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二つ月の帝国  作者: 月城 響
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さあやの思い

 唯一の手掛かりであるスローグの長に死なれ、獣族の王の居場所もハルの行方もつかめないまま二日が過ぎた。城で指揮をしているサーズの元へ入って来るのは不急(差し迫っていない)な報告ばかりで、さらわれたさあやにつながる手がかりは何もなかった。


「ええい、いったい何をやっているのだ。こうなったら私の聖騎士隊を出動させてやる!」

 フレイヤがいらいらしながら立ち上がった。

「フレイヤ。聖騎士隊はお前の私軍ではないぞ。第一、軍を出動させたりしたら、サアヤ様のお命にかかわるだろう」


 いきり立つ妹を制すると、サーズはじっと窓辺に立って外を見つめているアルバドラスを振り返った。

「陛下。サアヤ様はきっと皇妃候補と勘違いされてさらわれたのです。候補ではないと噂を流してみてはどうでしょう」

 サーズは自分が流した噂の為にさあやがさらわれてしまったのだと分かっていた。事を急がず、獣族の問題が解決するまで待っていれば、こんな事にはならなかったのに・・・。


「無理だ。皇妃候補ではないと知られる事は、サアヤの命を縮めるだけだろう」


 サーズはため息をついて額に手をやった。ではどうすればいいのだ?

「それにしても獣族の王はなぜ何も言ってこないのでしょう。何か要求があってもいいのでは・・・」

 八方ふさがりの状態を何とか打開できないか、イーグスが口を開いた。


「我を・・・待っているのだ」

 アルバドラスの言葉に、そこに居る全員がハッとしたように顔を上げた。

「あいつが・・・ハルが我を呼んでいる。出てこい、エルディス。いつまで城の奥に隠れ潜んでいるつもりだ?・・とな」

「なりませんぞ、エルディス様。こんな状態で外にお出になるなど、敵がどこから狙っているかもわからないというのに・・・!」

 メダが叫んだ。


「それはそれで良いではないか。いつもいつも守られてばかり。それで何を得られた?失うばかりだ。皇帝という名など、何の意味がある。もううんざりだ!」


 そのまま部屋を出ていこうとするアルバドラスの前にメダは飛び出し、彼の腕をつかんだ。


「それでも私たちは・・・あなたに生きていて欲しいのです」

 

 メダのうるんだ瞳を見た後、アルバドラスはじっと自分を見つめてたたずむ臣下達を見た。


 ただ生き抜くこと。愛する者の為に死ぬことも許されない。名誉も誇りも皇帝には必要ないのだ。


「もういい。しばらく一人にしてくれ・・・・」


 小さく呟くと、アルバドラスは部屋を出て行った。



 そのまま彼はまるでさまようように城の中を歩きだした。フルゲイトと4人の長老を追い詰めた時、自分はやっと本当の皇帝になれたのだと思った。臣下もそれを認め、それからは自信をもって政務に臨んできたつもりだった。なのに、たった一人の大切な人を助ける事も出来ず、ただ生き永らえよと言うのか・・・。


 自分がただ情けなくて、アルバドラスはこの世界から消えてしまいたいような気分だった。


 呆然と石の廊下を歩いていたアルバドラスは、いきなり目の前のドアがこちら側に開いてきて驚いて立ち止まった。部屋の中から出てきたのは、黄土色のドレスを着た召使いだ。その召使いにアルバドラスは見覚えがあった。確か、さあやの身の周りの世話をしていた、カヤという娘だ。


 カヤは部屋の外へ出たとたん誰かがいたのでびっくりしたが、それが皇帝だったことに更に驚いた。


「も、申し訳ありません、皇帝陛下。お、お怪我はございませんでしたか?」

「ああ、いや、大丈夫だ」

 そう言いつつ、彼女の出てきた部屋にふと目をやった。部屋の奥にあるローキャビネットの上に、さあやがいつも使っているバッグが置いてあるのに気が付いた。


「ここは・・・サアヤの部屋なのか?」

「あ、はい。サアヤ様がいつお帰りになってもいいように掃除をしておりました。お風呂の用意も・・・。サアヤ様は岩風呂が大好きであらせられますから・・・」


 よく見るとカヤの目は泣きはらしたように真っ赤になっていた。きっと彼女の事が心配で仕方がないのだろう。


「少し入っても構わぬか?」

「も、もちろんでございます。どうぞ・・・」


 アルバドラスを招き入れた後、カヤは頭を下げ静かに部屋を出て行った。アルバドラスはしばらくの間、入り口付近に立って部屋の中を見回した。


 ゆっくりとアイボリー色のキャビネットに近づくと、その上に乗っているさあやのバッグを見た。彼女が異世界から持ってきたこの鞄は、見た事もない美しい空色の皮が使われている。金具も見事な金色で、彼女の世界の文字がこれもまた金色の字で上品に鞄の上部に刻まれていた。


 この世界では全く意味のないブランドとかいう鞄らしいが、「日本のOLはこのブランド品が大好きなのよ。人によるけどね」と彼女は笑っていた。それからさあやがいつも使っていた事務机が目に入った。この部屋には机などなかったが、さあやは書き物がしたいと言って大きな木の机を窓際に置かせた。机の上にはつい今さっきまで彼女が居たかのように、インクをつけて書く付けペンと、たくさんの紙がいくつかの束になって積み重なっていた。


 ふとその一つを手に取って見ると、紙を横にして読む様に字が書かれていた。いわゆるパワーポイントを使ったプレゼン資料風に仕上げた用紙だが、アルバドラスにはなぜ紙を横にして書いてあるのか、しかもどうしてこんなに余白を残した状態なのか、よく分からなかった。


 表題は ー 奴隷解放と帝国がこうむる利益について - だった。サブタイトルは -ヴェル・デ・ラシーアの未来の為に ー だ。


 最初の部分は獣族たちの奴隷としての実情が書かれていた。途中抜けている部分は彼等の生活を視察に行って確かめたあと書くつもりだったらしい。何枚かのメモにそれらしき内容が書かれてあった。


 次は奴隷を解放しない場合、ヴェル・デ・ラシーアが受ける被害についてだ。今回のように獣族を奴隷から解放させる為の殺人や皇家への反発による反乱が起こる可能性が、これからもある事を示唆していた。


 最後は以上の事実や情報により、奴隷解放を行うべき利点が多くあること。どのようにすれば今まで奴隷を使っていた商家や貴族たちが納得してくれる形をとれるのかをまとめていた。ただ、最後の部分だけはかなり悩んでいたようで、たくさんの別のメモに文字を書き綴ったものが残されていた。


「あいつめ、こんな事を考えていたのか・・・」


 本当に彼女にはいつも驚かされる。我よりもずっとこの国の人々の事を思っているのだから・・・。


 アルバドラスは持っていた資料を机の上に戻すと、その上にそっと手を置いて目を閉じた。そして大きく息を吸い込むと顔をあげ、さあやの部屋を後にした。







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