『弓槻』の男たち
現状は砲術部長マッシュから射手タカに伝わった。軍隊とは違い、「ただ命令に従えばよい」という考え方は『弓槻』にはない。なぜ沿岸砲の砲門が『弓槻』の方へ向けられたのか、説明を望んだタカはそのすべてを聞いた。
「んなもん。先に沈黙させちまえばいいだろ……って言ったんだけどな」
その話が『飛竜』騎手、親友でもあるレグスタに伝わっている。修理中の『飛竜』の調整のために格納庫にいるレグスタに会いにいった。
「撃ったらダメに決まってんだろ。アホだなお前」
「マッシュにも同じこといわれたぜ」
『弓槻』はまだ荷物の積み下ろし作業中なのである。戦争を始めるわけにはいかなかった。
もちろんパーキンス側が、その作業を妨害するようなら、彼らは撃つ。積み下ろしの荷物はパーキンスのためではない。妨害するものはすべて攻撃しても仕事を全うするのが、彼らのルールであった。パーキンス側もそれを知っているから簡単に封鎖はしてこない。
「しかしお前、沿岸砲向けられてんのにこんなとこでしゃべってていいのか?」
「いや、撃ってこねえよ」
洞察力と勘だけで彼は言った。
「そういう問題じゃなくて配備を命令されてんだろ?」
「そうなんだけど」
"そうなんだけど"、抜け出るように後甲板まで走ってきたのには、それなりの理由があった。
「頼みがあってきたんだよ」
「頼み?」
「あの魔女、俺らも救おうぜ」
「え?」
「おめーに一撃加えるような女に、一回でいいから話してみたいんだよ」
「またその話か」
タカはとにかく技術屋である。意外な頼みを持ってきたとレグスタは驚いたが、蓋を開けてみればタカらしい頼みでもあった。
「そのノウハウが生かせれば、『弓槻』はもっと強力になる。場合によっちゃうちの戦力としてあの女を迎え入れればいいんじゃねえのか?」
やれやれ……レグスタは鼻を抜けるようなため息をついた。この男の頭には"戦力"という二文字しかないのか。
「お前、人間とかを成分とかで見てそうだよな……」
「成分?」
「女見たら普通、鼻のラインがどうだとか腰のくびれがどうだとか、そういうとこ見るだろ。だけどお前の場合、この辺がたんぱく質でこの辺がアミノ酸とか思ってそうでよ……」
同期ながら恥ずかしい男だ……レグスタは冗談交じりだが思った。が、しかしこの腐れ縁の友はなおもぶちまける。
「たんぱく質とかアミノ酸じゃ役に立たねえだろ。どういう武装でどういう威力か……大事なのはここなんじゃねえか?」
「女を見るときに大事なとこはそこじゃねぇってばよ……まぁいいや」
この話はいつまでも平行線だろう。収束させようとした矢先、タカはレグスタを拝んできた。
「な? 頼むよー。おめーだって「一撃見舞えたら逃がしてやる」って言ったんだろ? 『飛竜』おしゃかになってんのに、それじゃ約束違反じゃねえのか?」
「おしゃかになってねえ!」
が……確かにその部分に関しては彼の言うとおりでもあった。
「おめーは空が飛べる。おめーの力は救出って意味じゃ絶対に役に立つと思うんだよ。な? 頼む」
「そんなめんどくせぇこと、ちょっとは考えさせろ。馬鹿」
言いながら『飛竜』の修理箇所の操作をしてみた。問題なく動きそうである。
そんな空気が流れている。
航海部長ラインバックも、このままではクルップの成功の見込みは限りなく低いと見ていた。どのような策を考えてもクルップ一人ではおぼつかない。だいたい、少々の小細工で魔女狩りの処刑が阻止できるのなら、これまでも魔女たちはそれを大々的に行ってきただろう。
しかし、それは船長も当然考えたはず。その上で彼はクルップを解き放った。
……そこで、船長の本当に望んでいることがわかったのだ。ラインバックは結論に達した時、笑ってしまった。
だから今、船内を忙しく回っている。「ほっつき歩いている」と先ほど言われていたが、"ただ"ほっつき歩いているわけではない。彼は重い荷物を背負って、艦橋指揮所に戻るなり、「船長」と声をかけた。中にはエルファンスの他に副長ロールウェイ、砲術部長マッシュがいる。
「どこをほっつき歩いていたのだ。状況を説明する」
「え?? はい」
彼は沿岸砲がこちらを向いたことを知らない。事情を説明されれば、なぜか彼は「それは都合がいいや」とつぶやいた。
「船長。俺らもあの娘を助けましょう」
「……」
そのあまりのストレートさに一瞬すべてが言葉を失う室内。やがてエルファンスは言った。
「俺がどういう気持ちでクルップを送り出したかがわからんか」
「わかりますよ。船長も本心じゃ助けたいって事でしょ?」
「……俺がいつそんなことを言った?」
「じゃなきゃあなたがクルップだけをおめおめ危険に晒すような下船を認めるわけない」
「……」
「船長が助けたいんなら俺らも助けたいんですよ。ほら、証拠」
ラインバックは背負っているカバンから紙の束を取り出した。見れば彼の字で「船長もホントは助けたがってる魔女を助けたい人は署名。応援の一言も歓迎」などと書いてあり、その下は名前で埋め尽くされている。
「応援の一言くれた人の、読みましょうか? ……そもそも魔女救出を困難にしたのは俺が原因っす。手伝いたい。情報部長ダン。部下のためならやむなし。白兵戦部隊二番隊隊長ケンツ。ケンツがそういうなら手伝います。白兵戦部長カツラ。魔女助けてうちの戦力にしましょう。主砲射手タカ。奴には借りがある。『飛竜』騎手レグスタ。だいたい船長は……」
「もういい」
船長が本当にほしかったのはこれだ。本当は自身で飛び出していきたいのに立場がそれを封じ込めているこの男にとって、この船の意思が背中を押してくれることを望んだのに違いない。ラインバックはそう確信していた。
「というわけです。都合のいいことに向こうも威嚇行動取ってるし、積み下ろし作業が済み次第動きましょ」
「……」
船長は、長く沈黙した。今今言ったが、立場がある。立場が人を良くも悪くも封じ込めるものだ。彼に言わせれば彼なりのルールがそこにはある。
「……我らが攻撃をするのは、己の身を守る時だけだ。今回は根本的に意味が違う。無益な損害を増やすわけにはいかない」
「ああ、船長のその生真面目さに触れた一言もありますよ。輸送妨害でも人命救助でも俺らにとっちゃ変わらない。船長についてきます。機関部マーラー 素直になってください。整備士ザンダ。壊れたら修理すればいい。機械部ベイ。だいたい船長は……」
「もういい……」
「やると決めましょ。今頃クルップの奴、途方にくれて泣いてますよ」
ラインバックは署名の束をエルファンスに握らせる。彼は感情を前に出すことはしなかったが、
「どこをほっつき歩いてるのかと思えば……」
その一つ一つに目を通して、しばらくさまざまな筆跡に触れていた。副長に目配せすれば、
「わたしは反対です」
静かに言い放たれたが、
「……が、船長のご命令には従います」
「……」
エルファンスは深く黙ってしまうしかなかった。




