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二つ月の帝国  作者: 月城 響
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誘拐


 マーロの家は長の家から歩いて10分ほどの場所にあった。周りの長屋と同じく彼の家も壁のあちこちに穴が開いて、どこからか持ってきたような布で風が入るのを防いでいる。屋根も同様で部屋のあちこちにある雨のシミがそれを物語っていた。マーロがきしむドアを開けると、2人の小さな子供が飛び出してきた。一人は男の子でもう一人は女の子だ。多分年齢は男の子が7、8歳。女の子が5.6歳くらいだろう。


 彼等は「お兄ちゃん!」と嬉しそうに叫びつつマーロに抱き付いたが、後ろに立っているさあやに気付いてびっくりしたように黙り込んだ。青い顔で震えながらマーロにしがみついている。さあやは怯えさせないよう、彼らの目線までしゃがんで微笑みかけた。


「初めまして、私はさあやよ。あなた達のお名前は?」

 マーロの右足に抱き付いている女の子はチラッとさあやを見たが、彼の足の後ろにすぐ隠れた。反対に男の子の方は興味を持ったのか、兄から離れて顔を上げた。


「おいら、カンだ。こいつは妹のキーマ。あんた兄ちゃんのなんだ?」

「私はマーロと友達になりたいの。カンは私の友達になってくれる?」

 

 小さな男の子は眉をひそめると、「おいら、人間の友達なんていらねぇ!」と叫んで、家の奥に入ってしまった。やはり人間は相当嫌われているようだ。残念そうに立ち上がったさあやをマーロはとりあえず家の中に通した。入口を入ったところは食事をする場所のようだ。粗末なテーブルと椅子があった。その向こう側に小さなかまどと食事などを作る為の台があったが、あまり使われていないようだ。マーロに両親の事を尋ねると、カムラという国との国境付近にある銅山へ行ったまま、2人共もう3年も帰って来ていないそうだ。


「手紙は来るの?」

さあやは心配そうに尋ねた。

「来る訳ねえよ。奴隷として連れて行かれたんだ。生きているか死んでいるかも分かんねぇ」

 さあやは次の部屋に続く入口の陰に隠れて、こちらの様子を伺っているキーマを悲しそうに見つめた。こんなに小さいのに親と一緒に暮らせないなんて・・・。


「銅山へはたくさん行っているの?」

「さっき居た俺の仲間達の親はみんなそんな感じだ。奴隷は売り買いできるからな。売っぱらわれちまったら、それで終わりだ」


 なんだか本当に嫌な気分だ。やっぱりこんな事、絶対にやめさせなくちゃ。

「マーロ達はどうやって暮らしているの?」

「そんなの決まっているだろ?人間の町へ出て盗みやかっぱらいをやって暮らしてんだ。こいつらを食わして行かなきゃなんねーからな。あんた皇帝の友達なんだろ。俺を捕まえるかい?」


 皮肉を込めてマーロは笑った。本当に問題は山積みなのだ。もしアルバドラスが奴隷を解放すると宣言してくれたとしても、彼らの生活がすぐに変わるわけではない。働く場所がないからだ。今までただで使ってきた人間を雇って金を払ってくれる所があるかどうか・・・。この国の人々の意識を変え、彼らにもっと暮らし易い町を与え、働く場所を確保する。それに一体何年かかるだろう。


 皇帝でもすぐには解決できない問題。だからこそ彼らの王は皇帝を倒し、自分達の王国を復興させようとしているのだ。


「マーロ。確かに獣族が人間と同じように暮らすのは難しいわ。でも諦めなければ必ず叶う願いだと思う。私達だけで解決できなければ、広くたくさんの人々の意見を聞いて、何度も話し合って、そして少しずつこの国は変わって行く。だからいつか私とマーロ、そして人と獣族が友達になれる日が必ず来るわ。カンやキーマもお父さんとお母さんと一緒に暮らせる日がきっと来る。時間はかかるかもしれないけど、いつかきっと・・・」


 いつの間にか、カンはマーロの足元まで戻っていた。キーマもマーロから離れてじっとさあやを見上げている。

「ほんとに?父さんと母さん帰ってくる?又一緒に暮らせる?」

2人の必死の瞳をまっすぐに見られるよう、さあやは2人の側にもう一度しゃがみ込んだ。

「お父さんとお母さんが元気なら必ず会えるわ。私は人間だけど、信じて待っていてくれる?」


 今まで泣いたり喧嘩ばかりしていた弟と妹の笑顔を見て、マーロは胸が痛くなるのを感じた。それからしばらく、マーロ達と獣族の暮らしについて話をした。マーロと同じように奴隷として働かされていた家から何とか逃げ出してこの町で暮らしている者がほとんどのようだ。3本の爪と関わりがある者がここに居るかどうかの質問には答えてくれなかったが、マーロ達はさあやに少し気を許してくれたようだ。


 さあやが家を出る時、カンとキーマが見送ってくれた。

「バイバイ、サアヤ」

 キーマが笑顔で手を振っている横でカンが照れたように「ま、又来いよ」と言った。




 さあやが戻ってくるのが遅いのでフレイヤとスーザは何かあったのではないかと心配していた。さあやが獣族に連れて行かれてからもう一時は経っている。気の短いフレイヤはこれ以上、待つことは出来ないと判断した。フレイヤは遠巻きに自分達を見張っている5人の獣族に気づかれないよう、スーザに目配せした。


「お前は一番左側の奴をやれ。あとは私が倒す」

「僕だって2人くらいはいけます」


 姉が疑わしそうな目でチラッと自分を見たので、スーザは念を押すように囁いた。

「僕は近衛ですよ」


 新人ばかりの10番隊だがな。それを言うとスーザのプライドを刺激する事になるので、フレイヤは「じゃあ、その隣も任せる」と囁き返した。リーダーのマーロが戻って来ないので、若い獣族達も退屈そうに仲間同士で語り合っている。いいタイミングだ。剣の柄に手を掛け、フレイヤがスーザに目で合図した。


ー行くぞ・・・!-


 その時、通りの向こう側から自分達の名を呼びながら歩いてくるさあやが見え、彼等は驚いたように立ち上がった。どうやら何事もなかったようだ。去り際にさあやはマーロに「又ね。カンとキーマによろしくね」と手を振った。マーロは仲間達の視線を気にしながら、軽く手を振り返した。


 再び迷路のような路地裏を通り、やっと人々が行き交う町に戻って来た。途中さあやはフレイヤ達に彼らと離れて居る間に起こった事を順を追って話した。ただあまりにも道に緩急があるので、息を切らしながらであったが・・・。さあやが疲れているようなので、フレイヤはスーザにエグラと馬を連れてくるように頼んだ。スーザは「分かりました」と答え走って行こうとしたが、急に腹を押さえてその場にしゃがみ込んだ。


「スーザ。どうしたの、大丈夫?」

 心配そうに聞くさあやに、スーザはお腹を押さえながら答えた。

「急に刺し込みがして・・・」

「腹痛か?困ったな。薬はないし・・・」

 フレイヤは周りを見回した。商店の裏側に置いてある木箱が目に入ったので、とりあえずそこまでスーザを連れて来て座らせた。


「少し休んだ方がいい。馬とエグラは私が取って来るから」


 通りの向こう側に歩いて行くフレイヤを見送った後、さあやもスーザの隣の木箱に座った。きっとスローグに行って緊張したからだろう。


「さっきの薬問屋さんに戻って、お薬を買った方がいいかしら」

「いえ、大丈夫です。こうして休んでいれば。いたたた・・・」


 前にかがみこみながらスーザはさあやの膝の上に頭を乗せ、横になった。

「あ、こうしていると、少し楽です」

「ほんと?じゃあしばらくこのまま横になっていようか」


 さあやの膝のぬくもりが伝わって来て、スーザはとても幸せな気分だった。もちろん腹痛は2人きりになる口実でしかない。こんな所をあの堅物の姉に見られたら、頭から真っ二つに斬られそうだが、もうしばらくこうして居よう。さあやの手がまるで母のように優しく背中に触れるのを感じ、スーザの心は急に波打った。そうだ。今は本当に2人きりなのだ。城ではどこから誰が見ているか分からないので思い切った行動は取れないが、今ならできる。


 スーザは急に体を起こすと、驚いたように目を見開いているさあやの両肩を掴んだ。

「さあやさん。僕は実は・・・」


 だが頭に走った激しい衝撃に、スーザの目の前は急に真っ暗になった。

「スーザ?」

 建物の上から飛び降りてきた何者かにスーザが殴られて気絶するのを見たさあやは、前のめりになった彼の体を支えようとしたが、彼女もいきなり後ろから誰かに羽交い絞めにされた。もがいて逃れようとしたが、前から来た何者かに腹部を殴られ気が遠くなった。後ろから現れた又別の誰かが倒れて行く彼女の体を受け止めた。意識を失う直前、さあやはその男の胸に丸いガラス玉のネックレスが光っているのを見た。


「マー・・・ロ・・・?」


 完全に気を失ったさあやを抱きかかえるとマーロは他の仲間を連れ、急いで表通りに止めてある馬車に走った。馬車は貴族の家から盗んできたものだ。


「急げ!」


 全員が乗ると、御者台に座った獣族が手綱を打った。







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