カルヴァンの最期
ー 負けた・・・・ -
力が抜けたようにカルヴァンが地面に膝をつくのを見て、さあや達も下に降りてきた。アルバドラスはフリッパーから降りると、地面に手をついて呆然としているカルヴァンに言った。
「カルヴァンよ。そちは今回の件についてその責を取らねばならぬ。だが引っ立てられて己の民の前で首をはねられるのは不本意であろう。王として勇ましく戦って死ぬがよい」
アルバドラスの言葉にサーズは馬を降り、カルヴァンの処へ近づいて行くと剣を引き抜いた。しばらく地面を見つめていたカルヴァンも逃れようがないと思ったのか、側に落ちている剣を拾い、立ち上がった。
剣を下段に構えたサーズに上から切りかかるが、一瞬で跳ね返された。次は横から剣を振る。だが目の前に居る男は軽々と跳ね返し、カルヴァンは剣と共に投げ飛ばされた。
「くそっっ!」
地面に倒れたまま彼はギリッと歯をかみしめ、己を殺す男を見上げた。
俺は死ぬのか?祖父が死んだこの地で、同じように人間に討たれて死ぬのか。
体を起こしたカルヴァンは再び地面に落ちている剣の柄を握りしめた。
このまま何もせず殺されるなんて嫌だ。皇帝に一矢報いる事が出来ないのならせめて・・・・・。
「お前を殺してやる!」
立ち上がったカルヴァンは猛然とさあやに向かって走り出した。驚いたフレイヤ達が走り寄ろうとしたが間に合わない。氷付いたように立ちすくんでいたさあやは地面から光の壁が湧き上がり、カルヴァンを弾き飛ばすのを見た。
ー 今の・・・私じゃない -
振り返ったさあやはエルとフリッパーを見たが、彼等はただじっと空中で成り行きを見守っているだけだ。驚いたように反対側を見たさあやは、アルバドラスの周りに青い陽炎のような炎が立ち上るのを見た。それはアルバドラスが完全に聖霊の力を取り戻した証であった。
「カルヴァン。これ以上、己の民の前で醜悪な姿をさらすのはやめよ。王なら王らしく、自らの始末をつけるがよい」
悔しげに鼻をゆがめた後、カルヴァンは震える手をゆっくりと伸ばし、地面に落ちた剣を拾い上げた。獣族達が見守る中、彼は荒い息を繰り返しながら剣先を己の方に向けた。両手で強く柄を握りしめると、一気に腹に突き刺した。痛みをこらえながら、彼の体はゆっくりと横に倒れた。かすれていく目の奥にずっと憎み続けていた男の姿が映った。
「見事であった、カルヴァン。そなたとの約束、ヴェル・デ・ラシーア第17代皇帝の名に懸けて、必ず守る。安心するがよい」
最後の吐息を吐きながら口の端をゆがめて笑うと、カルヴァンは目を閉じた。そうだ。これでいい。俺は王としての役目を果たしたのだ。
獣族達がすすり泣く声が聞こえてきた。彼らの夢は今、潰えたのだ。
「王の亡骸はそち等に引き渡す。丁重に葬ってやるがよい。だが夢は終わったわけではない。これからはこの国で獣族の歴史を刻むのだ」
アルバドラスは次に自らの軍の前に立ち叫んだ。
「其の方らもよく覚えておくがよい。これより先、獣族は人と同じ権利を有する。我らの友となり、共にこの国で生きる国民となる。決して人より下に位置する者ではない。それを心得、共に良い国を作りあげて行くのだ。いつか彼等が誇りを持って“我らはヴェル・デ・ラシーアの民”と言えるように・・・!」
さあやには今、目の前に居るアルバドラスがとても大きく感じられた。彼を包んでいた青い炎はもう消えていたが、まるで祝福するように精霊たちが彼の周りに集まってくる姿が見えていた。サーズや彼の後ろに居る軍の司令官や歩兵たちには、聖霊の姿こそ見えなかったが、自然に頭を垂れるような威厳を彼に感じていた。
「精霊王・・・いえ、我らが精龍王に・・・」
一人の兵のつぶやきと共に、周りからも「我らが精龍王に」という言葉が次々と湧き上がり、兵達が前から順に跪くと、まるで黒い波が引いて行くように見えた。
はじめは憎しみや悲しみでいっぱいだった獣族達も、誰からともなく跪いて行った。彼らは新しい王としてアルバドラスを認めたのである。
すべてが静まり返る中、アルバドラスはエルの側に立って、じっとこちらを見ているさあやを見つめた。にっこりと微笑むさあやにアルバドラスがうなずき返すのを見て、スーザは胸の奥が痛くなるのを感じた。
あんな2人を見た事がある。城の入口を入った広間にある皇帝と皇妃がともに描かれた絵。皇妃が皇帝と共に描かれている絵はその一枚しかない。それだけで彼らの仲の良さがうかがえるが、その絵はアルバドラスⅡ世とセラスティーアの絵だった。そして今、目の前に居るアルバドラスとさあやは、まさにその絵そのままであった。
最初から手の届かない人だったのだ。あの人は・・・。
肩を震わせながらうつむいているスーザの肩を、キートレイが軽く握りしめた。
「兄上。僕、生まれて初めて失恋しました」
「ああ、俺もだ。俺の場合は初めてじゃないけどな」
手を差し出してフリッパーを呼び寄せたアルバドラスは、サーズの元にイーグスが走り寄って何かを囁くのを見た。殿を務めていた第一連隊の隊長からの報告をサーズに知らせたのだ。サーズの難しい顔から察して、良くない報告だろう。アルバドラスは周りの獣族を見回して、その知らせの内容を何となく悟った。ここに居るべきもう一人の人物が見当たらないのだ。今、目の前ですすり泣いている獣族ではない、ただ一人の人間。ハルが追手の目をかいくぐって逃げたのは、明らかだった。
「ハル・・・」
小さく呟くと、アルバドラスは目を閉じた。一瞬で意識が空へ舞い上がり、この荒野を見渡した。そして土煙を巻き上げ走る小さな馬影が見え、徐々に上から馬を駆っている男を映し出した。
「フリッパー。もう一度頼む」
ハルを取り逃がした報告をしようとしたサーズは、アルバドラスが再び飛び立とうとしているのに驚いた。
「陛下」
「ハルは我が追う」
「しかし、危険です。どこに逃げたかも・・・」
「全て見えておる。それに奴との決着は我が付けねばならぬのだ。兄であるこの我が・・・」
ドラゴンが音もなく空に舞い上がるのをサーズは見送ったあと呟いた。
「聖霊の力とは、かくも自在なものなのだな」
そして再び全軍を率いて、アルバドラスの後を追って行った。
「エル。私も連れて行ってくれる?」
さあやもエルにまたがると、空へ舞い上がった。




