腕の中で
― 3か月後 ―
今日は高瀬と待ち合わせてウェディングドレスを見に行くことになっていた。レンタルでいいと言ったのに「近頃はオーダーも安いんですよ」と言って作ってくれたのだ。高瀬の仕事が5時過ぎに終わるので、6時に式場の前で待ち合わせをした。2人が選んだ式場は、真っ白な柱が何本も立ち並ぶ宮殿のような式場だった。なんだか懐かしい気がしてここを選んだが、よく考えると入口の雰囲気がグリフォン城の頂上にあった精霊神殿に似ていたのだった。
入口まで連なる階段を上りながら、さあやはふと式場の向こう側に見える月を見上げた。金色に輝く月はまぶしいほどの光のベールを夜空に広げている。それを見てさあやはヴェル・デ・ラシーアで見た、二つの月を思い出した。
「そうか。この国の月はひとつしかないのね」
「え・・・?」
そのつぶやきが聞こえたのか、高瀬が不思議そうにさあやを見つめた。
「あ、いえ。なんでもありません」
式場の中に入ると、担当の女性が待ちかねたように出てきて、彼らを案内してくれた。レンタルドレスがたくさん並んでいる中を通り抜けると、スポットライトが照らし出す一段高い舞台のようになっていて、その向こう側に試着室があるようだ。その横側の壁に真っ白なウェディングドレスが掛けてあった。
「水嶋様のご注文通り、とても素敵なドレスに仕上がりましたよ」
案内の女性がドレスをこちらに持ってきた。
「わあ、ほんと・・・」
さあやは高瀬と微笑みあった。
試着を進められたので、ドレス担当の女性とともにフィッティングルームに入った。ドレスを着るのを手伝っていた担当者は、ふとさあやの左手の指にはめられた指輪を見て言った。
「まあ、変わった指輪ですね。その絵は家紋か何かですか?」
さあやはハッとしたようにアルバドラスにもらった指輪を右手で握りしめた。高瀬には悪いと思ったが、どうしてもこの指輪だけは外せなかったのだ。あの夢の世界から持って帰ってきた、ただ一つの思い出だった。
「あ、ええ。ある国の紋章というか・・・」
さあやが言いにくそうに言葉を切ったので、担当の女性はすぐに客の機嫌を損ねないよう笑顔を浮かべ、「素敵な指輪ですね」と言って作業を続けた。着替えを終えて少し恥ずかしそうに出てきたさあやに高瀬は「とてもきれいだよ」と声をかけた。
「せっかくですから、こちらの大鏡の前でご覧になって下さい」
担当の女性が一段上の台に手を差し出した。眩しいほどの光が照らし出す舞台の奥には壁一面に大きな鏡があって、全身を映せるようになっていた。
「ちょっと恥ずかしいわ」
「いいから、行ってごらんよ。ほら」
高瀬にせかされて一段高い舞台に上った。ウェディングドレスやベールにつけられたビーズが虹色に輝いてとても綺麗だ。
「わあ」
ため息交じりに声を上げ、思わず左手を胸に押し当てた時だった。ふと指が熱くなったような気がして左手にはめられた指輪を見た。ライトの光を取り込んだ指輪から急に強い光があふれ出してきた。驚いて顔を上げたさあやは更にびっくりしたように目の前の鏡を見つめた。光の中にたくさんの懐かしい顔があった。
サーズ、メダ、スーザ、フレイヤ、カヤ。キートレイやマーロ達兄弟。エルとフリッパー、クラティカも居る。そしてその中央で少し寂しそうな笑顔でじっと自分を見つめているのは、別れた日のアルバドラスだった。急に胸が苦しくなって涙がこぼれ落ちた。さあやはただ、そこに映る人たちの名を呼んでいた。
「・・・ごめんね、ルディ。私、自分だけ幸せになろうとしてた・・・。あなたはずっと、これからも戦い続けて行くのに・・・」
振り返ったさあやは、じっと自分を見つめて立つ高瀬と目が合った。
「又、行くんだね。あの日のように・・・」
まるで覚悟をしていたかのように高瀬は言った。
「ごめんなさい、高瀬さん・・・」
さあやはドレスの裾をつかむと、舞台から飛び降り走り出した。式場の長い階段を駆け下り、たくさんの人々が驚いて振り返る中をひたすら走った。あの日、ヴェル・デ・ラシーアへ導かれたあの場所へ・・・・。
息を切らしながらたどり着いた道の向こうには、緑の葉を夜空に広げた大きな桜の木があった。確かこの辺りで落ちたはずだ。だがどこにもマンホールのような穴はなかった。あれは聖霊がさあやを呼び出すためにあけた穴だったと、改めて気が付いた。
さあやは力が抜けたようにその場にしゃがみ込んだ。アルバドラスはもう二度と扉を開けないと言った。ここで待っていても、もう彼らには会えないのだ。途端に悲しみが込み上げて来て、さあやは顔を覆って泣き始めた。
「ルディ、ルディ・・・ごめんね。一番会いたい人は、あなただったのに・・・。気付かなくてごめんね」
さあやの涙が地面に落ちると、それが青い光の玉になって転がり、やがて彼女の周りを丸く取り囲んだ。まるで泣いている大切な人を慰めるように地面から沸き上がった光は、ゆっくりと彼女を包み込んでいった。
華やかな音楽に合わせて色とりどりのドレスを着た貴婦人たちが踊り始めると、宮廷舞踏会の開幕である。そんな楽し気に踊っている人々とは反対に、不機嫌そうな顔の男が三人、階段の上のひときわ高い場所からそれを眺めていた。真ん中に座っているアルバドラスを横目でチラッと見ると、メダはゴホンと咳払いをした。
「今日こそ皇妃さまを決めて頂きますぞ、陛下。どのご婦人も家がら、身分共に申し分のないご出身であらせられます。ま、それでもサアヤ様には敵いませんが」
メダの最後の言葉は、かなりの嫌味がこもっていた。
「陛下はあまり舞踏会に出られたことがないので、ご存じないでしょうから私が説明いたしましょう」
今度は反対側に立っているサーズが右手を差し出した。
「あの右端で踊っているご婦人はメイラ殿。アグロス公の三女で現在18歳。まあ、少し頭がパーで素行に問題はありますが、若いからよろしいでしょう。それからあちらの黄色いドレスの方はスーラン殿。ケントグルフ家の侍女で23歳。今日は明るいドレスでアピールしておりますが、普段は根暗・・・、いえ、おとなしいお嬢様で、趣味は占い。特技は嫌いな相手に呪詛を掛ける事だそうです。えー、それから・・・」
長々と続くサーズの説明を聞きながら、アルバドラスは頭を片手でかかえてため息をついた。さあやを帰らせてしまってから、サーズもメダもずっとこの調子だ。今日だって嫌だと言ったのに、何が何でも皇妃を決めて今年中にお世継ぎを作っていただきますと、強引に連れて来られた。確かに黙って帰したのは悪かったが、こんなにネチネチといじめなくても良いではないか。
「えー、それからあちらのネイシャ嬢は22歳。趣味は・・・」
「もう良い」
アルバドラスは手を振ってサーズの言葉を遮った。
「其の方らの気に行った女子を選んでおけ。文句は言わぬ」
「本当でございますな。我らが選んだ相手と結婚して下さるのですな」
大きな顔を近づけたメダに「皇帝に二言はない」と答えると、アルバドラスは目をそらした。
「よし。サーズ、すぐにご婚礼の準備に入ろう」
「その前に相手を決めてしまいましょう。シンシア殿などいかがです?」
「良い女子だが、陛下より年上だぞ」
「健康ならば良いのでは?」
両隣で勝手に人の結婚相手を議論し始めたサーズとメダに、アルバドラスは大きくため息をついた。
なぜ帰してしまったのだろうな・・・。あのまま黙っていれば良かったのに、バカな男だ。自分の事をさげすみながら、別れた日、別世界へ続くトンネルの奥へと消えて行く背中を思い出した。
「サアヤ・・・・」
突然、天井から青い光のベールが渦を巻くように広がり、驚いた人々が上を見上げる中、誰かの叫び声が響いて来た。
「キャアアアアッ!」
いきなり自分の膝の上に落ちて来た女性を、アルバドラスはあの日と同じように驚いた顔で見つめた。
「いたたた。ちょっと精霊!もう少し優しく下してよね!」
天井を見上げて叫んだ後、たくさんの人々の視線を感じ、さあやはきょろきょろと周りを見回してから目の前のアルバドラスに笑いかけた。
「ごめん、ルディ。またルディの上に落ちちゃった。痛くなかった?」
「我は・・・大丈夫だが。ウェディングドレスとは随分と気が早いな」
「ええ。日本のOLは仕事が早いのよ。もう寿退社しちゃったけどね」
さあやはにっこり笑うと、「ただいま、ルディ!」と言いつつ、彼の首に抱き付いた。そんなさあやを見つつ、サーズとメダはニヤリと笑ってなずき合った。
「それではさっそく、ご婚礼の触れを出しましょう」
「うむ。近年まれに見る挙式にしてみせるぞ」
そしてアルバドラスは、腕の中に居る温かな存在に、一番言いたかった言葉をささやくのだった。
最後までお読みくださってありがとうございました。
勢いよく書いてしまった作品なので、色々つたない部分もあったと思いますが、皆様のおかげで書き上げることができました。
ではまた、次の作品でお目にかかれる日を楽しみに・・・。
月城 響




