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二つ月の帝国  作者: 月城 響
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アルバドラスの決意

 夜が明ける頃、寝所の中でじっとこの時間を待っていたアルバドラスは、そっとベッドから抜け出た。メダや世話係の側仕えに見つからないよう隠しておいた服に着替えると、足音を忍ばせて部屋を抜け出した。ドアの外を見回っている警備兵は丁度交代の時間のはずだ。彼はそのまま誰も居ない廊下を小走りで走り抜け、細いらせん状になった石段を上って行った。小さな木の入口の前でもう一度誰も来ていない事を確認すると、ドアを開けた。


 いつものように3匹のドラゴン達は、藁の上に体を寄せ合って眠っている。アルバドラスが近寄って来ても眠気の方が勝っているのか、彼等はなんの反応も示さなかった。


「エル・・・エル・・・」

 アルバドラスの呼ぶ声に、エルは迷惑そうに顔を上げた。

「サアヤがさらわれた事は知っておるだろう?サアヤを見つけてくれ。お前ならサアヤの居場所をたぐることが出来るだろう?」

 

 アルバドラスも自分の中の聖霊に何度も呼びかけてみたが、さあやの居場所を答えてはくれなかった。だが聖霊に一番近い生き物のドラゴンなら、さあやを見つける事が出来るはずだ。アルバドラスは最後の望みを託してここへ来たのだった。しかしエルはなぜか横を向いたまま、アルバドラスの方を見ようとしなかった。


「頼む、エル。もうそなたしかおらぬのだ。ドラゴンが人の戦に関わらぬことは知っておる。だがサアヤはそなたの友であろう?我を連れて行ってくれ。何としてもサアヤを助けたいのだ」


 エルはチラッとアルバドラスを見てから再び上を向いた。

ー サアヤの居場所は分かるけど、あなたは重いし、第一男を乗せるのは性に合わない -

 頭の中に響いて来たエルの声は確かに少年のようであった。


「何だ、その答えは。サアヤの命がかかっておるというのに。もうよいわ」


 アルバドラスは次にまだ寝そべって彼らのやり取りを聞いていたフリッパーに言った。

「フリッパー。そなたなら行ってくれるであろう?」


 今度は太く低い声で返答があった。

ー サアヤと通じているのはエルだけだ。それに私には関係ない -

「関係ないだと?」


 アルバドラスは完全に頭に来て、鼻先を膨らませた。ドラゴンがあまり人と関わりを持たない事は知っていたが、こんなに冷たい奴らだとは思わなかった。


「フリッパー、エル。サアヤは本当に心の底からお前達の事を愛していたのだぞ。ここの掃除だってお前達が少しでも快適に過ごせるようにと進んでやっていたし、お前達の好物をいつも運んでいたではないか」

ー 頼んだわけではない -

「フリッパー!」


 アルバドラスはどうしていいか分からず頭を抱え込んだ。ここから馬で外へ出ようとしても必ず衛兵に見つかってしまう。そうすればどんなに望んでも外へ出ることは叶わないだろう。例え外へ出たとしても、どこに居るのか分からないさあやを探す手段はどこにもなかった。


 なぜこんなにも力がないのだ?世界で一番大きな国を治めているというのに、何より大切な者を守る事も出来ない。立ち向かうすべも・・・。


 それに比べさあやはどれだけ我を助けてくれただろう。本当はもうとっくに彼女の世界に戻れたはずなのに、自分のわがままで引き留めて、呪われた運命に巻き込んでしまった。


「フリッパー。サアヤは我の身勝手で、この国に来てしまった。なのに一生懸命我を支えてくれたのだ。ただ我のために、この国のために、自分を犠牲にして・・・。それなのに助けてやれないのか?頼む、フリッパー。我はサアヤを助けなければならぬのだ。この命を懸けても・・・。それが我の責任なのだ」


ー 責任だけか・・・? -


 フリッパーの質問に、顔ほどもある大きな瞳をじっと見上げ、アルバドラスは叫んだ。


「愛しているからだ!」


ー その言葉が聞きたかった -


 フリッパーはにやりと笑うと、自分の背中に乗るよう鼻先で指示した。アルバドラスが彼の背に乗ると、まずエルが浮かび上がり、窓から飛び立った。


ー 行くぞ。しっかりつかまっていろ -


 フリッパーが太い尻尾を上下に振ると、あっという間に薄明るい空へ舞い上がっていた。はるか下になった城を見下ろすと、クラティカが窓のところで彼らを見送っていた。


ー まったく。来るのが遅いんだよね。サアヤに何かあったらどうするのさ -  


 再び少年のような声が頭に響いた。彼らはきっとやきもきしながらアルバドラスが来るのを待っていたのだろう。命がけで愛するものを救う決意をするのを・・・。 アルバドラスは苦笑すると、彼らが向かっていく北東の地平線を見つめた。


「サアヤ、待っていろ。今行く・・・」





 アルバドラスが行方不明になったと知らせがあったのは、サーズが朝、家で登城の準備をしていた時だった。急いで城へ行きアルバドラスの部屋を訪ねると、丁度メダが見張りの衛兵を怒鳴りつけているところだった。


「気づかなったとは、どういうことだ!」

「申し訳ありません。交代の時間に出て行かれたようで・・・」


 衛兵に気づかれないように・・・という事は、間違いなくこの城を出て行ったという事だろう。アルバドラスはいつ衛兵が交代しているかなど、すべて分かっているはずだ。だがこの城には第1門から第3門までの三つの城門があり、そのすべてに衛兵が24時間体制で見張りをしている。彼らに気づかれずに城を抜け出すのは不可能だ。だがメダの話によると、朝の礼拝の時間になってもアルバドラスが現れなかった事は一度もなく、何かあったことは間違いない様だ。


「城のどこかに、外へ通じる抜け穴でもあったのでしょうか」

 そう言いつつ、サーズはアルバドラスを近衛だけで探させるべきか、兵を投入すべきか考えていた。

「あるかもしれぬが、まだサアヤ様の行方も分からないのに、やみくもに城を飛び出すような方では・・・」


 メダの言葉の途中で、城の周りを警護している衛兵の一人が礼をとって入ってきた。彼は「あまり関係がないかもしれませんが・・・」と前置きをして話し始めた。この男の担当場所の中にバラの庭園があり、今朝も早朝から庭園内を見回っていた。彼が寒さの中で震えながらも美しく咲いているバラを見ながら歩いていると、このバラ園を管理している庭師がやってきて、夜明けごろ不思議な光景を目撃したと告げた。大小2匹のドラゴンが北東を目指して一直線に飛んでいく姿を見たというのだ。


 さあやが以前ドラゴンに乗ったところを見ていたサーズは、すぐにアルバドラスが彼らの力を借りて外へ出たと推測した。そして北東という方角にも思いつく場所があった。マスカベーラから北東へ、この国の果て、ダマスカスとの国境に獣族の国アガダスタがあったのだ。さあやはそこにいる。とっさにそう判断すると、サーズはその衛兵に叫んだ。


「すぐに軍務の長官を3人とも呼ぶんだ。出撃の準備をせよ!」





 朝日とともにやってきた、巨大なドラゴンの姿を見つけた獣族たちの城は大騒ぎになった。ドラゴンは普段、深い森や高い山の頂上にいて人里には姿を見せないので、彼らの姿を初めて見るものがほとんどだったのだ。知らせを受けたカルヴァンはすべての兵を連れて、崩れかけた城壁の前までやって来た。ゆっくりと流れるようにこちらに向かってくるドラゴンは、遠目からでも良く見えた。その首の上にまたがっている黒髪をなびかせた男の姿も・・・。


「あれが・・・アルバドラスⅢ世・・・」


 初めて見るかたきの姿をカルヴァンはじっと見上げた。臆病でつまらない男だとハルからは聞いていた。だが2匹のドラゴンを従え、たった一人で現れたその姿には、確かに皇帝と呼ばれる威風を感じた。その様子を建物の陰からハルも見ていた。ドラゴンを使役させているということは、精霊の力を取り戻したということだ。さあやが言った、生まれながらの皇帝という言葉がよみがえってきた。


「これは少々、まずいな・・・」






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