黒幕の正体
揺れる馬車の窓から追手が来ていないか確認した後、マーロは自分の膝の上で意識を失っているさあやを見つめ、さあや達が帰ってからの事を思い出していた。彼らを見送った後、マーロは長に呼ばれ再び彼の家を訪れていた。そこでマーロは長から、さあやがただの人間ではないと聞かされた。
今マスカベーラ中で皇帝がもうすぐ正妃を迎えるとうわさになっている。その皇妃候補がさっき現れたさあやだというのだ。未来の皇妃がこんな所にやって来るとは考えにくいが、長は城に居た獣族やマーロが会った事もない獣族の王とも面識があるので、情報に間違いはないだろう。
確かに未来の皇妃なら皇帝を動かし、この国を変える事が出来るはずだ。約束通り両親も戻って来るかもしれない。だがそれを聞いた時、マーロは彼女に期待する分、腹が立つのも覚えた。皇妃になろうという人間が、自分なんかと友達になりたいと本気で思っているはずがない。やっぱり人間なんか嘘つきばかりだ。
「マーロ・・・」
長の低い声に、マーロはハッとして顔を上げた。
「我らの王は皇帝を倒し、アガダスタ(獣族の王国)を復興させようとしておられる。マーロ。あの娘を王の元へ連れて行くのだ。必ず王の力になるはず」
さあやをさらえという命令に、マーロは心が冷たくなるのを感じた。王がどんな人物かは知らないが、皇帝を殺そうとしているのだ。彼女も無事では済まないだろう。
「で、でも・・・。サアヤは約束してくれたんだ。親父とお袋を連れ戻してくれるって。それに獣族が人間みたいに暮らせるって・・・」
「そんな事は王が国を復興させればすぐに叶う願いだ。それに獣族が人間と共存などできるはずがない。人間は我々をけだもののようにしか思っておらぬ。すぐにあの娘を連れて行くのだ。2人の護衛しかいない今がチャンスだ。よいな」
長の命令は絶対だ。彼は国を滅ぼされた後、戦火を逃れた獣族達を導き、行き場のなかった彼らを何とかこの町で暮らしていけるようにしたのだ。獣族の子供たちは皆、ここにたどり着くまでの苦難の日々を聞かされて育っている。すぐにマーロは仲間を集め、行動を起こした。だが今、自分の膝の上で眠るように意識を失っている彼女の顔を見ていると、本当にこのままさあやを王の元へ連れて行っていいのか迷った。王は彼女をどうするのだろう。
「マーロ、追手だ!」
仲間の声にマーロはハッと我に返った。窓から後ろを覗き見ると、白い馬に乗った女が、まるで火の玉のように向かって来る。マーロ達は窓から顔を出し矢を放ったが、全てフレイヤの剣に振り落とされた。
「逃がさん!」
フレイヤは馬の腹を蹴り、ますます速度を上げた。だが、一人の獣族の放った矢が、馬の足を貫いた。馬は走りながら横へ倒れ込み、馬の背から投げ出されたフレイヤはゴロゴロと地面を転がった。落馬の衝撃で遠くなる意識を奮い起してフレイヤは叫んだ。
「サアヤ殿!」
その声がさあやに届くことは無かった。彼女を乗せた馬車は土煙を巻き上げながら、街の外へと走り去って行った。
警備隊の隊長室を出て、コラン・アルマは靴音を響かせ廊下を歩きだした。皇帝の執務室を覗くと、新しく出来た官庁の12人の長官達に囲まれて、アルバドラスが難しい顔をしながら書類に目を通していた。
国の中枢を担っていた4人の長官が居なくなり、すべての官庁が皇帝の指揮の元へ集結すると、もはやアルバドラスには、つまらない演技をしている暇はなくなった。毎日のように国中から届く陳情書(小さなものはそれぞれの長官に任せ、特に重大な事件や災害などに限られる)に目を通し、指示を下す。以前、サーズ達が大怪我をしたサザラ村も今、皇帝の命で崖崩れを防ぐ工事が行われていた。
外務では他国との交渉、祝典などへの返事など、軍務では新しい軍の編成、強化。財務では国の財源の使途など、決める事は山のようにあった。
まだ少し不慣れな皇帝が必死に実務をこなしている所を邪魔するのは悪いと思ったが、こちらは緊急だ。アルマは思い切って声をかけた。
アルバドラスはふと顔を上げると、久しぶりに見る警備総隊長の顔を見て微笑んだ。アルマは3本の爪を捕えた功績を認められ歩兵部隊の総隊長を任命されたが、あくまで市民を守りたいと言ってそれを辞退し、今でも自ら町の警備にあたっている。そんな頑固で欲のない男なら信頼できるとアルバドラスは思っていた。
「どうした、コラン。お前が来るのは、良くない知らせの前触れかな?」
アルバドラスは冗談のつもりで言ったが、アルマは頭を下げ、それが本当である事を示した。彼が人払いを頼んだので、アルバドラスは護衛のサーズ一人を残して、全員を下がらせ立ち上がった。
「今度は何だ。又3本の爪を名乗る盗賊でも現れたか」
「いえ。オンブラン河沿いの別荘を調べていた者から報告がありました」
3本の爪がアジトに使っていた別荘は、彼らを支援しているらしい人間が買ったものだったが、誰の所有なのかは不明だった。それをやっと突き止めたのだ。アルバドラスもサーズも険しい顔をしてアルマの報告を待っている。当然だろう。己の国を獣族に侵させようとする裏切り者は誰だって許せないはずだ。だが・・・。
「人払いをしていただいたのは、これが皇家と深くかかわっている事態だからです」
アルバドラスとサーズの顔色が変わった。まさか、皇家とつながりある者が、同じ一族を襲わせたというのか?アルバドラスは側にあった彼専用のソファーに腰を下ろすと、アルマの言葉を待った。
「オンブラン河沿いに建つ屋敷の持ち主は、マスカベーラ最大の豪商、ベズラート家。3本の爪が捕まるまでベズラートが持つスガヤの本宅や郊外の店にも多くの獣族が出入りしていたと、報告がありました。もちろん使用人と言われればそれまでですが、最近ではその姿をまったく見る事がなくなったと、近所の者の証言もあります。ベズラートが獣族の支援をしていたのは、間違いないと思われます」
ベズラート家。先代のコカ・ベズラートの娘タリアは、アルバドラスⅡ世の側室だった。コカとタリアが亡くなった今、全てを受け継いだのはタリアの息子、ハルである。皇子としての身分を取り上げられ、普通の商人として生きる事を強制された、アルバドラスの弟だった。
アルバドラスがハルと別れたのはアルバドラスが8歳、ハルが7歳の時であった。年が近いとはいえ、自分が生まれる前から年若いセラスティーアに嫌がらせを繰り返していた側室の息子と仲良くできるはずもなく、ハルと顔を合わせるのは年に1度の建国記念の祝典の時くらいで、彼が皇子の身分をはく奪され、一般市民に落とされたと聞いても、母の死のショックの方が大きく、腹違いの弟の事など気に留める余裕もなかった。
だが弟は忘れてはいなかったのだ。23年経った今、獣族の王と結び、再びアルバドラスの命を狙い始めた。それが自害した母の為の復讐なのか、皇子の身分を奪われた恨みなのか定かではなかったが、アルバドラスは再び血で血を洗う血族の争いに巻き込まれたのだ。
「まだ、あの悪夢は終わってはいなかったのか・・・」
悲しそうに伏せた瞳の奥に、今は亡き母の面影が浮かび上がった。皇家に嫁ぎさえしなければ、あんな死に方をする事もなかった母・・・。どうしてそんなに皇位に執着するのだ?誰も彼も。そんなに欲しいのならくれてやるのに・・・。
「すぐにハルを連れてくるのだ。ただしマスカベーラ一の豪商の主人としてである。くれぐれも大軍を率いてひっ捕らえるような事のなきように」
「かしこまりました」
アルマが答えて部屋を出ようとした時、丁度城の警備をしている兵が飛び込んで来た。
「陛下!ただいまフレイヤ・ウラル・バジール様がお帰りになられたのですが、大怪我を負っておられて、お話によるとサアヤ様が獣族の一味にさらわれてしまったと・・・・!」




