戦いなくして
2人の獣族に引っ立てられるようにして牢から出されたさあやは、城の外に出てじっと空を見上げて立つ、カルヴァンのもとへ連れて来られた。そして彼らの見上げる空を同じように見上げ、その姿を見つけた。
「ルディ・・・!」
今、ヴァン・グリフォン城の城門の内側には3万を超える兵達が集められ、今か今かと出陣の合図を待っていた。長い間、戦がなかったこの国の戦士たちの中には、やっと自分の腕を見せる機会が来たと息巻いている者も大勢いる。そんな兵達の士気の高まりを感じてか、馬たちの激しいいななきやエグラの低く息を吐くような興奮した息遣いも多く聞こえてきた。そんな中、ずっと乗り続けてきた白い愛馬に乗ったサーズも白と金色の甲冑に身を包み現れた。彼はここに居る全員の気の高まりを感じ取るように大きく息を吸い込むと、軍の編成を確認した。
「騎馬隊は両脇を固めろ。歩兵は遅れをとるな。装甲車はエグラに引かせよ。第一連隊と聖騎士隊は殿を務めるように!」
軍務の副長官に任命されたイーグスや騎馬隊隊長達は彼と同じように馬を操りながら大きく返事をし、それぞれの隊に散って行ったが、フレイヤはその場にとどまっていた。今日の彼女はその髪と同じ赤い甲冑に身を包み、彼女の愛馬にも赤い戦飾りが付いている。その馬のすぐ側にはキートレイとスーザも立っていた。
「私は兄上と一緒に最前列に立つぞ!」
「俺もだ」
「僕もです!」
フレイヤの声に続いて、キートレイとスーザも叫んだ。そんな弟たちをムッとした様にサーズはにらんだ。
「なんだ、お前達は。誰が勝手に隊を離れていいと言った。第一スーザ。第10連隊は他の近衛と共に城の守りを固めよと言ってあるだろう」
「兄上。僕にどうかチャンスを与えて下さい。さあやさんをさらわれてしまったのは全て僕の責任なんです。僕たちはこの国で、さあやさんと一番親しい人間でしょう?この三日間、さあやさんはどれほど辛い思いをしていたか。僕たちが一番に行ってあげなければ。それに僕たちはきっと兄上の役に立つはずです!」
サーズはスーザの発言にうなずいている弟たちを横目で見た。普段ならばこんな命令違反は絶対に認めない性格だが、近衛連隊長に過ぎなかった彼が軍務の第一庁長官になり、3万もの兵を率いて出陣するのは今日が初めてである。軍の将軍の中には、そんな彼をまったく認めていない者もたくさん居る。確かに気心が知れて使いやすい人材が側に居る事に越したことは無かった。
3人にも馬に乗ってついてくる許可を与えると、サーズは馬を走らせ、兵達の前方に立った。
「全軍、出陣せよ!!」
大きな太い尻尾を左右に振りつつ、空中にとどまっている2匹のドラゴンを見上げカルヴァンは叫んだ。
「弓矢隊、前へ!」
弓を携えた兵達が一斉に飛び出した。一番前列に居る者は膝をつき、その他の者は立ったまま隊列を組むと、空へ向かって矢を放った。放たれた矢が一気にこちらに向かってくるのをアルバドラスは冷静に見つめた。矢は全て彼らの前で落ちるか、脇をすり抜けて行った。
「ドラゴンに矢を射るとは・・・。無駄な事をするものだ」
アルバドラスは呟くと、崩れかけた城壁の前で自分を見上げて立っているさあやの無事を確認した。再び矢が放たれた。陣列の後ろで指示を下している黒い被毛の獣族がカルヴァンらしい。矢が自分の横をすり抜けて行くのを見送ったアルバドラスはフリッパーに言った。
「少し脅かしてやれ、フリッパー」
彼がその大きな口を開くと、中に青い光の玉が浮かび上がりそれは徐々に大きくなった。勢いよく口から吐き出すと、更に巨大になった光の玉が、獣族達の頭の上を通り抜け、城の壁を一気に破壊した。
「わあああぁっ!」
獣族達の叫び声と共に石の破片が散乱し、壁が崩れ落ちた。
「獣族の王よ。速やかに人質を解放し、降伏せよ。さすればそちの民の命はすべて助けよう」
アルバドラスの説得にムッとしてカルヴァンは叫び返した。
「誰が降伏などするか!卑怯だぞ、皇帝!そんな空の上におらずに降りて来い!」
「ほお。人質を取るようなやつに、卑怯者と呼ばれるとは思わなかった」
アルバドラスは呟くと返事を帰した。
「残念ながら我はそんな巧言に惑わされるほど若くはない。獣族の王よ。その内帝国軍もやって来るだろう。己の民の事を考えるのなら、今のうちに降伏しておくのが身の為だぞ」
帝国軍と聞いて獣族達は急にざわめき始めた。帝国の所有する軍は20師団あり、辺境に赴いている軍や地方の領主に仕える兵などを合わせると、全軍で12万の兵が居る。それだけの軍を所持しているのはヴェル・デ・ラシーア帝国だけであり、これこそが大陸制覇を成し遂げた所以であった。そんな軍勢が一気に押し寄せれば、500にも満たない彼等はあっという間に殲滅させられるだろう。
兵達が浮足立っているのを見て、カルヴァンはさあやに駆け寄り、腕を掴んで引き出すと、首に剣を突き付けた。
「来るなら来てみろ!未来の皇妃の首を、お前の軍勢の前で切り落としてやる。いい笑いものだぞ!」
さあやに対する無礼に、アルバドラスはムッとして呟いた。
「愚か者め・・・・」
そのつぶやきの後、あたり一面に「キューイッ!」という甲高い声が響き渡った。いつもは静かなエルの瑠璃色の瞳が真っ赤に変わったかと思うと、彼らの上に灰色の雲が広がり始め、それが徐々に渦を巻いて回り始めた。雲の中から稲妻が光り、強い風が体を投げ飛ばさんばかりに吹いてくる。下に居る獣族達は持っていた弓や剣を風に奪われ、体を飛ばされないよう城壁や側にある岩にしがみついた。
たださあやだけは青い光の玉に包まれ守られていた。その風の中ゆっくりと光の玉がさあやの体を持ち上げて行く。カルヴァンは手を伸ばして彼女を引きとめようとしたが、風の勢いに負けて再び体を地面に伏せた。空に舞い上がったさあやはフリッパーの背の上に居るアルバドラスに笑いかけた。そのままエルの背に乗ると、光の玉はすうっと姿を消し、獣族の上に渦巻いていた灰色の雲もゆっくりと消えて行った。
獣族達が戦意を失っているようなので、アルバドラスはエルとさあやを残し、高度を落とした。
「諦めよ。獣族の国はもうない。だがそちの民がこれからもこのヴェル・デ・ラシーアで人と同じように生きて行けるよう、必ず我が取り計らおう。投降せよ、カルヴァン」
アルバドラスの言葉にカルヴァンは唇をかみしめた。ほんの20メートル先に居る皇帝。ずっと命を狙い続けてきた男がそこに居る。なのに手を出す事も叶わない。同等に戦う事さえ。なぜだ?同じ王なのに、なぜあの男だけがこれほどの力を持つことを許されるのだ?
ギリッと歯をかみしめたカルヴァンは、自らの兵の前に走り出ると叫んだ。
「我らが同胞よ。このまま帝国に隷属する事を選ぶのか。我らは立ち上がった。我らの国を取り戻すために。自由を手に入れる為に。武器を取れ、我が民よ。敵はそこに居る。打ち倒し、我らの悲願を叶えるのだ!」
王の言葉に奮い立った獣族達は、落ちていた武器を拾い立ち上がった。
「我らの悲願・・・か・・・」
アルバドラスは悲しそうに呟いた。確かに彼らの国を滅ぼし、自由を奪ったのは己の祖先なのだ。その罪は子孫である自分も背負わなければならない。だが彼らの王は人を殺し過ぎた。彼を王として国の復興を認める事は出来ない。カルヴァンはその罪を償わなければならないのだ。
手に手に武器を持った獣族達がゆっくりと近づいてくるのを見た後、アルバドラスは目を閉じた。頭の奥にぼんやりと浮かび上がった映像は、やがてはっきりとした音と姿になって近づいて来た。
何百という馬が立てる蹄の音。歩兵たちの甲冑が触れ合う音。エグラの激しい吐息。装甲車の車輪がひずむ音。2匹のドラゴンが描かれた無数の赤い旗がたなびく音・・・。
それらが全て消えた時、彼らの前には、はるか遠くまで続く兵を従えた帝国軍が地を黒く覆い尽くしていた。全軍の前で馬に乗ったサーズが上げていた手を素早く下すと、歩兵たちが槍を地面に降ろす音がまるで地響きのように響き渡った。
それだけで獣族の兵は恐怖に動けなくなった。剣を捨て、その場に崩れ落ちる者。まるで死神の軍勢を見るように呆然とその場に立ちすくむ者。もはやカルヴァンの声は彼らには届かなかった。




