

魔女ナティオラス

 『弓槻』では船内外での動きがあわただしい。

「やってきたぎゃ」

 艦橋指揮所のエルファンスの背中に突如浮かび上がったのは情報部長、ダンであった。

「ご苦労。では一番から二番隊、展開せよ」

 四番まである白兵戦部隊たちの半分、百余名が『弓槻』から散るために情報部が行ったのは、『弓槻』の監視網をかいくぐるトリックであった。

 パーキンス側は『弓槻』を包囲して監視しているわけではない。本来そうしてもよさそうな状況だが、それをせず、沿岸砲を通して遠巻きに眺めているだけという甘さに彼らは漬け込んだ。

 トリックはさまざまだ。下ろしの荷物の中に人を潜ませたり、荷で死角を作って夜の間に街中に彼らを散らす道を作ったり……。

 あれよという間にニ小隊が『弓槻』から消える。手馴れていた。

「ダン、クルップにはこちらの意向を伝えたい」

 ……もはや言うまでもないかもしれないが、エルファンスは結局、動くことに決めた。

 ラインバックの言うとおり、船長は一つの国を相手に、クルップ一人を投げ出す無謀が分かっていた。しかしその無謀は無駄ではなかった。

 彼が起こした波紋が広がりを見せ、『弓槻』船員たちに浸透したのである。まさか署名という形で自分に戻ってくるとは思いもよらなかったが、仲間の苦悩を共にしてやりたいという旨が数多くの署名から感じられ、それがなにより船長の心を打った。

 一方で数少ないながらもコトヨイに触れた男たちが、それぞれの理由をつけて彼女を救いたいと書き連ねていたことも印象的だった。エルファンス自身もその一人だったが、思えば不思議な魅力を備えている少女である。


 情報部長ダンがクルップを浜辺で見つけた時、彼らは奇妙な特訓を行っていた。クルップが処刑場へ突入することに決めてから相当の時間がたっているから、彼らは放っておけば寝ず休まずで時間を操る特訓を行って、突入していたのだろう。

「おまたせ」

「おわ!! ダンさん?」

「うん。ダンさん」

 彼は声が特徴的なので、闇の中に溶けていても声を発すれば『弓槻』船員は大体が彼だと分かる。

「どうしてここが?」

「俺、情報部」

 とは言いつつ、彼がクルップたちを見つけたのは偶然である。情報部員たちは彼を探すために放射状に散っていた。

 ダンの恰好は別に黒装束というわけではないのだが、少し離れれば彼の表情を確認することができないほどの暗さがあるので、クルップから見れば実質闇と話しているように思う。

 その闇には、やや高揚感があった。

「よろこびゃ。あの魔女の件。『弓槻』が動く」

「え!?」

「俺もうれしいよ。とちったのは俺だからにゃ」

 だからおみゃーは所属元に戻って作戦に参加すればいい……という船長のメッセージをダンは伝えた。

「ってぇことは二番隊が突入するんですかぃ?」

「今から説明する」

 コトヨイが磔にされる場所はいわゆるアンフィテアトルムと呼ばれる、円形の闘技場である。今回は処刑に扱われるので"処刑場"という言葉で統一したい。

 何が円形かといえば、観客席が中央の地上アリーナをぐるりと取り囲んで、上から見ると円で囲まれていることによる。

 三層からなる観客席は巨大な階段のようになっており、観客席に出るための通路が外周に回廊となっていて、見立て、ここに等間隔の見張りがつくようだ。この見張りの羅列が歪めば、その穴が開いた部分を爆破して中央まで侵入が可能になると思われる。

 作戦はこうだ。

 一番隊は一般民を装い観衆として処刑場に入り、二番隊は武器を所持して場外に潜伏。情報部が破壊工作を行って場を混乱させ、観衆に扮している五十名がそれを煽りつつ処刑場から逃げる。さすがに見張りも騒動を見てみぬふりはすまいから、その陣形は崩れるはずである。

 一方で『飛竜』を突入させることによりさらに場を混乱させ、情報部は陣形が崩れて防御線が薄くなったところから処刑場への道を確保。二番隊がそこから突入し、コトヨイ救出に向かう。

「わかりやした」

 出てくる部隊の名にいちいち心強さを感じる。いつも共に働いている仲間たちだ。実力も知っているからその軍容を聞けば失敗などは考えられない。にわかにわいてきた希望にクルップの心は躍った。

「そうだ、ダンさん。調べてほしいことがありやす」

「おみゃーはホント俺のことをコキつかうにゃぁ。なんだぎゃ?」

「すいやせん……」

「いいよ。なんだ?」

「あの娘の持ってた杖の所在を……」

「ん、わかった」

 ダンは仕事が増えたと知るや否や、闇に溶けるように消えた。


 日の出は、数日間空を見ていなかったコトヨイの目を焼いた。その無垢なまばゆさを手でさえぎりたいが、両手とも背中で絡め取られていて顔を背けるしか手段がない。

 処刑場へ向かう彼女を囲んでいる兵の数がやけに多いのは、先日彼女の奪還目的と思われる監獄への侵入があったせいだろう。一様に鉄製の鎧と兜を身にまとい、ガシャガシャと金属の合わさる音を立てながら歩いてゆく。そんな姿をまるで他人事のように目にしながら、コトヨイも同じ方向へ向かう。

 収監施設から処刑場まではそんなに距離はない。一団はまもなく、巨大な処刑場の正門に飲み込まれていった。

 中は直径五十メートルほどの円形のさら地であり、それを中心に階段状になった観席がぐるりと三百六十度取り囲んでいる。満席だとどれくらいの目が地上を見下ろせるのだろうか。

 黄土色の地面が広がる処刑場の真ん中には巨大な丸太が横倒しに置かれている。魔女を結わえ、高々と掲揚するためのものだ。ついでに魔女をまがまがしい物と植えつけるようなカルトチックな黒いワンピースを着せられている。

 彼女はその後、三十分ほどの時間で建物の二階ほどの高さに磔にされた。処刑は九時だと小耳に挟んだから、これから二時間半ほどここで空を仰いでいることになるらしい。

 なんというか……他人事だ。もう泣き尽した。人があわただしく右往左往して、たまに大人数が彼女の息がかかりそうなほどの近さで作業をしている。横倒しになった丸太を起こして一つの柱にするのが大作業なようで、あちらこちらで大声を掛け合って協力する姿が無感動な情報として脳に流れ込んできた。

 自分の周りで、こんなに大人数が額に汗を浮かべながら、もくもくと作業をしていることが不思議だ。

(……みんな、あたしを殺すために汗を流している……)

 下で働いてるいずれの顔も見たことはない。当然誰も自分に恨みを持つ者などいないだろう。それどころか何の感情も持っておるまい。

 無感動に、無表情に、まるで埃を払うかのように殺されるのだ。

 そんな不条理があるのだろうか。そんな不条理に彼女は昨日まで泣きつくして……今は眠たそうな目でその様を見ている。


 日が昇るにつれて人はさらに増え、役者がそろったところで儀式は始まった。

 ぐるりと魔女を取り囲んだ席には大観衆……とまではいかないが数を数えるには困難な人数が見下ろしている。人間の肉が焼けただれていく様の、なにがそんなに面白いんだろう……。コトヨイの頭にそのような思いがよぎって、その肉が自分のものだと意識すると、やはり恐怖が背中を寒くした。

 叫ぼうか。いっそのこと叫び倒そうか。

 魔女でなにが悪い!魔女でなにが悪い!!

 ……理性が頭をよぎれば、枯れたはずの涙が再び浮かんでくる。

 だから彼女は考えるのも叫ぶのもやめた。しかし実際足に火が燃え移った時、自分は叫んでしまうかもしれない。大声で泣くかもしれない。

 ……彼女は足元数メートルはなれたところに山積みになったたきぎに目をやり、唇をかみ締めた。

「魔女よ」

 不意に声がかかった。コトヨイの意識の外で、すでに儀式はかなり進んでいる。声の主を探せば、少し離れた場所に多くの護衛に身を守られた男が立っている。相当の齢を重ねているが、バイタリティに溢れるその双肩がいやに威圧的であった。

「そなたを探しておった」

 豪奢な服の中にはたくましい筋肉が隠れていて、腰に差した両刃の剣は単なる飾りではなさそうだ。

 蓄えられた口髭も髪も黒く艶めいており、とても歳相応には見えない。

 パーキンス王ザイアス……。何度も述べているが魔人戦争の英雄の一人である。

「そなたがなぜ、わざわざこれほどに遠方まで運ばれて刑に服するか、その理由を考えたことはあるか?」

「え……?」

 なにを言われてももはや聞こえないだろうと思っていたコトヨイの耳に、その言葉がこだました。

 その意外そうな表情を満足げに見上げる王。

「やはりな……」

 王は彼女から目を離し、彼を見下ろす観衆に向けて喧伝した。

「我らはついに魔女ナティオラスの孫娘を捕らえたり!」

 その名は、一様に場にいる観衆を黙らせた。魔女ナティオラス……魔人戦争を企てた張本人であり、その力は大地をも変動させた。

「間違いない。面影がある」

 彼はもう一度処刑台にくくりつけられた彼女を見、そう言った。

「一族を根絶やしにせねばあの惨劇は必ず繰り返されよう。そなたの死は人類にとって多大な意味がある。余はここにまた一つ、偉業を成し遂げるのだ」

「人違いです!!!」

 この時、思わずコトヨイは叫んでしまっている。ナティオラスの名は知っている。が、そのような歴史上の偉人と自分が繋がっていようはずがない。

「巧妙に隠されたのだよ。余はあの戦争後もそなたらを調べ続けた。そなたは親の顔を知るまい?」

「……」

「まぁよい……そなたはこのパーキンス王自らが滅してやる。……火を持て」

 どうも式次第と手順が違うらしい。従者がうろたえたが、すぐにたいまつに火を生んだ。

「待って!!」

 コトヨイが叫ぶ。

「教えてください!! せめて……せめてちゃんと自分のこと知ってから死にたい!!」

 従者が恭しくそのたいまつを王の元へ送る。右手に赤々と燃える炎を携えた王は、やや険しい顔をした。

「いいだろう。教えてやる」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
i343262
作品のロゴです。クリックすると目次へ移動できます。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ